プロローグ 魔法消失《オールリセット》
「ついに、ついにここまで来たんだ」
俺はダンジョン最奥にある湖上の祭壇で、舞い降りる白い光の玉を見つめていた。
苦労に苦労を重ねて辿り着いたこの場所。
四大大魔法を覚えた者しか入ることの許されない禁断の地。
涙で霞むその先で、光の玉がゆっくりと俺の魔法書に吸い込まれて行くのが見える。
これで俺は全ての魔法を手に入れた人類初の魔法使いになる。
富や名声、力、欲しいものはなんだって手に入る。
けど俺にとってそんなものはどうでもいい、大当たりのおまけみたいなもの。
俺には魔法のコンプリートが全てであって、それ以外に望むものなんてなにもない。
それが、魔法コレクターである俺の夢なんだから。
感極まる俺の前で、魔法書が光の玉を呑み込んで眩い光に包まれる。
そして一際、強い輝きを放ったあとに現れたのは真っ白な魔法書。
もはや愛おしくすら感じる俺の……。
「ん、あれ?何で……」
俺は自分の相棒である魔法書を見て思わず固まってしまった。
正直何が起きたのか全く理解できなかった。
いや、理解できてはいたが信じたくないと言った方が正しいか。
祭壇の上で静かに佇む魔法書。
その色は何色でもない白色。そう色が無い。
それが何を意味するのか、この世界で暮らす人間なら誰でもわかる。
白い魔法書。それはつまり習得魔法ゼロを意味する。
言わばこれから魔法を覚えるために、初めて手にするのがこの魔法書だ。
そこからコツコツと苦難を乗り越えて魔法を刻んでいく。
習得すればするほど魔法書の色は変わっていく。
俺は何故かこの魔法書を手に入れた時の事を思い出していた。
白い魔法書を見てこれから全ての魔法を刻むんだと意気込んでいた俺。
あの時はコンプリートを目指してワクワクしていた記憶がある。
しかし今、同じ色の魔法書を目にしているのに俺には絶望しかなかった。
「そ、そんなわけ、そんなわけないよな……、まさか、『最終魔法』ってこういう意味なのか……?」
俺は手に入れたはずの魔法の名前を呟きながら、頭の中で最悪のシナリオを必死に否定する。
自分の魔法が全て消えてしまった。
そんな考えるだけで目の前が真っ暗になりそうな現実を。
涙のせいかと思って目をごしごしと拭ってみる。
すると晴れ渡った視界の先には先程よりも鮮明に見える白があった。
涙と笑いが同時に出る。
今まで覚えた魔法の数々が頭をよぎっては俺に別れを告げて消えて行く。
「はは……あははっは!!!アハハハハハハ!!!!」
俺は笑いながら膝から崩れ落ちていた。
「はははは…………はは」
そして涙も笑いも枯れ果てた頃、俺はある1つの可能性に思い至った。
それはコンプリートした魔法書が白くなるという限りなくゼロに近い希望だった。
すがるものが無い俺は、ふらつく足で祭壇に置かれた魔法書を手に取る。
そしてゆっくりとページを捲っていく。
白、白、白、白、白、白、白、白……白。
全部白紙だった。これまで刻んで来た俺の魔法は全て消えていた。
魔法書が俺の手をすり抜けるようにして地面へと落ちる。
いっそ、ここで死のうかな。
俺の魔法を消しやがったこのダンジョンごと燃やして死のう。
盛大に四大大魔法をぶち込んでこの神殿ごと消えるのもいいか。
俺は魔法書を拾って、しかしそこで思い出す。
「あ、魔法は全部消えたんだったな……」
盛大に死ぬことも許されないらしい。
どうしようか、俺が魔法書を開いたまま呆然と空を仰いでいると一陣の風が優しく俺の頬を撫でた。
風の精霊が慰めてくれてるんだろうか。
それならいっそのこと、全てを薙ぎ払う荒れ狂う暴風魔法で俺ごと吹き飛ばして欲しいものだった。
風に揺られてパラパラとめくれる俺の魔法書。
最後のページが揺れたところで風は止んだ。
「これからどうするかな……」
俺は魔法書を閉じようと何気なく視線を落とした。
そしてそれが目に止まった。
『最終魔法』
最後のページにただ一文それだけが刻まれていた。
どういうことだ?
わけがわからなかった。
しかしそれも一瞬。ある可能性が俺の頭に浮かんだ。
「もしかして、発現条件は魔法消失なのか?」
魔法消失。
それは魔法書から全ての魔法が消える現象のことを言うらしく、風の噂で聞いた程度のもの。
禁術魔法や、封印魔法の一種だという話しもあったが、最終魔法以外の魔法を手に入れた俺からすればそんな魔法が無いことは知っている。
つまり魔法でないなら発現条件の一つだと考えるのが妥当だろう。
魔法は習得しただけじゃ使えない。
発現条件をクリアしないとただ魔法書に刻まれているだけ。
俺は徐々に落ち着きを取り戻した頭で考える。
新たな可能性に頬が緩みそうになるが過度な期待は禁物だ。
落ち着け、俺は期待を押し殺して現状を推測する。
最後のページに刻印された文字。
そこから俺のコレクションである魔法たちがただ消えただけでないことはわかる。
つまり、残る発現条件をクリアすれば、この魔法が使えるということだ。
それは間違えようのないこの世界の絶対的なルール。
なら、単純に考えれば消えた魔法は発現条件に含まれた何かということだろう。
それが何なのかはわからないが、現状から察するに、もう一度この魔法書に刻めということだろう。
……全ての魔法を。
そこまで思い至った俺は思わず鳥肌が立った。
思い出すだけで気が遠くなるような道のり。
数多のダンジョンとそれを守護するモンスターたち。
またあの苦難を乗り越えないといけないのかと思うと心が折れそうになる。
けど、それぐらいのことをやってこそ最終魔法の発現条件と言えるだろう。
自然と初めて魔法書を手に取った時の感覚が蘇って来た。
あの何ともいえない心の底からゾクゾクする感じ。
魔法コレクターとしての血が今までにないくらい沸騰しているのがわかる。
「やってやる……。やってやるよ! もう一度全ての魔法を習得して俺は手に入れてみせる!!」
俺は握りしめた拳を突き上げながら、我慢できずに叫んでいた。
「待ってろよ!! 最終魔法!!!」