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1ページ 仲間だった少女

 気付けば俺は駆け足でダンジョンの出口を目指していた。

 大事な魔法書を腰に巻いたホルスターに入れ、無我夢中で走り続ける。

 居ても立っても居られないとは正にこのことだ。

 早く魔法を覚えたくてしょうがない。


「何から覚えようか。やっぱり順当に行って初級魔法からか。いやいや、一気に古代魔法の方から攻めるのもありか、場所も知ってることだしな。いや待て。あそこには禁術魔法が無いと行けないんだった。もう一回禁術に手を出そうもんなら、うるさい連中がいるしなぁ。さてさてどうしたもんか。ま、そんなことはまた旅をしながら考えるか。一度手に入れた魔法ばかりだ。それを巡るのなんて簡単なことだしな」


 俺はこれから習得する魔法に思いを馳せながら、勢いもそのままにダンジョンの外へと飛び出した。

 そして慌てて中へと戻った。


「忘れてた。ここ深海なんだった……」


 ダンジョンの外は海の中になっている。

 何も考えずに飛び込んだ俺は呼吸が出来なくなって、咄嗟に魔法書に手を伸ばすが、すぐに意味が無い事に気付いて慌ててダンジョンの中へと引き返す。



 俺が今いるのは深海も深海。

 陽の光すら差し込む余地のない漆黒の闇。

 到底生身の人間が生きていられる空間じゃない。

 そもそもここに来るのだって、重力魔法と風魔法を使って無理矢理来たんだ。

 魔法の使えない今の俺にとっては、外に出るだけで自殺行為に等しい。

 どうやら、やる気を出したのも束の間、俺は早速詰んでしまったらしい。


「……ヤバイ、帰れない」


 何をどう考えたって帰る方法が見つからない。

 魔法前提で来ることができる場所なんだから当然と言えば当然だ。


「何だよこれ! さすがに卑怯過ぎんだろ!! 発現条件が魔法消失オールリセットのくせに、ここから出るのに魔法が必要なんて絶対嫌がらせだろ!! 転移魔法陣くらい置いとけよな、くそっ」


 愚痴を言った所でどうしようも無い事はわかっていたが、さすがにこの状況で愚痴を言うぐらいは許してほしいものだ。

 おまけに着ていた魔導着は海水でずぶ濡れ。

 加えて陽の光すら当たらない深海のおかげですこぶる寒い。

 魔法さえ使えれば暖をとることなんて一瞬なのに、今更ながら魔法のありがたみに気づかされる。

 けど感謝したところで使えないものは使えないので、とにかく今は他に脱出方法がないかを考えてみる。


「けど、マジでどうする。普通に考えたら魔法が使えなくなるんだから、転移魔法陣があってもおかしくはないんだけどな。もう一回ダンジョンの中を探すか? でもそんなもんなかったしなぁ……」


 入り口付近をうろうろしながら、あぁでもない、こうでもないと頭を巡らせてはみるが解決策は見出せない。



 はてさてどうしたもんかと、入り口からダンジョンの中を見渡してみる。

 入り口付近は広々とした空間になっていて、所々に点在する火の灯った燭台が周囲を照らしてくれている。

 けど、それでも全体を照らすには及ばない。

 俺は何か手がかりはないかと暗がりを避けながらとぼとぼと歩いていると、目の前に僅かに照らされた石板が現れた。

 古代語で書かれた石板。

 小難しいことは捨てて要約するとつまりこうだ。


最終魔法オールデリートが欲しければ仲間と共に来るように。ぼっちが手に入れるには荷が重い魔法だ。これを読んで周囲に誰もいないならとっとと帰れ』


 俺に魔法があったなら、木っ端みじんにしてやってるところだった。


「くそっ。馬鹿にしやがって」


 しかしこれで転移魔法陣の可能性は無くなった。

 魔法が無くても仲間がいれば大丈夫。

 そういうことだった。

 そして俺はあの石板を完全に見落としていた。


「普通はもっと見えるところに置いとくもんだろ」


 やばい、愚痴しか出てこない。

 これまでの経験から今の状況がかなりマズイものだとというのは直感でわかる。



 そして残念ながらその直感は正しく、何の解決策も見つからないまま時間だけが無常にも過ぎていった。








 ガチガチと自然と歯が鳴る。

 寒さで体が凍りそうだ。

 深海なんだから当然か。

 俺は暖を求めて燭台の火に身を寄せた。

 なるべく風の吹かない場所。

 炎の揺れていない奥の燭台に。

 


