2ー2「弱点だらけの最弱パーティ」
2―2「弱点だらけの最弱パーティ」
後方の状況を落ち着かせると、シエルサーラはできる限り最速で前線へと出てきた。
本来ならば、指揮官は後ろで戦況を観察することが望ましい。だがそこは、兵士の駒が絶対的に不足している軍隊の泣き所だ。
最強の戦士でもあるシエルサーラが、いつまでも後方で様子見というわけにはいかない。
味方の士気を上げ、敵を威圧するためにも、シエルサーラは常に戦場に身を置いておかなければいけなかった。
敵の動きに統率性がある。となると……敵の指揮官は奴か。
馬鹿みたいに、固まって突っ込んでくるだけというわけではない。少数の部隊をまわり込ませ、側面から逃げ惑う難民たちを狙ってきている。
敵は銀色の鎧騎士だけではない。
杖を持ちローブを身に纏った、ガイコツの魔導士。
コウモリと人間を合体させたような姿をした、ガーゴイルと呼ばれる戦士。
ガイコツの魔導士は離れた場所から魔法を放ち、陣形を乱そうとしてくる。空を飛ぶことができるガーゴイルは、隙を見つけては空中から舞い降りて攻撃を仕掛けてくる。
大局的に見れば地味な攻撃だが、今はその地味な攻撃が面倒くさい。
ガーゴイルが空から舞い降り、一直線にシエルサーラを狙ってくる。
見惚れるほどに美しい剣閃を描くと、シエルサーラは顔色一つ変えず、ガーゴイルの身体を真っ二つに切り裂いた。
「ぐぎ……ぐぎぎ……」
切り裂かれたガーゴイルの身体が灰となって消えていく。魔力によって造られた身体なので、命を失ったことで形を保てなくなったのだった。
私が前に出るか? いや、まだ早い。ここは死力を尽くして戦うような場面ではない。できる限り戦力を温存し、この窮地を切り抜けなければ……死水晶の破壊まで繋げることはできん。
シエルサーラは前に出たい気持ちを抑え、最終防衛線になったつもりで戦場に立つ。
わずかだがゆとりができたシエルサーラは、あの三人の様子を確認することにした。
カイルは抜けてきた鎧騎士と、一対一で戦っていた。その剣技と身のこなしは中々のもので、アルド王国の兵士と比べて見劣りするということはない。
だが……。
「カイル」
敵を斬り伏せたカイルに、こっちに来るように指示を出す。素直なカイルは何も言わず、一目散でこちらにやってきた。
「どうしたんですか、シエルサーラさん。何か用事ですか?」
「ああ。お前は剣士だと聞いていたが……『闘気』はどの程度使えるんだ?」
問われたカイルは、ドキッとしたような顔を見せた。
「闘気……ですか。それは……」
「どうした? 今は戦闘中だ。聞かれたことにはすぐに答えろ」
困ったような顔をすると、カイルは申し訳なさそうにそれを言った。
「闘気は……ほとんど使えません」
「何? 魔法を使えない生粋の剣士でありながら、闘気が使えないというのか?」
「は、はい。剣の技なら親父に教わって、自分でもそれなりに鍛錬したつもりなんですけど……闘気のほうは、誰にも教わったことがないから……」
「教える者がいなかったから、そのままにしておいたということか? お前、剣士の戦いにおいて、闘気がどれだけ重要なものかわかっているのか?」
「話には聞いてますけど……そういう場面に、中々出くわさなかったもので……」
通常時であれば、間違いなくお説教をしている場面だ。だが今は、そんなことをしている時間はない。
「時間がないから端的に言うぞ。敵が闘気を使って攻撃してきた場合、魔法や生身では防ぎ切ることができん。相手の百の攻撃に対し、百のダメージをそのまま受けるんだ。それがどういう意味かわかるな? ただでさえ屈強な敵の攻撃を、ほとんど無防備で受けることになるんだ。確実に死ぬぞ」
「は、はい……」
