夢叶島
夢叶島
目次
・腐る脳と欲
・塵の足
・少女の夢
〜腐る脳と欲〜
村の山奥にある、川の上流から小舟に乗り、下流まで悠々と流れていき、そのまま大海原へ出て航海しよう、という男がいた。その男は村の中で「無計画な男」としてよく知られていた。案の定、その男は食料なんて物は一切持たず、無一文の状態で川を下って行ってしまった。
だが、何故男が突然航海しよう、なんて言い出したのか。男は噂話が好きで、村のみんなに気付かれないよう(男が噂好き、だということは既に知れ渡っていたが、皆馬鹿馬鹿しく感じていたのか、相手にしなかっただけ)、情報を集めては壁に貼り付け1人で夢を見ていた。そんな男がある日見つけた噂が「自分の夢を叶えられる島“夢叶島”」であった。そんな夢のような話が、自分以外の耳に入ってはならない、と思った彼は“夢叶島”を探すために航海する事を決意した。然し
『“夢叶島”を見つけ、そこで金持ちになって暮らす』
だなんて言おうものなら、ほかの村人がその島を目指して、一直線に海に飛び込むに違いない。男は、ただ海へ出て航海するだけ、と言い残し、村の奥にある川から海へと出発して行った。「これで漸く自分の夢が叶う。思うがままに過ごす事が出来る。」心を躍らせながら、男は小船を進めた。
船を進めて約九日。変わらない海の風景を眺めるだけだった。“夢叶島”なんて島は見つからない。自分の村からもどんどん遠のいていくだけだ。釣り餌にしか目がない魚のように、騙されてしまったのだ…。食料なんて物は持っていないのだから、男は腹の限界だ。次第に意識が遠のいていくーーその時、目の前に突如として島が現れた。色取り取りの花や、見たことも無いような動物までいる。
『ーー“夢叶島”だ!!』
男は叫んだ。しかし、それで体力が尽きたのか、そのまま小舟の中で倒れてしまった。
小舟の中で倒れてしまった男は偶然にも助かったのか、意識が戻った。手から伝わる暖かさ、鼻から伝わる緑の匂い。ようやく気づいた。男は“夢叶島”に気付かぬ間に、上陸していたのだ。確かに船の中で倒れた。何故島に?…だなんて考える余裕なんてない。取り敢えず男は島の散策をすることにした。その島はまるで“天国”のような空間だった。そのまま男はただひたすらと道を歩き続けた。暫くすると、何処からか人の声がする。男は声なる方へと突き進む。そこには水色のワンピースを着た少女が1人、池の真ん中で立っていた。人の気配なんてしなかったものだから驚きながら
『…君はこの島に住んでるのか?』
と尋ねた。
『うん!貴方もなのね!』
少女の顔に驚いた様子は何一つ無かった。寧ろ人が来ることに慣れている様だった。
『この島ってーーが流れてくるらしーー…』
耳鳴りと共に村の景色が脳裏を過る。
『…ねぇ!聞いてる?』
『あぁ…すまない。ほんの少し考え事をしていた。…それよりーー』
獣の鳴き声の様に男の腹鳴がその場で響く。
『…今腹が減っているんだ。何か食い物…とかないか…?』
若干照れ気味で言った。少女は満面の笑みで
『よっぽどお腹が空いてたんだね!えへへ!いいよ!ごちそうしてあげる!むこうにある小屋でまってて!』
と答えてくれた。
男は言われるがままに小屋の方へと進んで行った。道中気になっていた青い果実の木があったのでひと齧りしたが、苦味の多い酒の様な味だった。小屋に着いたので少女が来るまであの時何故村の景色が脳裏をよぎったのか考える事にした。そうしてる内に男はまた眠り込んでしまった。
『ーて!ねぇ!起きてよ!』
『んん……。えぇ…?』
『ご飯の準備もう出来てるよ!!』
男が目覚めた時には既に食卓の上に料理が並んでいた。男は徐に立ち上がりそのまま椅子へと座った。まだ少し寝ぼけてはいたが、今まで見たことが無い料理が並んでいるということだけ男は理解出来た。
『それじゃ食べよっか!』
少女は元気そうに言うが、表情の奥底で何かしら不安にしているようだった。男は少女の心配をしながらも、皿の上に乗っけられた魚に思い切り噛み付いた。…でも、何かがおかしい。
『この魚切り開いた後とか無いよな…。なんで骨と内蔵が無いんだ…?』
『それね!魚を骨抜きにしたの!』
と少女は言うが、男には全く理解出来なかった。骨抜きにした?傷跡も付けずにそんな事が出来るのか?そんな事を考えていると、男の脳に電撃が走った。
『…もしかしてだけど、精神的に骨抜きにして物理的に骨抜きにしてるってこと?』
自分でも何を言ってるのか分からなかった。
『そう!好物をあげると骨抜きになるの!…内臓もいっしょに取れちゃうのかわかんないけど』
