85 ドロデン商会会頭のグーズリー
「フレイヤ皇女殿下、お初にお目にかかります。私はドロデン商会会頭のグーズリーと申します」
ムラニスキに案内された部屋では、鉱山王グーズリ-が待ち構えていた。
フレイヤの従者二人が、フレイヤを守るように前に出て身構える。
「皇女殿下、この者は決して怪しい者ではございません。どうぞ、ご安心ください」
ムラニスキが慌てて取りなす。
「皇女殿下、どうぞお座りください」
促されたフレイヤは、金のフレームに赤の革張りの豪華なソファに腰を下ろした。
フレイヤの対面にはムラニスキ男爵が、側面にはグーズリーが座るという配置だ。
ムラニスキの合図でメイドたちが動き出す。
大理石の重厚なテーブルの上に、色とりどりの宝石が並べられる。どの宝石一つとっても、1つで城が買えそうなものばかりだ。
「私のコレクションはいかがですか?すべて、我がシャトレ郡の鉱山で採れたものです」
「この赤い宝石はルビーかしら?」
「そうでございます。さすがは皇女殿下、お目が高い。このルビーはピジョンブラッド、この世界でモゴク鉱山でしか採れない最高品質のものです」
「では、こちらは?」
「これはコスケス鉱山で採れたエメラルドでございます。大きさは約300カラット。これほどの大きさのエメラルドはそうは採れません」
「皇女殿下は、宝石に興味がおありでございますか?」
「美しい宝石に興味のない婦人はいないわ」
「もっともでございます。グーズリー、例のものをお出ししなさい」
「はい、ムラニスキ様」
グーズリーがバッグから宝石箱を取り出す。
その宝石箱を開けると、中には美しくカットされた大ぶりの赤い宝石が入っていた。
「ピジョンブラッドのルビーでございます。大きさは120カラット、指輪にしてもペンダントにしても最高のものができるでしょう」
「見事なルビーね」
「このルビーは、皇女殿下にこそ相応しい! ぜひ、お納めください」
「私にくれるというのか?」
「はい、もちろんでございます。敬愛なる皇女殿下」
「ふ~ん、・・・見返りは?」
「私どもの相談役になってくださいませんか?」
やはりそう来たか、シンプルに言えば買収だな・・・。
「相談役とは?どのようなことを私に望むのだ?」
ここで、我が意を得たとばかりにグーズリーが説明を始めた。
「私共の扱う宝石や金銀・鉄鉱石は膨大です。常に敵に狙われています。これだけのものを守るためには、少々手荒な手段や後ろ暗い方法もとらなくてはなりません。その点を、新領主様にご考慮いただければ、定期的にお礼に伺わせていただきたいと考えております」
「考えておこう」
フレイヤは短い言葉を残し、その場を去った。
部屋に残されたムラニスキとグーズリーが暗い笑みを交わす。
「皇女とはいっても所詮は温室育ちの小娘。たかがルビーで目を丸くしておったわ」
「私が用意した宝石を大事そうに持って帰ったではありませんか。あと、もう一押しですな」
「チョロいもんさ、あーっはっはっはっ」
「ムラニスキ様はお人が悪いですな。はーっはっはっはぁ」
一方、部屋を出たフレイヤは宝石をすぐにリリーに渡していた。
「買収・贈賄の証拠の品だ、厳重に保管しておけ」
「はっ、わかりました」
小声で言葉を交わす二人だった。
夜会に何食わぬ顔で戻ったフレイヤは、一通り挨拶を済ませ帰路に着いた。
館で不正の証拠を探していた虎の眼は、素晴らしい成果を出した。
脱税の証拠となる裏帳簿、莫大な隠し資産の書類、代官を失脚させるだけの証拠が瞬く間に揃えられた。
しかし、代官だけ裁いても、裏で糸を引く大商人のグーズリーをそのまま残しては領の立て直しにはつながらない。グーズリーの存在こそが、このグダニスク領の癌なのである。
フレイヤの取った手段は単純である。それは、自分自身が囮になることである。
ドロデン商会と手を切らなければ代官を罷免したうえで捕縛すると、不正の証拠を突き付けながらムラニスキを脅したのだ。
自身の身の危険を感じたムラニスキは、グーズリーとと共にフレイヤを暗殺することに決めた。
事実、敵の多いムラニスキもグーズリーも裏社会と密接につながっている。腕の立つ暗殺集団も、その支配下にあった。
「皇女を暗殺しろ」
皇女暗殺は大罪である。しかし、自分の破滅を免れるために、危ない橋であることを知りながら、そう指示するしかなかったのだ。
領主さえ変わればどうとでも挽回できる、と考えたのである。実際、これまでもこの方法でうまくいってきたのだ。
暗殺者の数は30人、フレイヤが街に出るタイミングを狙って襲撃した。
しかし、今回、フレイヤの身を守っていたのは虎の眼の精鋭だけではない。
カズヤに加えて、テンジュとクエレブルまで密かにフレイヤの身を守っていた。
テンジュは天の世界樹の妖精である。
世界樹は、地上のすべての植物をその支配下に置く。
つまり、地上の植物すべてが天樹の眷属であり、協力者となるのだ。
