表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼロとなりし者の英雄伝説  作者: ヤスダナコ
8/26

4「少女が見た夢」

4「少女が見た夢」




 その街では、正体不明の疫病が流行っていた。感染したらもう助からない。誰とも触れ合わない場所に隔離して、静かに死を迎えさせる。

 そういうやり方でしか対処することができない、悪夢のような病がその街では流行っていた。

 街に住む人間の数は、驚くべき早さで減っていく。

 家族で街を捨てる者。

 疫病で家族を失う者。

 疫病によって命を落とす者。

 様々な理由で、その街に住む人間は姿を消していった。

 すべては、死水晶と呼ばれるものが原因だった。

 大地を腐らせ、命を奪う。

 そんなものがそばにあることで、その街は少しずつ死に絶えていったのだった。

 そんな中、その少女は街に残っていた。仲良しの友達や、飼っていたペットが死んでも、その少女は街を出ようとはしなかった。

 お母さんとお父さんがそばにいたから。

 まだ、みんながそばにいたから。

 その少女はその街に残り続けた。

 だが、そんな少女もある日、病気になってしまった。

 助からない疫病にかかったことで、少女は一人、その街に取り残されることになる。

 お母さんもお父さんも、少女が病気になったことをきっかけに、街を出ていかなくてはいけなくなった。

 仲がよかった人たちもみんな、どこかへといってしまった。

 少女は一人、ほかの人に病気をうつさないために、その街に取り残されることになった。

 別れ際。両親は泣いていた。

 そんな風に泣く理由が自分だと思うと、少女は申し訳なさで胸が痛くなった。

 だから自分が悪いんだ。こうなったのは全部、自分のせいなんだと思い、少女は一人で生きていくことにした。

 だけど……もうすぐ死んでしまう運命だ。

 少女は泣きながらもたった一人で、最後まで頑張って生きようとしていた。


 そんなときだった。

 不思議な人が、目の前に現れたのは……。


 その人は自分を天使だといった。

 そして少女に、「みんなに会いたいか?」と聞いた。

 少女は当然のように「うん」と答えた。すると天使だと名乗ったその人は、不思議な力を少女に与えてくれた。


 誰かの命を奪うことで、自分の命が助かる。

 人を殺すことで、少女はずっと生き続けることができる。


 それは、そういう種類の力だった。

 自分のために人を殺す。

 それは、絶対に許されないことだった。

 だからその人は、力を与えると同時に少女に魔法をかけた。

「人を殺すことは悪いことではない。むしろ人は死ぬことによって、少女のように辛くて悲しい思いをしなくなる。だからこれはいいことなんだ。人を殺すことで、みんなを幸せにしてあげることができる。だからキミは、たくさん人を殺せばいい」

