3ページ 謎の少女
それはもう綺麗さっぱり、元から無かったかのように極自然と。
俺は咄嗟に魔力を傷口に集めて血が流れ始める前に止血をした。
同時に風の矢で負傷した右腕も。
更にこれから来るであろう激痛に備えて左腕へと流れる魔力供給を切断。
これで痛みを感じることはない。
魔法は使えなくても、魔力を操り応急処置ぐらいなら今の俺にもできた。
ただ咄嗟に応急処置をしたはいいが、正直もう死を待つだけの状態だったが。
「ラスタ様、私は四大大魔法を受けて今尚生きている貴方様に、正直驚きを隠せません。やはりラスタ様は私にとって尊敬に値するお方です」
「だったら今すぐにでも治療をしてくれないか、片腕がないと色々と不便なんだけど」
「ですが同時に残念でもあります。弱った貴方様に対してトドメを刺すだなんてそんな卑劣な行為、魔法使いとしての礼儀に欠けますから」
「安心しろ、不意打ちの時点で礼儀もクソもないから」
フィーネがナイフ片手に俺の傍に立つ。
「ラスタ様、最後に何か言い残すことはありますか?」
「てっきり、フィーネはこういう時……、俺の味方になってくれるもんとばかり思ってたよ……」
「そうしたいのは山々なのですが……、本当に、申し訳ありません」
それは心の底からそう思っているのだろう。
瞳いっぱいに涙を溜め、ローブの裾をぎゅっと握りしめて俯くその姿は、見ている方まで辛くなる。
「すいません、魔力は先程使い果たしてしまいまして……、貴方様の最後には相応しくないですが、これで許してください」
フィーネがナイフを握り直す。
まだ体は動くし逃げようと思えば逃げる事もできる。
しかしそれも一時だけ。
通路の先も塞がれ、外は深海。
逃げ場のない俺にはどうすることも出来なかった。
これが自分の最後だなんて予想外過ぎて全く実感がない。
だけど人の最後なんて結局こんなもんか、と半ば悟っている自分もいた。
俺は自分の魔法書をぎゅっと握り締めた。
最後はこいつを持ったまま死にたかったから。
そして俺がフィーネのナイフに身を任せようとしたその時だった。
(今すぐ外に出て!)
突然耳元で叫ぶ少女の声が聞こえた。
フィーネには聞こえていないのか気付いた様子はない。
声の主はこちらの状況がわかっているのか、切羽詰まった様子で俺に指示を出してくる。
(死にたくなかったら今すぐに! 後は私の方でなんとかするから!!)
俺の視界に僅かに光るガラス片のようなものが浮いているのが見える。
(あれは……、投影魔法。それとこれは……、多分幻聴魔法だな。誰が使ってるかは知らないけど、死にゆく俺に幻聴なんて……)
俺がそのまま眠ろうとすると、声が慌てた様子でもう一度叫んできた。
(ま、待って待って!! 何で寝ようとしてるのよ! あんたに死なれたらここまで来た私が馬鹿みたいじゃない! あんただってそんな所で死ぬわけにはいかないんじゃないの!? コンプリート寸前の魔法使い!?)
……コンプリート。
俺はその言葉で目を覚ました。
そうだ……、俺の夢。
全ての魔法を習得する俺の夢。
それが叶わない内にはまだ死ねない。
しかももう目の前まで来てるっていうのに。
俺は聞こえて来た声の指示に従うことにした。
どの道死ぬなら最後まで足掻いて死のうじゃないか。
このまま深海に出れば死ぬのは目に見えている。
しかし声の主は言った。
自分が何とかすると。
なら賭けに出る価値はある。
フィーネがゆっくりとナイフを振り上げるのが見えた。
まだだ、隙を突くなら振り下ろした直後だ。
俺はフィーネに悟られないようその時を待った。
そしてナイフが俺の心臓目掛けて振り下ろされる。
俺は寸でのところでナイフを躱すと一目散に外へと向かって走った。
右手には魔法書を握り締めて。
左腕には悪いが、魔法書を置いて行くわけにもいかない。
「ラスタ様、お願いですから大人しくしてください。貴方様をいたぶる様な真似なんてしたくはないんです」
俺はフィーネの声を無視してひたすら走る。
「ラ、ラスタ様……!!まさか!?」
フィーネは俺が何をしようとしているのか気付いたみたいだがもう遅い。
俺は吸えるだけの空気を思いっきり吸って、漆黒の闇へとその身を投じようとした、その瞬間……。
俺の耳にとんでもない魔法が聞こえて来た。
(シール・アーベント!!!)
それは四大大魔法の一つ、封じられた魔法。
そして唱えられた魔法は重力魔法の中でも最上位に位置するもの。
魔法が発動した音が俺の耳に微かに聞こえた。
ドンッ!!
それは爆発ではなく何かが力を溜める音。
それだけで魔法の威力が窺える。
そして俺が深海に入った直後だった。
パンッ!!
圧倒的な質量が無理矢理弾けたような音が俺の耳に届いた。
そして深海に身を投じた俺はというと、何故か崖から落ちたような浮遊感に襲われていた。
あるはずの水が無い。
深海のはずなのに何故か落下している。
俺は思わず空を見上げた。
遠くに見える一筋の光。
それが太陽なのはわかった。
更に驚いたのはそのすぐ横で浮遊する黒い物体。
ここにあるはずだった海水であることに気付いて俺はただただ驚かされた。
シール・アーベントは確かに強力な重力魔法だがここまでの威力は初めて見る。
何より流動体である水を持ち上げている以上制御が難しいはず。
にもかかわらず、海のど真ん中で俺を中心にぽっかりとした何もない空間作るなんて、一言で言えば異常だった。
ただ、この後はどうするつもりなのか。
あの海水を制御している以上、使える魔法はかなり限られてくる。
というか何とかしてもらわないと普通に困るのだが……。
(……捕まえた!)
そんな俺の心配をよそに、少女の声が再び聞こえた。
その声は持ち上げた海水を制御しながらなのか、やや疲れているように聞こえる。
(トロイメイ!)
少女が次に唱えた魔法は浮遊魔法だった。
初級魔法に分類されるが、あの質量の魔法を維持したままとは、またしても驚かされる。
俺は少女の魔法制御にただただ脱帽するしかなかった。
気付けば俺の体を包むように光の粒子が纏い、落下も収まっている。
今はふわふわと浮いている状態だ。