「それを理解したのであれば、闘気を使うような敵には絶対に近づくな。生き残ることができれば、あとで私が闘気と魔法について説明をしてやる。だからお前は、自分の剣技だけで戦える敵と上手く戦っていろ。わかったらいけッ」
「はいッ」
強い口調で釘を刺されると、カイルはすぐに気持ちを切り替え戦場へと戻っていった。
次にシエルサーラは、ミアのほうを見た。
器用に戦場を駆けまわりながら、攻撃、回復、補助にと、自分にできる最大限のことをしている。
倒れていた兵士に回復魔法をかける。感謝の言葉を言われると、ミアは愛想悪くぶっきらぼうに答え、兵士を送り出していった。
そこを襲う、空飛ぶガーゴイルの奇襲攻撃。回復した兵士に気を取られていたせいで、ミアの反応が一瞬遅れる。
「ちょッ、やばッ……」
とっさに腕で顔をガードする。
そこを斬りつけようとするガーゴイルだったが、シエルサーラの剣閃によってあっさりと切り裂かれてしまった。
「回復させた兵士を気にする気持ちはわかる。だが今はそういう状況ではない。自分の身は自分で護れ。そうでなければ、全員に迷惑をかけることになるぞ」
「う、うっさいわね。ちょっと油断しただけじゃない」
いつもどおりの態度で反論するが、弱みを見せた手前、ミアは少しだけ気まずそうにしていた。
「先程から少し見ていたが、お前は二つの魔法を同時に扱えるようだな」
「そうね。まあ、その気になれば三つまでなら同時に発動させられるけど」
「三つ?」
それにはさすがのシエルサーラも驚いた。自分も優秀な部類に入る魔導士だが、二つの魔法を同時に扱うことはできない。
それが三つ同時となると――天才という言葉でしか、その凄さを語ることはできない。
「それは大したものだ。ならば高位魔法を敵の集団に叩きこむことはできるな? 余裕がないのであれば中位魔法でもいい。とにかく大きな一撃で、敵の足並みを乱してくれ」
「こ、高位魔法……」
ミアがどこかで見たような顔をする。シエルサーラはすぐに思い出した。それは闘気が使えないと答えた、カイルと同じ種類の顔だ。
「お前。三つの魔法が同時に使えながら……まさか」
シエルサーラが言うよりも早く、噛みつくようにミアが言った。
「そうよッ。高位魔法どころか、中位魔法だってアタシは使えないわよッ。何よッ。文句でもあるの?」
「文句か……それならば当然ある。下位魔法を三連続で使えたところで、戦況はほとんど変わらんぞッ。たとえるなら、相手に向かって小石を大量に投げつけるようなものだ。一撃で相手を仕留められる強大な火力。戦場で必要なのはそれくらいの火力だということが、お前はわかっているのかッ?」
注意を受けたことでシュンとなったカイルとは違い、ミアは血気盛んな態度で反論してくる。
「うっさいわねッ。それくらいアタシだってわかってるわよ。だけどしょうがないじゃないッ。使いたくても使えないんだからッ。中位魔法以上のものが使えるんだったら……アタシだってとっくの昔に使ってるわよッ」
分類上は逆ギレになるのだが、ミアが言うことは間違ってなかった。
できないことをしろと命令するのは、最低の指揮官がやることだ。
「……そうだな。それに関してはお前の言うとおりだ。ならば今は、お前にできる最大限の仕事をし続けろ。生き残ったのであれば……同じ魔導士として、あとで私がお前に魔法のことを教えてやる」
「偉そうに言わないでよねッ。こっちはボランティアで手伝ってあげてるんだからッ」
捨て台詞を残すと、ミアは傷ついた兵士のもとに自らの意思で駆け寄っていった。
おそらくは、ああやって強がることで、ミアは自分を保っているのだろう。
闘気が使えない剣士と、下位魔法しか使えない器用貧乏な魔導士。はっきり言って、戦力としては極めて脆弱だ。