 その人はそう言った。だから、少女はその言葉を信じて沢山の人を殺した。

 みんなを幸せにしてあげることができる。

 自分が生きていれば、きっといつかお母さんたちはこの街に戻って来てくれる。

 そう信じて、少女は人の命を奪い続けた。

 だけど人を殺せば殺すほど……少女は一人ぼっちになった。

 殺すことが、その人を幸せにすることだと信じている。だけどやっぱり、一人になるのは寂しかった。

 そんなある日。少女は一人の少年に出会った。

 どこにも行き場がないその少年は、一人ぼっちで寂しそうだった。だから少女は、その少年と一緒にいることにした。

 幸せにしてあげないといけないと思っていた。

 だけどそれ以上に、少女自身が一人で寂しかったから……。

 少女はその少年と、一緒にいることにした。

 そんな日々も、ある日突然終わりを迎える。

 人の命を奪わなかったことで、少女自身の命が危険にさらされることになった。

 少女は、天使様との約束を破った罰だと思った。

 自分のことを優先して、一人で寂しそうな少年を救ってあげなかった罰として、こうなってしまったんだと思った。

 だから少女は少年のために……少年を殺すことにした。

 別れたくなかった。

 離れたくなかった。

 大好きなお兄ちゃんと、ずっと一緒にいたかった。

 だけどそれは許されない。

 少女はあの日。天使様と約束してしまったから。

 だから少女は――。

「リコ」は、お母さんが戻って来てくれる日を信じて、人を殺し続けるのだった。


            ◇◇◇


 ゼロは静かに目を覚ました。

 倒れたときと同じ風景が目の前に広がっている。致命傷だったはずの背中の傷も、なぜかきれいに消えてなくなっていた。

「リコ……」

 ゼロは夢を見ていた。それはこの街で暮らす、一人ぼっちの少女の夢だ。

「リコ……どこにいるんだ? リコ」

 一刻も早く見つけだしたかった。

 あの夢が真実であるのなら、今すぐにでもあの子と話をしなくてはいけない。

 ゼロは立ち上がると身支度を整え家を出た。しかし、どこにいけばいいのかがわからない。

「リコぉーッッ」

 大声で名前を呼ぶが返事はない。ゼロは何の当てもなく、闇雲にリコのことを捜そうとした。

『こっちよ』

 不意に、誰かの声が聞こえた。

 聞き覚えがある声だった。

 カイルと出会ってすぐ、ダークナイトと呼ばれる敵と戦っていたときに聞こえてきた声だ。

「誰だッ……どこにいるんだ?」

 まるで幻聴のように、姿は見えず声だけが頭に響いてくる。

『私はあなたの中にいる存在。すべてを話すことはできないけど……あなたの味方よ。だから信じて。今は、あの子を助けたいんでしょ?』

「あの子? リコのことか? キミはどうしてそんなことを知っている? 僕の中にいるって……いったいどういうことなんだ?」

『それは言えないわ。あなた自身の記憶に関わることだから……私は何も言ってあげることができないの』

「僕の記憶? 教えてくれ、僕はいったい誰なんだッ?」

 少女と思わしきその声は、何も言ってくれなかった。

 自分自身の力で思い出せ。

 まるで、そう言っているかのような沈黙だった。

『あなたの傷は私が治したわ。そしてあの子の記憶も、私があなたに見せたもの。どうすべきかは、今のあなただったらわかるでしょう?』

「今の、僕…………そうだ。今はキミの正体や僕の記憶なんかより……」

『あの子の場所ならわかるわ。だから今は私を信じて、あなたはあの子を助けてあげて』

 その声の正体が、神でも悪魔でも関係なかった。

 リコを救うためだったら、何が犠牲になろうが構わない。

 腰に下げた剣を確認すると、ゼロは謎の声に従いリコのもとに急ぐのだった。



 先に進むたびに、目にする死体の数が増えていった。

 みんな、アルド王国の軍服を着ている。

 ある者は突かれ、ある者は斬られ。首を刎ねられ、身体から大量の血を流し。

 数多くの人間が殺されていた。


 これをみんな、あの子がやったっていうのか……。


 信じたくなかった。信じられなかった。

 ゼロはすべての答えが知りたくて、無我夢中で走り続けた。

 たどり着いたのは、森を抜けた先の荒野だった。

 死水晶の影響だろうか。草原だったと思われるその場所は、辺り一面が枯れ草に覆われた荒野になってしまっていた。

 そこに、リコはいた。

 お気に入りの熊のぬいぐるみを抱き締め、遠くを見つめてリコは一人で立っている。

「リコッ」

 名前を呼ばれたリコは、驚いた顔で振り返った。

「お兄ちゃんッ。どうして……」

 迷子になった我が子を見つけ出したかのように、ゼロは少女に歩み寄る。

「リコ……」

 証拠なんて何もない。

 この場所で、

 この時間に、

 誰が何をしたのかは誰にもわからない。

 たった一つ、確実なことは――。

 この場所で、

 今、

 多くの人間が殺されているということだ。

「キミを追いかけてここに来たんだ。それよりもリコ……キミは、何でこんな所にいるんだ?」

 答えを聞くのが怖かった。

 いつものように無邪気な笑顔で、いつものように無邪気なことを言ってほしかった。

 だけど願いは叶わない。

 少女はもう、自分が知っている健気で純粋な存在ではない。

「天使様に言われて、みんなを助けに来たんだよ」

 悪魔に魅入られ、人の命を奪うことが正しいと信じているのだから。

「助けるってどういうことだ? キミはいったい何をしたんだ? 天使様って誰だ? どうしてキミは…………どうしてッ」

 認めたくない。

 認めてしまったら、リコと過ごしたすべての時間が、幻のように消えてなくなってしまうような気がした。

「天使様は、私を助けてくれた人だよ。病気になって、お母さんたちにはもう会えないと思ってた私を……天使様は助けてくれたんだ。それに、天使様は私にも力をくれたんだ。悲しくて、辛くて、痛い思いをしながら生きてる人を、幸せにしてあげられる力だよ。私はその力を使って、たくさんの人を助けてあげたんだ。天使様が……私を助けてくれたみたいに」

 ゼロは小さく、首を横に振った。

「違う……キミが天使様と呼んでいる人は、そんな立派な人じゃない。むしろ逆なんだッ。キミを利用して……自分の敵を排除しようとしていて……むしろそいつは天使なんかじゃないッ。キミを不幸にする……悪魔なんだ」

