4「少女が見た夢」
4「少女が見た夢」
その街では、正体不明の疫病が流行っていた。感染したらもう助からない。誰とも触れ合わない場所に隔離して、静かに死を迎えさせる。
そういうやり方でしか対処することができない、悪夢のような病がその街では流行っていた。
街に住む人間の数は、驚くべき早さで減っていく。
家族で街を捨てる者。
疫病で家族を失う者。
疫病によって命を落とす者。
様々な理由で、その街に住む人間は姿を消していった。
すべては、死水晶と呼ばれるものが原因だった。
大地を腐らせ、命を奪う。
そんなものがそばにあることで、その街は少しずつ死に絶えていったのだった。
そんな中、その少女は街に残っていた。仲良しの友達や、飼っていたペットが死んでも、その少女は街を出ようとはしなかった。
お母さんとお父さんがそばにいたから。
まだ、みんながそばにいたから。
その少女はその街に残り続けた。
だが、そんな少女もある日、病気になってしまった。
助からない疫病にかかったことで、少女は一人、その街に取り残されることになる。
お母さんもお父さんも、少女が病気になったことをきっかけに、街を出ていかなくてはいけなくなった。
仲がよかった人たちもみんな、どこかへといってしまった。
少女は一人、ほかの人に病気をうつさないために、その街に取り残されることになった。
別れ際。両親は泣いていた。
そんな風に泣く理由が自分だと思うと、少女は申し訳なさで胸が痛くなった。
だから自分が悪いんだ。こうなったのは全部、自分のせいなんだと思い、少女は一人で生きていくことにした。
だけど……もうすぐ死んでしまう運命だ。
少女は泣きながらもたった一人で、最後まで頑張って生きようとしていた。
そんなときだった。
不思議な人が、目の前に現れたのは……。
その人は自分を天使だといった。
そして少女に、「みんなに会いたいか?」と聞いた。
少女は当然のように「うん」と答えた。すると天使だと名乗ったその人は、不思議な力を少女に与えてくれた。
誰かの命を奪うことで、自分の命が助かる。
人を殺すことで、少女はずっと生き続けることができる。
それは、そういう種類の力だった。
自分のために人を殺す。
それは、絶対に許されないことだった。
だからその人は、力を与えると同時に少女に魔法をかけた。
「人を殺すことは悪いことではない。むしろ人は死ぬことによって、少女のように辛くて悲しい思いをしなくなる。だからこれはいいことなんだ。人を殺すことで、みんなを幸せにしてあげることができる。だからキミは、たくさん人を殺せばいい」
その人はそう言った。だから、少女はその言葉を信じて沢山の人を殺した。
みんなを幸せにしてあげることができる。
自分が生きていれば、きっといつかお母さんたちはこの街に戻って来てくれる。
そう信じて、少女は人の命を奪い続けた。
だけど人を殺せば殺すほど……少女は一人ぼっちになった。
殺すことが、その人を幸せにすることだと信じている。だけどやっぱり、一人になるのは寂しかった。
そんなある日。少女は一人の少年に出会った。
どこにも行き場がないその少年は、一人ぼっちで寂しそうだった。だから少女は、その少年と一緒にいることにした。
幸せにしてあげないといけないと思っていた。
だけどそれ以上に、少女自身が一人で寂しかったから……。
少女はその少年と、一緒にいることにした。
そんな日々も、ある日突然終わりを迎える。
人の命を奪わなかったことで、少女自身の命が危険にさらされることになった。
少女は、天使様との約束を破った罰だと思った。
自分のことを優先して、一人で寂しそうな少年を救ってあげなかった罰として、こうなってしまったんだと思った。
だから少女は少年のために……少年を殺すことにした。
別れたくなかった。
離れたくなかった。
大好きなお兄ちゃんと、ずっと一緒にいたかった。
だけどそれは許されない。
少女はあの日。天使様と約束してしまったから。
だから少女は――。
「リコ」は、お母さんが戻って来てくれる日を信じて、人を殺し続けるのだった。
◇◇◇
ゼロは静かに目を覚ました。
倒れたときと同じ風景が目の前に広がっている。致命傷だったはずの背中の傷も、なぜかきれいに消えてなくなっていた。
「リコ……」
ゼロは夢を見ていた。それはこの街で暮らす、一人ぼっちの少女の夢だ。
