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女神さまのミスで最強になった僕は、クラスメイトと別れて自由に生きる

作者: 千葉 都

新作を描いてみました。と言っても短編です。

拙い文ではありますが、是非最後までお楽しみください。



「何よいったい! こんな時間に」


 私は女神【アルファウス】。()()女神じゃないわよ。【グリファス】っていう世界の神様なの。

 この世界は地球とは違う世界なの。いわゆる『異世界』ってやつね。

 で、何で荒れてたかって? そろそろ休もうかと思ってたところに、急に仕事が来たのよ。しかも大急ぎの。信じられる?

 神様だってやることはいっぱいあるの。ただ『ぽー』っと地上を眺めてればいい訳じゃないんだから。いつ何が起こるか分からないから常に準備しておかなきゃならないし、ほんとブラックな環境よね。

 グリファスには私しか神様がいないから、全部回ってくるの。だからと言ってずーっと詰めてたらもたないんで、少しは休ませてもらってるわ。その時に起きた大雨とか地震とかは、まぁしょうがないわね。『天の災い』ってことで。尤も多くは私が和らげているんだし、地上の人は知らないんだろうけど。


 私の世界、グリファスには高度な文明を持つ人間が住んでるわ。高度って言っても地球の中世の頃程度だけどね。

 エルフ?ドワーフ?私の世界にはいないわよ。他の世界にはいるみたいだけどね。

 あと、魔物って呼ばれる生き物もいないわ。いるのは獣だけ。魔力も持っていないし、何倍もの大きさの凶暴化した個体が出てくることもないわ。もちろんスライムもゴブリンもオークもドラゴンもいません。そういう意味での生物の環境は地球に近いかも。


 でも地球と大きく違うのは、グリファスには【魔法】があるの。魔法があるおかげで地球程の技術の発達はないの。まぁ地球の技術力は他の世界と比べても群を抜いてるんだから、比べちゃいけないんだけどね。


 あとは……、この世界には【レベル】っていうのがあって、いろいろな経験を積むとそのレベルが上がるの。戦うだけじゃなくって、勉強しても商売しても、それこそ悪い事したってレベルは上がるわ。経験を積むということに違いはないからね。子供のうちはレベルアップは早いわ。何をやっても経験になるからね。でもだんだんレベルは上がりにくくなるの。

そしてレベルが上がると魔法が使えるようになるの。レベル5ぐらいからかなぁ、生活に便利な魔法が使えるようになるのよ。『火と付ける』とか『明かりを灯す』とか『清潔にする』みたいのね。

 大体大人になるぐらいにはレベルが10ぐらいになるわね。で、この『レベル10』っていうのが大事で、ここにたどり着くと他の魔法も使えるようになるの。所謂【属性魔法】ってやつよ。『火の魔法』とか『水の魔法』とかみたいの。

 でも何が使えるようになるかは全くのランダム。親が火の魔法が使えるからって言ったって、その子供が火の魔法を使える保証なんて全くなし。


 それでもね、レベルが20になれば別の属性魔法も使えるようになるし、30、40って10上がるごとに増えるのよ。だからみんな頑張ってレベル上げするみたいよ。

 でもね、人間の寿命って短いじゃない。今までで一番レベルを上げた人でも、確か48じゃなかったかな。それでも凄いのよ、だって魔法を4種類も使えたんだから。たいていの人は30まではいかないんだから。


 でもただじゃ魔法は使えないわ。って言ってもお金を払う訳じゃないの。人間の中にある【魔力】って言うのを使うのよ。その魔力ってやつはレベルアップでも増えるし、あと訓練しても増えるわ。

 他には【体力】、【力強さ】、【丈夫さ】、【知力】、【精神力】、【素早さ】、【器用さ】なんて言うのもあるわ。【運】っていうのもあるみたいだけど、これはレベルアップでよくなる訳でもないし、鍛えてどうこうなるものでもないの。偶然上がったり、下がったり。そんな感じね。


 あと、レベルが上がると時々技能(スキル)を貰えることもあるわ。『剣技』とか『裁縫』とか『毒耐性』とか。『剣技』とか普通の生活をするのに要らないじゃないかって?

 いやいやこの世界は地球の中世と同じ程度って言ったわよね。だから普通に戦争とかやってるの、覇権を争ってね。もちろん徴兵もあるわよ。だからスキルは必須なのよ。


 何の話しだったっけ? そうそう、休もうとしてた時に、急ぎの仕事が来たって話だったわね。

 グリファスにはねいくつかの国があるの。その中の1つ、【ハーデリオス聖教国】なんて言ってる国がさ、事もあろうに異世界召喚なんかしちゃったのよ。それも1人じゃなく41人よ。

 異世界召喚って、まぁ出来ちゃうわけだから絶対にやっちゃいけないってもんでもないんだけど、効率の悪いものなの。召喚の魔法を使うんだけど、魔法陣も必要だし、何より大量の魔力が必要なの。何百人、何千人もの魔力をためてようやくできるの。

 でもできたからと言って必ずしも成功するとは限らないわ。きちんと発動したって空振りすることなんてザラよ。獣や魔物の時もあるし、人間の時もある。

 獣や魔物の時はほったらかしなんだけど、流石に人間はねぇ。向こうの神様に『便宜を図ってやってくれ』ってお願いされるから、無下にすることもできなくってねぇ。まぁ私の所はレベル制なんで、レベルを決めてあげて、あとは【言語理解】っていう言葉の問題を解決するスキルをあげればお終いだからね。レベルさえ決まれば魔法やスキル、ステータスは勝手に決まるから、楽ちんって言えば楽ちんなんだけど。


 ん? 転生ボーナスはないのかって?

 んなもんある訳ないじゃん。会話が出来て読み書きができるだけでも十分ボーナスだって。

 スキルや職業を決めてあげなきゃならないとこもあるみたいだけどね。


 という訳で、この41人にレベルを付けてあげないといけないのよ。こんな時間にね。

 もう、早く休みたいから、チャッチャとやっちゃいましょ。


『(カチャカチャカチャ……………)』


 終わった、終わった。じゃぁ皆さん、頑張ってね。

 この人たち、元の世界に戻せるのかって?

 無理無理。そんなこと出来る訳ないじゃん。こっちとしちゃ、どっから来たのかも分からない人を、どうやって戻すっていうのよ。可哀想だけど諦めてもらうしかないわね。

 異世界召喚って異世界からの人攫いのことだから、ハーデリオスには後でちょっとペナルティーを与えないとかないとね。


 それじゃぁ、おやすみなさい。



◇◆◇ ◆◇ ◆ ◇◆ ◇◆◇



「ここが事件の現場であります、東大知高校です。この学校の2年C組の生徒40名と先生1名が3日前、忽然と姿を消したのです。一瞬光を見たと言う人もいますが、真相は分かりません。事件なのか事故なのか、あるいは狂言なのか。だた一つ分かっていることは3日前より姿が見えなくなったという事です」


 今から3日前、ここ東大知高校である出来事が起こったのだ。


『集団失踪』


 2年C組の生徒40名と先生1名が、授業中に姿を消した。初めはどこかに隠れたものと思われたが、現場の状況があまりに不自然だったのだ。持ち物はそのまま、椅子も座ってたところから動いていないのだ。

 グラウンドで体育の授業中だった生徒の数名が、このクラスが一瞬光ったと証言したが、それについても何ら証拠がつかめていない。

 警察も周辺の聞き込みなどを行っているようだが、有力な証言は得られていないようだ。


 彼らは一体、どこへ消えてしまったのだろうか。現代に起こった神隠しなのだろうか。



◇◆◇ ◆◇ ◆ ◇◆ ◇◆◇



 遡る事1年前。ここはハーデリオス聖教国の聖都エルミーゼにある王宮の一室。



「ナルクールの奴はどうして解らんのだ。エミオス様の教え、ハデルの真の教義を」


 ハーデリオスの聖都エルミーゼの中でも一際豪奢な城の中のこれまた贅の限りを尽くした部屋で、ギュストフは吐き捨てた。


「…………陛下…………」

「もういい!下がれ!」


 臣下を下がらせると、棚に並んだ酒に手を伸ばした。芳醇な香りを放つ酒をグラスに開けると、一気に煽った。


「まったく、どいつももこいつも……。俺がハデルの教皇で、俺の言葉が神エミオス様の代弁であるということがなぜ解らん。これ以上の反目はエミオス様への反目、ハデルの逆賊ともなりかねんというのに」


 再び酒を呷るとソファーに腰を下ろした。


「リスティーナ!リスティーナはいないのか!」

控えの間から一人の美しい女性が現れた。彼女は薄い衣で着飾ってはいるものの、どこか寂しげな眼をしていた。

「こっちに来て酒を注げ!早くしろっ!」


「お前は確かベルカーンの出だったな」

「……はい」

「エミオス様の力を分けていただいたにもかかわらずエミオス様の教えに従わぬ逆賊国ベルカーンの」

「いえ、決して……」

「ええい、黙れっ!」

殴ろうと振り上げた拳だったが、「にやり」とした顔を見せた後下ろした。

「ふんっ!後でだ!わかっているな!」

黙って俯く彼女の肩は、小さく震えていた。


「手始めにベルカーンを攻めるか。エミオス様の教えに従わぬ輩なぞただの賊だ。その賊を聖なる我らが討つということのどこに非があろうか。エミオス様の力、ハデルの力を見せつけてやろうぞ。