あと一人。掴みどころがない、謎の少年の様子を探る。
剣は洗練されておらず、魔法はまったく使えない。剣士ではなく、魔導士でもない。だが、弱いというわけではない。
ゼロという名前の少年は、自分の身体能力だけで見事に戦場を生き残っている。
その動きは、歴戦の猛者であるシエルサーラですら、途惑いを覚えるものだった。
あの少年はいったい何者だ? ミーファ様の手紙によれば、最も注意してほしい人間だということだったが……。
ゼロの動きには、感情というものが感じられなかった。
傷つきたくないから攻撃をかわす。殺されたくないから敵を仕留める。
それを、機械のように淡々と繰り返しているだけのように見える。
戦士として、感情がコントロールできるのはいいことだ。だが、あの少年のものはそれとは大きく異なっている。コントロールしているではなく……感情そのものがない。あの動きは、そういう類いの動きだ。
背中に寒いものを感じる。もしもゼロの目的が変わり、こちらが敵といういうことになったら、ゼロは迷いなくシエルサーラたちに向かって剣を向けるだろう。
ミーファ様が注意しろといったのはそのことか? だがそうだとしても、なぜそこまであの少年を気にかける必要が…………。
ゼロが鎧騎士に向かっていく。
その途中に、倒れている難民の少年がいた。
ゼロはその少年の身体を掴むと、邪魔な物を放り捨てるように、後ろに向かってポーンッと少年のことを投げた。
「ッ……」
それを見たシエルサーラは、不快そうに表情を歪めた。
「お、おいゼロッ。助けるにしても、もっと優しくしろよ」
近くにいたカイルが、投げ捨てられた少年の身体を受け止める。カイルはゼロと違い安全を確認すると、敵がいないほうへと少年を逃がしてあげた。
ゼロへと歩み寄ろうとする。だが、それどころではない強大な気配によってその足が止まる。
「……来たか」
空気が重くなったようなプレッシャー。次の瞬間。お互いの軍によって乱戦状態にあった場所が、爆音と共に弾け飛んでしまった。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ」
被害にあった兵士の声が混じり合い、不快で重い轟音となって辺りに鳴り響く。
「兵を下がらせろッ。隊列を整えたらその場に待機ッ。私の指示があるまで、陣営を守護することだけに集中しろッ」
剣を掲げて指示を出す。それに合わせて動く兵士。戦場が止まったことで、ゼロたちもシエルサーラのもとへと駆け寄ってくる。
「ちょっと、何よ? 何かヤバい奴でも来たの?」
「そのとおりだ。お前たちは下がっていろ。奴の相手は、私にしかできん」
爆発と共に発生した土煙が消えていく。
そこに見えたのは、二つの人影だった。
ゼロの前に現れた二つの人影。
戦闘中と同じように、恐怖も高揚もなくゼロはその人影を見つめる。
「ほう。雑魚が群れをなして泳いでいるのが見えたから、からかい半分で手を出してみれば……思いのほか、大物が釣れたようだな」
その男は、両手に黒く輝く細身の剣を持っていた。
水晶のように輝く蒼い髪。強者の名に恥じない強靭な体躯。不敵な笑みに、人間を見下しているかのような態度。
説明がなくても一目でわかる。
あの男は、強大な力を持った邪悪な敵だ。
「よく言う。お前のように狡猾な者が、からかい半分で敵を攻めたりなどするものか」
シエルサーラが挑発し返す。
好き嫌いは別として、二人はお互いの存在を認め合っているようだった。
「ジャーンッ。ルーミアちゃんも一緒ですよ。おいこらシエルサーラッ。今日という今日こそ、ネイド様と一緒にみんなやっつけちゃいますから。覚悟してくださいねッ。ニャーッハッハッハ」
双剣を持った男の後ろには、頭に猫耳がついた陽気な少女が立っていた。