「リコ……どこにいるんだ? リコ」
一刻も早く見つけだしたかった。
あの夢が真実であるのなら、今すぐにでもあの子と話をしなくてはいけない。
ゼロは立ち上がると身支度を整え家を出た。しかし、どこにいけばいいのかがわからない。
「リコぉーッッ」
大声で名前を呼ぶが返事はない。ゼロは何の当てもなく、闇雲にリコのことを捜そうとした。
『こっちよ』
不意に、誰かの声が聞こえた。
聞き覚えがある声だった。
カイルと出会ってすぐ、ダークナイトと呼ばれる敵と戦っていたときに聞こえてきた声だ。
「誰だッ……どこにいるんだ?」
まるで幻聴のように、姿は見えず声だけが頭に響いてくる。
『私はあなたの中にいる存在。すべてを話すことはできないけど……あなたの味方よ。だから信じて。今は、あの子を助けたいんでしょ?』
「あの子? リコのことか? キミはどうしてそんなことを知っている? 僕の中にいるって……いったいどういうことなんだ?」
『それは言えないわ。あなた自身の記憶に関わることだから……私は何も言ってあげることができないの』
「僕の記憶? 教えてくれ、僕はいったい誰なんだッ?」
少女と思わしきその声は、何も言ってくれなかった。
自分自身の力で思い出せ。
まるで、そう言っているかのような沈黙だった。
『あなたの傷は私が治したわ。そしてあの子の記憶も、私があなたに見せたもの。どうすべきかは、今のあなただったらわかるでしょう?』
「今の、僕…………そうだ。今はキミの正体や僕の記憶なんかより……」
『あの子の場所ならわかるわ。だから今は私を信じて、あなたはあの子を助けてあげて』
その声の正体が、神でも悪魔でも関係なかった。
リコを救うためだったら、何が犠牲になろうが構わない。
腰に下げた剣を確認すると、ゼロは謎の声に従いリコのもとに急ぐのだった。
先に進むたびに、目にする死体の数が増えていった。
みんな、アルド王国の軍服を着ている。
ある者は突かれ、ある者は斬られ。首を刎ねられ、身体から大量の血を流し。
数多くの人間が殺されていた。
これをみんな、あの子がやったっていうのか……。
信じたくなかった。信じられなかった。
ゼロはすべての答えが知りたくて、無我夢中で走り続けた。
たどり着いたのは、森を抜けた先の荒野だった。
死水晶の影響だろうか。草原だったと思われるその場所は、辺り一面が枯れ草に覆われた荒野になってしまっていた。
そこに、リコはいた。
お気に入りの熊のぬいぐるみを抱き締め、遠くを見つめてリコは一人で立っている。
「リコッ」
名前を呼ばれたリコは、驚いた顔で振り返った。
「お兄ちゃんッ。どうして……」
迷子になった我が子を見つけ出したかのように、ゼロは少女に歩み寄る。
「リコ……」
証拠なんて何もない。
この場所で、
この時間に、
誰が何をしたのかは誰にもわからない。
たった一つ、確実なことは――。
この場所で、
今、
多くの人間が殺されているということだ。
「キミを追いかけてここに来たんだ。それよりもリコ……キミは、何でこんな所にいるんだ?」
答えを聞くのが怖かった。
いつものように無邪気な笑顔で、いつものように無邪気なことを言ってほしかった。
だけど願いは叶わない。
少女はもう、自分が知っている健気で純粋な存在ではない。
「天使様に言われて、みんなを助けに来たんだよ」
悪魔に魅入られ、人の命を奪うことが正しいと信じているのだから。
「助けるってどういうことだ? キミはいったい何をしたんだ? 天使様って誰だ? どうしてキミは…………どうしてッ」
認めたくない。
認めてしまったら、リコと過ごしたすべての時間が、幻のように消えてなくなってしまうような気がした。
「天使様は、私を助けてくれた人だよ。病気になって、お母さんたちにはもう会えないと思ってた私を……天使様は助けてくれたんだ。それに、天使様は私にも力をくれたんだ。悲しくて、辛くて、痛い思いをしながら生きてる人を、幸せにしてあげられる力だよ。私はその力を使って、たくさんの人を助けてあげたんだ。天使様が……私を助けてくれたみたいに」
ゼロは小さく、首を横に振った。
「違う……キミが天使様と呼んでいる人は、そんな立派な人じゃない。むしろ逆なんだッ。キミを利用して……自分の敵を排除しようとしていて……むしろそいつは天使なんかじゃないッ。キミを不幸にする……悪魔なんだ」
