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ゼロとなりし者の英雄伝説  作者: ヤスダナコ
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3「一人ぼっちの少女」

3「一人ぼっちの少女」




「闘気と魔法は似て非なるものだ。知識がなければ似た力に見えるが、その本質は大きく異なっている。一番の違いは、闘気は武器を主力として戦う戦士が使うもので、魔法は魔法を主力として戦う魔導士が使うものだということだ。この二つの力は、人間であれば誰でも使うことができる。だが闘気と魔法、これら二つの力を同時に扱うことは絶対にできん。私も例外ではなく、どれだけ訓練を積もうがそれは不可能となっている」

 ネイドの襲撃から三日。

 襲撃の被害から立ち直ろうとしている陣営内の宿舎で、カイルとミアはシエルサーラ先生による特別授業を受けていた。

 椅子に座って前を向くカイルとミア。

 シエルサーラは黒板の前に立ち、わざわざ用意した眼鏡をかけ、差し棒を手に持ちキリっとした態度で先生になり切っている。

 部下の兵士たち曰く、こういうお茶目なところがシエルサーラの魅力らしかった。

「分類は大きく分けて三つ。闘気だけを扱う生粋の戦士。魔王と武器を扱う魔法戦士。魔法だけを扱う純粋な魔導士。どれが優れているということはなく、どれもが長所と短所を併せ持っている。そこで質問だ。カイル、私の戦い方はどれに分類されると思う?」

 聞かれたカイルは、魔法と剣技で鮮やかに戦うシエルサーラの姿を思い出す。

「魔法を使って剣を振り回してたから……魔法戦士ですか?」

「そうだ。魔法と武技を操る魔法戦士だ。ではミア、私は闘気が使えると思うか?」

 聞かれたミアが、頭の後ろで手を組んだまま、愛想悪く答える。

「魔法を使って戦うんでしょ? だったら闘気は使えないんじゃないの」

「そのとおりだ。正解だと言って褒めてやりたいが……その無気力な態度が気に入らん。授業が終わったら私のもとに来い。グーでぶん殴ってやる」

「態度くらいで差別しないでよね……で、闘気と魔法ってのは具体的にどういうものなのよ。時間がないんでしょ? さっさと教えなさいよ」

「タダで授業を受けておきながらその態度……部下だったら、飛び膝蹴りで指導しているところだ。だがまあいい。授業を先に進めよう。まずは闘気。これは戦士が持つ生命エネルギーを武器にしたものだ。塊として相手に撃ち出す。剣に宿して攻撃力を増大させる。身体から発して身体能力を増強する。主な使い方はそれらになる」

「それだったら魔法にもできるじゃない? 現にアンタも、剣に魔法を宿して振り回してたわけなんだし」

「アンタではない、先生と呼べ……まあそうだな。確かに魔法でも同じことができる。ただ、闘気は魔法と比べて応用力が大きく劣る。それゆえに、少ない力で魔法よりも大きな効果を生み出すことができるのだ」

「闘気は戦闘に特化……いや、戦闘専用の能力だっていうことですね」

「そうだ。カイルは理解力があり、態度がいいな。先生はそういう真面目な生徒が好きだ。よし。お前には褒美としてアメちゃんをやろう」

 シエルサーラがポケットから飴玉を取り出し、こちらに向かって差し出してくる。

「はあ、どうも……」

 途惑い気味に受け取るカイルの隣で、不良生徒ミアが不満そうな顔をしている。

「ちょっとどういうことよッ? アタシにもちょうだいよ」

「嫌だ。お前みたいな不良は指でも舐めてろ」

「このタコ教師はマジで……」

「では続きだ。魔法は闘気と比べて応用力が優れている。戦闘にしか使えない闘気と違い、回復、補助、移動、探索……様々な用途に使えるため、戦闘以外の場面でも活躍することができる。また、使用者のレベルに大きく依存する闘気と違い、魔法は術者の覚悟次第で魔法の威力を大きく上げることもできるのだ」