そしてナルクールの奴だ。これ以上我の意向に背くというならベルカーンと同じ道を歩むことになると知らしめればならぬ。

真のエミオス様の思いを実現させるには、従わぬものは排し、誤ったものは正さねばならぬ。それが出来るのはハーデリオスだけなのだから、我らがやるしかあるまい」

「陛下、お願いです。ベルカーンを攻めるのは止めてくださいっ!」



**********



 そして時は現在(いま)、王宮の地下で一つの儀式が行われていた。

 計画から1年、多くの犠牲を払い、今それは最終段階を迎えようとしていた。

 床に描かれた魔法陣は魔力を蓄え光りを放っている。この魔力もこの国に住む普通の生活をしていた民から強制的に吸い上げたものだ。その過程で何人かの人が亡くなったが、そんなことを気にするような者はいなかった。


「よし、始めろ。失敗は許されんからな」


 教皇の号令で儀式は始まった。魔法陣の光りが強さを増し部屋全体に広がる。魔法陣の強烈な光が弾けた瞬間、何もなかった部屋に何かの存在があった。


「(ザワザワザワ……………)」


 部屋の様子が少しずつ分かってきた。そこには人がいた。1人や2人ではない。かなりの人数だ。


「教皇様、成功でございます」

「そうか、よくやった。後のことはアルフィーネ、頼んだぞ」

「はい、父上」


 異世界からの勇者召喚に成功したギュストフは、揚々と引き上げて行った。


「サルジュ、例のモノは準備できていますね」

「はい、問題ありません」

「少し多いようですけど」

「数は十分です」

「よろしい。それでは参りましょうか」



「(ザワザワザワ……………)」

「静まれぃ。アルフィーネ皇女の御前である。静まれぃ」

「………」

「ようこそ勇者様。私はハーデリオス聖教国の皇女、アルフィーネです。この度は……………」



◇◆◇ ◆◇ ◆ ◇◆ ◇◆◇



 俺は早田光。東大知高校の2年C組の生徒だ。俺は男だからな。決して僕っ娘や俺っ娘なんかじゃねぇから。確かに背は低いし、華奢で色白で女子からも『可愛い』って言われるけど、れっきとした男だ。この間の文化祭で女装してウェイター(ウェイトレス)やった時に告白されたこともあったけど、それは俺の黒歴史。女装だって俺はしたくなんかなかったんだ。佐々木の奴が嵌めやがって……


 東大知高校は県内でも上位の進学校だ。丁度担任が受け持つ数学の授業中だった。

 突然、教室に光が溢れた。光りが落ち着いたとき、クラスメイト40人と担任の日下先生がいたのは、見たことのない石造りの大きな部屋だった。


「おいっ、何が起きたんだ!」

「ここってどこ?」

「先生っ!」

………


 まさか、異世界召喚。よくラノベとかであるあれか。チョッと待て、あれってラノベの世界の話じゃないのか。まさか現実に俺たちに降りかかってくるなんてな。


 俺は体を動かすより本を読んだりゲームをしたりしてた方が好きだから、こういう話はよく知ってる、っていうかよく読んだ。クラス全体で異世界に転移して、王女様が出てきて、スキルなんかが調べられて、能力別にふるいにかけられて、訓練させられて、戦わさせる。大概無理やり隷属させられるんだよな。


 って事はここで目を付けられるわけにはいかないな。そのためにはまず自分を知らないと。こういう時は確かこうだったよな。

『ステータス・オープン』

 俺は周りに聞かれないように心の中で静かにつぶやいた。

 俺の目には半透明のボードの上に何やらごちゃごちゃと書かれたものが見えている。周りを見てもそれには気づいていないらしい。どうやら俺にしか見えないようだ。


~~~~~~~~~~

早田 光(ヒカル ソウダ)

17歳


レベル:713

HP:46523

MP:72195

魔法:火属性、水属性、土属性、風属性、氷属性、雷属性、光属性、闇属性、聖属性、邪属性、…

スキル:隠蔽、魔道具操作、魔道具解析、鑑定、収納、剣術、槍術、盾術、棒術、毒耐性、毒無効、…

~~~~~~~~~~


 なんだこれは、バグか?って言うかこれは絶対に拙い。目を付けられない訳がないじゃないか。 何とかしなければ……

 そうだ、スキルに【隠蔽】があるじゃないか。とりあえずこれを使ってヤバいのを隠しとかないとな。


 とりあえずスキルを一旦全部隠した。そうしないと1個ずつ隠していたら大変なんだって。なんせべらぼうな数があるからな。



「おっ!これスゲーじゃん」


 クラスメイトの山崎忠が大声をあげた。山崎って言うのは俺にちょっかいを出してくる佐々木の腰巾着だ。


「まるでゲームだぜ。俺レベル15だってよ。風の魔法が使えるみたいだ」

「どうしたらわかるんだよ」

「俺にも教えろよ」

「チョ待てよ、教えるからさ。『ステータス・オープン』って言えば見えるようになるんだよ」


 あっちこっちで声が上がった。やれレベルがどうだの魔法がどうだのスキルがどうだのと。

 その声を聴いているうちに一つの傾向が分かった。レベルは大体15前後、魔法は1種類、スキルは3つないし4つと言ったところだった。


 俺は周りに合わせるべくレベルの調整を行った。と言っても目立ちたくないんで平均より下、俺のレベルの下2桁13にした。レベルの調整を行ったとたん、HPやMP、その他のステータスもそれに応じて自動的に調整された。これには助かった。なんせレベルは聞こえてくるがステータスがどうだかなんてわからない。


 魔法はどれを選ぼうか。攻撃ができる魔法や回復なんかはダメだし、時間や空間なんて言うのもダメだな。おっと召喚なんて言うのは絶対にダメだ。うーん、何かいいのはないだろうか。

 俺が選んだ魔法は、【錬金魔法】だ。まぁ何かを作り出し魔法なのだが、どうやらこの世界ではポーション制作者として認知されているらしい。聖魔法が使える奴もいるだろうから、そうすれば俺のポーションなんか不要になる。よし、これで俺の魔法は使えない魔法になった。


 最後はスキル。全く持っていないと逆に目立ちそうだから、使えなさそうなものを選んどこう。

 戦闘スキルは出しときたくはないけど、無きゃ無いでまた佐々木たちが苛めてきそうだからな。そうしたらば……っと。

 俺が選んだのは【棒術】。杖を使って戦うみたいなもんだろ。剣や槍みたいに物騒なもんじゃなさそうだし、俺の体格で盾は無理だ。【鑑定】のスキルでよく見たら、『棒状のもので戦うときに効果が上がる』とのことで、剣も槍も普通以上には使えるようだ。まぁ使わないがな。

 他に選んだのは【毒耐性】と【読書】。実際には【毒無効】があるから俺に毒は効かないんだけど、万が一毒を盛られたときに、『耐性があったから助かりました』って言えるじゃん。いわゆる言い訳のネタだな。

 【読書】は使えないスキルの代名詞みたいなもんだよ。この世界の本の価値がどの程度かは知らないけど、とても貴重なものならそもそも出回らないし、普通に出回ってたとしても何にも役立つものじゃない。


 よしっ、これで大体終わったな。

 これが今の俺のステータスだ。思ったよりHPとMPが減ったな。まぁこんなもんなんだろうな。


~~~~~~~~~~

早田 光 (ヒカル ソウダ)

17歳


レベル:13(713)

HP:273(46523)

MP:328(72195)

魔法:錬金魔法(、火属性、水属性、土属性、風属性、氷属性、雷属性、光属性、闇属性、聖属性、邪属性、…)

スキル:棒術、毒耐性、読書、言語理解(、隠蔽、魔道具操作、魔道具解析、鑑定、収納、剣術、槍術、盾術、毒無効、…)

~~~~~~~~~~


 あれ?言語理解って何だ?


