全ては大いなる目的の為
「い、いくよ!」
ペンキ缶を構えて、浩宇の前に立つ。浩宇はぎゅっと固く目を閉じて準備万端だ。
「・・・・ほ、ほんとにいくよ!」
「いいよ!」
こんなにきれいなドールにペンキなんて、いやでも浩宇をここにとどまらせるために仕方ない・・・けどほかにもっと方法があるんじゃ・・・と、内心葛藤していると、しびれをきらしたNo.3が天を仰いで大きくため息をついた。
「さっさとやりなさいよ。マディーが帰ってきちゃう」
「わかってるってば、でも・・・」
「でももだってもない・・・・のっ!!!」
「うわぁあああああ!」
No.3にぐいっとお尻をおされ体制が崩れる。スローモーション。缶からあふれ出たペンキが浩宇に降り注ぐ。予期せぬタイミングに浩宇の目は大きく開いている。
いけない、目玉までペンキまみれになっちゃう、と思ったときにはレミは浩宇の胸に飛び込んでいた。
「ふふっ、あなたも汚れちゃったわね。でもこっちの方が事故って感じがしていいわよ。マディーもきっと信じてくれるわ」
「・・・『事故っていう感じ』というよりは完全に事故よ」
浩宇は頭からペンキをかぶり、落すのは一苦労だ。これで引き渡し日は確実に遠のいたといえるだろう。
「ていうか、これ叔母さんに怒られるんじゃ・・・・」
「・・・そろそろマディーが帰ってくるかもしれないわ。私たちは元の場所に戻るわ。あとはよりしくぅ」
「えっ?!ちょっと!」
にっこりとほほ笑んでNo.3はひらひらと手を振ると、全てをレミに押し付けて部屋を出ていった。No.10もどさくさ紛れ一緒に部屋を出ていってしまった。呆然と立ち尽くしていると、外から車の音が聞こえた。マディーの車だ。
なんてタイミング!、とレミは絶望した。まずい雰囲気を察した浩宇がレミにおずおずと声をかける。
「とりあえず、僕は下に戻った方がいいよね」
「あ、そうだね。・・・そうだ!掃除をしてたことにしよう。
掃除をするために浩宇を作業台においていて、作業台のペンキを片付けようとしたら偶然!つまづいづいて、偶然!倒れた先に浩宇がいて、運が悪く!浩宇がペンキをかぶってしまった。ね!そうしましょう!」
「・・・それは僕じゃなくてマディーに言ったほうが・・・」
「さぁ急いで作業台に座るのよ!」
マディーが車から降りる音が聞こえた。時間はない。バタバタと階段を駆け下りて、浩宇が作業台に座るのを確認するとレミは玄関に急いだ。
「ただい・・・」
「おばさん、ごめんなさい!」
「きゃーーーーーーーー!どうしたのペンキまみれじゃない?!」
玄関を開けたとたんペンキまみれになっている姪っ子に遭遇し、マディーは思わず持っていた荷物を床に落とした。
「掃除をしようと思って、浩宇を移動させたんだけど、ペンキを片付けてる途中で躓いちゃって・・・」
「・・・・まさかっ!って、きゃーーーーーーー!!!」
事の顛末の行方がどんどん怪しくなっていくのを察したマディーが作業台に急ぐと、そこには頭からペンキをかぶった納品予定のドール。悲鳴と一緒に魂まで出ていきそうな勢いでマディーは床にへたり込んだ。
やっぱり他の方法を探すべきだった、と激しく後悔しても後の祭り。レミは事情を全てむりやり喉の奥に押し込んで、渋い顔をしながら「本当にごめんなさい」とだけ申し訳なさげに伝えた。
しばらくしてはっと我に返ったマディーは急いで浩宇に近寄ると、確かめるようにペンキに触れた。
「・・・まだ固まってない!急いで落とすわよ!」
「はいっ!」
脱衣場に移動し、広い場所で浩宇を横たわらせる。マディーはシャンプーを浩宇の髪に塗り付けると、丁寧にペンキを落としていった。
「水性ペンキだったことが救いね。油性ペンキだったら髪の毛が傷んでいたわ」
「もしかして、浩宇の髪の毛って本物?」
「前に話したでしょ。このドールは特別なの。髪の毛も本人のものよ。
あ、服は一回水洗いして汚れを軽く落として。あと、お湯も準備して」
「髪もなの?!」
「?・・・ええ、まぁ元の持ち主は相当彼を大事にしていたみたいだし。材料の中に入っていたのよ。みて、こんなにさらさらで指通りがいいの。・・・・もう少しで台無しになるとこだったけどね!まったく・・・・」
じろりとにらまれ、レミはごまかすようにごしごしと服の汚れを落とした。
しばらくペンキ汚れを落としていると、マディーはため息をついてポツリとつぶやいた。
「・・・これじゃぁ引き渡しはしばらく先ね」
「ほんとう?!」」
「・・・なんで嬉しそうなのよ?」
「あっ、いや!そうなのね、黒蘭总には本当に申し訳ないわ」
どうやら目的は達成できそうだとレミは内心ガッツポーズをとった。しかめ面でペンキを落としている叔母には申し訳ないが、これもすべて大いなる目的のため、引いては叔母を守るため、と心の中で唱えるのだった。




