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ゼロとなりし者の英雄伝説  作者: ヤスダナコ
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1-2「偉大なる賢者」

1―2「偉大なる賢者」




 家を出たミーファは階段に立ち、草原で戦うゼロたちの姿を眺めていた。

 カイルが剣を振りかぶり、ゴーレムに向かって振り下ろす。剣撃は見事にゴーレムの身体を捉えたが、ダメージを与えている様子はない。

 カイルの剣は土の身体にめり込むだけで、ゴーレムの動きに変化はない。

 巨体をゆっくりと動かし右手を高々と上げると、ゴーレムはその巨大な手のひらを使い、カイルの身体を力強く引っ叩いた。

「ぐあぁッッ」

「カイルッ」

 カイルの手が剣から離れ、草原の上を転がっていく。

 ゼロはカイルではなくゴーレムのほうへと向かっていくと、土の身体にめり込んだままの剣を抜き、剣を使った攻撃を行った。

 二度、三度、四度……予想以上に華麗な動きで駆け回り、ゼロが何度となくゴーレムの身体を切り刻む。しかし、一度たりとも有効なダメージを与えたという様子はない。

 文字通り土を殴るが如く、ゼロの攻撃は無意味なものとなってしまっていた。

「いいの? お婆ちゃん。あのままだとあの二人、間違いなくやられちゃうわよ」

 振り返った先にいたのはミアだった。不機嫌そうな顔で、ミーファと同じくゴーレムと戦う二人のことを見ている。

「……そうかもしれないわね。それで、それがあなたに何か関係あるの?」

「関係は……別にないけど」

「ふふ。あなたは優しい子だから……歳が近いあの二人のことが、気になるのね?」

 ミアは顔を赤らめ、必要以上に強い口調で言った。

「そんなんじゃないわよッ。ただ……タコで弱そうな二人だから……変なことして大怪我でもするんじゃないかと思って……心配してやってるだけよ」

「素直じゃないわね、本当に。いいのよ。あなたが助けたいと思うのであれば、あの二人に力を貸してあげなさい」

「何でアタシがそんなことを……それにそんなことしたら、お婆ちゃんがやってることの意味が……」

「その私がいいと言っているのだから、あなたは好きにしたらいいのよ」

「でも、アタシは別に……アイツらのことなんて何とも思ってないわけだし……」

「だったら、あなたはそこで黙って見ていなさい。すべては、あの子たちに与えられた試練なんだから。なるようにしかならないわ」

 何か言いたげな顔で、ミアが黙り込む。心情を察したミーファだったが、あえて何かを言うということはなかった。

 視線と気持ちをゼロたちの戦いに戻す。

 華麗な動きで駆け回っていたゼロだったが、突然バランスを崩し、その足が止まる。理由はゴーレムが動くたびに大地へと落ちる土で、その一つに足を取られたことで、ゼロの動きが止まってしまったのだった。

「しまッ――」

 不覚に思ってももう遅い。ゼロもカイルと同じように、巨大な手のひらの一撃によって吹っ飛ばされる。

「ぐッッ」

 ゼロの身体が地面に叩きつけられそうになる。それを庇うようにして受け止めたのは、ダメージから回復したカイルだった。

「大丈夫か? ゼロ」

「ああ。すまない」

「気にすんなよ。それより選手交代だ。今度はお前が休んで、アイツの倒し方でも考えててくれ。それと……あの金色の力だけど、どうして使わないんだ?」

「それは……僕にも、あの力の使い方がよくわからないんだ。気づけばできていた。そんな感じで使った力だから」

「そうか。まあ気にすんなよ。コイツは何とかして俺が倒してみせるから……いくぜッ」

 ゼロから剣を取り上げると、カイルは再びゴーレムへと駆け出していった。

 威勢よく剣を振り下ろす。しかし結果は同じで、ダメージを与えるということはなく、土の身体にすぐに治る切れ目をわずかに刻むだけだった。

「ああもうッ。考えなしのタコパーティなんだから。攻撃が効かない相手に、何度も同じような攻撃をしてどうすんのよ。色んな場所を攻めて相手の反応を窺うとか……もっと頭を使った戦い方はできないの」