「ねぇ、ちょっといいかな。スキルに【言語理解】ってある?」

「あるぞ」

「私も」

「俺もあるな」


 どうやらみんな持っているようだ。神様が異世界から連れてこられた人にくれたんだろう。言葉が通じなきゃ殺されかねないからな。


「ねぇ、光はどうだった?」


 俺に話しかけてきたのは鈴木可奈。クラスの女子の1人で、よく俺に話しかけてくる。明るく活発な女の子で、綺麗と言うよりは可愛いという感じだ。クラスの中でも人気が高く、あの佐々木も好意を寄せているらしい。あいつが俺を目の敵にするのは、可奈が俺の方に来るかららしい。


「俺のレベルは13だったよ。魔法は錬金魔法だってさ」

「私と光、同じレベルだね。わたしも13だったの。魔法は聖魔法だって」

「聖魔法か。凄いね。傷とか治せるようになるんだろ」

「よくわかんないけど、もしかしたらそうかも知れない。光、一緒に帰ろうね」

「あぁ」


「へんっ、お前錬金魔法だって。使えねぇな。まぁ使えねぇお前にはピッタリだけどな」


 俺を揶揄いに来たのは安部貴史。こいつも佐々木の腰巾着の1人だ。


「ちょっと、何言うのよ。光に謝りなさいよ」

「へっ、女に庇ってもらってやんの。だせー奴」

「……」

「なんか言ったらどうなんだよ。レベルも低いし魔法も使えないんじゃ何も言えねぇよな。ちなみに俺はレベル15で火属性だぜ。お前の丸焼きだって作れるんだぜ。ハッハッハ……」


 俺の丸焼きだって? 作れるわけないだろ。だって俺の状態異常無効の中に【火傷】と【熱】があるんだから。火事の中で寝てたって怪我一つしないんだよ。



 おっと、誰か来たようだ。女の人が男の人を連れてやってくるみたいだぞ。女の人は俺たちとあまり変わらないみたいだな。男の人は40台って感じだな。日下先生より上っぽいからな。


「静まれぃ。アルフィーネ皇女の御前である。静まれぃ」

「………」

「ようこそ勇者様。私はハーデリオス聖教国の皇女、アルフィーネです。この度は我等の願いを聞き入れここハーデリオスに来てくれたこと、感謝致します。私たちはあなた方『勇者』を歓迎致します」

「(俺たち勇者なんだ)」

「願いを聞き入れて来てくれた? 何を言ってるんだ、勝手に連れて来ておいて。これは立派な誘拐じゃないか」

「黙れっ! 貴様何者だっ!」

「『黙れ』と言われたが聞かれたんだから答えてやるよ。私はこのクラスの担任の日下だ。子供たちを今すぐに元の世界に返すんだ」

あれ? 日下先生キャラ変わってませんか。


「悪いけどそれはできません。私たちもあなた方を狙って呼んだわけじゃないんです。偶然あなた方だったのです。申し訳ありませんが帰る方法はありません。そのかわりこちらでの生活は保障致します。心優しい教皇様はあなた方勇者様に爵位を授けることも考えていらっしゃいます」

「(爵位って、俺たち貴族になれるのか)」

「(爵位って男爵とかそういうやつだろ。歴史で習ったけどまさか俺たちがそうなるとはなぁ)」

「戸惑うのも無理はありません。だけど受け入れてほしいのです。私たちはあなた方勇者様の力を必要としています。大変勝手な言い方なのですが、手を貸して頂きたいのです」


 あれっ? ラノベの王女様とはチョッと違うようだな。なんかすごく腰が低いな。

 まあいい、もう少し様子を見るとしますか。


「勇者だの爵位だのと心の整理がつかないことは承知しておりますが、私にあなた方の力を見せてはいただけないでしょうか。こちらの水晶の玉に手を翳していただければ結構です」

「あの、それってみんなに私のことが知られちゃうんですか?」

「そのようなことはありません。見せてもらうのは私だけです。皆さまには目を瞑っていただきます」

「そんなの知られちゃうじゃないですか。嫌ですよ」

「黙れっ! 大人しくしないと牢にぶち込むぞ」

「子供たちに手を出さないでくれ。そうでなくてもいきなりこんなところに連れてこられて混乱しているんだ。どうしてもやるというのなら、一人ずつ別室でやってはもらえないか」

「分かりました、そのようにいたしましょう。サルジュ、準備をしてくださいね」

「畏まりました、姫様」


~~~~~~~~~~

【魔道具:スキル読み取り水晶】(レベル:5)

対象者のスキルを読み取る。読み取る項目は名前、年齢、レベル、魔法、スキル。

~~~~~~~~~~


 おっ! 出てきたな。スキル鑑定の水晶玉。あれに係ると丸裸にされるんだよな。せっかく隠したのがばれると拙いな。あれの仕組みって分かんないもんかな。そういやスキルにそれっぽいものがなかったっけ。……あっ!これこれ。【魔道具解析】。さっき鑑定であの水晶玉を見たんだけど、隠したのがばれるかわかんないんだよね。それじゃ、チョイチョイっと解析でもしてみますか。


 解析して分かったのはスキルの鑑定と同じだということだった。じゃぁ何か、俺の鑑定で他の人のステータスが分かるって言うのか。


 その前に自分のスキルを見返しておこう。


~~~~~~~~~~

【スキル:鑑定】(レベル:MAX)

見たものの情報を知ることが出来る。対象はヒト、生き物、道具、ステータスなど。

高レベルの隠蔽で隠されたものを見ることはできない。

~~~~~~~~~~


~~~~~~~~~~

【スキル:隠蔽】(レベル:MAX)

スキルや物などを隠すことが出来る。対象はヒト、ステータス、道具など。

高レベルの鑑定や探索では無効となる。

~~~~~~~~~~


 おぅ、俺の隠蔽ってカンストしてるじゃん。これならあの魔道具で見られたって平気だな。って言うか鑑定もカンストか。こりゃ何でもありありだな。

 隠蔽でヒトも隠せるんだって。あとで試してみるか。カンスト探索持ちなんていないと思うから試すには丁度いいな。ヤバくなったら抜け出さなきゃならないだろうし、そのための準備は必要だな。


 よし、佐々木の奴を覗いてみるか。


~~~~~~~~~~

佐々木 学 (マナブ ササキ)

17歳


レベル:16

HP:567

MP:217

魔法:水属性

スキル:剣術、攻撃力アップ、統率、言語理解

~~~~~~~~~~


 げっ! こいつヤベーじゃん。レベルも俺より3つも高いし、違った、レベルも俺の見た目より3つも高いし、体力もけっこうあるな。【剣士】ってタイプか。って言うかコイツ、いろんな意味で目立つな。



「それでは皆様、よろしいでしょうか。お一人ずつこちらの部屋に来てください」

「よし、お前からだ。日下と言ったな」

「先生はすぐに戻ってくるから、みんなは大人しくしてるんだぞ」


 日下先生行っちゃったよ。でも先生って凄いんだな。年齢もあるんだろうけどレベル19だってよ。

 おっ、すぐに戻ってきたな。まぁ簡単に終わるもんなんだろうな。

 ん? 腕についてるあれは何だ?

 ま、そういう時はとりあえず鑑定かな。


~~~~~~~~~~

【魔道具:隷属の腕輪】(未起動)

身に付けた者を隷属化する。主はギュストフ教皇、アルフィーネ皇女、…

主以外外すことはできない。体力が5%アップする。被監視機能付き。

~~~~~~~~~~


 やっぱりな。こいつら俺たちを奴隷化するつもりなんだ。しかもあの女、俺たちの主に収まるつもりだぜ。これを付けられたらヤバいけど、付けてないのも拙いか。きっとこの魔道具で俺たちのこと監視するつもりだろうしな。まぁここにいる間は付けられてるふりして、抜け出すときに誰かにくれてやるか。


 そうとなったらあの魔道具の機能を変えないとな。付けられてからじゃ遅いから、先に先生のを使ってと……

 よしっ。隷属の部分はきれいさっぱり取っ払って、あとはとりあえずそのままだな。いきなり監視できなくなったりしたら、壊れたと思って付け替えられても困るからな。


 クラスメイトが順番に呼ばれていった。戻ってくると皆腕輪を付けている。ヤバいのは分かってるけど、迂闊に公表する訳にはいかない。可奈には悪いが今は俺だけだ。待ってろよ可奈、必ず助けるからな。


「次。お前だ」


 ついに俺の番が来た。部屋に入るとあの腹黒皇女がニッコリ微笑んで座ってやがる。

 隣で立ってるのはサルジュって言ったか。こいつらもちょっと見てみるか。


~~~~~~~~~~

アルフィーネ・フォン・ゼルフィリオス

18歳

ハーデリオス聖教国 皇女

レベル:21

~~~~~~~~~~


~~~~~~~~~~

サルジュ・フォン・ギルフィール

44歳

宰相

レベル:34

~~~~~~~~~~


 こいつらけっこう高レベルなんだな。腹黒皇女って魔法が2種類使えるのかよ。何、サルジュって奴、宰相なのか。しかもレベル高けっ。こいつは3種類か。それからやべぇな、コイツ鑑定まで持ってるよ。でも平気か。鑑定のレベル5だから俺には大丈夫だな。


 あれか、隷属の腕輪ってやつは。なら【魔道具操作】でチョイと書き換えさせてもらいましょうか、俺のためにね。


「あなたのお力を見せてください。こちらの水晶へ、どうぞ」


 言われるがまま水晶玉に手を翳した。一瞬水晶玉が強く光った。ヤベェと思ったのは、宰相の目の色が変わったからだ。


「ソウダ ヒカル様。ヒカル様ですね。レベルは13ですか。少し残念ですが頑張ればすぐに上がりますから。魔法は……、あら珍しい。錬金魔法だなんて。後衛、いや兵站の方での活躍を期待してますわ」


