17 巨木〔天樹〕は、どうやら世界樹だったようです。
リハードさんの長男のカールくんの病気が、〔天樹〕の樹液によって完治します。
そのことは、〔天樹〕とは何か、の手がかりになりそうです。
次の日の朝食後、さっそく天樹にリハードさんの子どもたちを連れて行くことになった。
俺としても、お世話になっている恩返しと、こういった頼まれごとは後に回さずに先にやってしまいたい性分ということでちょうどよかった。
いきなり空を飛んで連れていくのは、自分の能力をひけらかすようで嫌だったので、商会の船で〔天樹〕に向かった。リハードさんと、奥さんのマルガレーテさんも一緒である。
「わーーーー!おっきいね!!」
エリーザちゃんは、近くで見る天樹の大きさに驚いたようで、大きな声を上げている。カール君とアメリアさんも目を見開いている。マルガレーテさんもだ
使用人が操船する商会の小舟を横付けし、天樹に乗り移る。
エリーザちゃんは、さすが小学生。乗ったら、すぐに走り出した。
「おっきーーーーーーーい!」
と叫びながら幹の上を走っている。「海に落ちると危ないから走ってはダメ!」というマルガレーテさんの制止も聞こえないようで、全力で駆けている。端から端まで100mほどあるので、すぐにへばって座りこんだ。ほほえましい。
全員で、葉が茂る木の先端に向かった。
「この葉っぱ、すごくおいしいのよ!私はこれほどおいしい野菜を他には知らないわ。」
とベティがリハードさんと奥さんたちに言っている。
「木の葉が食べられるのですか?」
「大きな葉ね。厚みもあるし、確かにおいしそうだわ。」
とマルガレーテさん。
「カズヤさん、この葉を一枚食べてみてもいいですか?」
どうぞどうぞ、たくさんありますし、採ってもすぐに生えてくるのでいいですよ。でも、ベティはこの葉っぱを採ることができなかったんですよ。
「それはどういうことですか?」
「この葉っぱ、どんなに力を入れて引っ張っても、木から採れないのよ!」
とベティ。
「そんなバカな・・・、引っ張ってみてもよろしいですか?」
「どうぞ、ご自由になさってください。」
リハードさんは、一枚の葉を手で掴み軽く引っ張った。軽くと言っても、普通の葉っぱなら必ずちぎれるような力で。しかし、葉は採れなかった。
「あれ、おかしいな・・・・。そんなはずは・・・。えいっ!ムッ!ぐぬぬぬぬう!おりゃああああああ!!!・・・ハアハア・・・・。」
・・・採れません。
「パパ、何やってるの?葉っぱ一枚採れないの?」
長女のアメリアさんはあきれ顔である。ベティは、こっそりニヤッと笑った気がする。
「じゃあ、あたしが採るわよ。」
と言って、葉っぱを引っ張り始めた。
「あれ?う~ん!!!・・・あれ?」
さっき、葉っぱを採れなかったパパは、腕を組み、ニヤニヤしながら娘の奮闘を眺めている。
「はああああ!のおおおおおお!ぎぎぎぎいぎぎぎ!!!・・・はあはあ。」
さっきまで、おしとやかそうだったアメリアさん、そんなガニ股で・・・・・・。
「採れないわ・・・。」
二人の奮闘を見て、奥さんと、カール君、アメリアちゃんも葉を採ろうとするが、誰一人、葉を採ることはできなかった。
「なんと不思議な!」
「不思議ねえ。」
「こんなのおかしいわ!」
「ゴホン、ゴホン・・・疲れた・・・・・・。」
「おかしいな~、なんでかな~?」
「カズヤさんは採れるんですか?」
とカール君に聞かれたので、近くの葉っぱを人数分採って、ベティの魔法で水洗いしてから、一枚ずつみんなに渡した。
みんなは、大きく目を見開いて、口をあんぐりしている。
「どうして・・・?今、簡単に葉を取ったわよね・・・。」
「この葉っぱ、何も味をつけなくてもとてもおいしいので食べてみてください。」
と言いながら、俺は葉っぱをかじる。毒味の意味だ。うん、いつもながらおいしい。
まず、リハードさんが一口葉をかじった。
「これは・・・・・・・・、」
絶句している。他の家族の皆さんは、リハードさんが急に黙り込んだので、心配な表情だ。
「絶妙な歯ごたえ、シャリッとした食感。ほのかな酸味、さわやかな香り・・・・・・すばらしい。」
この父の言葉を聞いて、子どもたちも恐る恐る葉っぱをかじった。
「シャクッ! なに、このおいしさ・・・・・・。こんな野菜、食べたことがないわ!」