『そこは分からないままなんだ…』
謎が解けたようで謎が増えたようだった。
男は食事を終えた後少女に、話したいことがあるからリビングでまってて、と言われていたのでリビングに向かっていた。リビングに着き椅子に座り込むと机に飾られた金木犀をずっと眺めていた。時間が少し経ったあと、少女が部屋に入ってきた。食事の時よりも増して表情が暗かった。
『…伝えておかなくちゃいけないことがあるの』
悲しいニュースという事は分かったが、それ以外は何も予想がつかなかった。
『実はね…貴方は死んでるの』
数秒の後に涙が頬を伝っていった。現実を受け止めきれなかった。自分が死んだ?いつ?心の中では否定をしながらも少女の話を聞いた。この島は天国だったということ、自分は生きている時の意思を持ったままこの島に流れ着いたということ、現世には戻ることが出来ないという事。幸いに夢が叶うという事自体は本当だったらしいが、男に喜ぶ余裕なんて無い。事実から逃げたかった。生きるという感覚を忘れたかった。然し、夢叶島で死のうものなら現世から忘れ去られてしまう。
数時間涙を流した後、男は眠り込んだ。その日の夜はいつにも増して寂しく、長かった。
男が眠り込んでから1週間が経った。無理もない、自分は既に死んでしまってるのだ。元の世界に戻ることなんて出来ない。あの時噂に惑わされなければ、ちゃんと食料を持って行ければ。自分が無計画なせいでこうなったのだ、今更後悔したって遅い。
男は起き上がり、自分が流れ着いた場所へ歩いていった。歩いている途中何度も躓き転けたが、痛みは感じていなかった。流れ着いた場所へ着くとその場所に座った。海の方を眺めても水辺線しか見えず、他の島なんて見えなかった。この島から脱出することなんて出来ない。
ふと、男は思い出した。この島は本当に”夢が叶う”という事を。然し、現世に戻るという夢だけは叶わなかった。それでも男は現世に、村に戻りたかった。急に視界が雷のように明るくなる。数秒後目を開けるとそこは、男の家だ。村に戻って来たのだ。
『おいみんな!戻って来たぞ!』
喜びのあまり泣きながら男は村人に叫んだが、何故か皆不思議そうな顔をする。
『戻って来たって何言ってんだ?お前はずっと家に居たろ?』
一瞬体が硬直した。そうだった、自分は死んでいたんだ。今いる村も夢の中なんだ。この夢が永遠に覚めなければいいのに…。
そこへ少女がやって来た。『このまま時が過ぎれば貴方は島で死んだことになる。村人の人からも忘れ去られてしまうわ。』
と言うが、既に死んでいる男には関係のない話だった。
『忘れ去られても別にいいさ。この夢を永遠に見続けるから…。それに、それ相応の覚悟も出来てる。無計画だったとしても。』
『そう…それじゃまた、来世で』
と少女は言い残し去っていった。
〜塵の足〜
ずっとベッドに横たわってる。窓から見る公園で走る子供を見ては願っている。
『あんなふうに歩けたらなぁ』
病院の先生はいつか治るよ、皆みたいに歩けるようになるよって言うけど、正直私は嘘だと思ってる。ずっとリハビリしても歩けないしすぐに痛くなるし。
初めて入院した時、弟がこんなことを言ってた。
『いいなぁ。自分は寝ているだけで周りの人が全部してくれて』
良い事なんて何一つない。同じ病室に居て周りの患者さんが移り変わっていって味の薄い食事をずっと食べて。飽きている。
ただ1つ良い事があるとするならば、隣にいるおじさんが毎回変わったお話をしてくれることだ。おじさんは紙芝居をしていたらしいが、車と衝突事故を起こして入院する事になったらしい。なんだか自分とよく似ている。自分が入院して少し経って暇そうに窓を眺めていた時、気にかけてくれたのか話をしてくれたのが切っ掛けだ。普通じゃ有り得ない事が起きる話でも、自分は面白かった。話もちゃんとしてるし、どうやったらそんな考えが出てくるんだろうって。
そんなある日、いつものようにおじさんが話をしてくれた。
『なんでも夢が叶う“夢叶島”って島があるみてぇでな…』
その時は信じたかった。その島に行ってみたかった。走ってはしゃいでみたかった。でも分かってる。作り話なんだって。その日の夜の事。急に呼吸困難に陥った。急いでナースコールを押そうとするもどうやら手遅れだったらしく、気付けば眼前に医者と看護婦に囲まれている自分の姿があった。何が起こったのか分からなくって、少しの間立っていた。病室には心電図の音が響いていた。
突如目の前が眩しくなり気づくと見知らぬ家のベッドで寝転がっていた。
『あ!起きた!』
