浩宇の出自2
しばらく言いよどむように顔をしかめながら、浩宇は重い口を開いた。
「僕はもとは黒蘭様の養子だったんだ。ある施設から買われたんだ。その施設は金持ちの御用達店で、好みの子供を競り落としに世界から富豪がやってくる。黒蘭様もその一人だった。僕を気に入って大金を積んで競り落としたって聞いた。
李家に引き取られてからは、衣食住をすべて用意してくれた。施設ではひどい暮らしをしていたから、来たばかりの時はそれにつられて舞い上がっていた。でも僕のお屋敷での仕事は黒蘭様を癒すこと。しばらくしてお屋敷に慣れたころから、僕の仕事は始まった。夜ごとに寝室に呼ばれる毎日で、施設の教育をしのぐほどの毎夜だった。
すっかり憔悴しきっていた。全てを管理され、監視されているから自殺を図ることもできない。絶食も試したけど、点滴を打たれて結局それもダメだった。そんなときに、旦那様が助けてくれた。
旦那様、白蘭様は黒蘭様の双子の弟で、本当にお優しい人だった。それまでは海外でお仕事をされていたけど、黒蘭様から金の無心をされて、それも想定以上だったから仕事が終わったあと帰ってきたんだ。あとで知ったことだけど、そのお金は僕の競り落としに使ったお金だった。比率はちょうど1:1。事実を知った旦那様は怒って、僕の使用権について黒蘭様と話し合った。結果、使用権は1日ごとに交代することになった。それまで毎日続いていた悪夢が一日おきになっただけでも僕はとても嬉しかったのに、旦那様はいろいろなものを僕に与えてくれた。
教育を受けさせてくれたし、旅行にも連れて行ってくれた。気遣うべきは僕なのに、常に気遣っていただいた。夜も一人部屋を与えてくれて、寝付けない日は僕が寝付くまで側にいてくださった。旦那様と過ごした時間はどれも暖かくて、優しくて、僕にはもったいないほどの時間だった。いつまでもこの時間が続けばいいのにと思っていた。旦那様のそばにいられるなら黒蘭様との時間も耐えられた。
でも、僕の体が持たなかった。過度のストレスと虚弱体質な体のせいで僕はみるみる衰弱していった。すっかりご飯がのどを通らなくなっていた頃には、余命宣告をされていた。
その頃だ。妙な業者がお屋敷に出入りするようになった。旦那様と黒蘭様が業者と僕について話合っているっていう噂でお屋敷はもちきりになっていた。当の僕は何もわからずに噂に不安になるばかりだった。僕にとって信頼できる人は旦那様一人だけで、僕は旦那様を信じることで不安をやり過ごしていた。
そのうち僕は黒蘭様に呼ばれることはなくなって、旦那様との時間が増えていった。その時に、ここに来た。
ある日、特になんの変りもない日に旦那様が僕を連れてイギリスに行こうとおっしゃった。僕は二つ返事でうなづいて、「もしかしたらこれが最後になるかもしれないです」と言った。そしたら旦那様は悲しい顔をされて「お前を病気なんかに連れさせはしない」、「これからもずっと一緒だ」とおっしゃった。その時僕はその意味が分からなくて、「僕も旦那様と一緒にいたい」と言った。すると、旦那様は不安な顔から一転明るい顔をされて「なら、両想いだ」とおっしゃった。
出かけの直前黒蘭様が玄関で旦那様を引き留めて何やら話していた。旦那様は顔をしかめつつも黒蘭様の話にうなづいていた。
旦那様は飛行機でようやく僕に真相を話してくださった。「お前も知っている通り、お前の体はもうボロボロだ。今にも消えてしまいそうだ。私はそれが怖くて仕方がない。だから、これは私の我儘だ。今から確かな腕を持つドール作家に会いに行く。お前を作ってもらうんだ」とおっしゃった。僕は一瞬驚いて、でもすぐに喜びが心に満ちた。旦那様がそこまで思ってくれていたことに感激した。なにより、僕自身もそう思っていたから。いつまでもお傍にいたいと。
イギリスから帰ると、病気の症状はとたんに悪くなってすっかり寝たきりになった。そしてあの日、僕が死んだ日。朦朧とした意識の中で分かったのは、旦那様がしっかりと手を握ってくれていたことだけ。僕の名前を呼びながら、「大丈夫だ、また目は覚める。次に起きたときは私の腕のなかだ。安心しておやすみ」と。おかげで僕は意識を手放すことが少しも怖くなかった。
「旦那様、浩宇はいつまでも旦那様を、白蘭様をお慕いしています。」
そういい伝えて、僕は一度目の生を終えた。最後に感じたのは旦那様の香りだったか、涙だったか、強く握りしめられた手の感触か。最期の瞬間までも幸せだったと思っていた。
僕が再び目を覚ますまでは」
血が出てしまうのではないかというほど強く手を握り締めて、浩宇は眉間の皺をさらに深めた。