お尻から尻尾が生えたその少女は、盗賊のように派手で身軽な格好をしている。しかし手には宝石がついた杖が握られており、分類でいえば戦士よりも魔導士になりそうだ。
黒い双剣を持った不遜な男と、陽気で元気な猫耳の魔導士少女。
その二人が姿を現したことで、シエルサーラが放つ気配の種類が変わった。
一歩後ろに下がる。それだけで緊張が奔る。
呼吸をする。それだけで身体が強張る。
背中を見せたら斬り伏せられる。かといって、前に進むことは躊躇われる。
進むも退くもできない強烈な重圧。
その原因は、双剣を手にこちらを威圧するあの男だ。
「憶えておけ。魔戦将軍ネイド。魔王に仕える四将軍の一人で、この地に存在する死水晶を守護する敵の総大将だ」
「ません……将軍……」
心当たりがない言葉だ。だがその説明は、小さな波紋となってゼロの心を刺激した。
「大将がわざわざ目の前までやって来たの? だったら話は簡単じゃない。そこら中の人間かき集めてフルボッコにしてやったら、それでお終いなんじゃないの?」
わかりやすい顔でシエルサーラが呆れる。
「ミア……お前は度胸があるを超えて、ただのバカだ」
「はぁぁッッ。誰がバカなのよッ」
「敵の戦力を知らずに、安易な作戦は立てるな。いいか? ミアとカイル。未熟なお前たちに魔法と闘気の重要性を教えてやる。私の戦い方を、その目に焼きつけろッ」
「あッ。ちょっと……」
ミアの呼び止めも聞かず、シエルサーラは一人で駆け出していった。
目標は魔戦将軍ネイド。駆け出した勢いそのままに、振りかぶった剣を力いっぱい振り下ろす。
ネイドはその一撃を、交差させた双剣で受け止める。
響き渡る金属の轟音。その威力に、ネイドの足が少しだけ後ろに下がる。
「相変わらず、細身の身体に似合わん強烈な一撃だ。だが残念だな。闘気を含まぬ貴様の攻撃では……俺を倒すことはできんぞ」
交差させた双剣を力を込めて振り回す。その力に押されるようにして、シエルサーラが後ろに飛ぶ。
身体を伸ばしたまま美しく空中で一回転すると、シエルサーラは剣を握ってない左手をネイドのほうに向けた。
「ならばその身に刻んでやろう。魔法を操りし神官騎士の一撃をッ」
シエルサーラの周辺が黄色く輝き出す。
「ライトニングッ」
声に合わせて魔法が発生する。
黄色き閃光は細い蛇のような形を取り、敵であるネイドへと襲いかかっていく。
「うぉッ。ぐあぁッ」
強烈な電撃を受けたことで、さすがのネイドも身を引いた。
しかし、その態度に深刻さは感じられない。
子供だと思っていた相手の攻撃が、思った以上に強烈だった。その程度の動揺だ。
「フハハハハ……ハッッッ」
気合と共に、身体にまとわりついた電撃を弾き飛ばす。不敵に笑うその顔に、ダメージといったものは感じられない。
「相変わらずちょこまかとよく動く。だが所詮は、雑魚の抵抗でしかない」
「そうだそうだッ。そんなサルが引っ掻いたような攻撃、ルーミアちゃんがちょちょいのちょいだもんね。ヒール」
ルーミアと名乗った猫耳魔導士が杖をかざす。すると緑色の光がネイドを包み込み、シエルサーラの攻撃によって受けた傷をあっさりと回復させてしまった。
「相変わらず、一人で戦うだけの度胸もないのか?」
「くだらん挑発はよせ。これは戦争だ。万全の態勢で勝利を求めることの何が悪い?」
「……そうだな。そうやって開き直るのであれば、私から言うべきことは何もない」
「ふふ。その悔しそうな顔。お前が考えていることは手に取るようにわかるぞ。俺だけでも充分面倒だというのに、後方でルーミアが魔法を使って援護をしてくる。その攻略法がわからず、奥歯を噛み締めているのだろう?」
「…………」
シエルサーラは何も言わない。言い返すことなく感情を溜め込むその顔は、シエルサーラが見せた初めての動揺だった。