リコは悲しそうな顔をした。
そんな顔を見ると、ゼロの胸もどうしようもなく苦しくなる。
「どうして……どうしてそんなことを言うの? お兄ちゃん。天使様は、リコを助けてくれたんだよ。みんなだって……私が、幸せにしてあげたのに……」
「違うッ。キミが幸せだと思っていることは、幸せなんかじゃない。幸せっていうのは、そうやって辛くて苦しいことから、逃げ出すようなことじゃ……」
「じゃあ、何が幸せなの? お兄ちゃんは、どうしたいの?」
「僕の、幸せ……」
そんなことはわからない。
ただ願うことは、リコが笑顔でいてくれること。
大切だと思ったものを、護り続けること。
「キミが……リコが、ずっと笑顔でいてくれることだよ」
こんな気持ちは初めてだった。
誰かのことを大切に思い、誰かのために胸を熱くする。
経験したことがない感情に胸を揺さぶられながらも、ゼロは必死になって言葉を続ける。
それが、大切な少女に届くと信じて。
「お兄ちゃん……だったら、私の邪魔はしないで」
「邪魔がしたいんじゃないッ。僕はキミを助けたいんだッ。もうこれ以上……リコに、間違ったことはしてほしくないんだ」
「何が間違ってるの? みんなを幸せにしてあげてるんだよ。天使様は、こうすることがみんなのためだって言ったんだよッ」
「違う、違う、違うッ。誰かを殺すことは、救いなんかじゃない。誰かを救うっていうことは……もっと、もっと単純で、優しいことであって……」
僕はキミに救われた。
何もなかった僕に、キミは生きている理由をくれた。
何もなかった僕に、キミは幸せな時間をくれた。
何もなかった僕に……キミは、数え切れないくらい多くのものをくれた。
だから、
だから……。
「もう、やめてくれ……僕は、僕は……キミが誰かを殺す姿なんて……見たく、ないんだ」
ずっと避けていた、認めたくなかった真実を言葉にした。
逃げたら彼女に言葉は届かない。
認めなければ想いは届かない。
だからこそゼロは、間違いによって過ちを積み重ね続ける少女の罪を、言葉にした。
「お兄ちゃん……ごめんね。そうやって、私のせいで苦しい思いをさせちゃって」
「リコ……」
「大丈夫だよ、大丈夫。私が……」
わかっていた。
認めたところで罪は消えない。
間違いに気づかないから。
過ちを悔やまないから。
人は、いつまでも罪を重ねるのだと。
「今すぐお兄ちゃんを、助けてあげるね」
穢れなき綺麗な笑顔で、少女が救いという名の死を宣告する。
後ろに強烈な殺気を感じた。
ゼロは腰に下げた剣を抜き、後ろから襲いかかる殺気の正体と向かい合う。
「ッ……これは……木の根?」
ゼロが思ったとおり、それは木の根だった。だが、大地に根づいているような平和的なものではない。
まるで鞭のようにしなる槍のように、一本の太い木の根がゼロに襲いかかる。
持っていた剣で根を切り落とす。切り落とされた先端はすぐに動きを止める。しかし、本体のほうは沈黙することなく、生き物のように動き続ける。
それはまるで、巨大生物が扱う触手のようだった。
切り落とされたものとは違う根が数本、あとを追うように大地から姿を現す。
「ごめんねお兄ちゃん。私がちゃんと、お兄ちゃんを助けてあげられなかったから……大丈夫だよ。今度こそ、私がお兄ちゃんを助けてあげる」
リコが口にする「助け」とは「死」だ。
悪魔に魅入られた少女は、殺すことが救いだと本気で信じている。
「みんなを幸せにしてあげることが、私の役目なんだよ。天使様はそのために……私を助けてくれたんだからッ」
「違うッ。キミは騙されてッ……」
もう言葉は届かない。
少女はゼロを大切に思っているからこそ、本気でゼロを殺そうとする。
無数の木の鞭が襲いかかる。
その速さと鋭さは、獣の爪や牙を軽く凌駕する。
ゼロは持てる力を使って木の鞭を切り落とすが、有効な効果は見られない。斬られた部分から新たな木が生えだし、すぐに新たな武器として戦線に復帰する。
ここに来るまでに見た兵士たちは、この木の鞭にやられたのだろう。
わずかだが脚にかする。
それだけで簡単に服が斬られ、わずかだが血が流れ出す。
こんなのをまともに喰らったら命はない。だけどどうする? この木の根を止めるために、僕ができることは……。
リコに剣を向ける?