 そしてどれくらいの時間が経っただろうか。

 寒さに震えながら俺の頭に死がちらつき始めたその時だった。


 カッ!!


 外からもの凄い光が差し込んで来た。

 魔法だ。しかも深海を広範囲に照らしている。

 おそらく光属性の上級魔法。


「誰だ……?」


 俺の疑問に答えるようにしてそいつは現れた。

 白装束のローブにフードを目深に被った人影。

 手には魔法書。

 風魔法で自分の周囲を覆っていたのか、体に濡れた跡はない。



 ダンジョンのモンスターに注意してか、もしくは誰かを探しているのか、

 人影はキョロキョロと辺りをうかがいながらこちらに近づいてくる。

 そして燭台の近くで座り込んでいる俺の存在に気付くとフードを外しながら小走りで駆け寄ってきた。

 同時に人影から聞こえてきたのは俺の名前を呼ぶ少女の声。

 その声に俺は聞き覚えがあった。


「ラスタ様!!」


 燭台の炎に照らされて見える少女の顔。

 肩から胸にかけてこぼれる黄金色の髪に、吸い込まれそうな深緑の瞳。

 やや幼さの残るその容姿に俺は見覚えがあった。


「フィーネ!」


 呼ばれた少女は俺に気付いて顔を綻ばせている。

 フィーネは俺の知り合いで、『光裏こうり教会』と呼ばれる組織の一員だ。

 ダンジョン攻略のサポートや、魔法の発現条件のクリアなんかにはよく世話になった。

 ここへ来ることは伝えていたからきっと俺の様子を見に来てくれたんだろう。

 どうだ石板め。俺にだって仲間ぐらいいるんだよ。

 心の中で悪態をつきながら俺は寒さで震える足に力を入れて立ち上がる。


「どうしてラスタ様がまだここに?てっきりもう祭壇まで行かれたと思っていましたのに」


 フィーネは驚きながら俺の前で立ち止まった。


「いや、祭壇までは行って刻印の儀は済ませたんだけど、まさかの発現条件が魔法消失オールリセットだったんだ。魔法が全部消えて帰れないからどうしようかと思ってたんだよ」


 仲間がいるって心強いな。

 改めて俺はそんなことを感じていた。


魔法消失オールリセット!? 本当ですか!? あれはてっきり凡俗の考えた世迷言と思っていましたのに、ですがどうかご安心を。私が来たからにはもう大丈夫ですから」


 暖かい笑みを浮かべるフィーネ。

 死ぬかと思った直後のその笑顔に思わず気が緩む。

 力が抜けてその場に倒れ込みそうにもなったが、けど結果的にはそうはならなかった。

 何故ならフィーネが俺の胸に飛び込んで来たから。


「ラスタ様、私、ずっと心配で……」


 顔を伏せた先から聞こえてくるフィーネの涙混じりの声。


「連絡も一向に取れませんでしたし、モンスターに襲われたのではないかと、ラスタ様に何かあれば、私……」


 嗚咽すら聞こえてきそうな弱々しいその声に、俺の方まで涙が出そうだ。

 こんなにも心配してくれていたなんて。

 俺もフィーネに何か声をかけてあげないと。

 そう思い涙をこらえながらフィーネを見る。

 と、そこで俺はあることに気が付いた。



 フィーネが右手をローブの下に忍ばせて何かを掴んでいる。

 角のたった四角いもの。

 ローブ越しでもそれが魔法書であることはすぐにわかった。

 けど同時にわからないことも。

 なぜ今このタイミングで魔法書を?