「だからといって容赦はせんぞ。雑魚が相手でも全力を尽くす。全力を持って勝利を手にする。それが俺の戦い方だッ」
今度はネイドが攻め込んでくる。
シエルサーラは数発の電撃を放ち、その動きを牽制しようとする。
「無駄だッ」
両手に持った剣で電撃を切り裂く。必殺の間合いまで近づくと、ネイドは双剣を振りかぶり、シエルサーラに向かって全力で振り下ろした。
巨人が振り下ろした剛腕の如き一撃が、地面を抉り爆音を生み出す。
土煙によって視界が遮られる。
時間が経ち見えてきた人影は、ネイドのものだけだった。
「ちょっと……シエルサーラがいないんだけど。もしかして、木っ端微塵に吹き飛ばされたってことはないわよね?」
不安げにミアが言葉をもらす。それを受けて黙っていたカイルが、あることに気づいて声を上げる。
「違うッ。上だッ」
鳥のように高く舞ったシエルサーラが、両手で剣を握り大きく構えている。
その剣には、雷と思わしき輝きが宿っていた。
「剣に魔法を宿して相手を斬るつもりだ。すげぇッ。シエルサーラさん。そんなことまでできるんだ」
魔法と剣技を操る神官騎士だからこその芸当だ。
長い髪を艶やかに振り乱すと、シエルサーラは渾身の一撃となる魔法剣を振り下ろした。
「その身に受けろッ。ライトニングソードッ」
剣撃と雷魔法の同時攻撃。
その一撃は、大技で無防備になったネイドの身体を見事に切り裂く……はずだった。
「な、何だあの……黒いオーラみたいなのは……」
謎の光景を前にカイルが言葉を失う。同じようにミアも、余裕がない顔で沈黙していた。
シエルサーラの輝く剣は、ネイドの肩口で完全に止まっていた。
ネイドの身体から発せられる黒いオーラ。それが、シエルサーラの強撃を受け止め無効化していたのだ。
「くッ。相変わらず面倒なものを……」
受け止められた剣を支点として、シエルサーラがゼロたちのほうへと跳んでくる。
充分過ぎる余裕があるのだろう。ネイドがその動きを追うことはない。
「ちょっとッ。大丈夫なの? 怪我してるんだったらアタシが治してあげるけど」
近づこうとするミアを片手で制す。その眼差しは、あくまでも敵であるネイドのほうを向いていた。
「怪我だったら大丈夫だ。それよりお前たち、今の攻防で奴の身体から発生した黒いオーラを見たか?」
「え? はい、見ましたけど……」
「それが何だっていうのよ?」
「あれは魔法と闘気、二つの性質を併せ持つ特殊な力……魔闘気だ」
「魔闘気?」
初めて聞く言葉を前に、カイルが首をかしげる。同じく初めて聞いたはずだが、ミアは動揺することなく偉そうに聞き返した。
「その魔闘気がどうしたっていうのよ? 特殊だっていっても結局は力なんでしょ? だったら無理やりぶっ潰してお終いなんじゃないの?」
「あれはそんな簡単なものではない。魔法と闘気を同時に操ることがどれだけ厄介なことか……先程の攻防がその答えだ」
「魔法攻撃を無効化する……そういうことですか?」
「そうだ。魔法は魔法でなければ防げず、闘気は闘気でなければ防げない。誰であろうが、その二つの力を同時に扱うことはできない。だからこそ、使えないもう一つの力が、相手にとって最大の弱点になるわけだが……」
「あれはどっちも防げるっていうわけ? 冗談じゃないわよ。こっちの攻撃を全部無効化するなんて……そんなの反則じゃない」
「ああそうだ。だからこそ……魔闘気というのは、厄介な力なんだ。だが、まったく対処法がないというわけではない。私が知る限りで二つほど、魔闘気を破る方法があるにはあるが……」
「何よ? 勿体ぶらないで、それをやりなさいよ」
「そうですよ。俺たちにできることがあれば協力しますよ」