「・・・おいしい。すごくおいしい。」
「おおいしいいいぃぃぃぃ!なにこれなにこれ!今まで、野菜は嫌いだったけれど、この葉っぱは、だあーーーい好き!!」
兄弟三人とも、天樹の葉の美味しさに驚いてくれたようだ。
奥さんも、同じような感想みたいだ。
長男のカール君が胸を押さえて不思議そうにしている。
「カール君、どうしたの?」
何かあったかと心配になった俺が聞くと、
「今まで、胸の奥にずっとあった痛みが、急に消えました・・・・・・・。息も苦しくない。」
とカール君。
聞けば、カール君は幼い頃から病気がちで、少し無理をすると咳が出て止まらなくなるそうだ。喘息のようなものかな?そして、ずっと、胸の痛みと体のだるさがあったらしい。
「この葉には、ポーションみたいな効果があるのよ!」
ベティがドヤ顔で説明している。
「私も、木の葉を食べたら、傷や痣が治ったもの。この葉っぱすごいのよ!」
「私も一介の商人です。カールの体を治すために、様々な医者に診せ、薬や薬草を手に入れて試してきました。しかし、これまで、どんなに手を尽くしても、カールの体調は良くなりませんでした。しかし、葉を一枚食べただけで、本人にわかるほどの効果があるなんて・・・・・・。」
とリハードさんは、驚き顔だ。家族全員、喜び半分、戸惑い半分という表情である。
ここで、またベティが前のめりに提案した。
「じゃあ、樹液も飲んでみましょうよ。もう、天にも昇るほどの美味しさよ!」
「カズヤ様、いいのですか?」
リハードさんは俺に聞く。
「もちろんですよ。」
俺は、〔天樹〕の細い枝を折り、ベティに飲み方の見本をみんなに見せるように促した。ベティは、すぐに、折り口をぱくっとくわえ、ストローでジュースを飲むように樹液を吸った。
「あぁ、おいし~。何度飲んでも、びっくりするぐらい美味しいわ~。」
そのとき、ベティの腕と手のあたりが薄く光った。
「ベティ、腕と手を痛めていたの?」
と、俺が聞くと、
「実は、昨日、<亡国の剣>を持とうとしたでしょう。重くて持てなかったけれど・・・・・・。あのときに、無理して持とうとして力一杯がんばったから、手と腕が痛くなっちゃってたのよ。朝からじ~んと痛くって・・・。でも、今は、すっきりよ!」
「じゃあ、みんな、樹液を飲んでみて!本当に美味しいわよ!」
ベティの薦めで、リハードさん、マルガレーテさん、カールくん、アメリアさん、エリーザちゃんが、一斉に枝を口に含み樹液を吸い始めた。
「・・・これは、何という美味!言葉を失います。さらっとさわやかで、鼻の奥を柑橘系のさわやかな香りが通り過ぎます。こんなに美味しい飲み物を、私は今まで飲んだことがありません。」
とリハードさん。腰のあたりが薄く光っている。
「・・・私は今まで、様々な飲み物を飲んできたけれど、これは間違いなく、最高の美味しさだわ。味、香りともに何にたとえたらいいかわからないほどよ。いくらでも飲める気がするわ・・・。」
と、マルガレーテさん。足の先と膝が薄く光っている。
樹液を飲んだカール君は、胸の強めの光を中心に、体全体が薄く光っている。他の4人よりも、光る範囲も光り方も大きく強いようだ。
アメリアさんは、指に小さな光がある。
エリーザちゃんは、どこも光っていない。
「チューチューチュー、ゴクゴク、プハ~・・・。おおいしいいいいい!!! この木の汁美味しいよ! エリーザ、この木の汁だあい好き! ・・・あれ?みんな、どこか光っているのに、私はどうしてどこも光らないの?」
「それは、この天樹の樹液には、病気や傷を治す力があって、それが治るときに体が光るみたいなんだけれど、エリーザちゃんの体には、治さなくてはいけないような傷や病気が全くないから光らなかったんだよ。」
「へ~、さすがカズヤさん、ものしりね!」
「長年治らなかった腰の痛みが、嘘のように消えている・・・。」
「合わない靴を履いて、夜会でダンスを踊ったせいで、足先と膝を痛めていたの。今は、少しも痛くないわ・・・・・・。」
「体が綿のように軽い気がする。僕の体、どうなったの?ふわふわしているよ・・・・・・。」
きっと、カール君にとって、長い間つきあった重く調子の悪い体が普通になってしまっていたんだろう。
「走ってみてもいい?何だか、走りたい気分なんだ。」
と言って、カール君は走り出した。全力疾走だ!速い!
