18ページ 三文芝居
「ちょっとどいういつもりよ!?」
腕の中でシーナが不満気に抗議してくる。
「いいから黙って俺に合わせてろ。この場から逃げるための良い方法を思いついた」
状況を理解できてない様子のシーナ。
しかしグリークの方はこちらの狙いがなんなのかに気付いてくれたみたいだ。
「待て」
魔法書を閉じると同時にグリークは3人にも待ったをかける。
指示に従い魔法書を閉じる3人の魔法使い。
そしてその光景を見たシーナも自分の役割にようやく気付いたようだ。
「ねぇ、それってもしかして私を人質にしてってこと?」
「ああ、平和的に解決できる画期的なアイデアだろ」
自分で言うのもなんだが完璧じゃないだろうか。
楽して簡単に逃げることのできる隙の無い策。
これで相手は迂闊に手出しできないはずだ。
後はこっちの言う通りにするよう脅してやればいい。
言うことを聞かないならこの女に多少傷付いてもらえばいいことだしな。
頭の中で白い魔法書を持った天使の姿をした俺がゴミを見るような目で見てくるが、うるさい、ほっとけ。
「ちょっと、さっきは協力してもらう必要はないとか言っておいて早速これ? 1人でもやっていけるとか言ってたじゃない!」
腕の中で相変わらず不満タラタラな様子のシーナ。
「確かに言ったけど周囲の物を利用して臨機応変にだよ。今はお前を使ってあいつを脅せば簡単に逃げられる。あいつのお前に対する執着心は普通じゃなさそうだしな」
「確かに私が一芝居うてば逃げられるかもしれないわね」
「理解が早くて助かるよ。じゃあお前からも言ってやってくれ。自分を助けるために俺の言う通りにしろってな」
あとはこの女を人質にしつつここから逃げれば一件落着。
しばらく追いかけて来られないように互いに拘束魔法でもかけさせておけば更にベストだ。
ただ、そんな完璧な俺の作戦にも1つだけ落とし穴があった。
それは……。
「ねぇ、私が護衛をするって言ってるのにそれを拒否しておいて、都合の良い時だけ利用しようなんて虫のいい話じゃない?悪いけど私はそこまで物分かりの良い女じゃないのよ。人質役をさせたいなら私の同行を許可しなさい」
この女が融通の利かない石頭だということ。
「お前こんな時にまだそんなこと言ってんのか。巻き込まれたくないなら黙って従ってろよ」
「巻き込まれるも何も、グリークの狙いはあんたで私は殺される心配は無いのよ。私が協力しなかったらあんたはグリークに殺されて終わり。自分の立場がわかって言ってる?」
「お前……! 俺に死なれたら困るんだろ!?」
「確かに困るわね」
「だったら……!」
「あんた、私に言ったわよね。かけ引きの仕方が下手過ぎるって」
「それが何だよ!?」
「だからもう一度あんたとかけ引きしようと思って」
「お前状況をわかって言ってんのか!? 今はそんなくだらないことをやってる場合じゃねぇだろ!」
「あんたからすればそうかもしれないけど、私からすれば今のあんたに自分の置かれた状況を理解させるには絶好の機会よ」
「自分の置かれた状況ならとっくにわかってるよ!」
「そう、ならあんた1人で何とかしてみなさいよ。どうせ無理でしょうけどね。ここからはどっちが先に折れるか勝負よ。私があんたを見殺しにするか、あんたが私に助けを求めるか。勿論助けて欲しかったら同行することを許可してちょうだいね」
この女はそれだけ言うと俺の返事も待たずに早速行動を移しやがった。
「グリーク!」
「なんでしょう。シーナ様」
グリークは嬉しそうにその声に応える。
そしてシーナの感情のこもらない三文芝居が始まった。
「お願い助けて! 私こいつの魔法で無理矢理言うことをきかされてるの! 本当は協力なんてしたくないのに……」
殆ど棒読みなシーナのセリフ。
「お、お前、何口走ってるんだよ!」
慌てて口を押さえるが、それを振り払ってなおもこの女は叫ぶ。
「しかもコイツは人が逆らえないのをいいことに、私に序曲まで使わせて。うぅ」
そしてわざとらしく顔を俯かせて嘘泣きを始めた。
「おい何だよその下手な芝居は! だいたい人を操る魔法なんてないだろうが!」
そう、そもそもの前提がありえない。
魔法をコンプリート寸前まで集めた俺の経験から言わせてもらうとそんな都合のいい魔法なんて存在しない。
ただそれを知らないグリークからすれば自分の妄想上の魔法で大切な人が奪われた。
そう勘違いするには十分だっただろう。
「お願いグリーク。貴女の力で私を救って!」
そしてトドメとばかりにシーナが顔を上げると同時にグリークに向かって叫んだ。
「やはりそうでしたか。えぇ、このグリーク、一片たりとも貴女様を疑ったことなどありません。信じておりました」
どうやらこのシチュエーションは自分に酔いしれた勘違い男には効果てきめんのようだ。
グリークのやる気に応えるように魔法書が輝き始める。
「それと……」
シーナはそこで言葉を切ると全身の力を抜いた。
そこで一瞬ながらも油断してしまった自分を呪いたい。
右手を前に突き出したシーナはそのまま勢いよく右ひじを俺の鳩尾に叩き込んで来た。
「うっ」
突然の衝撃に悶絶する俺を押しのけてシーナが逃げる。
「これで私は大丈夫だから! 思いっきりやっちゃって!」
連中の包囲の外まで逃げたシーナが無責任なエールをグリークへと送る。
「あの野郎、後で覚えてやがれ」
腹を押さえながら睨む俺の視線に気づいたシーナが、まるで地を這う虫を見るような憐れむ表情で俺を見て来た。
その顔を見ればわかる。
何を言いたいのか。
どうする? やっぱり1人じゃ無理ってわかった? 助けてほしい?
「いらねぇよ」
俺はシーナのことは取り敢えず頭の隅に追いやってグリークへと視線を戻した。
まずはとにかくこの状況をどうするかだ。
あの女のことはそれから考える。
「わかりました。では遠慮なくいかせて頂きます」
グリークがそう言い終わると同時に俺の後ろにいる魔法使いが魔法を発動させた。