17ページ 勘違い男
「げ、またお前かよ」
ダンジョンから出ると、そこにいたのは背後に3人の魔法使いを従わせた白いローブを羽織った魔法使い。
顔を見なくてもその粘着質な声で誰だかわかる。
昨日俺を殺そうとした光裏教会の魔法使い、グリークだ。
「昨日はシーナ様を脅して利用し上手く逃げたようだが今日はそうはいかんぞ」
早速勘違い全開で話し始めるグリークに言葉を返すのも面倒に感じる。
けど勘違いされたままなのも癪なのでここは一言訂正を加えておくことに。
「いや脅すも何も、どっちかって言うとあいつが勝手にやってるだけで、むしろ利用されてるのは俺の方なんだけど」
一切の嘘無く話してみるが、しかしそれは勘違い男には逆効果のようだった。
まるで崇拝していた神を冒涜されたかのようにグリークが声を荒げる。
「よくもぬけぬけとそのような戯言を! シーナ様が貴様のような人間に率先して加担している訳がなかろう! 何かの魔法で従わせているに違いない! そうだろう!?」
あ~、面倒くせぇ。
正直このまま何も見なかったことにして立ち去りたい。
出会ったら不幸になるモンスター。
まるでそんな言葉が俺の頭に思い浮かぶ。
「ん、貴様。シーナ様はどこだ?」
ここでようやくグリークが自分が崇拝する存在がいないことに気付いた。
ていうかあれだけ執着しておいて遅すぎないか?
興味もないし応えるのも面倒だけど、ここで俺はあることを思い付いた。
どうせこのまま俺を見逃すつもりは無いんだろう。
グリークの後ろには魔法書を構えた3人の魔法使い。
ひと悶着あるとわかってるならこっちが有利になるよう先手を打つのもアリだ。
激情に駆られやすい魔法使いは感情が昂ぶれば昂ぶる程、その行動は読みやすい。
そして目の前にはそのお手本のような魔法使い。
俺は今度は嘘を交えながらグリークを挑発してやることにした。
「あぁ、あの女か。それならさっきダンジョンの中でだな……」
俺はポーチの中からシーナを脅すために使ったナイフを取り出すと、そのままグリークへと刃先向けて突き出す。
そして先端に付着した俺の血がしっかりと見えるように見せつける。
「勢い余って殺しちゃったよ。ごめんな」
刃先に着いたたった数滴程度の血雫と、本当かどうかもわからない俺の言葉にグリークは呆れるほど簡単に我を忘れてくれた。
「き、ききき……。貴様あぁぁぁあ!! 何ということをっ!!!!!」
は、ちょろいな。
後は適当にあしらってここから逃げれば……。
「ねぇ、考えたんだけどやっぱりあんたには私の存在が必要不可欠だと思うのよ」
突然背中から聞こえてきた空気を読まない女の声。
その声を聞いたグリークの表情が徐々に落ちつきを取り戻していく。
間の悪い事に、声と同時にダンジョンから出て来たのは俺が殺したはずのグリークにとっての信仰対象だった。
「あれ、グリーク! どうしてここに!?」
ちっ。
「お前って人の邪魔をするのが得意だよな」
「ちょっとそれどういう意味よ」
「言葉のまんまだよ」
シーナの無事な姿を見てグリークが表情を綻ばせる。
「おお、シーナ様。ご無事でしたか。このグリーク、貴女様の安否を案じた事など一度も御座いません」
さっきあれだけ取り乱してたのはどこのどいつだよ。
グリークは魔法書を構えると落ち着きを取り戻した口調でシーナに話しかける。
「シーナ様、どうかその男から離れていて下さい。ほんの少し、無茶をしますので」
はてさてどうしたもんか。
状況は控えめに言って最悪。
魔法使い4人を相手にこっちは魔法を使えない状態。
ハンデがあり過ぎる。
けど現状はそうも言ってられない。
多少無茶でもやるしかないか。
俺はナイフを握り直してグリークに向かって飛びかかろうとしたが、しかしそれよりも早くに俺の前に飛び出した人影があった。
「待ってグリーク! 話を聞いて!」
グリークにそう声をかけたのは隣にいたシーナだった。
俺の前に飛び出して奴との間に割って入る。
説得でも試みるつもりだろうか。
確かにコイツの言うことならあの男も聞きそうだが。
しかし残念なことに返ってきた言葉を聞いて、俺はそれが無駄だということを思い知る。
「大丈夫ですシーナ様。すぐにこのグリークが貴方様を解放してみせますので」
どうやら人の話に耳を傾けるつもりは無いらしい。
奴の頭の中では捕らわれた姫を魔王から救い出す英雄のつもりでもいるのだろうか。
「違う! 私はコイツに操られてなんてない! 一緒にいるのは私の意思なの! だからお願い、話を聞いてほしいの!」
平和的に解決しようとしているのか、魔法書を取り出しつつも対話を求めるシーナ。
けど残念ながらグリークには全くもって意味がないようだ。
相変わらず勘違いまみれな言葉が返ってきた。
「成程、これ程までに人を巧みに操ることができるとはさすがと言ったところか、魔法コレクター。しかしシーナ様を使って私を説得しようなど、そんな見え透いた罠に私がかかるとでも思ったか!」
褒められたところで全然嬉しくないし、どの辺が見え透いているのか是非とも聞いてみたいものだった。
グリークは目だけで後ろの魔法使いたちに合図を送る。
するとそれに応えるように3人の魔法使いが俺とシーナを囲うように左右、後にと移動を始めた。
どうやらシーナに当たらないように俺だけを攻撃したいらしい。
余程シーナを傷付けるのが嫌なのか。
光裏教会では裏切者であるこの女にどうしてそこまで執着するのか理解できないが、今の俺にとってはどちらかというと好都合だった。
グリークはシーナを傷つけたくない。
そして俺は別に傷付いていいとも思ってる。
なら簡単にこの場を脱することができるんじゃないだろうか。
俺は予定を変更して早速行動に移ることにした。
「ちょっ、いきなり何……!? きゃあ!」
俺はシーナのフードを掴むと、力任せに手繰り寄せた。
バランスを崩して俺の方へ倒れ込むシーナの首に腕を回して無理矢理立たせる。
そして持っていたナイフの先端をシーナの首元に突きつけてグリークに向かって警告してやった。
「おい、今すぐ魔法書を閉じろ!!さもないとお前の大好きなシーナ様を本当に殺しちまうぞ!!」