電話
――――その頃、李家本家
プルルルルと、すっかり静かになった邸宅に一本電話のコール音が鳴り響いた。執務室にいた黒蘭は迷うことなくその電話を取った。
「もしもし、」
「久しぶり、元気かい?」
電話の主は陽気な声で黒蘭に話しかけた。声の主が分かったとたんに黒蘭は眉をしかめてため息をついた。
「お前のことをすっかり忘れてしまうところだった。
それで、用件はなんだ?」
「いや、何。本当に気ままに電話しただけなんだ」
「・・・切るぞ。こっちも忙しいんだ」
「嘘うそ。用事があって電話したんだ。
そういえば、あの人形はどうなったんだい?結局、白蘭が死んでから奥方が作家に返したって聞いたけど。
君って宝探しへたくそなんだね。結局のところ殺し損じゃないか」
「うるさい。すぐに戻ってくる。作家と話を付けた。白蘭が生きていたら今もずっと隠していただろうからな。時間はかかったが、ようやく私の元に帰ってくる」
小ばかにするような口調に黒蘭はいらだちを隠せず、思わず言い返した。
「ふーん、そうなんだ。よかったね。
ところで、あの人形を作ったときの莫大な貸しはまだ返ってきていないわけだけど」
「そっちが本題か。・・・そもそも、お前が決まってからでいいと言っただろう」
「そう。それで、ようやく決めた。いや、ある情報をつかんでね。ちょうど君みたいな人材が必要だから、請求に来た」
途端に声色がかわった相手に、黒蘭はいぶかしむようにしばらく黙りこんだ。
「・・・で、内容は?」
「魔女を探すのを手伝ってもらいたい」
「魔女?・・・前に言っていたお前の師匠か?」
「そう。君みたいに表にも裏にも顔が効いて、なおかついざとなったら都合の悪いことは覆い隠せるような人の方が事を運びやすい」
ずいぶんとあけすけな言い方に黒蘭は思わず失笑した。
「フンッ、それで?」
「君にはいくつかやってもらいたいことがある
一つは、骨探しだ。魔女の骨を探してほしい。魔女狩りの行われた地域を中心に幅広く探してもらえるとありがたい」
「いいだろう」
「二つ目は、魔女の魂探しだ」
骨と魂。二つの素材に嫌でも男の目的に気づかされる。しかし、この男はマディードールについては知らないはず。だが、疑惑が思わず口をついて出る。
「おい、お前まさか―――」
「この間ね、彼女の病院に行ったんだ。そのとき、そこに飾られていた絵に彼女の気配を感じてね。思わず院長に全部買いたいって言ってしまって。我ながらみっともない。いや、まぁそこはどうでもいいんだけど」
黒蘭の言葉を遮るように男は突然話を始めた。何のことだといぶかしむ黒蘭に男は話を続ける。
「院長に聞くと、その作家は人形も作っているんだってね。気になって調べてみるとマディードールっていう一部のコアな金持ちから人気のドール作家らしい。それで君のことを思い出した。そういえば、少し前に人形がらみで僕に呪殺を依頼してきた金持ちの客がいたな、ってね」
「・・・何が言いたい」
「君がご執心のあの人形もマディードールなんだってね。さっき言ったその作家は、マディー・ナトリアーナのことだろう?
彼女に確かめたいことがある。3つ目の願いは彼女とコンタクトを取らしてほしいことだ。なんなら最優先でこっちをかなえてもらいたい」
「フッ、随分と注文が多いな。お釣りをもらわないと割にあわないと思うが?」
「・・・・君は何かと恨まれやすいからな。当分の間、面倒な奴の処理は任せてくれ。僕が対応しよう。これでどうだ?」
「まぁいいだろう。最近はサツがうるさくしているからな。うちの連中も優秀だが、お前ほど暗殺が得意な奴もそういない。その腕も既に確かめ済みだしな」
双子とはいえ弟のくせして生意気なところが全て気に入らなかった。とはいえ自分の性分を理解していたから、父親が白蘭にオーナーの座を譲ったのは納得している。しかし、プライベートにまで口のみならず手をだしてくるとは。お前が悪かった、とすでに死に絶えた弟にかけた言葉が思い出される。あの言葉は今も変わらない。
ならずものが蔓延る裏社会にしばらくいると、自然と殺しの方面の情報も入ってくる。電話の相手、王龍もそうした情報の中に入ってきた一人だった。
白蘭を消すためには完璧な暗殺者が必要だった。しかし、白蘭も李商事の一員。裏社会のそうした連中を知らないわけではなかった。いっそ悪魔崇拝でも、と思っていた時に入った情報だったので、思わず興味を持って連絡を取ったことが二人の始まりだ。
白蘭は黒蘭ほど裏社会を歩かなかった。いや、歩きたくなかったというほうが正しいだろう。おかげ王龍については知らなかったようだ。
「どんな方法方でもいい。誰にも知られないように白蘭を殺してほしい」
注文はその一つだけ。黒蘭は初めて王龍に会った時のことを思い出す。同じ中華系で、漆黒の髪の毛を三つ編みにまとめてさげていた。顔立ちは幼いのに、醸し出す雰囲気は自分よりはるかに老成しているかのように思えた。
注文を聞いた王龍はニヤリと笑って「いいよ」と引き受けた。
それから数日後、白蘭が死んだ。誰も手を付けていないはずなのに、遺体はみるみる損傷していった。どれもむごたらしい跡だった。
そのとき王龍のあの笑顔を思い出した。恐怖を感じさせるまでの狂気的な笑みを思い出して背中に冷や汗が流れた。
「お代はいい。あんたの力が必要になったときにこの借りはかえしてくれ」
去り際のそう言っていた。当時は恐ろしさからいっそ金で解決出来たらと思ったが、結局しばらく連絡をよこさなかったことに気持ちが緩んでいた。
そして今晩、久々の彼からの電話。受話器を握る手が汗ばんでいたことに受話器を置いてから気が付いた。