「具体的なやり方は? そこが大事なんだから、さっさと教えなさいよ」

 相変わらずミアは反抗的だ。隣で聞いている、カイルのほうがドキドキしてしまう。

「お前には教えてやりたくないが……仕方ない。具体的にいうと、中位魔法と高位魔法を使い分けるということだ」

「で、どうやんの?」

「簡単な話だ。基礎となる魔法の頭に『ティル』がつけば中位魔法。『ディルム』がつけば高位魔法となる」

 シエルサーラの戦いを思い出す。

「ライトニング」が雷系の基礎魔法となり、その頭に「ティル」をつけたことで、魔法は中位の「ティルライトニング」となった。

 見た目の派手さは一目でわかるほど変わり、その威力も格段に上がっていた。

「何だ? そんな簡単なことでできるの? お婆ちゃんはそんなこと一回も教えてくれなかったけど……意地悪でもしてたの?」

「お前の態度が生意気だから教えたくなかったのだろう」

「サラッと言わないでよ……気分悪いわね」

「冗談だ。おそらくミーファ様は、お前の身体を心配してそれを教えなかったのだろうな」

「どういうことよ?」

「今言ったとおり、魔法は頭に特定の言葉をつけるだけで、その威力を大きく増すことができる。だがそれは、術者の能力などは一切配慮されない危険な行為なのだ」

「術者の身体が、魔法の威力に耐えられないっていうことですか?」

「あッ、今アタシが言おうと思ってたことを……何よカイルッ。アンタってば、そこまでして優等生になりたいの?」

「俺は授業を真面目に進めたいだけだよ……ほら。欲しいんだったら俺のアメやるから。あんまり邪魔するなよ」

「貰えるんだったら貰ってあげるわ。パクッ」

 甘いアメを舐めたことで、ミアはちょっとだけ機嫌を直したようだった。

「話を進めるぞ。答えは、今カイルが言ったとおりだ。その気になれば魔導士は、自分の力量を大きく超えた魔法を使うことができる。だがその代償は自らの身体へと跳ね返ってくる。良くて失神。悪くて身体への障害。最悪の場合……その場で絶命することも充分考えられる」

「ふーん。じゃあアンタも死ぬ気で魔法を使えば、あのネイドとかいう奴を倒せたっていうことになるの?」

「残念ながらそう単純ではない。同じ高位魔法でも、術者の基礎能力によってその威力は大きく変わってしまう。私が命懸けで高位魔法を連発したところで……ただの自爆に終わるのがオチだろうな。闘気と魔法。性質が違えど本質は一緒だ。肝心なのは、使用者本人のレベルだということだ」

「お手軽で最強になれる裏技はないっていうことね……ハア、めんどくさっ」

「面倒なことはもう一つある。むしろこの先戦っていくうえで、こっちのほうが重要だといえる」

「何ですか?」

「ネイドとの戦闘中に多少話したとおり……闘気は闘気、魔法は魔法でしか防ぐことができん。耐性がある装備でも身につけていない限り、戦士は魔法を、魔導士は闘気を一切軽減することができず、まともにダメージを受けてしまうことになる。私が剣技を身につけた理由もそれだ。闘気をまともに受けないために、私は剣技と共に体術を磨いたのだ」

「闇雲に向かっていくんじゃなくて、相手のタイプを考えて戦えっていうことですね」

「そうだ。お前は本当に物分かりがいいな。褒美として頭をナデナデしてやろう」

 シエルサーラが頭を撫でてくれる。

 嬉しさよりも、気恥ずかしさのほうが大きかった。

「この性質がある限り、一つの能力で敵の大軍を打ち破ることは難しい。どれだけ強い力を持っていようが、防ぐことができない能力の攻撃を受けたら呆気なく沈んでしまう。だからこの先お前たちが戦っていくうえで、チームワークは絶対に必要なものとなってくるということを、よく覚えておくことだな」