「魔闘気を破る方法。それは強力な闘気と高位の魔法を同時にぶつけることだ。二つの異なる力によって、二つの性質を持つ魔闘気を力づくで引き剥がす。それが最も簡単な対処法になるわけだが……残念ながら、今の未熟なお前たちでは無理だ」
「うぐぅ……もうっ。わかってるんだから何度も未熟って言わないでよ」
「じゃあ、もう一つの方法は?」
「それはだな……」
不敵に笑うネイドが距離を詰めてくる。
その身体は魔闘気に包まれ、双剣に宿る魔闘気は、まるで黒い炎のようだった。
「作戦会議は終わったか? ならば……理解した戦力差を前に、絶望して死ねぇぇぇッ」
「チッ。詳しい説明はまたあとだ。それまでお前たちは、何としてでも生き延びろッ」
ゼロたちに向かって叫ぶと、シエルサーラは一人でネイドに向かって駆け出していった。
魔闘気の性質はシエルサーラが説明したとおりだ。一切の攻撃が通用しないという絶望的戦力差を知りながら、シエルサーラは怯むことなく前に出ていく。
「ティルライトニングッ」
先程唱えた魔法より、数段威力が高い雷が発生する。しかし魔闘気を纏ったネイドは、それをまったく気にすることなく直進してくる。
「バカめッ。中位魔法程度では、足を止めることもできんぞッ」
雷を突き抜け、剣撃をシエルサーラに浴びせかける。相当な威力のはずだが、そこはさすがにシエルサーラだ。自分から後ろに跳ぶことで衝撃を逃がし、受けるダメージを最小限に抑える。
「くッ……」
しかしそれでも、すべてのダメージを受け流したわけではない。
左肩を押さえ、シエルサーラが片膝をつく。
「逃げても無駄だぞッ」
「わーい。頑張れネイド様ぁッ。シエルサーラみたいなおばちゃんは、ボッコボコにしてやっつけちゃえ」
猫耳の魔導士ルーミアが歓声を上げる。あの強さに魔闘気という反則な力。それに加えて後方から回復魔法で援護する魔導士となると、戦況はもはや絶望的だ。
「お、おいどうする? シエルサーラさんはああ言ったけど、俺たちも戦ったほうがいいんじゃないのか?」
「いってどうなんのよ? 悔しいけどシエルサーラが言ったとおり……アタシたちは未熟者で役に立たないのよッ。そんな人間が加わったところで、シエルサーラの邪魔になるだけよ」
「だけどこのまま見てるわけにはいかないだろッ」
鮮やかな剣技と華麗な体術。冷静な判断と強力な魔法で、シエルサーラはネイドを相手に何とか踏み止まっている。しかし、それが長く続くとは思えない。
簡単な綻びから、驚くほど呆気なく殺されてしまう。
常に、そんな危機感を抱いてしまう状況だった。
「うぅぅ…………もうッ。わかったわよッ。どうなっても知らないからねッ」
「それでこそミアだよッ。よしッ、ゼロッ。俺たちも…………ゼロ?」
カイルが場違いな声を発する。異変を感じたミアも、同じような声を出す。
「ちょっと、何ぼんやりしてんのよ? 怖いんだったら下がっててもいいのよ……って、マジでどうしたのよ? アタシたちの話、ちゃんと聞いてる?」
二人の声は、もう聞こえていなかった。
水晶のように美しき蒼い髪は、魔族の象徴だ。
そしてあの真っ黒な力……魔族でも一握りの、特別な者だけが扱える力で……その力は、心を闇に落とすほどに強烈で禍々しい。
胸の奥が熱くなり、身体中を焼き尽くす。
熱は力となり、思考のすべてを塗り潰す。
強烈な殺意と敵意。
ゼロは魂の叫びに身体を乗せるかのように、ネイドに向かって走り出した。
「あッ。おいゼロッ」
「何してんのよタコッ。一人でどうにかなる相手じゃないでしょッ」
聞こえない。感じない。思わない。
今はただ……目の前にいる魔族を殺すことしか、考えられない。
「りゃぁぁぁぁぁぁッ」
構えた剣で斬りかかる。その剣には、ゼロだけが持つ金色の力が宿っていた。
