浩宇の出自3
「全部を無理に話さなくてもいいのよ。話せるところまででいいから」
「僕は君たちの助けが必要だ。そのためには、僕が知っていることすべてを話しておきたいんだ」
既に過呼吸になりかけているが、深呼吸をして再び浩宇は話を始めた。
「不思議な感覚だった。眠りから覚める時、環境に呼び起されて意識が浮上するようなそんな感覚。何も不思議に感じなかった。完全に目が覚めるまで、僕はいつもと同じように起床する感覚で目が覚めた。
目が覚めたとき、目の前に旦那様いた。僕の名前を呼んで、僕が返事をするとほっとしたように安堵された。旦那様に呼ばれたら返事を返す、いつものことなのに不思議だった。旦那様は続けて「立てるか?歩けるか?」とおっしゃった。そこで違和感を感じた。立ち上がれたし、歩くこともできた。重かった体が羽根のように軽かった。そこで思い出した。僕は死んだことを。
手を見て、自分の体を見て不思議な感覚に包まれた。関節等関節が全て球体だったから。自分に触れてもつるりとした感触で温度を感じなかった。僕は驚きのあまり旦那様の顔を見つめた。不安と喜びが混ざったお顔だった。
「それがお前の新しい体だ」。旦那様がそうおっしゃっても頭がついて行かなかった。私を抱き上げてベッドに腰かけると、旦那様は事の顛末をぽつぽつと話し始めた。
僕が逝ったあと火葬して残った骨すべてをあつめて骨粉にして、粘土にまぜて材料としてマディー先生に届けたらしい。僕を作ってもらう、とはこのことだったのだとその時気が付いた。当時、お屋敷に来ていた業者もその関係だったとか。まさか本当によみがえるなんて思ってもいなかったから、ただただ驚くばかりだった。
「これからはずっと一緒だ」と旦那様がおっしゃった。その一言でぐちゃぐちゃに考えていた思考がピタリと止まった。僕は旦那様の胸に頭を預けて深く息を吸った。感じていた不安がゆっくりほぐれていくのを感じた。
でも同時に旦那様がやつれたことに気が付いた。少し御瘦せになっていた。
「旦那様、お体が優れないのでは?」
「お前が戻ったからもう大丈夫だ。知っているか?阿宇が逝ってからしばらく経ったんだ。阿宇が恋しくて、戻ってくることを信じて仕事に打ち込んだだけだ。事実、お前は戻ってきてくれた。もう何も心配はない」
「・・・黒蘭様は?」
私はイギリスに立つ直前黒蘭様と旦那様の様子を思い出した。あの人の執着は底がない。また、仕事をさせられるのか不安になっていると旦那様はしっかりと僕を抱きしめて「大丈夫だ。見つからないよにお前をかくす」とおっしゃった。
あの時僕が旦那様の陰に隠れたことが原因だった。
僕が床に伏してから、僕の回復に努めたものの快方に向かわず余命宣告されたとき黒蘭様が話をもちかけたらしい。「魂をとどめる器を作る人形作家がいる」。黒蘭様と旦那様にとっての共通事項は僕を生かすこと。ただ、当時すっかり旦那様のもとでお世話になっていたことは、黒蘭様にとって面白くないことだった。だから旦那様に話をもちかけた。
内容は、僕を助ける手立てを教える代わりに人形後の権利をすべて黒蘭様に預けること。風前の灯火の状態だった僕に、旦那様は考える暇なく決断を迫られ、承諾した。そして、僕が逝って再び蘇るまでの間、旦那様は計画を立てた。
まず、所帯をもってお屋敷を出た。住まいを新しく建てて、そこに秘密の隠し部屋を作った。そして体の不調を理由に李商事のオーナーの席を黒蘭様にゆずった。違和感を感じさせないために、かなりの時間をかけたと聞いた。そして受け取りの日、当然黒蘭様には仕事が入った。李商事のオーナーの仕事は本当に忙しいんだ。しぶしぶ黒蘭様は受け取りに別の人を遣わせることになった。そこに旦那様が介入して、受け取りに向かった。そしてそのまま黒蘭様に引き渡すことなく、新しいお屋敷の隠し部屋に僕を住まわせた。
一向に届かない僕に、旦那様を疑った黒蘭様はお屋敷に乗り込んだ。部下にお屋敷内を探させた。だけど当然僕は見つからなかった。なんせ綿密に計画したことだったから、隠し部屋へ続く道を探すことができた人は誰もいなかった。そうして僕は旦那様のお屋敷にとどまることができた。
黒蘭様は度々旦那様を尋ね、屋敷内を探し回ったけど僕を見つけることはできなかった。すっかり安心して僕は旦那様の庇護下のもと幸せな時間を過ごすことができた。そんな日々が数年続いた。だけど、悪夢は突然やってきた。
いつものように部屋にいると旦那様の部屋からうめき声が聞こえて、しばらくして聞こえなくなった後、部屋に入ってきた奥様の叫ぶ声が聞こえた。僕は部屋から出ることができず、屋敷内が騒然としている間、ただ部屋の扉を旦那様を呼びながらたたき続けることしかできなかった。
そうして僕は一目まみえることもかなわず旦那様と突然別れることになった。ただただショックだった。なにもわからないままことが進んで僕だけが置いて行かれるようなそんな日が2,3日続いた。そして葬儀の日の前日、黒蘭様がやってきた。
旦那様の遺体が安置された場所は旦那様のお部屋だった。そこに黒蘭様が入ってきた。黒蘭様は旦那様を見ながら「お前が約束を破ったのが悪い」と言った。
その一言で僕は全てを察した。旦那様は黒蘭様に殺されたということを。突然空気を奪われたような感覚だった。どうして、も、なぜ、も出てこなかった。僕が原因だったからだ。その事実が僕を打ちのめした。あのとき、旦那様から話を聞いたときなぜ黒蘭様の元に向かわなかったのか、こうなることが分かっていたら黒蘭様の元に行っていたのに、と。
葬儀のあと、夫人が偶然隠し部屋への道を見つけた。気味悪がった僕を倉庫に移した。正直そのときは茫然自失としてあまり記憶がないんだ。というより、僕が周りを遮断していたというのが正しいかもしれない。
これが、僕が知っているマディードールと黒蘭様の真実の全てだ」