 シエルサーラの授業により、闘気と魔法のことはある程度理解できた。

 そろそろ授業も終わりかと思った頃、シエルサーラは不意に厳しい顔を見せた。

「だが……そんなルールにも例外はある。それがネイドが扱っていた力……魔闘気だ」

 双剣を手にした魔族が使っていた黒い力。

 あの力が発動してから、シエルサーラは一気に窮地へと追い込まれた。

「その、魔闘気ってのはいったい何なのよ? アンタの魔法剣も、あれには通用しなかったみたいだけど」

「詳しいことは私にもわからん。はっきり言えることは、あれは一部の魔族だけが使える特別な力で……魔法と闘気、両方の性質を併せ持っているということだ」

「両方の性質……じゃあ、どちらの攻撃も防げるっていうことですか?」

 不愉快そうに、シエルサーラがうなずく。

「そうだ。魔法も闘気も、魔闘気の前には通用しない。恐ろしく強大な攻撃であれば、多少のダメージは与えられるのだろうが……その威力の大半は相殺されてしまう。世界最高の魔導士が放つ世界最強の魔法でも、一撃で奴を倒すことはできんだろうな」

「じゃあ、どうやって戦えば……」

「方法は一つだ。二つの攻撃を同時に行い、その力を無理やり消滅させる。魔導士隊の魔法と、闘気を扱う弓兵隊の同時攻撃。前回はそれによって、ネイドを退却へと追い込んだ。だがあれは、奇襲だからこそ通用した戦法だ。次は必ず、最速でどちらかの部隊を壊滅させ、奴は自分の有利を確立させようとするだろう。だからこそ個人で奴と対等に渡り合い、正面から攻撃を行えるだけの力量が必要となってくるというわけだ」

「自分だけ無敵とか超ズルいんだけど…………って、一つってどういうことよ? アンタあのとき、魔闘気と戦う方法は二つあるって言ってなかった?」

「あれか……あれは現実的ではないから忘れろ。というより、私たちが努力してどうにかなることではないからな。魔法と闘気。今はそれぞれの力を磨くことだけを考えていろ」

 授業はこれで終わりだ。

 そんな態度で眼鏡を外し、差し棒を仕舞い、シエルサーラが厳しい視線を向けてくる。

「自分たちがすべきことは、これでわかっただろう? ならば理論はもう不要だ。心身を鍛えるため、お前たちには特別メニューを用意してやった。今からそれをこなし……次の戦いまでにお前たちを一人前の戦力とする。わかったな?」