 残念そうな顔が丸わかりだよ、腹黒皇女さん。それに宰相さんよ、露骨に外れ顔するのは止めてくれよ。まぁ、俺が望んだんだけどさぁ。


「この腕輪をお付けください。これを付けていればこの城の中である程度自由に動くことが出来ます。皇女様のお部屋には行けませんがな。これを付けていないと捕らえられ、牢に入れられることもありますので、くれぐれも外さないように。あとこれを付けてる間、体力がアップする。これから始まる訓練で其方の助けになるだろう」


 よく言うよ。外さないようにだって? 外れないくせに。こっちは全部お見遠しだぜ。

 でもまぁ付けてやるよ。俺専用のやつをな。いつでも外せるし、隷属化もしない。主なんかの設定もない見た目同じの腕輪をな。


~~~~~~~~~~

【魔道具:体力の腕輪】

体力が5%アップする。見た目は隷属の腕輪と同じ。被監視機能付き。

~~~~~~~~~~


『カチャリ』

「これでよろしいのですね、皇女様」

「はい。あなた方にはできるだけのことは致します。不自由があるかも知れませんが、何かあれば言って下さいね」



 俺の予想も大したもんだね。まんまラノベの流れだよ。って事はこの後能力別に分けられるんだな。まぁ間違いなく一番下、目立たないところに入れられるように調整したし、皇女さんの対応や宰相の反応を見りゃ一番下、使えねぇ奴確定だな。気を付けなきゃいけないのは殺される事だけだな。『こいつは使えないから、死罪』なんて言われたら、せっかくの努力も水の泡だ。下なら下で頑張ってる風は装いますよ。


「皆様、協力してくれてありがとう。素晴らしいお力を持った方も多く、安心いたしました。お疲れでしょうが、この後簡単な晩餐会を用意してあります。その前に一つお伺いしますが、皆様は戦いを経験されたことはございますか?」

「ある訳がない。私たちの国は平和で、ここ何十年も戦争などはない。人殺しは犯罪だしそんなことをしたことのある者など誰もいない。更に言えば武器などというものを扱ったことなど誰もいないからな。料理を作るときに使うナイフはあくまで料理用で、戦うためのものじゃないし、スポーツの用具だって武器じゃない」


 おっ、先生頑張るね。流石にね、ここで先生がヘタレたらどうしようもなくなるからね。


「スポーツ? それは……」

「ルールの下で行われる競技だ。人を傷つけるものじゃない」


「皆様のことは分かりました。ただここでは絶えず争いが起こっています。皆さまは既に大人のようですので……」

「俺たちはまだ大人じゃねぇぞ」

「そうです。私たちはまだ大人じゃありません。子供ではないかもしれないけど」

「それはあなたたちの世界の基準ですね。この世界では15歳で大人になります。大人であれば自分の身は自分で守らねばならず、そのために他人を傷つけることもあるでしょう。この世界では皆そうして生きているのです。あなた方もそれに慣れていただきたいのです」

「チョッと待ってくれよ、俺たちに人殺しをしろって言うのか」

「場合によってはそうしなければ自分を守れません。自分を守るためにはそれだけの力を付ける必要があるのです。それにこの国は今大変な困難に直面しています。勇者様たちには手助けをしてほしいのです」

「戦争ですか」

「戦争……。そうですね。内戦も多いですし、外国からの侵略も続いています。私はこの国を争いのない平和な国にしたいのです。勇者様、どうか私たちをお助け下さい」


 あの皇女さん、腹黒だけかと思ったら結構な役者だねぇ。あの美貌であんな演技されたら、男だったらクラっとくるね。実際ほとんどの男どもがやる気を見せてるよ。単純なもんだねぇ。そういう俺もこんなチートな能力じゃなかったら靡いてるんだろうけどね。


「皆様の世界には魔法はありましたか?」

「魔法なんかないよ。魔法なんて小説か漫画かゲームの中のものだからな」

「地球には魔法なんかより発達した技術があります」

「でもこの世界には魔法があります。そして皆さまも魔法を使うことが出来ます」

「俺も使えるのか?」

「そうです。皆さまは魔法を使うことが出来るのですが、使い方を知らないのです。使い方を知って初めて魔法が使えます。そのためにはあなた方勇者様方には訓練を受けていただく必要があるのです。ただ皆様方の中には魔法に長けた者もいれば武器の扱いに長けた者もいるようです。それに魔法と言ってもいろいろな種類があります。そこで申し訳ありませんが皆さまを分けさせていただきたいのです。これには他意はございません。ただ効果的に訓練を進めていくためのものなのです」

「仕方ねぇな、どうやって分けるんだよ」

「先ほど皆様のお力を見せていただいたので、それを基準に分けさせていただきます。先ずヒロユキ クサカ、あなたはこの勇者様の中では異色なので、別で訓練を受けてもらいます。次にマナブ ササキ、あなたは…………」


 予想通りのグループ分けが始まったよ。AからEの5つのグループだってさ。Aは戦士系の上位グループ、Bは魔法使い系の上位のグループ、Cが戦士系の下位、Dが魔法使い系の下位、そして残りがEだってさ。俺はもちろんEだよ。AとBが5人ずつだったな。CとDが8人ずつで、残り14人がEだと。佐々木はAだったな。あと、可奈も俺と一緒でEだ。


「では、早速明日から訓練が始まります。その前に晩餐会(パーティー)で英気を養ってください」



 その後に俺たちを待っていたパーティーは想像の遥か上を行くものだった。皇女をはじめ、教皇も列席していたし、この国の重鎮が軒並みいたのにはびっくりした。

 それよりも女子には騎士見習いが、男子には侍女が一人ずつ付いたことだ。会場に入るの当たって一人ずつエスコートする形であてがわれた格好だ。しかもみんなイケメンに美女揃い。年の頃は同じぐらいだが、この世界の成人が15であることから、既に2年の経歴があるということだ。しかも王宮勤めだ。出自もしっかりしているだろうし、教育もされている。更に容姿でも選抜されているんだろうな。


 俺についてくれた女の子はファムと言っていた。可奈とは全くタイプの違う、言わば美人系だ。背は俺と同じぐらい、まぁ俺が小さいんだから仕方ないんだけど。ただスタイルはいいネ。胸にもボリューム感があるし、それでいて腰回りはキュッと絞られている。

 ヤバいよ、こんな娘が近くにいたら、篭絡されちまうじゃないか。恋愛超初心者のチェリーボーイなんだから。あぁそうだよ、彼女なんていたことがないよ。

 手を繋いだこと? それぐらいはあるさ。幼稚園の時とか体育の時とか。

 キス? なにそれ、美味しいの?

 その先? まだ子供だからな。早く大人の階段を上りたいよ。まあ何人かは既に経験してるみたいだけどな。俺には関係のない話だ。


「ヒカル様、今日は楽しみましょう。大変なことがあったのでしょうけど、私が忘れさせてあげますわ。私はヒカル様の専属を命じられました。ヒカル様は私のことを自由にしていただいて構いませんから」

「ファムさんだったね。様はやめてほしいな、別に呼び捨てで構わないから」

「そういう訳にはいきません。ヒカル様は勇者様なのですから。とても呼び捨てになんかできません。どうしてもと言うのであればどうすればいいか教えて下さい。それに私のことはファムで構いません」

「僕も女の子を呼び捨てにはできない。もっと親しくなったら名前で呼び合えるかもしれないけど、今はまだ。だから僕は君のことをファムさんと呼ぶ。君は僕のことを君付けで呼んでくれればいいよ」

「ヒカル君、ですか?」

「そう。それでお願いね、ファムさん。あとさっきとんでもないこと言ってたよね。自由にしていいとか」

「はい。私はあなたのものですから、私のことはあなたが自由にしていただいて構いません。早速今夜から」

「チョッと待って、そういうのはいいから」

「私では不満でしょうか。一生懸命お仕えしますので……」

「そうじゃないよ。ファムさんとはさっき知り合ったんだよね。なのになぜそういう事になるのかな」

「私も貴族家に生まれたものです。とは言っても騎士爵家ですけど」

「騎士爵?」

「はい。爵位を持つ者の中では一番下ですね。元々平民だった父が武功をあげて認められたのです。そんな平民上がりの騎士爵家ですが、それでも爵位があるということは貴族なんです。私も貴族家の娘として父の命、国の命には従うよう教えられてきました。私のような者には自由恋愛などというものはありません。政略のコマにすぎませんし、私もそれは分かっています。それに私にとっては大きなチャンスなんです。勇者様とお近づきになって、あわよくば一緒になれるのであれば、それは私にとって最大の成功ともいえるのです」