「私も走るー!」
エリーザちゃんが、カール君の後を追って走り始めた。かわいい・・・。あ、こけた。
「ギャー!ふええええええん!痛いよう・・・。」
転んだエリーザちゃん、ギャン泣きである。転んだときに膝小僧を切ったようで、血が出ているようだ。
コップに天樹の樹液を入れ、泣いているエリーザちゃんに飲ませた。
樹液を飲み干したとたん、出血しているエリーザちゃんの膝が光った。そして、皆が注目する眼前で傷口が、見る間にふさがっていく。
「あれ?痛くなくなっちゃった。 エリーザも光ったよ!えへへ。 やったあ。」
もう笑顔である。
天樹の端まで全力疾走していたカール君が、また全力疾走で帰ってきた。往復だと100m走ぐらいかな。満面の笑顔である。
「全然息が苦しくならないよ! 咳も出ない! お父さん、お母さん!僕、走れるよ! こんなに走っても、体がなんともないよ! それどころか、もっと走りたい! どこまで走っても大丈夫な気がするよ!」
「おお、カール・・・。よかった、本当に良かった・・・。」
カール君を抱きしめるマルガレーテさんの頬が涙で濡れている。よかったね。
リハードさんも大いに喜んだが、今は、すでに商人の顔になっている。
「これは、とんでもないことですよ。 この天樹の価値は、計り知れません。 このことは、誰にも知られないほうがいいですね。 この天樹を手に入れるためなら、戦争すら起こり得ます。 この天樹の樹液は、おそらく伝説のエリクサーに匹敵します。 まさしく神の水〔神水〕と言ってもいいでしょう。 これは、簡単に世間には出すことができないできない代物ですよ。」
いや、そんなに? すごいとは思っていたけれど、少し甘く見ていたかも・・・。
「ねえ、リハードさん、カズヤったら、この樹液で毎日水浴びをしていたのよ。 それどころか、洗濯まで! 『汚れがよく落ちるんだよ』なんて言いながら!」
「この神水で水浴び!洗濯! なんてええもったいないいいいい! この樹液1ビンで白金貨1枚以上の価値がありますよ!」
白金貨の価値は、円に換算すると、およそ100万円ほどであるそうな。
葉っぱの価値も、1枚で金貨10枚(10万円)ほどの価値はあるだろうということだった。
「カールの病気を治すために、私は、様々な地方を回り、薬を探し求めました。その中で耳にしたのが “世界樹の樹液は、この世のすべての病気やケガを治す薬になる” という言い伝えです。 私は、あらゆる伝手を使い、世界樹の樹液を手に入れようとしましたが、世界樹は伝説の樹木、本当に存在しているかどうかさえわからず、手に入れることはできませんでした。」
「つまり・・・。」
「私たちが、今、乗っているこの〔天樹〕は、世界樹なのではありませんか?」
事の重大さに、俺たちは言葉を失った・・・。〔天樹〕は世界樹? だとすれば、この不思議な樹液も、美味しい葉っぱも、海の中で枯れないことも説明が付く・・・。
「マルガレーテ、アメリア、カール、エリーザ・・・このことは、決して誰にも言ってはいけないよ。」
「わかったわ、あなた。」 「「「「はい、お父様。 絶対に誰にも言いません。」」」
つられてベティもコクコクと頷いている。
俺たちは、元来た小舟で商会へと帰った。
謎だらけだった天樹の正体の片鱗を掴むことができた、有意義な時間となった。
「カズヤ様、カズヤ様には私の命を救っていただいただけでなく、不治の病で長くは生きられないだろうと言われていたカールの病まで治していただきました。心より、お礼申し上げます。」
「私からも感謝を・・・、カズヤさん、貴方に出会えたことは、私たち家族にとって、天のお導きでした。カズヤ様と私たちを引き合わせてくださった、ベティ様と神様にも感謝を。」
「カズヤさん、ありがとうございました。走るって、本当に気持ちがいいものなんですね。僕は、そのことを初めて知りました。今までは、走ると胸が苦しくて、咳が止まらなくなって・・・・・・、走って気持ちいいと思ったことなんか一度もありませんでした。でも、これからは、走って、体を鍛えて、今までやりたかったのにできなかったことを、たくさんやろうと思います!」
・・・・・・カール君、いい子だね。ジーンとするよ。
「皆さんに喜んでもらえて、俺も本当にうれしいです。」
「さすがは、神の使徒ね。カズヤ」
ベティが、小さな声で、俺に向かって、そっとつぶやいた。
次の日、俺とベティは、街へ買い物に向かった。もちろん、案内はカサンドラさんである。
天樹には、警備員が付くことになった。
勝手に誰かが乗り込んだり、枝を折っていったりしないように見張るためである。
4艘の小舟で、天樹の周りをパトロールしてくれている。
まあ、誰かが勝手に天樹に上がって葉を採ろうとしても、きっと葉をちぎることはできないんだけどね。枝も折れないだろうし・・・・・・。
さすがは世界樹である。
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