「はいッ」

 立ち上がって答えるカイルとは対照的に、ミアは座ったまま頭の後ろで手を組んでいる。

「……ったく。めんどくさいわね」

 不良生徒がこぼした愚痴を、シエルサーラ先生は見逃さない。

「ふぇっ?」

 ミアの身体に自分の身体を絡ませていくと、シエルサーラはコブラツイストいう関節技で、ミアに教育的指導を行った。

「ぎゃぁぁぁ……痛い痛い痛いッ。ちょっとアンタッ……魔法戦士のくせしてどこでこんな技覚えたのよッ」

「お前の保護者である、ミーファ様から教わったものだ」

「あのババアッ。余計なことばっかり……にゃぁぁぁぁぁッ」

 激痛によって、ミアがコテンと倒れ込む。可愛そうに思えたが、自業自得なのでかける言葉が見つからない。

「わかったら、お前たちはとにかく修行だ。自分を絶対的に強化する。それ以外、生き残る道はないと思えッ」

 シエルサーラによって道が示される。

 カイルに迷いはない。

 魔王を倒し、みんなを護るという目的のためにも、今は死に物狂いで強くなるしかない。

 だがそれでも、カイルにはどうしても気になることがあった。


 ゼロ……あれから音沙汰なしだけど。お前は今、どこで何してるんだよ。


 何かを探して去っていった仲間。

 その行方が、どうしても気になってしまうカイルだった。


            ◇◇◇


 ゼロは一人。森の中にある道を歩いていた。

 何か目的があるわけではない。

 ここ数日。彷徨うように、ゼロはただ歩いていた。


『記憶も感情も関係ない。問題は――お前はなぜ戦うのかということだ』

『そんな空っぽの剣で戦われたら、こっちが迷惑だ』


 シエルサーラにぶつけられた言葉が、頭の中をグルグルと駆け巡る。

 あのとき、何かを言わなくてはいけなかったのだと思う。だけど、何の言葉も出てこなかった。

 自分が空っぽだということに対し、思うことが何もない。

 怒りがなければ悲しみもない。

 たった一つあることは、それは「人として間違っているんだろう」という、曖昧な感覚だけだった。


 僕は、なぜこんな所にいるんだ?


 問いに答えてくれる者はいない。

 唯一の繋がりを感じた仲間も、今はそばにいない。

 たった一人。何を失くしたのかもわからず、ゼロは何かを探して歩いていた。

「……」

 森を抜ける。すると、街と思わしき場所がゼロの視界に映り込んできた。

 正確にいえば、街だった場所だ。

 崩れ落ちた建物と荒れ果てた通路。無機質で冷たい感覚が身体を撫でる。温もりや希望を感じさせるものは、何もなかった。

 ゼロは街の中へと足を踏み入れていった。

 何の気配も感じない。この街が廃墟となった理由はわからない。だが、人が住める場所ではないということは、すぐにわかった。

「これも……魔王軍という連中がやったことなのか?」

 人間であれば、怒りや悲しみを覚える場面なのだろう。

 だがゼロの瞳はありのままを映すだけで、心が何かを訴えるということはなかった。

「何もない街か…………ッッ」

 不意に気配を感じて振り返る。腰に下げた剣を手に取り、ゼロは戦う準備を整える。

「誰だ?」

 呼びかけに反応して姿を現したのは……一人の少女だった。

 幼女と呼べるほどの小さな身体。栗色の長い髪を三つ編みに纏めている。好奇心いっぱいのピュアな瞳をしたその少女は、ボロボロになった熊のぬいぐるみを抱いていた。

「……キミは?」

 怪しい気配は感じない。どこにでもいる普通の少女が、突然姿を現したという感じだ。

「私? 私は……リコ。お兄ちゃんは?」

「僕はゼロ。わけがあって旅をしているんだけど……キミはどうしてこんな所に? キミのほかに、誰かいるのか?」

「ううん。ここには……私しかいない。お兄ちゃんは何でここに来たの? 何か、探してるものでもあるの?」

「探しもの……か」

「記憶」と「自分の存在理由」を探している。

 初対面の少女に、言えることではなかった。

「僕だったら大丈夫だ。それより、こんな所に一人でいたら危ないんじゃないのかい? 僕も一緒にいってあげるから、どこか別の場所に移ったほうがいいと思うよ」

「駄目なの」

「どうして?」

「お母さんが……私を捜しに来てくれるかもしれないから……ここから出ていくことはできないの?」

「……そうか」

 どうしたものか? 単純に目の前にできた用事として、ゼロはどうするべきかを考えた。


『困ってる人や、弱い人がいたら助けてあげる。そんなの、人間として当然のことだろ』


 カイルが言っていた言葉を思い出す。

 それが正しいと思ったわけではない。単純に答えを出すための指針として、ゼロはその言葉を受け入れることにした。

「よかったら、僕も一緒にいようか? 一人だと、色々と大変だろうからね」

 花が咲いたように、少女の顔に笑顔が浮かぶ。

「本当に? やったっ。だったらこっちに来てお兄ちゃん。私のお家、お兄ちゃんも連れて行ってあげる」

 駆け寄ってきたリコがゼロの手を取り、どこかへと引っ張っていく。

「こっちだよ。いっぱい石とかあるから気をつけてね、お兄ちゃん」

「ああ。大丈夫だよ」

 目的がある旅ではない。

 歩いたところで、探しものが見つかるわけではない。

 廃墟で出会った一人ぼっちの少女。

 ゼロは成り行きで、少女と同じ時間を過ごすことになった。

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