 ミアの顔を見つめる。視線に気づいたミアは驚き、照れたような顔で不愛想に言った。

「べ、別に心配なんてしてないわよ。ただ、あまりにもバカな戦い方だから、放っておけないっていうか……」

「あなたの好きにしていいのよ」

「だ、だからッ、アタシはあのタコたちの戦い方に呆れてるだけで……」

「ぐあぁッッ」

 聞こえてきたのはカイルの叫び声。さらに悪くなった足場によって動きが止まり、再びゴーレムの一撃を身体に受けてしまったようだった。

「うっ。うぅぅぅ……」

 ミアの顔に心配の色が浮かぶ。それが焦りに近いものに変わると、ミアは我慢できないといった態度で、近くにあった杖を手に取った。

「もうッ。マジでバカな連中なんだから」

 そう言い放つと、ミアは早い足取りで階段を駆け下り、ゼロたちのもとへと向かっていくのだった。

「ふふ。本当に素直じゃないんだから」

 そのときが来たのかもしれない。

 そう思うと、自然と笑みがこぼれるミーファだった。


            ◇◇◇


 吹っ飛ばされたカイルのもとへと駆け寄る。強力な一撃だったが、所詮は土の身体だ。見たところ、カイルに致命傷となるような大きな怪我はなかった。

「大丈夫か?」

「ああ。俺だったら大丈夫だけど……それよりどうするゼロ。このまま通用しない攻撃を続けても、無駄に体力を消耗していくだけだぞ」

「そうかもしれないな。だけど、僕たちはアイツを倒さないといけないんだろ? だったら無駄が通用するまで、攻撃するしかないんじゃないのか?」

「なるほど。そういう割り切った考え方はお前らしいな。わかった。それじゃあ体力が続く限りアイツを……ゼロッ」

 カイルの必死な叫びに反応し、ゴーレムのほうを見る。

 大きく振り上げられたゴーレムの右手。勢いよく振り下ろすと、まるでボールを投げたかのように、土で出来た大きな握り拳がゼロたちのほうへと撃ち出されてきた。

「だあぁぁッ。自分の手を飛び道具にするなんてッ。そんなのありかよッ」

 とっさにカイルの剣を取り、撃ち出された右拳を防ごうとする。

 その前に立ち塞がる小さな影。

 その影は左手に持った杖を構えると、魔法と思わしき言葉を大きな声で叫んだ。

「ウォールッ」

 瞬間。緑色に輝く透明な壁が、ゼロたちの前に出現する。

「何やってんのよタコッ。そうやって考えなしに攻めるから、肝心なところで体力がなくなってまともに攻撃を受ける羽目になるのよッ」

 現れたのは、ミアという名前の少女だった。

「ミアッ。何でお前が? 助けてくれるのか?」

 カイルの問いかけに、ミアは不機嫌な様子で答える。

「勘違いしないでよ。アンタたちの戦い方があまりにも情けなくて見てられなかったから、仕方なく力を貸してあげただけよ。絶対に、神に誓って、この世界が終わったとしても、好きでアンタたちを助けたわけじゃないんだから。勘違いしないでよねッ」

 憎まれ口を叩くと、ミアは杖を握った左手をゴーレムに向けたまま、右手だけをゼロたちのほうへと向けてきた。

「ヒールッ」

 ミアの右手が緑色に輝き、小さな粒となってゼロたちの身体に降り注ぐ。その光を浴びると重かった身体が軽くなり、節々で感じた痛みがウソのように消え去ってしまった。

「す、すげぇ……お前、二つの魔法を同時に使えるのか?」

「お前って呼ばないでよッ。馴れ馴れしいッ。そうよ。アタシくらいの天才だと、それくらいのこと普通にできちゃうのよ」

 カイルはミアがしたことに驚いていた。だが、記憶を失ったことで知識がないゼロには、何が凄いのかよくわからない。

「彼女がしたことは、そんなに凄いことなのか?」

「何言ってんだよ。二つの魔法を同時に使ってるんだぜ。凄いに決まってるだろ。わかりやすくたとえると、そうだなぁ……飯を食いながら勉強してるみたいなもんで……わかるだろ?」

「全然凄いとは思わないが……」

「とにかく、あれは本当に凄いことなんだよ。訓練した魔導士の中でも、一部の天才って呼ばれるような人たちにしかできないことで……とにかく凄いんだよッ。上手くは説明できないから、とりあえずそれで納得してくれッ」

 カイルの下手な説明を聞き、ミアが声を荒げる。

「もうッ、ゴチャゴチャ言ってないで、アタシが助けてあげるって言ってるんだから、アンタたちはあれをさっさとどうにかしなさいよね。いいッ? 土で出来てる部分をいくら攻撃しても効果はないの。アレの弱点は頭よ。頭を潰せばアレは身体を保つことができなくなるから……アンタたちはそこを狙いなさい」