そんなこと考えたくないし、誰かに命令されたとしても、できるわけがない。
「やめろッ。やめてくれッ。リコッ」
ゼロにできることは叫ぶことだけだった。
リコが考えを変えてくれる。
間違いに気づいてくれることを信じて、ゼロは大きな声で叫び続ける。
「キミは間違っているんだッ。こんなことしても、誰も幸せにはならない。むしろキミはみんなの敵として、一人ぼっちになるだけだッ」
「一人ぼっち」という言葉に、リコは怯えたような反応を見せた。
「そんなこと……そんなことないもんッ。私はいいことをしてるんだもんッ。だから天使様が言ったとおり、私は元気になって……お母さんたちだって、そのうち帰って来てくれるもんッ」
「違うッ。キミはそんなことないって、心のどこかで思ってるんだ。だからキミは僕と一緒にいて……だからキミは、すぐには僕を殺せなかったんだろ?」
「そうだよ。もうあそこに、一人でいるのは寂しかったから……お兄ちゃんと、ずっと一緒にいれたらいいなって思ったよ。だけど……そんなこと思ったらいけなかったんだよ。だから私の身体は、また病気になっちゃって……悪いのは全部、天使様との約束を守らなかった私だもんッ」
「天使様なんていないんだッ。そいつはキミを騙して苦しめているだけの悪い奴なんだ。だから僕を信じてくれッ。だからもう……こんなことはやめてくれッ」
「違うもんッ。違うもんッ……天使様は、私を助けてくれた人だもんッ」
純粋な叫びが狂気に変わる。
襲いかかる無数の木の根を何とかやり過ごすが、時間と共にそれも厳しくなる。
素早く動き回り、狙いを定めさせない。寸前で動きを見切り、木の鞭を切断し無効化する。できる限り最大限の対処をする。しかしそれも、悪夢のような絶対的物量を前に長くは続かない。
「ッ!」
地面から飛び出た木の根に脚を取られる。
この大地の下では、無数の大蛇のように凶器となった木の根が蠢いているのだ。
「しまッ……」
気づいたときにはもう遅い。
槍のような鋭さを持った木の根が、ゼロの身体を貫こうと襲いかかってくる。
「リコ……」
もう駄目だと思った。
無数の木の槍。一つを払い落としたところで、数え切れないほどの槍が体中を貫く。
「ッッ」
ゼロは瞳を閉じた。
自らの死を、嫌でも意識しながら。
だが――そうはならない。
鮮やかに弧を描く剣閃が、ゼロを狙っていた木の槍をすべて切り落としてしまった。
気配を感じて瞳を開く。
そこには、ゼロがよく知る剣士が立っていた。
「カイル……どうして、キミがここに?」
その剣士はカイルだった。
カイルも同じように、ゼロがここにいることを不思議がっている。
「死水晶を破壊するために移動してたんだけど……ほかの部隊が攻撃を受けてるっていう報告があって、救援のためにこっちに来たんだ。それより、何でゼロがここにいるんだ? それに、あの女の子はいったい……」
「詳しい話はあとだ。それよりカイル、今は僕に手を貸してくれないか? あの子を助けたいんだ。だから……」
「ゼロ……お前がそんな顔して俺に助けを求めるなんて、よっぽどのことなんだな。わかった。事情はわからないけど、お前が助けてくれって言うんだったら俺は……」
「駄目だ」
人を惹きつける澄んだ声。
カイルに続き、冷厳にして美麗な雰囲気を放ちながらシエルサーラが姿を現す。
いつもと同じく左目は髪に隠れている。見える右目が、鋭い視線でリコのことを射抜いていた。
遠慮気味に、カイルが真意を尋ねる。
「シエルサーラさん……どういうことですか? 戦場で女の子が襲われてるんですよ? どんな理由があるとしても、見捨てるなんて……」
「兵士を殺したのが、あの少女だとしてもか?」
「……えッ?」
カイルは言葉を失い驚いていた。
当然だ。立場が逆なら、ゼロも同じような顔をする。
「襲われた兵の中には、わずかにだが息をしている者がいた。その者たちに回復魔法をかけることで、今回の件の犯人を聞くことができた。それは……」
「やめてください」
考えなんてなかった。単に答えを聞きたくなかったから、ゼロはシエルサーラの言葉を遮ったのだ。
「……知り合いか?」
「はい。あの子は……僕が護ると決めた子です。今回の件で悪いのは、あの子では……リコではありません。あの子にあんな力を与えた人間がいるんです。悪いのはそいつであって、リコじゃないんです。だからッ」