「うん? 何だ貴様は…………なにッ?」
余裕だったネイドも、その力には驚いていた。
当面の宿敵であるシエルサーラに背を向けて、ゼロの一撃を双剣で受け止める。
強烈な衝突音が鳴り響く。
黒と金色。二つの力が弾けて飛散する。
「貴様ッ……それは竜光気。選ばれし者だけが持つというその力を……どうして貴様のような小僧が使える?」
ゼロは答えない。ネイドを叩き潰すため、すべての力を剣に込める。
「なるほど。貴様は人間たちの隠し玉というわけか。シエルサーラも同時に相手にするこの状況。遊ぶには少々面倒なようだな。ルーミアッ」
「はいッ。がってんですッ、ネイド様」
愛嬌いっぱいに答えると、ルーミアはネイドに向かって杖を構えた。
「いきますよ。ルーミアちゃんからの愛情の贈り物。ティルステーアルッ」
ミアが唱えたことがある魔法。その効果は、対象の戦闘力アップだ。
緑色の光がネイドを包み込む。すると剣から伝わってくる相手の力が、数倍にも強くなった。
「竜光気が使えようが所詮は小僧だッ。魔王軍が誇る四将軍が一人、魔戦将軍ネイドに敵う器ではないわぁぁぁッッ」
ネイドの魔闘気が膨れ上がる。それは強大な力となると、ゼロが操る金色の力をかき消し、その身体を後方へと吹っ飛ばした。
「ゼロッッ」
カイルが声を上げ、吹き飛ばされたゼロのフォローに入る。同じく駆け寄ったミアが、心配そうな顔で回復魔法をかけてくれる。
「何やってんのよタコ。あの金色の力に自信があるのかもしれないけど……一人じゃ無理だっての」
ミアの回復魔法を受けても、身体が満足に動いてくれない。
もしも、金色の力で威力を相殺していなければ……ゼロは間違いなく、一撃で絶命していただろう。
「こういうことだ。人間ごときが何人集まろうが、俺を倒すことはできん」
余裕に満ちたネイドの口調。その声音は、明らかに勝利を確信していた。
「ふんっ。魔闘気がなければまともに戦うこともできん小物が、何を偉そうに」
挑発的な言葉を口にしたのは、シエルサーラだった。
余裕があるようには見えない。だが、その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「この期に及んで挑発か? だが残念だったな。俺はバカではない。『ならば魔闘気抜きで相手をしてやる』などといった、愚行を犯すつもりはない」
「そんなことはわかっている。だからこそ……力づくで引き剥がしてやるのさ」
「なに?」
シエルサーラは剣を掲げた。
その剣を、大地に響き渡る声と共に力強く振り下ろす。
「魔導士隊ッ。弓兵隊ッ。放てぇぇッッ」
神官騎士の気高き号令。
離れた丘の影から、杖を持った魔導士と弓を持った兵士の軍勢が姿を現す。それらは狙いをネイド一人に定めると、一斉に魔法と弓矢を放っていった。
「ぐおッ。これは……」
「魔法と、闘気がこもった弓矢の同時攻撃だ。一撃は大したことなくても、この数だとさすがに耐え切ることはできんだろう」
「貴様ッ。ダラダラと戦っていたと思えば……これが狙いだったのか?」
「お前が出てくることはわかっていた。だからこちらも、相応の準備をしたまでのことだ」
「なるほど。さすがだ……だが、わかっているだろう? こちらの作戦は貴様らを根絶やしにすることではない……ルーミアッ」
「はいネイド様」
「奴らの戦力を削ぐという目的は充分に果たした。ここは一度退くぞッ」
「はーい。一旦逃げて、またあとであのへなちょこ共をボコボコにするんですね。わっかりました」
持っていた杖を掲げ、ルーミアが魔法を唱える。
「スケイプッ」
眩い光りがネイドとルーミアを包み込む。次の瞬間には二人の身体は宙に浮かび、超高速でどこかへと飛んでいってしまった。