水色のワンピースを着た少女の気配に気付けず驚いてベットの下まで転がり落ちてしまった。
『…え?あの…貴方誰!?此処は何処!?』
記憶がある人は使わないだろうと思っていたセリフが自然に口から出てきた。
『ここは“夢叶島”って名前の島だよ!』
夢叶島?此処が?きっと混乱した自分を落ち着かせるための冗談だろうと思って聞き返すと同じ答えが返ってきた。
少女の話によるとどうやら自分は砂浜で倒れているのをこの少女に発見されそのまま家のベットまで運ばれたみたいだ。
『貴方はこの島に住んでるの?もし住んでるとするんだったら、他に誰かいるの?』
一瞬少女の顔が暗くなったが答えてくれた。
『この島に住んでるのは私だけだよ』
正直驚いた。他に誰か住んでると思っていたのに。私は少女にお願いして車椅子に乗っけてもらい島の案内をお願いした。
島には変わった花や実があってどれも気になるものばかりだった。けど少し不思議なことがあって、私は楽しんでたけど少女の顔は楽しそうでは無かった。理由を聞いても特にないの一点張りだったからそれ以上は聞かなかったけど。
私が倒れていたという砂浜に着いたようだ。確かに少し前まで誰かが倒れていた跡があった。こんなポーズで倒れてたんだと思うと少し恥ずかしくなっちゃったけど。
『実はこの砂浜って不思議で、人が流れ着くの。貴方を含めて…2人目?だったはず』
『意外と居るんだね』
少し不思議に思った。私を含めて2人?でも島にいる人は少女だけ。何故?聞こうと思ったけど日も暮れかかって直ぐに家に戻らないと行けなかったみたいで聞けなかった。
再び少女の家に着くと私はリビングに置かれた。少女は料理を作るまで時間がかかりそうだったので、私は本棚を眺めていた。その時にある本に心を惹かれたので読んでみた。
どうやら本を読むのに熱中していたらしく、少女が呼んでいるのに気づいなかったらしい。急いで行くと少女はご飯が冷めちゃうでしょ!って怒ってくれたけど、なんだかお母さんみたいで少し笑ってしまった。食卓を見ると変わった料理が沢山あった。変わったコップに入った飲み物に、スライムのような見た目のものに、ある動物の生のお肉に…。食欲は余り湧かなかった。ここではごく普通の食事らしいけど。
『これってほんとに食べれるもの?』
『当たり前じゃん!何言ってるの!?』
すごい失礼なことを言ってしまった…。
勇気を出してスライムのようなものに噛み付いてみた。とてつもなく柔らかい。一瞬戻しそうになったので目を瞑って食べてみたけど、なんだか蕨餅に似てる。
『美味しいでしょ?』
目を瞑ったらねと答えそうになったので慌てて口を塞いだ。他にも変わったものは沢山あったがどれも美味しかった。そういや飲み物を飲んでいないと思いコップに口を付けようとした瞬間少女が
『気をつけて!』
と叫んだ。一瞬何が分かんなかったがそのまま飲んでしまった。
『にっっっが!!!』
センブリ茶もこんな苦さかそれ以上なんだろう、恐ろしいなという考えと共に走馬灯が頭の中を巡りかけた。
そのまま倒れたらしく私はまた少女によってベットまで運ばれていった。
また私は少女のベットの上で目を覚ました。料理の後片付けをしていたらしく、少し経った後に少女がやってきた。
『実は聞きたいことがあって』
チャンスだと思い、聞いてみた。
『砂浜に着いた人は私を含めて2人って言ったでしょ?けれど、島には私と貴方しかいない。普通なら私と貴方を含め3人いるはずよ。残りの人はどこに行ったの?』
声が震えながらも話きり、少女の答えを待った。少し時間を置いたあと少女は答えた。
『他の人は長い夢を見ている。恐ろしいほど長い夢を。他の人からしたら死んでるかも知らないけど、その人達からしたら今も生きている。』
『どういうこと?』
脳が理解に追いつかなかった。
『ここに流れ着いた人は此の世で1度死を体験している。貴方も同じ。そしてこの夢叶島は彼の世。いわゆる天国。二度と此の世に戻ることなんて出来ない。けれど、貴方が居た記憶はまだ此の世に残ってる。』
『じゃあ私はあの時に1度死んで、今彼の世の存在である夢叶島にいるってこと?』
『そういうこと』
何とか脳が理解に追いついた。けど、まだ疑問が頭の片隅に残ってる。何故流れ着いた人達は死んでいったの?聞こうとした瞬間、私の心を呼んでるかのように続けて言った。
『ここは夢叶島。此の世に戻りたい以外の願いは叶えてくれる。…けど、願いを叶える代償として夢叶島から完全に消える。そしてその人がいた記憶も此の世から消される。』
『叶えてくれるって言っても…』