 リコは悲しそうな顔をした。

 そんな顔を見ると、ゼロの胸もどうしようもなく苦しくなる。

「どうして……どうしてそんなことを言うの? お兄ちゃん。天使様は、リコを助けてくれたんだよ。みんなだって……私が、幸せにしてあげたのに……」

「違うッ。キミが幸せだと思っていることは、幸せなんかじゃない。幸せっていうのは、そうやって辛くて苦しいことから、逃げ出すようなことじゃ……」

「じゃあ、何が幸せなの? お兄ちゃんは、どうしたいの?」

「僕の、幸せ……」

 そんなことはわからない。

 ただ願うことは、リコが笑顔でいてくれること。

 大切だと思ったものを、護り続けること。

「キミが……リコが、ずっと笑顔でいてくれることだよ」

 こんな気持ちは初めてだった。

 誰かのことを大切に思い、誰かのために胸を熱くする。

 経験したことがない感情に胸を揺さぶられながらも、ゼロは必死になって言葉を続ける。

 それが、大切な少女に届くと信じて。

「お兄ちゃん……だったら、私の邪魔はしないで」

「邪魔がしたいんじゃないッ。僕はキミを助けたいんだッ。もうこれ以上……リコに、間違ったことはしてほしくないんだ」

「何が間違ってるの? みんなを幸せにしてあげてるんだよ。天使様は、こうすることがみんなのためだって言ったんだよッ」

「違う、違う、違うッ。誰かを殺すことは、救いなんかじゃない。誰かを救うっていうことは……もっと、もっと単純で、優しいことであって……」

 僕はキミに救われた。

 何もなかった僕に、キミは生きている理由をくれた。

 何もなかった僕に、キミは幸せな時間をくれた。

 何もなかった僕に……キミは、数え切れないくらい多くのものをくれた。

 だから、

 だから……。

「もう、やめてくれ……僕は、僕は……キミが誰かを殺す姿なんて……見たく、ないんだ」

 ずっと避けていた、認めたくなかった真実を言葉にした。

 逃げたら彼女に言葉は届かない。

 認めなければ想いは届かない。

 だからこそゼロは、間違いによって過ちを積み重ね続ける少女の罪を、言葉にした。

「お兄ちゃん……ごめんね。そうやって、私のせいで苦しい思いをさせちゃって」

「リコ……」

「大丈夫だよ、大丈夫。私が……」

 わかっていた。

 認めたところで罪は消えない。

 間違いに気づかないから。

 過ちを悔やまないから。

 人は、いつまでも罪を重ねるのだと。


「今すぐお兄ちゃんを、助けてあげるね」

 穢れなき綺麗な笑顔で、少女が救いという名の死を宣告する。


 後ろに強烈な殺気を感じた。

 ゼロは腰に下げた剣を抜き、後ろから襲いかかる殺気の正体と向かい合う。

「ッ……これは……木の根?」

 ゼロが思ったとおり、それは木の根だった。だが、大地に根づいているような平和的なものではない。 

 まるで鞭のようにしなる槍のように、一本の太い木の根がゼロに襲いかかる。

 持っていた剣で根を切り落とす。切り落とされた先端はすぐに動きを止める。しかし、本体のほうは沈黙することなく、生き物のように動き続ける。

 それはまるで、巨大生物が扱う触手のようだった。

 切り落とされたものとは違う根が数本、あとを追うように大地から姿を現す。

「ごめんねお兄ちゃん。私がちゃんと、お兄ちゃんを助けてあげられなかったから……大丈夫だよ。今度こそ、私がお兄ちゃんを助けてあげる」

 リコが口にする「助け」とは「死」だ。

 悪魔に魅入られた少女は、殺すことが救いだと本気で信じている。

「みんなを幸せにしてあげることが、私の役目なんだよ。天使様はそのために……私を助けてくれたんだからッ」

「違うッ。キミは騙されてッ……」

 もう言葉は届かない。

 少女はゼロを大切に思っているからこそ、本気でゼロを殺そうとする。

 無数の木の鞭が襲いかかる。

 その速さと鋭さは、獣の爪や牙を軽く凌駕する。

 ゼロは持てる力を使って木の鞭を切り落とすが、有効な効果は見られない。斬られた部分から新たな木が生えだし、すぐに新たな武器として戦線に復帰する。

 ここに来るまでに見た兵士たちは、この木の鞭にやられたのだろう。

 わずかだが脚にかする。

 それだけで簡単に服が斬られ、わずかだが血が流れ出す。

 

 こんなのをまともに喰らったら命はない。だけどどうする? この木の根を止めるために、僕ができることは……。


 リコに剣を向ける?