「高速移動魔法か……チッ。無理をせず、引くべきところはちゃんと引く。だからアイツの相手は面倒だ」
忌々しそうに呟くシエルサーラだが、肝心の相手はもういない。
ネイドが退却したことに合わせ、魔王軍全体もどこかへと退いていく。
有利に追撃できる状況だが、もはやこちらにそれだけの余力は残されていなかった。
シエルサーラが指示を出し、被害の状況を確認させる。
その間の時間を利用して、シエルサーラはゼロたちのほうへと歩み寄ってきた。
休憩と回復によって多少は動けるようになった。
立ち上がったゼロの前に、シエルサーラが立つ。
「あッ、シエルサーラさん。大丈夫でし……ッッ」
カイルの問いかけを無視して、シエルサーラが頬を引っ叩いてきた。
「ちょっとッ。何すんのよッ。ゼロはアンタを助けるために向かっていったんでしょッ。命令違反だからって怒ることないじゃない。むしろ助けられたんだから、お礼の一つでも言いなさ……うッ」
シエルサーラが睨みつけたことで、ミアの言葉が止まってしまった。
「言いたいことはそれではない。お前……先ほどの戦いで、邪魔だからといって子供を投げ捨てただろう?」
思い出す。確かにゼロは、敵の前で動けなくなっていた子供を投げ捨てた。
その理由は――戦うのに邪魔だったからだ。
「それに、ネイドに向かっていったお前はいったい何だ? 竜光気が使えるお前は確かに凄い。だがお前の剣からは、殺意しか感じられなかった。お前……魔族を殺すことしか考えていないだろう?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ゼロは記憶を失ってて……それで、感情のコントロールが……」
「お前たちは黙っていろッ。記憶も感情も関係ない。問題は――お前はなぜ戦うのかということだ」
「な……ぜ?」
いまさらだが、考えたことがなかった。
偶然出会ったカイルと共に魔王を倒す旅をしているが……それは本当に、自分がやりたいと思ったことなのだろうか?
いいや違う。
すべてを流れに任せ、偶然たどり着いた場所が今なのだ。
「戦う理由がないのであれば、お前は今すぐここから去れ。そんな空っぽの剣で戦われたら、こっちが迷惑だ」
「迷惑ってことはないじゃない。ゼロだって、一応戦力になってるわけなんだから」
カイルに続き、ミアがフォローしてくれる。
だけどゼロは、それを嬉しいとは思わなかった。
シエルサーラが見抜いたとおり……。
ゼロの心は、空っぽだった。
「お前が戦っているのは、自分の意思からではない。魔族に対する憎しみから、我慢できずに力を使っているだけだ。そんな破滅的な剣はいつか必ず周りの人間を不幸にする。だからお前はこの隊を去れ。少なくとも、お前にとっての戦う理由が見つかるまで……私の下で戦うことは許さん」
「ちょッ、シエルサーラさん」
「出てけってのは言い過ぎなんじゃ……あ、こらゼロ。まだアタシが話してるでしょ」
ゼロはカイルたちに背中を向け、目的もなく歩き始めた。
「待てよッ。ゼロッ。どこいくつもりだよ? ここまで一緒に来たんだから、こんなところで終わりだなんて……」
「そうよ。アタシは嫌々ついてきてやったのよ。それなのにアンタだけ勝手に抜けるなんてズルいじゃない。ゼロッ」
「放っておけ」
シエルサーラの厳しい声が風に乗る。
「これは奴の問題だ。記憶があろうがなかろうが、奴はどこかで必ず答えを出さなければいけなかった。それが、今やってきたというだけの話だ」
言われたカイルとミアは、もはや何も言わなかった。
みんなとの距離が離れていく。
背中越しに。
「ゼロ……待ってるからなッ。必ず戻ってこいよッ」
「一人だけさよならとか……そんなの絶対に許さないんだからねッ」
仲間だった二人の、そんな声が聞こえてきた。