「だから黙って兵たちが殺されるのを見ていろと……そう言いたいのか?」
言葉に詰まる。だが、沈黙することだけは許されない。
言葉を失うことは。
認めてしまうことは。
護ると決めた少女を、見殺すことになってしまうのだから。
「違います。あの子は何かの間違いであんなことをしているだけなんです。だから、話せばきっとわかってくれる。僕が何とかしてあの子を止めてみせる。だからあなたは……邪魔しないでくださいッ」
ゼロは強い眼差しでシエルサーラのことを見た。シエルサーラに怯んだ様子はない。むしろ向けられた視線の強さに応じて、見せる態度を強固にしていく。
「ふっ。少し見ない間に男の顔をするようになったな。それ自体はいいことだ。そんな目ができるのであれば、お前が持つ力や意思を信じてやってもいい」
「それじゃあ……」
「だが、今回は話が別だ。あの娘が殺した人間の数は限度を超えている。見逃すことは絶対にできん」
「くッ。だけど……」
「それにあの娘はもはや人間ではない。魔王によって戦いの道具にされた、造魔の一種だ」
「ぞうま?」
「ああ。言葉どおり、造られた魔族ということだ。簡単に言ってしまえば、人間を殺すために造られた兵器と呼べるような存在であって、もはや人間ではない。力だけではなく、頭までおかしくなっているからな。お前がどんなに頑張ったところで、救うことは絶対にできん。だからもう諦めて……」
「嫌だッ」
「ゼロ……」
ゼロの怒声に一番驚いていたのは、カイルだった。
「僕は諦めたくない。あの子を、絶対に見捨てたりなんかしない。あの子は悪くないんだ。あの子は誰よりも、必死になって生きてきただけなんだッ。悪いのは魔王って呼ばれてる奴なんだ。だったらリコを見捨てるなんてことは……絶対にしたくないッ」
「殺された兵も必死になって生きていた。帰りを待っている家族もいた。このままあの娘を放っておけば、殺される者がもっと増えることになる。その者たちにも、お前は同じことが言えるのか?」
「ッ……」
「私には責任がある。預かった命を護るために、最大限の努力をするという絶対的な責任がな。だからこそお前の言葉を聞き入れるわけにはいかん。あの娘が我々の敵である以上、私は責任を持ってあの娘を殺さなければならん」
「そんなこと……そんなこと絶対に……」
「戦場で最も力を持つ言葉は武力だ。どうする? 未熟な剣技と覚悟で、私の義務と責任を否定してみるか?」
シエルサーラが剣を抜き、ゼロに向けて切っ先を向けてくる。
冷たい汗が背中を流れ落ちる。だが、ここで引くわけにはいかない。
「約束したんだ。あの子は……僕が護るッ」
覚悟を告げると、ゼロはリコのほうへと走り出した。
背中にリコを隠すと、ゼロは剣と視線をシエルサーラへと向けた。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫だ。リコは僕が護る。だからもう、リコは何もしないでくれ」
リコは賢い子だ。状況を感じ取り、木の根の動きを止めてくれる。
一度だけ「うん」と言うと、黙ってゼロの服を掴んできた。
「……いい覚悟だ。ならばもう言葉は要るまい。被害を最小限に抑えるために、最速で最良の行動を取らせてもらうッ」
「シエルサーラさんッ」
カイルはどうすればいいのかわからず混乱していた。
ゼロを助けてあげたい。だけど、シエルサーラが間違っているとは思えない。
シエルサーラのそばで、カイルは金縛りにあったように動けなくなっていた。
「見せてやろう。神ではなく私が下す、雷の裁きをッ」
空気が神雷の黄色に塗り潰されていく。
シエルサーラの周辺に強力な雷光が発生する。
それらは青白く輝く雷鳴を生み出し、世界を引き裂くがごとき雷爪へと変化していく。
「いくぞッ。ディルムライトニングッッ」
それは雷系の最高位魔法。
選ばれた人間のみが扱える、神罰に匹敵する電撃だ。
「ぐあぁぁぁぁぁぁッ」
「きゃぁぁぁぁぁぁ」
黄色い閃光がゼロとリコをまとめて包み込む。体中を貫く圧倒的な衝撃を前に、ゼロはあっけなく意識を失ってしまった。
リ、コ……
最後の最後まで、護ると決めた少女の身を案じながら。