部屋に置かれたすべての花は、テンジュの眼であり耳でもある。
道路の草も樹木も、テンジュの腕であり指である。
テンジュ相手に隠しごとは不可能なのだ。
当然、ムラニスキとグーズリーの計画はフレイヤたちに筒抜けだった。
テンジュの力の前に、遮音の結界や防音扉など、何の意味も持たないのだ。
暗殺者は、まず遠距離からフレイヤを狙撃した。
よく、集団で標的に襲い掛かる描写がされるが、基本的に暗殺者は姿を見せない。
不意打ちこそが、暗殺の技術なのだ。
複数個所から、フレイヤただ一人を狙う攻撃が同時に放たれる。それは、毒針であり、毒矢であり、呪いであり、火魔法であり、闇魔法であり、大質量の鉄塊であり、それぞれが強力だった。
皇女が外出するのであるから、当然強力な警護が付き従う。防御も厳重だ。
しかし、物理、精神、魔法、質量などすべてを防ぐ障壁を常に張ることは難しい。
矢が止められても呪いが届けば暗殺は成功だ。矢や炎は防げても、大質量は弾けない障壁が多い。暗殺者たちにとっては、誰か一人が成功すれば、それは大成功なのだ。
しかし、フレイヤに対する攻撃は、すべてが防がれ、はね返された。
テンジュによる世界樹の結界と、クエレブルによる龍の結界が攻撃を阻んだのだ。この2つの結界を貫くには究極魔法が必要である。
しかも、その結界に加えて、カズヤの障壁まで追加されていた。この時のフレイヤは、国が亡ぶほどの攻撃を受けたとしても無傷で生き残っただろう。
諜報部隊虎の眼は、フレイヤの警護はカズヤたちに任せ、攻撃してきた暗殺者の確保を最優先任務としていた。
暗殺者を捉え、暗殺を命じたものを吐かせるためだ。
自分たちの保護すべきフレイヤ皇女は、世界最強の3人が守っているのだ。虎の眼の兵士たちの行動には迷いがなかった。
暗殺者を殺さずに、無力化することを目的に行動する虎の眼の兵士たちは容赦がない。手や足が無くなっても頭が残ればよいと考えているのだ。
実際に、逃亡を防ぐために、優先的に足が切り落とされた。
また、暗殺者は捕らえられたときに自決するものが多いので、それを防ぐための技術も、確立され使用されていた。
「フレイヤ殿下、敵の無力化が完了いたしました」
「うむ、よい手際であった」
フレイヤの前で跪いて報告しているのは、虎の眼の隊長ステルスである。
「領城へ連れ帰り、依頼人を明らかにせよ」
「ハッ、お任せください」
「カズヤ様、テンジュ様、クエレブル様、どうもありがとうございました」
フレイヤが3人に感謝の言葉を伝える。
「これからも必要があったらいつでも呼んでよ。フレイヤ様は、ベティのかわいい妹だからね」
「ふふふ、ありがとうございます」
捕らえられた暗殺者は、プロらしく自分の依頼人の名は明かさなかった。しかし、拷問になど頼らずとも、秘密をしゃべらせる方法はいくつもある。虎の眼の厳しい取り調べに負け、暗殺者たちは秘密を守り切ることはできなかった。
この暗殺集団の実質的なボスはシャトレ群の大商人グーズリーであること。今回の暗殺も、グーズリーの命令によるものだと判明し、グーズリーは捕縛された。
皇女暗殺は未遂でも大罪である。
自分の力を過信したグーズリーは投獄され、グダニスク領を裏から操っていたドロデン商会も解体されることになった。
グダニスク領の筆頭貴族であった、シャトレ群代官のムラニスキ男爵も脱税、背任、賄賂受諾、反逆罪などの罪で捕縛、投獄された。
ムラニスキ男爵の捕縛によって、共に甘い汁を吸っていた前領主カメダインやロッテル男爵の所業も次々に明らかになった。
グダニスク領で権勢をふるう絶対強者だったカメダイン・ロッテル・ムラニスキ・グーズリーたちが、フレイヤ着任後わずか2か月ほどで更迭された事実は、グダニスク中の貴族や商人を震え上がらせた。
法を犯し、私利私欲に走った者たちの土地や財産は、ほとんど国有化された。
グダニスク領は、実質的には皇帝の直轄地となったわけである。
これは、皇帝に逆らうことの代償を、国中にわかりやすく伝える事例となった。
それまで、一部の心無いものが独占していた富は、新領主フレイヤによって、病院設立や道路整備、治水や開発などのインフラ整備に積極的に活用された。
それは、新たな雇用を生み、グダニスク中の人々への富の再分配につながった。
排他的だった商人組合も解体され、適正な競争が行われるようになった。
権力にすがって努力を怠っていた商人は力を失い、才覚あるものが頭角を現しすことのできる開放的な市場へと生まれ変わった。
一時は『グダニスクのすべての富を奪う恐ろしい皇女』という噂が立ったが、フレイヤは、その行動で悪い噂を払拭していった。
グダニスク領は、人々の暮らしやすい可能性あふれる都市へと生まれ変わったのである。
恐ろしいバンパイアの攻撃が、領の立て直しにつながった。
世の中、何が幸いするかはわからないものである。