「でも僕は、この中で最低の評価なんだよ」

「本当にそうでしょうか。私にはそうは見えないんです。落ち着いていらっしゃいますし」

「今でも怖いよ。先のことが全く見えないからね。武器を取って魔法を使って人と戦うなんて、考えただけでも恐ろしい。もしそれで誰かを殺しでもしたら、僕は殺人犯だ」

「この世界で人が人を殺めるなんてことはよくある事です。盗賊に堕ちた人たちを殺すことは、そこを行き交いする人にとっては正義なのです。ただ盗賊たちも自分が生きるという正義で他人を殺めます。自分の正義を主張するには、他人を殺める強い力が必要なのです」

「でもそれじゃぁ殺し合いにしかならないじゃない」

「だから強い正義を掲げる者が上に立つ必要があるのです。教皇様はとても強い正義をお持ちの方です。この国、いえこの世界を導くことが出来る素晴らしい方です。勇者の方には教皇様の正義を支える力になっていただきたいし、私もそんな勇者様の支えになりたいのです」

「ファムさんの言いたいことはなんとなくわかったよ。まだ僕もこっちの常識を知らないから、ファムさんにはいろいろと教えてもらうことになると思うんだ。その時はよろしくね」

「はい、分かりました。で、今夜は如何いたしましょう」

「それはいいから。いろいろあったから。悪いね」

「いえ、そんな。ヒカル君は優しいのですね」

「僕は弱虫なだけだよ」

「でもパーティーは楽しみましょうね。せっかくのお料理もありますし、美味しいお酒もいっぱいあるんですよ」

「僕はお酒はまだちょっと」

「ヒカル君は17と聞いていますが。大人なんだから大丈夫ですよね」

「僕たちの世界では大人は20からなんだよ。だからお酒も20になってからなんだ。だから僕はお酒なんて飲んだことないんだよ」

「そうだったんですね。でもここでは立派な大人ですよ。私がお勧めのお酒を持ってきますから、それだけでも飲んでくださいね」


 パーティーが始まって30分ぐらいたったかな。僕はファムさんと一緒に仲のいい友達なんかと談笑をしていた。そりゃ佐々木たちには目の敵にされてはいるけど、別にボッチって訳じゃない。中のいい友達だっているさ。

 でもね、みんな骨抜きにされてたね。まぁしょうがないって言えばしょうがないんだけど。あんな綺麗な人に言い寄られて、鼻の下を伸ばさないって言うほうがどだい無理って話だ。更に夜の相手までしてくれるなんて言われたら購える訳がない。腰に手を廻して抱き寄せてる奴もいれば、人目をはばからずイチャイチャしてる奴だっている。女子も同じだね。腕を絡めたり、胸を押し付けてる娘だっているよ。


「あっ、光君だ。楽しんでる?」


 声をかけてきたのは可奈だ。横にいる見習いは、イケメンなんだけどどこか母性本能を擽るような、そんな感じ。


「光君たらデレデレしてるんじゃないの。そんな綺麗な人と一緒なんだから」

「そんなことないよ。彼女はファムさんって言うんだけど、いい娘だよ。だけどデレデレするなって方が難しいさ。俺なんか恋愛経験乏しいんだから。そういう可奈だってイケメンと一緒でいい気分なんじゃじゃないの」

「そりゃそうよ。彼ガッシュって言うんだけど、とっても紳士なのよ。もうクラスの男どもがガキに見えてしょうがないわよ」

「俺もそのガキの1人って事か」

「まぁそうね。まぁせいぜい頑張って彼ぐらいいい男になれば振り向いてあげてもいいかな。でも光は女になった方が早いかもよ。そうだ光、女装して私の侍女になればいいじゃん。ねぇそうしなよ」

「何バカなこと言ってるんだよ。あれは文化祭の時にみんながどうしてもって言うから仕方なくやっただけだからな。俺にそんな趣味はないって」

「冗談よ。チョッと揶揄ってみただけ。光を見るとつい揶揄いたくなっちゃうんだよね。悪気はないんだよ」

「分かってるさ。俺も可奈がそうやってくれるから、気兼ねしないでいられるんだから」

「えーっ、少しは気にかけてよ。私光に振り向いてほしくて頑張ってるんだから」

「お前こんな時に何言いだすんだよ。それに自分のこと解ってる? クラスの中でさ、可奈に気のある奴、結構いるんだぜ」

「光は?」

「そりゃ好きに決まってんだろ。言わすなよ」

「ならいいの。私も光のことが大好きだから。こんなとこで分かったけど、私たちって両想いだったんだね」

「そうみたいだね。でも分かった時にはもう遅いってか。ガッシュに盗られちまったんだからな」

「私だってそうよ。ファムさん綺麗な人だし」

「でもさ、明日から訓練なんだろ。俺たち同じEグループだし、ゆっくり頑張ろうぜ」

「そうね。明日からまたよろしくね」


 いざとなれば俺は一人でも逃げられるけど、可奈をどうしようか。ファムも置き去りにしたら咎められるんだろうな。それはそれで気分悪いしな。どうしようかな。


「あのぅ、ヒカル君? さっきの女性(ヒト)は?」

「可奈のこと? クラスメイトでね、いつもああやって俺のこと揶揄うんだ。でもいい娘だよ。ファムさんも仲良くしてね」

「あ、はい。でもズルいですよ。ヒカル君のことあんなによく知ってるなんて。でも負けませんからね。絶対にヒカル君の事振り向かせて見せますから」



 パーティーも終わり、俺たちは与えられた部屋に入った。当たり前って言えばそうなんだけど、やっぱりかなりの人がパートナーを連れ込んでたね。そういう俺も部屋の中にファムさんがいるんだけどね。断れなかったんだよ。帰るところがないって泣きつかれたらさ。


 俺が部屋の中でやったこと? そりゃまずは探索だよ。何が仕掛けられてるか分からないからね。

 おっ、なんか変な魔道具が仕掛けられてるね。こっちにもあるや。そっちにも。ずいぶんと手の込んだことで。


 見つけた魔道具は音を飛ばすものと映像を飛ばすもの。盗聴器に遠隔カメラってところかな。でも趣味悪いよな。女あてがっといて覗くんだぜ。とりあえず音は無音、映像は真っ暗な部屋を送り続けるように改造したよ。あと天井裏にネズミがいるね。あいつを誤魔化すために防音結界と認識阻害結界を張ったさ。一応これでこの中は安心だね。


「ファムさん、入ろうか」

「何をしてたんですか?」

「いやね、ホントに君と一緒でいいのかなって、自分に聞いてたんだよ。ほら、僕って弱い人間だからさ」

嘘だけど仕方ないよね。ホントの事言えないし。

「でもそれがヒカル君の優しさなんですよね。私も無理は言いません。ヒカル君にお任せします」


 うーむ、変に任されてしまったぞ。何もしなけりゃいいだけの話なんだけどな。

 とりあえず風呂に入ってゆっくりしたいよ。でも風呂なんてあるのかな。


「ねぇファムさん、ここ風呂なんてある?」

「ありますよ。ご一緒しましょうか」

「いや、一人で入りたいんで」

「そうですか。残念です」


 風呂があることは分かった。でも俺が一人で入ってたら絶対乱入してくるやつだな。


「ファムさん、お願いだから入ってこないでくださいね。もしあなたが入ってきたら、僕がこの部屋から出て行かなきゃならないですから」

「どうしてヒカル君が出て行くんです。悪いのは私なんだから、私を追い出せばいいじゃないですか」

「そうじゃないのさ。今ここで僕が出て行ったら、キミにとってもこの国にとっても、イロイロと拙いだろ。キミを追い出したって僕さえいれば、キミにとってもこの国にとっても何ら問題はないんだよ。僕はね、まだ君をそこまで信用してはいないんだ。ファムさんには悪いけど。なんせ僕たちを攫った国の人だからね。だから悪いけど、対抗手段はとらせてもらうよ」

「分かりました。ヒカル君には敵いませんね。私にとっても初めてだったんです、こんなに惹かれる人に出会ったのは。初めはかわいい男の子だなって思ってましたけど、いろいろとお話ししているうちにヒカル君のことが気になってきたって言うのはホントですよ。そんなあなたに私の初めてを捧げてもいいって。でもヒカル君がそこまで言うんだったら、私待ちます。待って、そして絶対ヒカル君の彼女になって見せます」

「まずはお互い、友達からだね」

「そうですね。でもすっきりしました。ホントのこと言うと勇者を懐柔してこいって言われてるんです。夜を共にして身も心も奪ってこいってね。それが国からの命令だったから、私はそれに従ったんですけど、本気で好きになっちゃったらしょうがありません。でもこの部屋にはベッドが一つしかありません。私もベッドに入れてもらえますか」

「ベッドはファムさんが使えばいい。僕はソファーで横になるから」

「それはいけません。明日から訓練が始まるんでしょ。それを十分な休息も取らずにやるなんて」

「少なくとも明日は大丈夫だと思うよ。今日はほら、盛ってる奴もいっぱいいるからさ」

「フフフ。そういえばそうですね」

「じゃぁ先に風呂に入ってくるけど、くれぐれも悲しむようなことはするんじゃないよ」

「分かってます。大丈夫ですから、ゆっくり入ってきてください」


 ファムが入ってくることはなかった。俺は今日一日の事、そして自分のスキルについて考えを巡らせた。

 どうやら俺のレベルは間違いらしい。大体のやつのステータスをチェックしたが、レベルは平均で15、20を超えてる奴は誰もいなかった。魔法は全員1種類。あの腹黒皇女が20台で2種類で、宰相が30台で3種類だったから、俺たちも多分レベルが20になった時に別の属性の魔法が使えるようになるんじゃないか。まぁ俺には関係のない話だな。既に700オーバーだし。それに魔法の属性が70もないって事は、もうこれ以上増えることなんかないんだろうしな。レベルは適当に偽造すれば問題ないか。だがどうして俺のレベルだけこんななんだ?