「そんなこと、何でお前が知ってるんだ?」

「お前って呼ばないでって言ってるでしょッ。それより、今はそんなことどうでもいいでしょッ。アタシが援護してあげるから、アンタたちはさっさとアレを倒してよね」

 ミアの両手がゼロとカイルに向けられ、魔法が唱えられる。

「タコなりに頑張りなさいよね。ステーアルッ」

 淡い緑色の光に身体が包まれると、ゼロは自分の運動能力がわずかにだが上昇したことを自覚した。

「魔法で二人を同時に強化するなんて……やっぱり凄いな、ミアは」

「ミアとか気軽に呼ばないでよッ」

「お前も駄目でミアも駄目なら……俺たちはお前は何て呼んだらいいんだ?」

「うっさい。そんなのは自分で考えてよね。それより言っておくから。アタシが同時に使える魔法は二つじゃないわ……三つよッ」

「え? 三つの魔法が同時に使えるなんて……そんなの聞いたことないぞ」

「だったら証拠を見せてやるわよ」

 ゼロとカイルを同時に強化しながら、ミアはもう一つ魔法を唱える。

「フレイムッ」

 ミアの正面に火の玉が発生する。熱と形が一定以上のものになると、火の玉は猟犬のごとき速さでゴーレムに向かって飛んでいった。

「ほらッ。準備はしてあげたんだから、さっさとどうにかしてよね」

「すげぇ。賢者の血筋っていうのは、伊達じゃないんだな……それでもう少し優しければ、何の文句もないんだけど」

「あーんッ。アンタに攻撃魔法をぶち込んでやってもいいのよッ」

「冗談だからそんなに怒るなよ。それじゃあいくぞッ。ゼロッ」

「ああ」

 ミアの援護を受け、ゼロたちは再びゴーレムに向かって走り出す。

 ゴーレムの身体に火の玉が直撃する。炎の熱で土の身体が渇き、ゴーレムの動きが明らかに遅くなった。

「よしッ。あれなら俺たちにも倒せる。うりゃぁぁぁぁッッ」

 気合と共に剣を振り上げ、カイルが上空高くジャンプする。狙いは頭。振り上げた剣を、全力で頭に振り下ろすつもりだ。

「いっけぇぇぇぇぇッッ」

 今までの攻防から予想すると、カイルの攻撃が直撃するのは間違いない。ゼロは必要最低限の警戒だけでその攻撃を見守っていた。

「なにッ」

 ゼロの予想は裏切られ、カイルが驚きの声を上げる。

 ゴーレムは今までとは比べ物にならないほどの速さで動くと、カイルの攻撃をあっさりと避け、巨大な腕でカイルの身体を強烈に薙ぎ払った。

「カイルッ」

 カイルの身体が宙を舞い、草原の上を転がっていく。カイルのもとに駆け寄ろうとするゼロだったが、その前にゴーレムの巨体が立ち塞がる。

「くッ」

 そのあとは、どうするか考える時間すら与えてもらえなかった。人間が虫を払い落とすかのように、速度を大幅に増したゴーレムの腕がゼロの身体を吹き飛ばす。

「がぁッッ」

 カイルと同じように宙を舞い、草原の上を転がる。

 青い空が視界に入ってくる。視界の中で辺りの風景がグルグルと回り続ける。ゼロは意識を保ったまま、その場から動けなくなってしまった。


            ◇◇◇


「お婆ちゃんッ」

「話が違う」といった表情で、ミアがこちらを見てくる。

 ミーファが意味深な微笑みを返すと、ミアはそれ以上は何も言わず、唇を噛んで意識をゼロたちのほうへと戻した。

 

 ミアを護ることになるかもしれない子たちだから、遠慮はしないわよ。それに、この程度の敵にやられるようでは話にならないわ。ミアと協力してゴーレムを倒すか? それともここで心を折られ、冒険自体をやめてしまうか? 坊やたちがどれほどのものか、しっかりと見定めさせてもらうわよ。


 このゴーレムを生み出したのは、ミーファだった。

 魔王を倒すために力を貸してほしいといって、ミーファのもとを訪れる人間はあとを絶たない。そういった人間を上手く追い返す、もしくは能力を見定めるための手段として、ミーファは自らが造ったゴーレムと来客を戦わせるということを行っていた。