 そんなこと考えたくないし、誰かに命令されたとしても、できるわけがない。

「やめろッ。やめてくれッ。リコッ」

 ゼロにできることは叫ぶことだけだった。

 リコが考えを変えてくれる。

 間違いに気づいてくれることを信じて、ゼロは大きな声で叫び続ける。

「キミは間違っているんだッ。こんなことしても、誰も幸せにはならない。むしろキミはみんなの敵として、一人ぼっちになるだけだッ」

「一人ぼっち」という言葉に、リコは怯えたような反応を見せた。

「そんなこと……そんなことないもんッ。私はいいことをしてるんだもんッ。だから天使様が言ったとおり、私は元気になって……お母さんたちだって、そのうち帰って来てくれるもんッ」

「違うッ。キミはそんなことないって、心のどこかで思ってるんだ。だからキミは僕と一緒にいて……だからキミは、すぐには僕を殺せなかったんだろ?」

「そうだよ。もうあそこに、一人でいるのは寂しかったから……お兄ちゃんと、ずっと一緒にいれたらいいなって思ったよ。だけど……そんなこと思ったらいけなかったんだよ。だから私の身体は、また病気になっちゃって……悪いのは全部、天使様との約束を守らなかった私だもんッ」

「天使様なんていないんだッ。そいつはキミを騙して苦しめているだけの悪い奴なんだ。だから僕を信じてくれッ。だからもう……こんなことはやめてくれッ」

「違うもんッ。違うもんッ……天使様は、私を助けてくれた人だもんッ」

 純粋な叫びが狂気に変わる。

 襲いかかる無数の木の根を何とかやり過ごすが、時間と共にそれも厳しくなる。

 素早く動き回り、狙いを定めさせない。寸前で動きを見切り、木の鞭を切断し無効化する。できる限り最大限の対処をする。しかしそれも、悪夢のような絶対的物量を前に長くは続かない。

「ッ!」

 地面から飛び出た木の根に脚を取られる。

 この大地の下では、無数の大蛇のように凶器となった木の根が蠢いているのだ。

「しまッ……」

 気づいたときにはもう遅い。

 槍のような鋭さを持った木の根が、ゼロの身体を貫こうと襲いかかってくる。

「リコ……」

 もう駄目だと思った。

 無数の木の槍。一つを払い落としたところで、数え切れないほどの槍が体中を貫く。

「ッッ」

 ゼロは瞳を閉じた。

 自らの死を、嫌でも意識しながら。

 だが――そうはならない。

 鮮やかに弧を描く剣閃が、ゼロを狙っていた木の槍をすべて切り落としてしまった。

 気配を感じて瞳を開く。

 そこには、ゼロがよく知る剣士が立っていた。

「カイル……どうして、キミがここに?」

 その剣士はカイルだった。

 カイルも同じように、ゼロがここにいることを不思議がっている。

「死水晶を破壊するために移動してたんだけど……ほかの部隊が攻撃を受けてるっていう報告があって、救援のためにこっちに来たんだ。それより、何でゼロがここにいるんだ? それに、あの女の子はいったい……」

「詳しい話はあとだ。それよりカイル、今は僕に手を貸してくれないか? あの子を助けたいんだ。だから……」

「ゼロ……お前がそんな顔して俺に助けを求めるなんて、よっぽどのことなんだな。わかった。事情はわからないけど、お前が助けてくれって言うんだったら俺は……」

「駄目だ」

 人を惹きつける澄んだ声。

 カイルに続き、冷厳にして美麗な雰囲気を放ちながらシエルサーラが姿を現す。

 いつもと同じく左目は髪に隠れている。見える右目が、鋭い視線でリコのことを射抜いていた。

 遠慮気味に、カイルが真意を尋ねる。

「シエルサーラさん……どういうことですか? 戦場で女の子が襲われてるんですよ? どんな理由があるとしても、見捨てるなんて……」

「兵士を殺したのが、あの少女だとしてもか?」

「……えッ?」

 カイルは言葉を失い驚いていた。

 当然だ。立場が逆なら、ゼロも同じような顔をする。

「襲われた兵の中には、わずかにだが息をしている者がいた。その者たちに回復魔法をかけることで、今回の件の犯人を聞くことができた。それは……」

「やめてください」

 考えなんてなかった。単に答えを聞きたくなかったから、ゼロはシエルサーラの言葉を遮ったのだ。

「……知り合いか?」

「はい。あの子は……僕が護ると決めた子です。今回の件で悪いのは、あの子では……リコではありません。あの子にあんな力を与えた人間がいるんです。悪いのはそいつであって、リコじゃないんです。だからッ」