 スキルもそうだな。スキルだけ見ても俺って無敵だよな。状態異常にはならないし、魔法もほぼ使いたい放題、武器だって使いこなせそうだし身体の強化だって抜かりはない。それに加えていろんな便利スキルもあるから、水と食い物さえあればどうとだって生きられそうだ。


 とりあえず明日からの訓練で、魔法の使い方だけは習得しよう。


 風呂からあがって部屋に戻った時、まず目に入ったのがファムの姿だ。裸で待ってられたんだったら、一言言って風呂場に逆戻りすればよかった。だけどそうじゃなかった。

 ファムは透け感のあるネグリジェに着替えていた。福眼ではあるが目の毒だね。うっすらと見えるその身体は、………。ええい、邪心が芽生えるではないか。


「ファムさん、とっても素敵です。でもチョッと僕には刺激が強すぎるようです」

「ごめんなさい。夜はこれを着るようにって言われてるんです。他に着るものもなくって……」

「分かってますよ。あの皇女さんが考えそうなことです。だから気にしないでください。ところでファムさんはお風呂はいいんですか?」

「はい。私たちはめったにお風呂には入らないんです。魔法で体の汚れをとるって言うのがあるんで大体はそれで済ませます」

「便利なものがあるんですね」

「ええ。生活魔法って言って、大体大人になる事にはみんな使えるようになりますから、きっとヒカル君も。多分すぐにこれは教えてもらえると思いますよ」

「でも僕の魔法の所に【生活魔法】なんてありませんけど」

「生活魔法は魔法属性じゃありませんから。生活魔法は神様の贈り物って言われているんです」

「そうなんですね。それじゃぁ僕も使えるようになるのかな」

「ええ。きっと」

「それじゃぁ休みましょうか。ファムさんはベッドで休んでください。僕はここで休みますから」

「ホントにいいんですか?」

「大丈夫ですから。僕はね、椅子に座ったまま寝ちゃったこともあったし、机に突っ伏して寝ちゃうことだってあるんです。最初からソファーで横になれるんなら、それこそベッドで寝るのと同じですよ。おやすみなさい、ファムさん」

「おやすみなさい、ヒカル君」


 長い一日がようやく終わろうとしていた。



**********(side 可奈)



「ガッシュ、何で女の子の部屋に入ろうとしてるの」

「僕はあなたのことをお護りしなければいけませんから」

「私はそんなこと頼んでないわ。そもそも女性の部屋に入ってこようとするなんてどうかしてるわよ」

「でもカナは僕の事……」

「私のことを名前で呼ばないでって言ってるでしょ」

「スズキ様は僕のことを慕ってくれてたじゃないですか」

「何バカなこと言ってるの。あんなのは演技よ。どうすれば私が貴方のことを慕うようになるって言うの。ある訳ないじゃない。だって私はこの国に攫われたのよ。その国の人のことなんか好きになる訳なんてあるはずがないじゃない」

「パーティーでのあれは」

「だから言ってるじゃない。演技だって。私がホントに好きなのは光だけ。いいわね」

「スズキ様……」

「とにかくあなたが部屋に入ることは許しませんから。どうしても行くところがないのなら部屋の前にいればいいじゃない。部屋の中じゃなければ好きなとこへどうぞ」


 全くうっとおしいったらありゃしない。何が『夜も楽しみましょう』だ。いい加減にしろって言うんだよ。

 まぁイケメンあてがわれてその気になっちゃう娘もいるけどさぁ。まぁ急に知らないとこに連れてこられて、挙句に帰れない。自棄になってるところにカッコいい男が現れて、優しい言葉をかけられたら、そりゃ一発で落ちるわね。まぁそれが目的でいい男を集めたんでしょうけど。

 明日からどうしようかな。光君と一緒だからまだいいけど、ちょっと相談してみようかな。



**********(side アルフィーネ)



「あー、全くなんて日よ。私は誇り高き皇女なのよ。なのにあんな下民が使うような言葉を並べて、丁寧に対応までした挙句、頭まで下げたんだから。ちょっとサルジュ、聞いてるの」

「はい、お嬢様。今日はお疲れになったでしょう。ゆっくりとお休みいただければ」

「そうさせてもらうわ。でも貴重な戦力を沢山手に入れることが出来たわ。流石に異世界の勇者ね。この世界の人とは比べ物にならないほどのステータスを持ってる。これなら我がハーデリオスは世界を統べるのも間違いなさそうね」

「しかし彼らはまだ力の使い方を知りません」

「そうね。明日からの訓練、ビシビシやりなさい。一カ月。一カ月で使い物になるようにしなさい。分かったわね」

「はい、承知したしました」

「下がっていいわ。サルジュもお疲れ様」



**********



 次の日からの訓練は厳しいものだった。それは俺たちEグループも変わりはない。むしろ他より大変だったかもしれない。

 AグループとCグループは剣や槍を振ったり、模擬戦をしたりしている。魔法の練習もしてはいるがそれほどでもなかった。

 逆にBグループやDグループは魔法の訓練に明け暮れていた。武器を持つところなんて見たことがないほどだ。

 その点俺たちEグループはどっちつかずと言うか、余り物を集めたみたいなもんだから、武器を持った訓練もすれば魔法の訓練もする。そもそも素質の低い者を集めたんだから、両方のことが出来る訳なんかないって、どうして気づかないんだろう。まぁ下手に反抗なんかしてもいいことなんてある訳ないんで、大人しく言われたことをやってるんだけどね。

 俺ってさ、錬金魔法と棒術じゃん。Eグループを指導してる奴がさ、『錬金魔法を使えるやつがいないから、お前は棒でも振ってろ』だって。まぁ魔力操作は教えてもらったからできるようになったし、魔法の発動の仕方も教えてもらった。あと、ファムが言ってた生活魔法、あれも使えるようになったよ。確かに便利だわ。特にあの【身体を綺麗にする魔法(クリーン)】。へとへとになった時はあれで綺麗にしてバタンだね。


 ファムとはあれから進展はあったかって?ある訳ないじゃん。俺もファムもお互いを尊重するって事で約束したから。ベッドは交替で使ってるよ、一日おきにね。たまに俺がベッドで寝てるところにファムが入ってくるけど、間違いなんて起こさないって。って言うより訓練でへとへとになるから、マジでベッドに入って5秒で寝られるよ。


 あれから3週間。明けても暮れても訓練訓練の日々が続いた。でも確実に強くはなってるね、俺を除いて。みんなレベルが2ぐらい上がってる。俺もみんなに合わせてちゃんとレベルの偽装はしてるさ。スキルは増えたやつもいるけどそうでないやつもいるから、面倒なんで追加はしていない。

 俺は錬金魔法の使い方を知りたいから(ホントは知ってるけど)と言って、王宮にある資料室を使わせてもらっている。もちろん監視付きだが。本当の目的は情報収集。

 俺のスキル【隠蔽】の対象に人があったじゃん。それを試したら、マジ透明人間ね。感覚的に薄くなって気にならなくなるんじゃなくって、視覚的、光学的に見えなくなった。それもどういう訳か着てるものも一緒に。おかげで裸でうろつかないで済んだんだけどな。

 俺自身を隠蔽したら王宮の中は自由に動けたよ。流石に扉を開けるのは無理だったけど、これまた隠蔽で隠した盗聴用の魔道具を放り込むことぐらいは雑作なかった。

 で、俺が今やってるのはいろんなところで交わされている会話を聞くこと。錬金魔法の勉強をするふりをしてね。『気が散るから外にいてくれ』って言ったら素直に外で待ってるよ。俺としては助かるんだけど、実際問題あれでいいのかねぇ。


 その中で非常に不味い話を聞いてしまったんだ。ハーデリオス聖教国っていうかこの国の周辺で、どうやら宗教による対立が激しさを増してるらしい。

 この国は【ハデル教】と言う宗教国家なのだが、現在の教皇、確かギュストフだったっけ、彼が原理思想を持ってるんだ。この国風に言えば【ハデル正教】って言うそうだ。


 そもそもハデル教って言うのが【エミオス】って言う神様の教えを説くんだそうだ。そしてそのエミオスの力って言うのが、ズバリ魔法。つまりはエミオスって神を信じるから魔法が与えられると、そういう事らしい。まぁ細かくはいろいろとあるんだろうけど、大まかには間違っていないようだ。


