16ページ 人質の価値(2人目)
しばらくの間、膠着状態が続いていたが、ようやくシーナが諦めるようにして魔法書をパタンと閉じた。
「わかったわ。私の負け、降参よ。だからそのナイフを下ろしてちょうだい」
「先にこのローブを脱げるようにしろ」
シーナは渋々と言った表情で呪文を唱え出した。
するとローブから魔力が消えたのがわかる。
俺は試しにナイフを当ててみる。
するとローブはいとも簡単に切り裂けた。
「これでいい?」
「ああ、死ぬのは勘弁してやるよ。けど一緒に行動するのはここまでだ。じゃあな、もう会うこともないだろうけど」
俺は切り裂いたローブを脱ぎ捨てるとそのままダンジョンから出るために来た道を戻る。
「待って!」
シーナが後を追いかけて来るが知らん、無視だ。
「まだ何かあるのか?」
俺はこれ以上関わるのも面倒なのでさっさと出口を目指す。
「せめて護衛だけでもさてほしいの」
「いらねぇよ。それじゃあ1人の意味がなくなるだろ」
「私はあんたに死なれちゃ困るの」
「じゃあ、そこまでしてお前が俺に魔法をコンプリートさせたいの理由はなんだ? 命削ってまで俺を守る理由は? 最終魔法を手に入れたらその後は? 説明も無しに近づいてくるような人間を側にはおけねぇよ」
「……理由は、言えないの」
「そうか。じゃあ別のコレクターでも探せよ。そんな不用心なコレクターがいればの話だけどな」
「お願い待って!」
シーナが俺の前に立ちはだかり両手を広げて行く手を阻む。
「まだ何かあんのか?」
「話だけでも聞いて欲しいの」
「言えないことづくしの人間から聞く話なんて何も無いね」
俺はシーナの手を払って先を歩く。
「じゃ、じゃあ私もあんたが言うことを聞いてくれないならここで死ぬわ!」
後から聞こえて来たのは自暴自棄ともとれるシーナの声。
俺が後ろを振り返ると、そこには自分の胸にナイフを突きつけるシーナの姿があった。
「なにしてんの、お前?」
「私も……、私もあんたと同じで人には理解してもらえないことがあるの」
「それで?」
「それは誰にも言えないことなの」
「だから?」
「あんたを守ることだけは許してほしいの」
「それはさっきも言った。無理だ」
「なら私はここで死ぬわ。私は何がなんでもあんたに最終魔法を習得してもらう必要があるの。このままじゃあんたが死ぬのは目に見えてる。もしそうなったら、私は生きてる意味がなくなるのよ!」
「そうか。お前が切羽詰った問題を抱えてるのはよぉくわかった。けど無理なもんは無理だ。それと俺はそんな簡単に死にはしない」
「じゃあ私はここで死ぬわ。それでもいいの!?」
「あのな、人質っていうのはそいつに助ける価値があって初めて成立するんだ。お前の命が惜しいだなんて俺はこれっぽっちも思わねぇぞ」
「私は本気よ」
シーナが握ったナイフに力を込める。
「やめとけ。かけ引きの仕方が下手すぎる。もっとよく考えてからやれ」
俺はそのままシーナを無視して出口へと向かう。
「待ちなさいよ!!」
「死ぬ覚悟ができてから出直して来い。その時はいなくなったベビードラゴンの代わりにお前をペットとして側に置いといてやるよ」
俺はダンジョンから出ると同時にこれまで溜まってたイライラを全て吐き出すようにしてシーナに言ってやった。
外に出ると眩しい陽の光に思わず目眩がする。
隣の滝に目をやると、盛大に舞う水しぶきに混じって色鮮やかな虹ができていた。
俺は気持ちを新たに大きく伸びをした。
なんだか憑き物が落ちたような清々しい気分だ。
魔法コレクターとしての本当の旅がこれから始まる。
そう思うだけでだんだんとテンションも上がってくるってもんだ。
シーナの追いかけて来る足音も聞こえない。
ようやく諦めたか。
ま、付いてくるなら死ぬぞって脅せばいいことだしな。
「さぁって。一旦街に戻るとするかな。色々と準備しなきゃいけないもんもあるし」
俺は心機一転、気持ちを新たにその一歩を踏み出そうとするのだが、しかしやはりというか、そう簡単に思うようにいかないのが現実のようだ。
「見つけたぞ、魔法コレクター」