動き出す
レミは霊感もなく、これまで大きな事件に巻き込まれることなく安穏と過ごしてきた。だからからか、日常に退屈を感じ、何かの物語のような冒険を求めていた。ただ、同時にその気持ちはこうした10代特有のモノだとどこか冷めた目で自分の気持ちをとらえていたとも思う。
しかし地球を半周回っただけでレミの世界も180度変わったようで、これまでの安穏とした暮らしからかけ離れた事象がいくつも目の前で起こっている。
実際に求めていた冒険を前にレミはただ戸惑うばかりだった。
「話は粗方理解したわ。そして警察はもちろん叔母さんにも話しちゃだめなことも分かった。でも、この事件を暴くのは私たちだけじゃ無理。誰か他に協力者が必要よ」
しかし、放り投げてしまうにはあまりに多くを知りすぎてしまった。なにより、浩宇の身の上話を聞いたのだ。少なくとも浩宇をこのまま李家に帰すのを黙ってみていられるような人間ではなかった。
レミの言葉にNo.3も頷いた。
「まず李家に近い人が一人ほしいわね。内情を深く探れるような人。浩宇、あなた誰か知らないの?この中で一番李家に近い人はあなたなのだけれど」
「僕は徹底して黒蘭様や旦那様の目以外に触れられないようにされていたんだ。助けになってくれるような人はいない」
「・・・葵なら話を聞いてくれるかも」
レミは今日会った浩宇そっくりの清家葵を思い出した。彼は黒蘭の秘書もしており、養子でもある。公私ともに一緒に過ごしている彼なら協力者にはうってつけだろう。
「その葵とやらは、信頼できるの?」
「今日会ったばかりだから分からないけど、彼は黒蘭总をすごく慕っているようだった。でも弟の碧は黒蘭总を避けていたわ。苦手、というより嫌ってるって感じかしら」
「碧のほうが適役かもしれないわね。あなた碧に連絡を取ることはできるの?」
「今度このアトリエに招待したの。碧は叔母さんの熱烈なファンで特にマディードールにとても関心があるみたい」
その言葉を聞いてNo.3は不敵な笑みを浮かべた。
「なら、早いうちにお呼びなさい。お客様は丁寧におもてなししなくちゃね?最近はお客様が多くて楽しいわ」
「おもてなしって・・・」
洗礼の間違いだ、と思いつつも口には出さずにひきつった笑みでレミはごまかした。
「あとはマディードールの方ね。こっちは私が担当する」
「そうね、私たちドールにとっての最重要事項はドールの材料の出どころを明らかにすることよ。一番怪しいのは、間違いなく業者よ。そもそもマディーが材料について詳しく知らないのもどうかと思うけど、私たちは業者を調べる必要があるわ」
No.3の言葉に浩宇も頷き、言葉をつづけた。
「その業者は、当時李家に出入りしていた業者ときっと同じだと思う。あの時、旦那様と黒蘭様が業者と話し合っていたのは僕のことだという噂があった。きっとあの業者と僕のマディードールの作り方について話あっていたんだと思う」
「叔母さんに探りを入れながら調べてみる。感づかれないように気を付けるわ。でも、特に当てがあるわけじゃないから時間はかかるかもしれない」
なにせ叔母しか当てがないのだ。しかもその叔母に感づかれてはいけない。自身の無さを隠せないレミにNo.3は小さくため息をついてレミを励ました。
「大事なのはスピードじゃなくて、真実をしることよ。これだけの大事件なんだもの、あっさり解決するとも初めから思ってないわ。私たちの方はアトリエを調べるわ。みんなで解決を目指すのよ」
アトリエに来てからNo.3にはいじめられた記憶しかないが、皆を先導する姿はさすがドール界のお姉さまといったところだろうか。レミはNo.3の言葉を頼もしく感じた。No.10もNo.3の言葉に力強く頷いた。
話がまとまったところでNo.3が再び口を開いた。
「とりあえず目下の課題は浩宇をアトリエにとどまらせることね。浩宇にはアトリエにいてもらった方がこちらとしても都合がいいかもしれないし」
「早いうちに持っていく予定だそうよ。早くて明日には持っていくんじゃないかしら。黒蘭总もせかしていたし」
「どうにかして持っていかせないようにしなくちゃね」
三者首をかしげて浩宇を見つめる。
「えっと、僕は・・・」
「いい方法を思いついたわ」
浩宇の言葉を遮りNo.3が食い気味に言葉を重ねた。その顔にはにやりと不敵な笑みが浮かんでいる。
絶対ろくな方法じゃない、と言葉に出せないまでも内心で言い終わらないうちにNo.3は近くに控えていたパピに何か伝言をした。パピはこくりと頷くと部屋から出ていった。どうやら何かを持ってこさせるようだ。
「要は、持っていけない状態にしてしまえばいいのよぉ」
間延びした声にレミの背中に冷や汗が流れる。このトーンの時は突拍子もないことを考えているときだ、とさんざん彼女からいじめられてきたレミは推測する。そしてその推測は、ズズッ、ズズッと何か重い塊を引きずってくるパピ達によって確信に変わった。
「金槌でちょーーとだけ欠けさせれば、直さないといけなくなるわよねぇ?」
「あの、ちょーーととはどれくらいを想定されていらっしゃるので?」
「ちょとはちょっとよ?・・・んー、腕の一本くらいかしら?」
ニコっと笑みを浮かべるその姿は可憐な美少女そのものであるが、発言がサイコパスそのものである。
「いや!いやいやいや!ダメ!絶対、ダメ!!」
「チッ」
レミはNo.3と浩宇の間に割って入り、ついでにパピたちから金槌を取り上げる。No.3は面白くなさそうに舌うちをした。
「痛いかもしれないじゃない?!」
「ドールに痛覚があると本気で思って?」
「それは知らないけど見てるこっちが痛いの!}
「ぼ、僕も体の部分破損は困るなぁ」
浩宇も後ろで苦笑いを浮かべレミを援護する。そこにまじめに割って入ってきたのはNo.10だった。
「お姉さま、むやみ体を破損させてしまうのはとてもリスクが高いことだと思います。私たちの魂がどうやって定着しているかわからない以上、魂が抜ける可能性を考慮して方法を考えないと」
「ふん、冗談よ。別のものも持ってこさせているわ。No.10、いかなる時ももっとユーモアを持たないとだめよ?」
あくまで教え諭すように言うNo.3だったが、きっと誰も留めなければ本気で腕を一本壊すくらいはやってのけただろうと、レミは手放すことがないよう金槌をぎゅっと握りなおした。
「で、本当は何を持ってこさせたの?」
「ペンキよ。少し汚すくらいならなにも問題ないでしょ?」
ドアの方を見ると後追いでよたよたとペンキ缶を重そうに運ぶパピたちが見えた。見かねて手伝ってやろうとペンキ缶を持つと、思いのほかずっしりとしっかり重かった。
「これが・・・ちょっと?」
「ちょっとよ」
有無をを言わせない笑顔の圧に、レミはそれ以上言えずに「そうですね」と返すしかなかった。