 まぁ悪い感じじゃなさそうだよね。『ハデル教の信者は神エミオスの下に等しい』なんて言われてるぐらいだから。


 一方、ハデル正教って言うのが曲者で、同じハデルって言うのを名乗っているから神はエミオスみたいなんだ。

 ただ教えが過激でね、例えば『ハデルの教えに従わぬものは邪であり、邪は人にあらず』とか、『邪なる者は聖なる者の力をもって滅ぼさなければならない』みたいな。

 更には『ハデル教の高貴な者は、たとえ教徒であっても下賤なものを支配してもよい。これは教義を効果的に広めるために不可欠なものである』みたいなものまである。でもこれってハデル教の教えと全く違うよね。だってあっちは『エミオスの下に等しい』って言ってるのに、こっちじゃ『支配してもよい』だからね。支配してもよいなんて、言い換えたら奴隷じゃん。そっか。だからあの教皇、俺たちを隷属化させたのか。『異世界から来た下賤な者』扱いして。まだ起動はしてないようだから今のところは自由だけど、きっと王宮の外に出るときには発動するんだろうな。


 あと非常にヤバいのがこの教え。

『正教の教皇は神エミオスの代弁者であり、教皇こそがハデル教の最高指導者である』

 これマジで教皇の独裁だよね。しかもハデル正教だけでなくハデル教まで支配下に置こうとしてる。これじゃぁ宗教対立が起きたっておかしくはない。


 で何が不味い話かって言うと、教皇の野郎ベルカーンを攻めるって算段をしているらしい。しかもその戦力に俺たちを充てるつもりらしい。


 ベルカーンって言うのはハーデリオス聖教国の隣にある小さな公国だ。これは訓練の中で教えてもらった。

 訓練って言っても剣や魔法ばかりじゃない。この国の歴史やこの世界の地理、経済や人々の暮らしなど、様々なことを教えてもらった。教皇は俺たちのことを戦闘マシーンにしたいんだろうけど、訓練に当たった教官はそれだけじゃダメだと思ったんだろうね。最低限の常識は教えてくれたよ。


 どうやらこのベルカーン公国って言うのがハデル教を信仰していて、『ハデル正教の教えは真のハデル教ではない』と言ってるらしい。誰が見たってその通りなんだが、ギュストフ教皇だけは違うらしい。『ハデル教の最高指導者は俺だ』って思ってるんだから。

 で、思い通りにならないベルカーン公国は、ハデルの教えに従わない、つまりは自分の指示に従わない邪な奴らだと決めつけたって事。後はさ、『邪なる者は聖なる者の力をもって滅ぼさなければならない』って言うあの教え、つまりは『教皇の指示に従わないベルカーン公国はハーデリオス聖教国によって滅ぼされて当然だ』って考えに至ったって事。


 しかもあと1週間ぐらいで出兵らしい。更にあの腹黒皇女、俺たち全体の力が見たいから全員を出兵させるって考えてるらしい。こりゃマジで早目に行動を起こした方がいいネ。


 とりあえず可奈をどうするかだな。脱出する時は一緒にって考えてるけど、まぁアイツなら黙ってついてくるだろう。事前に話はしとくけど。タイミングの問題もあるし。


 それより気になるのはファムだな。あの娘をどうするか。連れて行っても構わないんだが、後で裏切られると面倒だ。それの彼女は騎士爵家の出身。騎士爵とはいえ貴族だからな。この話をして断られたら、俺たちのことがばれる。だから黙って置いていくか、話をした上で連れ出す。このどちらかしかない。

 だがここ最近、ファムがいることになれてしまった自分もいる。ファムも俺のことを信頼してくれている。そういう意味では置いていくという選択肢は、俺の中では非常に小さい。

 これも可奈に相談かな。



「可奈、ちょっといいか。周りに気づかれないように聞いてくれ」


 俺は可奈に間近に起きようとしていることを話した。可奈は驚きながらも表情をあまり変えることなく聞いてくれた。もちろん俺が可奈を連れて逃げることも話してある。


「それでファムのことなんだけど……」

「どうせ連れてきたいって言うんでしょ。私って言う両想いの可愛い彼女がいるって言うのに」

「だから相談してるんだ。確かに俺とファムは同じ部屋で寝起きしている。だけど誓って関係は持っていない。信じてもらうしかないんだけど」

「信じるわよ。だって光はそういう人だから」

「アリガトな。でファムなんだが、俺のことを篭絡させるためにこの国から遣わされたんだけど、そんなことはお構いなしに本気で俺のことが好きらしい」

「それ彼女にする話?」

「それは分かってるんだけど、だけど見捨てられないんだよ」

「でもそれであの娘は満足するのかな。どうやっても一番にはなれないんだよ」

「分からないけど……。多分……」

「いいわよ。その代わり光が全ての責任を取るんだからね」

「うん」

「それでいつ実行に移すの」

「もうあまり時間がない。さっきも言ったように来週には出兵するかもしれないからな」

「なら明日の夜はどう。確か明日はここの幹部の会議だったと思うから」

「分かった。明日の夜迎えに行く」

「でも私の部屋の前にはガッシュがいるわよ」

「知ってるよ。可奈が全く相手にしてないことも」

「そりゃそうよ。だって私には光がいるんだから」

「ガッシュには悪いけど、少し寝ててもらうさ。一度俺が可奈を迎えに行って、その後一旦戻ってファムを連れて脱出する」

「逃げ道はどうするの?」

「考えがある。詳しくは言えないけど、何度か試したことがあるから問題はない」

「じゃぁそこは光に任せるね」

「あぁ任せてくれ。それからその腕輪、チョッといいか」

「何するの?」

「お前これが何だか知ってるか?」

「えっ? 体力が増えて、王宮のここら辺を自由に動くためのものじゃないの?」

「まぁそういう説明をされたからな。だが本当は俺たちを奴隷のように扱うための道具なんだ。しかも外すことなんてできやしない」

「えっ! まさか、そんな」

「まだ動いていないから奴隷扱いにはなっていないけど、恐らく王宮の外に出るときには動かされるだろう」

「ねぇ、みんなの外せる?」

「今は無理だ。外したら逃がしてやらなきゃならない。隷属化しないってわかったら余計にひどい扱いを受けるだろう。だけど俺とお前とファム、3人で逃げるので精いっぱいだ。他の奴らを構ってる余裕はないんだ」

「でも……」

「分かってるさ。俺たちに拠点が出来たら少しずつ解放するよ」

「知らせない方が……、いいネ」

「そうだな。知らせたらパニックになる。そうなったら俺たちの脱出だって危ない」

「そうね」

「でもお前の腕輪だけは今解除する。今晩急に動かされでもしたら、お前が可哀想だからな」

「ありがとう。やっぱり私のこと思ってくれてるのね」

「当然だろ」


 可奈の腕輪を解除した。これでいつでも外せるが、念のため脱出の直前まで付けておくようにとは言ってある。


「じゃぁまた明日」

「うん、またね」



 王宮の中の動きが慌ただしくなってきた。出兵用の食糧、水、予備の武器や矢などの消耗品の確保、ポーション類もそろったようだ。2~3日のうちには出兵しそうだ。


「なんか宮殿の方が慌ただしいんだけど、ファムなんか知ってる?」

「いいえ、知らないです」

「そっか。何があったんだろうね」

「このあいだまた小言言われちゃいました。この中で未だ勇者と関係を持てていないものが二人いるって。もちろん一人は私。もうずーっと言われてるからね。すっかり慣れちゃった。あとは可奈さんに着いたガッシュ君なんだって。彼嫌われてるみたいでさ、部屋にも入れてもらえてないんだって。そういう意味では私は最初っからヒカル君の部屋にいるんだからまだましなの。だって一緒の部屋にいるし、たまにだけど同じベッドで寝るもんね」

「それはファムが入ってくるからだろ」

「それはそうなんだけど、入るだけで私は何もしないよ。そういう約束だからね。だから同じベッドで寝てますって言えるの。もう少しだから頑張りなさいだって。いい気なもんよね」

「ファムはそんなこと言われていいのか?」

「別に気にしてないし。もう国の命令なんてどうでもよくなっちゃってるから。今はただこうしてヒカル君と一緒にいられるだけで幸せなんだ」

「でも国の命令に背いたら、お前の家が困ることにならないか?」

「うん。でも一代騎士爵で継承権もないし、私は一人っ子だから多分平気。お父様とお母様はいつも私を可愛がってくれたわ。王宮勤めが決まった時も喜んでくれたし」

「そうか。ファムは愛されて育ったんだね」

「うん。だから私が幸せになることが一番の恩返しだと思ってるの」

「ファムはいい娘だね」

「ねぇ。今日も一緒はダメ?」

「しょうがないな。でもちゃんと約束は守れよ」

「ありがとう。やっぱり私、ヒカル君のことが大好き」

「おいおい、抱き付いてくるのは反則だぞ」

「ゴメン、調子に乗っちゃった」

「明日も訓練だからもう寝るからな」



 あくる日も同じような訓練が続いた。1つだけ違ったのは上がる時間が早かったことだ。

 そういえば今日は会議があるって言ってたな。教官連中が俺たちの出来具合を報告するんだろ。誰がどれぐらいって、一人ずつ。その上で隊を編成するんだから、今日の会議は早くから始まったのか。