 俺の疑問に答えるように、胸元ですすり泣くフィーネの左手が俺の胸元を鷲掴みにする。

 俺から離れたくなくて掴んでいるわけじゃない。

 だって俺自身がフィーネを引き剥がす気がないのだから。

 むしろもう暫くこうしていたいな。

 そんなことさえ考えていたのに。



 ならどうしてか?

 魔法書を手に持って俺を掴んでいるその理由は?

 答えはフィーネの口から発せられた。


「『カノン』」


 それは風属性の初級魔法の名前。

 威力こそ高くはないが、放たれる風の矢は狙った相手を正確に射抜く。



 フィーネは正確無比な魔法を唱えた。

 俺の目の前で。

 体が密着したこの状態で。

 果たして誰に向けてのものだろうか?

 俺は考えるよりも先に行動していた。


「っ!!!」


 両腕を咄嗟に顔の前に置いてすぐさま訪れるであろう痛みに歯をくいしばる。

 瞬きをするよりも早くに知覚するのは鋭い痛み。

 両腕に3本の衝撃を感じると同時に俺はフィーネの手を振りほどいて、後ろに跳んでいた。



 自分の身に起きたこの状況に意識が全くもって追いついていない。

 一瞬の出来事。

 考える暇すらない。

 ほとんど直感で体が動いていた。


「さすがはラスタ様ですね。今の攻撃を咄嗟に防ぐなんて、普通の魔法使いならまず不可能ですよ」


 言葉とは裏腹に驚いた様子は見せないフィーネ。

 俺はズキズキと感じる腕の痛みと、混乱しそうな思考を無視して、フィーネへと声を投げかけた。


「……どういうつもりだ?」


 とは言っても、フィーネの狙いが俺を殺すことであることはさっきの攻撃でよくわかった。

 躊躇ない急所への攻撃。

 魔導着で護られた体じゃ魔法が通じない可能性を踏まえて、あえて頭を狙ったんだろう。

 加えて至近距離での不意打ち。

 もはや暗殺者顔負けの殺すことを優先させた合理的判断。

 戸惑いを隠しきれない俺にフィーネは落ち着いた声で疑問に答えてくれた。


「光裏教会のお爺様方からのお達しで、ラスタ様を殺すようにとの勅命がありました」


「殺すって、それはまた物騒な話だな。正直殺される理由がこれっぽっちも思い浮かばないんだけど」


「お爺様たちはラスタ様の最終魔法オールデリート習得に難色を示しています。最終魔法オールデリートが何かはわかりませんが、もしこの世界から全ての魔法を消失させる魔法なら絶対にそれを阻止しなければならないと、そう仰っていました」


「そうか。それで俺の命よりも爺さんたちの命令を優先したってわけか」


 フィーネが選んだその選択に、今度は本気で泣きそうな気持ちになった。

 仲間と思っていた相手から、死んでくれと言われたら誰だって悲しくもなる。


「私だって……、私だって、ラスタ様を傷つけるような真似なんかしたくはありません。けど、お爺様方が、光裏教会が下した決断なんです。私なんかに……、逆らえるわけないじゃないですか」


 顔をうつむかせて肩を震わせるフィーネ。

 最後の方は聞き取るのも難しいほどにその声はか細いものだった。

 俺と同じで悲しんでくれているようだけど、だったら殺さないでほしいものだとは心の底から思った。



 顔を持ち上げたフィーネの目に宿るのは決意の炎。

 どうやら思いとどまることはなく、俺を殺すことへの決心がついたようだ。


「詠唱無しの不意打ち程度で、ラスタ様を殺せると思っていた私が甘かったです。申し訳ありませんが、ラスタ様には今この場で、オールコンプリートの夢は諦めて頂きます。貴方様の命をもってして」


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