清家 碧
大人たちの会話が終わろうとしていたその頃、レミと葵はオフィス街から少し離れた場所にある小学校についていた。
「ここが弟の通っている小学校だよ」
赤レンガ造りの歴史を感じさせる建物に、男性の身長の倍ほどある鉄格子の門。門の中央には獅子をイメージした大きな校章が付けられている。
「とても、立派ね」
レミの通う学校もそれなりに歴史のある学校のはずだが、到底及ばない差を感じ絶句した。見れば校内を歩く生徒達からもその品格を感じる。きっちりと絞められたネクタイに皺の無いジャケット。髪から足先に至るまでキチンと身だしなみが行き届いている。
「あれが弟の碧だよ」と、葵がこちらに向かってくる男の子を指す。指した先には、ばたばたとあわただしく向かってくる男のがいた。
「兄さん!ごめんなさい。本当は門で待っているはずだったんだけど先生に呼び出されちゃって」
「また何かやらかしたのか?」
気まずげに笑いながら葵の顔を伺う碧に、葵はまたかというようにあきれ顔をした。
「美術で自由課題を与えられたから、ダイナミックな作品をつくろうと思って絵具をキャンパスにぶちまけたら周りに散らしちゃって」
よくみると内側のシャツに赤や青の絵具が散ったあとが見える。手提げの中には美術の時間に使ったエプロンだろうか、丸めて突っ込んである。
「養父さまにまた電話がいくだろう。迷惑をかけるなっていつも言ってるはずなのにどうして問題ばかり起こすんだ」
「僕あの人嫌いだし、それに課題だから真剣にとりくんだのになんで怒られなきゃいけないんだ!」
「碧!」
あまりの言いぐさに葵は碧をしかりつけた。
「養父さまは身寄りのない僕らを引き取ってくれて、こうしていい学校にも通わせてもらっている。生活にも不自由はない。どうしてそんなことを言うんだ。兄さんを困らせたいのか?」
「違う!僕は兄さんが大好きだし、困らせたいなんて持ってない。けど、僕はあの人がどうしても苦手なんだ」
だんだん覇気がなくなっていく碧に、葵はため息をついて空を仰いだ。突然繰り広げられた言い合いにとまどっていたレミだが、いまだ!と思い仲裁に入った。
「まぁいったんそこらへんにして。碧君のこと紹介してもらってもいいかな」
「こんなところ見せてごめんね。碧、こちらは早見レミさん。前話した人形のこと覚えてる?あの作家さんの姪御さんだよ」
「うわー!マディーの姪なの?!僕マディーの画集持ってるよ!マディーの作品を見て僕も芸術に興味を持ったんだよ」
さっきまでのしおらしい姿はどこに行ったのか。どうやら碧は作家マディーのファンらしく、とたんに元気になった。
「そうなの?そしたら今度叔母さんのアトリエに来たらいいわ。森に囲まれていてとても静かでいいところよ」
「マディーのアトリエ?!レミはそこに住んでるの?いーなーーーー!!」
まばゆい輝きに満ちた目でレミに詰め寄る碧を抑え、葵が紹介を続けた。
「こっちは碧。小学4年生の僕の弟。今ので分かったと思うけど落ち着きがない困った子だよ。そこがかわいいところでもあるんだけど」
むぃと碧のほっぺをつまみ「もう悪さはしちゃだめだぞ」と言いつけると、碧はベッと舌を出して目を明後日の方向に向けた。約束はできないということらしい。いつものことなのか葵はまたため息をついて碧の頭をぐしゃぐしゃに掻いた。
「兄さん、僕レミともっとお話ししたい!」
「どこか休憩できる場所ないかしら?」
「近くにカフェがあるからそこに行こう」
学校の近くには迎えに来る親が良く行く喫茶店があるらしくそこのロールケーキが絶品だという。学校から歩いて5分もしない場所にその喫茶店はあった。慣れた様子で店内に入る葵と碧に続いてレミも入る。中にはいかにも子供を待ってますという保護者達の姿がちらほら見られた。
「これこれ!このプレーンがおいしいんだよ!ね、これにしよ!」
「こら、碧。自分が注文したらいいだろ。レミ、碧のいうことは聞かなくていいからね」
「だめだよレミ!はじめは絶対これ食べないとだめなんだよ!」
「碧!」
カウンターで再びケンカしそうな勢いのふたりを止めるように、レミは店員に「このプレーンのロールケーキお願いします!」と伝えた。
「ごめんね、レミ」
「いいの。わたし決めるの時間かかっちゃう方だからおすすめしてもらえて助かったわ。ありがとう碧君」
「どういたしまして!僕もロールケーキにしようかな。プレーンもいいけどこのフルーツもりもりのも気になるし、チョコもいいなー。あ、でもイチゴも捨てがたいなー。いややっぱりプレーン、、、」
「チョコとフルーツのロールケーキもお願いします」
ショーケースを行ったり来たりする碧を置いて、葵はレジに立つとさっさと会計してしまうのだった。
引きずるようにして碧を席に連れていくと、すでに関心はケーキからレミに戻ったようで思い出したように口を開いた。
「レミはさ、マディードール見たことある?」
「あるわよ。叔母さんの家にいっぱいあったもの」
「あれ、すごいよね。一回展覧会に行って見たんだけど、今にも動き出しそうなくらいだったよ!」
ほんとうに動くんですけどね、とは言えないレミは「そうだよね」と苦笑いで返した。
「レミはさ、マディードールの噂聞いたことある?」
「噂?」
机から身を乗り出して周りを経過する碧。レミも碧の口元に耳をよせた。
「あくまで噂なんだけどね、ドールの素材には人骨が使われているんじゃないかって噂」
「人骨?!」
衝撃的な話に思わず声を上げた。碧があわてて「しーーーっ!!!」と口元を抑えるように言った。声を出しすぎたか、周りの客もちらちらこちらを見ている。