私の言葉を遮るように少女は言った。
『本当には叶わない。叶った夢を永遠に見せられるだけ。その夢になんて終わりはなく死ぬことも無い。そして…夢叶島にたどり着いた人は、絶対に夢を叶えなければまならない。』
その言葉で身体が一気に氷に飲み込まれたような気がした。
次の瞬間目の前が砂嵐の様になった。砂嵐が止むと私は公園の真ん中に立っていた。いつも病院から見ていた公園だ。向かいのベンチには親が座っていた。余りに嬉しくて親の元まで走っていった。
『お母さん!私…!歩けるようになった!』
けど親の返事は期待していたものは違った。
『何言ってるの?あなたいつも歩いてるじゃない。』
思い出した。いきなり目の前が砂嵐になって…そして歩けるようになって…。願いが叶ったんだ。嬉しいようで怖かった。
『その人がいた記憶も此の世から消される』
あの時聞いた言葉が今本当になった。もう私の記憶も此の世から消えてるんだ。死ぬこともないんだ。
ふと後ろを向くと少女が立っていた。
『貴方の夢が叶ったわ。これから一緒見続ける夢。死ぬことも無くね。』
この現実を受け止めるしか無かった。そして目の前の少女が消えた。まるで煙のように。
その日からずっと夢を見てる。覚めることも死ぬことも無い夢を。叶えたかった夢を。
〜少女の夢〜
私はよく長い夢を見る。長いって言っても数週間位経っているような夢だけど。ふと気になったので調べると『継続夢』という単語が飛び出てきた。どうやら私はその夢を見やすい傾向らしい。
その日の夜、テレビでは監禁事件のニュースをしていた。どのチャンネルでもだ。話によると男性と少女が監禁されているらしい。助かると良いな、なんて他人任せな気持ちを抱きながら布団に着くことにした。その日の夜はいつにも増して、心がざわついた。
少し変わった夢だ。いつも長い変わった夢を見てるけど、今日の夢はいつにも増して不思議だ。自分は知らないのに何故だか知っている。まるで誰かの体に乗っ取ったように。この島の砂浜には人が流れ着いてくるらしい。流れ着いた人がいるってことは確かなのに思い出せない。どれだけ頑張っても。
ある日、池で魚を捕まえている時に後ろから声を掛けられた。流れ着いた人らしい。その人を見た瞬間何故か分かった。この人は一回死んでるということに気付いてない。そして…“夢が叶ってもう一度死ぬ”。
1週間経った日から男を見なくなった。本当に死んだらしい。本当は怖かったけれど、身体と心は慣れていたため怖くなれなかった。
体感ではほんの数日しか経っていないのに、自分の見た目もかなり変わっている。どうやら数年ほど知らぬ間に経っていたようだ。その間に何が起きていたのか…。
その日から数日経つと砂浜に少女が倒れていた。急いでベッドまで運ぶけれど、また死ぬんだってことが分かってしまった。怖かった。防ぎたかったけれど、それは出来なかった。自分の夢なのに。
その日の夜、少女に問い詰められた。本当は分かんない。けれど口は勝手に喋る。自分が話終わると、少女は消えた。目の前で人が死んだ。その瞬間とてつもない吐き気と頭痛に襲われた。自分も死ぬのかな…。いきなり目の前がぼやけ始めた…。
ようやく長い不思議な夢から目を覚ませた。カレンダーを確認するも年号も年も同じだ。階段を降りてテレビを付けると昨日していたニュースの続報があった。
どうやら監禁されていた男性と少女は殺されたらしい。自分のことではないのに何故だか涙が流れていた。次の瞬間、ニュースでは殺された人の顔写真と名前が掲示されていた。一気に鳥肌が立った。夢の中で見た人と全く同じ顔をしている。そのうち少女は車椅子に乗っていたらしい。
男性と少女はその日の真夜中に殺され意識は別の世界へ、そしてそこで第2の死を体験し、私が見てた夢の中へと迷い込んだ。そしてそこで第3の死を体験したのだ。私は男性と少女が殺されたと言うよりも、自分が殺したんじゃないかと思い込み始めた。少女に至っては目の前で…。
自問自答を繰り返し最終的にたどり着いた答えは自分が自殺をするということだった。そうすることで2人に罪を償えると思ったのだ。そうして少女の記憶は消えていった。
…ところで少女の生きていた世界にはこんな言葉が存在している。
『夢持って死ねば夢叶島。夢持たずに死ねば無効島。』
夢叶島はその人の意識だけは残り、無効島はその人の意識も無くなり何も残らない。
少女の持った願いは男性と少女が生きて欲しいということ。…今も少女は長い夢の中。
夢叶島[終]
風呂に浸かっている時に出てきた言葉を並べて出来た“夢叶島”のお話