「だから黙って兵たちが殺されるのを見ていろと……そう言いたいのか?」

 言葉に詰まる。だが、沈黙することだけは許されない。

 言葉を失うことは。

 認めてしまうことは。

 護ると決めた少女を、見殺すことになってしまうのだから。

「違います。あの子は何かの間違いであんなことをしているだけなんです。だから、話せばきっとわかってくれる。僕が何とかしてあの子を止めてみせる。だからあなたは……邪魔しないでくださいッ」

 ゼロは強い眼差しでシエルサーラのことを見た。シエルサーラに怯んだ様子はない。むしろ向けられた視線の強さに応じて、見せる態度を強固にしていく。

「ふっ。少し見ない間に男の顔をするようになったな。それ自体はいいことだ。そんな目ができるのであれば、お前が持つ力や意思を信じてやってもいい」

「それじゃあ……」

「だが、今回は話が別だ。あの娘が殺した人間の数は限度を超えている。見逃すことは絶対にできん」

「くッ。だけど……」

「それにあの娘はもはや人間ではない。魔王によって戦いの道具にされた、造魔の一種だ」

「ぞうま?」

「ああ。言葉どおり、造られた魔族ということだ。簡単に言ってしまえば、人間を殺すために造られた兵器と呼べるような存在であって、もはや人間ではない。力だけではなく、頭までおかしくなっているからな。お前がどんなに頑張ったところで、救うことは絶対にできん。だからもう諦めて……」

「嫌だッ」

「ゼロ……」

 ゼロの怒声に一番驚いていたのは、カイルだった。

「僕は諦めたくない。あの子を、絶対に見捨てたりなんかしない。あの子は悪くないんだ。あの子は誰よりも、必死になって生きてきただけなんだッ。悪いのは魔王って呼ばれてる奴なんだ。だったらリコを見捨てるなんてことは……絶対にしたくないッ」

「殺された兵も必死になって生きていた。帰りを待っている家族もいた。このままあの娘を放っておけば、殺される者がもっと増えることになる。その者たちにも、お前は同じことが言えるのか?」

「ッ……」

「私には責任がある。預かった命を護るために、最大限の努力をするという絶対的な責任がな。だからこそお前の言葉を聞き入れるわけにはいかん。あの娘が我々の敵である以上、私は責任を持ってあの娘を殺さなければならん」

「そんなこと……そんなこと絶対に……」

「戦場で最も力を持つ言葉は武力だ。どうする? 未熟な剣技と覚悟で、私の義務と責任を否定してみるか?」

 シエルサーラが剣を抜き、ゼロに向けて切っ先を向けてくる。

 冷たい汗が背中を流れ落ちる。だが、ここで引くわけにはいかない。

「約束したんだ。あの子は……僕が護るッ」

 覚悟を告げると、ゼロはリコのほうへと走り出した。

 背中にリコを隠すと、ゼロは剣と視線をシエルサーラへと向けた。

「お兄ちゃん……」

「大丈夫だ。リコは僕が護る。だからもう、リコは何もしないでくれ」

 リコは賢い子だ。状況を感じ取り、木の根の動きを止めてくれる。

 一度だけ「うん」と言うと、黙ってゼロの服を掴んできた。

「……いい覚悟だ。ならばもう言葉は要るまい。被害を最小限に抑えるために、最速で最良の行動を取らせてもらうッ」

「シエルサーラさんッ」

 カイルはどうすればいいのかわからず混乱していた。

 ゼロを助けてあげたい。だけど、シエルサーラが間違っているとは思えない。

 シエルサーラのそばで、カイルは金縛りにあったように動けなくなっていた。

「見せてやろう。神ではなく私が下す、雷の裁きをッ」

 空気が神雷の黄色に塗り潰されていく。

 シエルサーラの周辺に強力な雷光が発生する。

 それらは青白く輝く雷鳴を生み出し、世界を引き裂くがごとき雷爪へと変化していく。

「いくぞッ。ディルムライトニングッッ」

 それは雷系の最高位魔法。

 選ばれた人間のみが扱える、神罰に匹敵する電撃だ。

「ぐあぁぁぁぁぁぁッ」

「きゃぁぁぁぁぁぁ」

 黄色い閃光がゼロとリコをまとめて包み込む。体中を貫く圧倒的な衝撃を前に、ゼロはあっけなく意識を失ってしまった。


 リ、コ……


 最後の最後まで、護ると決めた少女の身を案じながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