 そんな裏を知らない連中は訓練が早く終わったことをいいことにさっさと部屋に戻っていった。これから部屋でいろんなことするんだろうな。俺と可奈んとこ以外はみんなやっちまったって言ってたからな。


「ただいま」

「あれ? ヒカル君。今日は早いんですね」

「なんか教官が用事があるんだって。俺たちだけじゃ訓練はできないから今日は終わりなんだってさ」

「これからどうするんですか?」

「せっかくゆっくりできるんだから、風呂にでも入ってのんびりするよ」


 いよいよ決行は今夜。ファムにはまだ話していない。可奈を連れてきた後話すつもりだ。


 俺はチョッと友達のところへ行ってくると言って部屋を出た。前からよくそういう理由で部屋を空けることもあったし、可奈も友達だから強ち間違いじゃぁない。


 部屋を出て誰もいないことを確認すると、隠蔽のスキルを使った。

 周りから隠れた俺はそのまま可奈の部屋に向かった。可奈の部屋の前では寂しそうにガッシュが座っている。

 俺は後からガッシュの首に手刀を叩き込んだ。ガッシュの身体が崩れ落ちる。不自然にならないように座らせた。


「(トントン)可奈、俺だ」

「チョッと待ってて、今開けるわ」


 出発の準備を整えた可奈が待っていた。俺は素早く部屋に入った。


「それじゃぁ行きましょ」

「その前に今日の脱出方法について説明しておくよ。実は俺、誰にも言ってないんだけど、凄いスキルや魔法を沢山持ってるんだ。なんでか知らないんだけど俺のレベルって713もあるんだ」

「なにそれ。それ絶対変だよ」

「分かってる。だけど目立ちたくなかったからあんな風にしてたんだ。あの鑑定の時、俺の本当のレベルがばれたら大騒ぎになってただろ」

「そうね。それにあの腕輪の時に、光はなんか違うのかなって感じたわ」

「それで俺には隠蔽って言うスキルがある。普通なら人に見られたくないステータスとかを隠すものなんだけど、実はこのスキルで俺自身を隠すことが出来るんだ。このスキルで俺自身を隠すと透明になる。外にいるガッシュだって透明になって近づいて気絶させた。あと、俺の使える魔法の中に空間魔法って言うのがあって、転移ができるんだ。今から透明になった俺が一回部屋の周りの様子を見て、問題がなければ可奈を連れて行く。その後ファムに話をして転移で王宮から抜け出すって言う寸法だ」

「何だかわかんないけど、光に任せておけばいいって事ね」

「あぁ。それじゃぁチョッと行ってくるから。すぐに戻ってくるけど、腕輪はもう外しておいていいから」

「持ってかないの?」

「これは俺たちの動きを調べる魔道具でもあるんだ。だから持って出るのはマズい」

「そんなもの渡してたんだ」

「教皇も皇女も俺たちのことなんか兵器程度にしか思っちゃいないよ。じゃぁ行ってくるね」


 透明になった俺は部屋のあたりの様子を伺いに戻った。幸い誰もいないようだ。

 俺は可奈の部屋に戻って、そして可奈を連れて部屋の前に移動した。


「これはすごいね。言わなくって正解よ」

「だろ。まぁとにかく入ろう」


 ファムは可奈が来たことに驚き、可奈はファムの恰好に驚いていた。そういえば俺は見慣れてしまっていたが、ファムのネグリジェ姿、透け感があってやらしさ感が凄いんだった。


「ファム、聞いてくれ。これから俺と可奈とファムでここを脱出する。間もなくこの国はベルカーン公国と戦争になる。そして俺たちは尖兵として戦場に出ることになるらしい。だが俺たちはそんなことはしないし、したくもない。と言ってもここにいては何をされるかわからないので、この国を出ようと思うんだ。ファムがこの国の貴族の娘だということは知っているけど、俺はこの話をしてファムを連れて行くことにした。俺がいなくなった後でファムがどうなるかなんて、考えたくもなかったからな。もちろん可奈は承知している。あと10分で出発するから準備してくれ」

「えっ? 何? えっ?」


 突然こんなこと言われたらビックリするよね。でもこうなった時の可奈の動きは早いんだよね。パッパと指示を出してる。


「荷物は纏めておいてくれればいい。俺の収納に入れるから」

「光はどうするの?」

「陽動を仕掛けてくる。逃げる方向とは別方向に5分後に小さな爆発を起こす。慌ただしくなったところで騒ぎに紛れて脱出する」

「分かったわ。光も十分に気を付けてね」


 俺たちはここから一番近いところを抜けて王宮を脱出し、一旦王都の市外に身を隠す。その後乗り合いの馬車でこの国から離れるつもりだ。乗合馬車を使うのにはリスクがあるが、地理に疎い俺たちだから仕方がない。目立たない感じでやり過ごすしかない。

 魔道具は訓練で使っているグラウンドの南側に置いてきた。俺たちが脱出するのが東側だから別方向って言えば別だな。俺はいったん可奈の部屋に戻って調度品を頂いてくる。ベッドだって2つあった方がいいじゃん。ベッドやソファー、テーブルにカーペット。カーテンは持って行かない。外から異変に気づかれるのはマズいからな。その他頂けそうなものは粗方頂いた。外にいるガッシュ君は、まだ気絶しているようだ。


「準備できたか」


 俺は部屋に戻るなり声をかけた。


「「はいっ!」」


 ファムの着替えも終わり荷物もまとまっていた。ファムの荷物と可奈の荷物、それから俺の荷物を収納に入れる。


「ヒカル君、今何をやったんですか」

「収納って言うスキルがあるんだ。これはどこか別の空間、恐らく亜空間だろうけど、そこに物を入れることが出来るんだ」

「初めて見ました」

「多分軍の中にもこのスキルを持ってる奴がいるんじゃないかな。このスキルがあれば食糧だろうが武器だろうが、かなり持てるからな。おっと、爆発が始まったみたいだ」


 訓練場の方から爆発音が聞こえた。途端に慌ただしくなる。


「よしっ、もう少しすればみんな出てくな。そうしたら俺たちも出発するぞ」

「「はいっ!」」


 俺は可奈の部屋と同じようにこの部屋の調度品も全て頂いた。可奈もファムも目を丸くしてみてたけどね。


 廊下が騒がしくなってきた。そろそろいい感じだ。


「可奈、ファム、行くよ」


 俺たちは転移の魔法で王宮の外に出た。俺は服屋に忍び込んで、服や下着を盗んだ。どうせこの国じゃお尋ね者なんだから、今更窃盗の一つや二つ増えたところで変わるもんじゃない。


 ベルカーン公国の反対側はイーアリッグ王国だ。俺たちはそこに向かうことにした。イーアリッグ方面に行く馬車は、結構早い時間からある。一番馬車の席を確保して、待合室で休むことにした。


 翌朝、一番の馬車が王都を出発した。俺たち3人を乗せて。

 さらばエルミーゼ、さらばハーデリオス。この町にいい思い出なんて全くない。騙されて、騙されたふりをして、騙して。そんな1カ月だった。


 ガランとした俺と可奈の部屋に残っていたのは、外された隷属の腕輪だけだった。そう、俺はご丁寧に隷属の腕輪に戻しておいたのだ。

 もう一つ俺の部屋に残してきたものがある。『ファムは人質として連れていく』と書かれたメモだ。反逆者、裏切り者の俺がファムを攫ったとなれば、ファムの家族に危害が及ぶことはないだろうという考えからだ。


 俺たちが逃げた二日後、ハーデリオス聖教国はベルカーン公国に対して宣戦を布告した。

 残っていた38人のクラスメイトと先生が出兵したと聞いた。誰にも逆らわず、ただ黙々と相手を殺す殺人マシーンとして。


 ベルカーン公国は1週間ともたずに落ちた。圧倒的な戦力だったようだ。


 ベルカーン公国が落ちたころ、俺たちはイーアリッグ王国に入った。



<<終わり>>



最後までお読みいただきありがとうございます。

是非評価の方もお願いいたします。


【毒使い】だっていいじゃない 毒は薬にもなるんだからさ~パーティーを追放された少女は王女だった!?次々と覚醒する能力で幸せを目指す~

https://ncode.syosetu.com/n0001gm/

の連載もしています。よかったら読んでみてください。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 続きを読みたくなる面白さがありました。 [気になる点] 最初の辺りが説明が多いと感じてしまいました。
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