 ミアもそのことは知っている。

 普段ならば黙って見ているだけなのだが、あの二人がよほど心配なのだろう。

 今回は我慢できずに飛び出していってしまった。

 ミーファはその姿に運命を感じていた。

 だからこそゴーレムを特別に強化し、あの二人の力量を試そうとしていたのだった。


 ミアもいい歳よ。そろそろここを離れて、世界のことを学んでこなくてはいけない。その仲間として、あの子たちは相応しい存在なのか……私を、ガッカリさせないでね。


 強化したゴーレムにやられ、動けなくなったゼロとカイルの姿を確認する。

 少しやり過ぎたかとも思ったが、あの程度であれば命の心配はない。

 ミーファはミアたちへの試練として、この戦いを続けるのだった。


            ◇◇◇


 身体が重く、頭がフラフラして視界が定まらない。

 典型的な脳震盪の症状で、命に関わるほどのダメージではない。しかし、やられている本人にしたら、そんなことは関係ない。

 まともに考えることもできない状態で、敵が攻撃性を保ったまま近くを徘徊している。

 死を意識するには、充分な状況だった。

 あのゴーレムが殺意を剥き出しにして攻撃してきたら、本当にちっぽけな抵抗だけで、あっさりと殺されてしまう。

 ゼロはそれが、嫌というほどよくわかっていた。

 記憶喪失ということは関係ない。

 生き物の本能として、「自分は殺される」ということを理解してしまっていた。


 だからこそ――胸の奥が熱くなった。


 殺される? 誰が、誰に? 僕が……いや、この俺が、あんな土くれのゴミ人形に殺されるというのか…………。


 思わず、笑ってしまいそうになった。

 あまりにも馬鹿らしい現実に、嫌でも口元が緩んでしまう。


 ふざけるな。俺が……こんなところで死んでたまるか。


 ゼロはゆっくりと立ち上がった。

 その右手は、神々しく輝く金色の光に包まれている。

「ゼ、ゼロ……」

 重々しく身体を上げたカイルが呟くが、ゼロの耳には届かない。

 その巨体からは想像できない速さでゴーレムが駆け寄ってくる。巨大な両腕を振りかぶり一つに組み合わせると、ゴーレムは土のハンマーと化した両腕をゼロに対して振り下ろしてきた。

「危ない……避けろッ。ゼロッ」

 カイルの声が響く。

 遅れること数秒。ゴーレムの巨大な腕がゼロの身体を捉えた。

「ゼロ…………」

「ちょっ……大丈夫なの?」

 重い静寂が辺りを包み込む。

 次に動いたのは、ゼロだった。

「ははッ……ははは。あはははははッ」

 高まる殺意が熱となって身体を支配する。

 金色に輝く右手に力を込め、ゴーレムの太く巨大な腕を握り締める。たったそれだけのことで、ゴーレムの両腕は粉々になって破壊されてしまった。

「調子に……乗るなよッ」

 両腕を失い無防備になったゴーレムの身体を、思いっ切り殴り飛ばす。強い衝撃を胴体に受けたゴーレムが後退する。

 その衝撃は相当なものだったのだろう。

 痛みを感じないはずのゴーレムが、バランスを崩し片膝をつく。

 片膝をついたことで、弱点である頭の位置が下がる。

 その隙を、今のゼロが見逃すわけがない。

「あぁぁぁぁッッ」

 雄たけびのような声を上げ、獣のように一直線に駆ける。 

 勢いそのままに飛び上がり、右手でゴーレムの頭を掴むと、ゼロは一瞬の躊躇もなくその頭を破壊した。

 そして頭を破壊しただけでは、ゼロは止まらない。

 金色に輝く右手を強く押し込むと、ゼロはそのままゴーレムのすべてを、地面へと向かって無慈悲に押し潰してしまった。

 衝撃に耐えきれなかった土が空中へと舞い上がる。

 粉々に破壊されたゴーレムの身体は土の雨となり、辺り一帯に降り注いだ。

「ッ……」

 急激に変わる状況に、カイルとミアは絶句していた。

 敵を倒した――いや、破壊したことでゼロの動きが止まる。

 急激に熱が下がっていく。

 命の危険が去り戦う理由がなくなると、ゼロはまるで何も感じていないかのように、その場に立ち尽くすことしかできなくなってしまった。


            ◇◇◇


「竜光気……」

 一部始終を見ていたミーファが呟く。

 いつ以来になるかわからない、肌寒さを感じながら。

「まさか、生きているうちに再び目にすることになるなんて……」

 前に見たのは、一人の青年がその力を使ったときだった。

 彼の名前はレヴィン。

 勇者と呼ばれ、魔王に戦いを挑んだ青年だ。

 

 半分冗談のつもりだったけど……どうやら本当に運命なのかもしれないわね。彼がどうして、勇者と呼ばれた子と同じ力を持っているのかはわからないけど……ただの少年ではなさそうね。


 ミーファは空を見上げた。

 ここまで大切に育ててきた子を、手放さなければいけない。

 そのときがきたことを確信した。


 これが運命だというのであれば、逆らう理由はないわ。選ばれし者だけが持つ力、竜光気。まだまだ未熟な子たちのようだけど……この世界を変える可能性は、間違いなく持っているようね。


 戦いを終えたゼロにカイルが近寄っていく。そんな二人に、ミアが乗り気ではない様子で近づいていく。

 この三人が持つ可能性を、ミーファは心配半分、期待半分で見ていた。


            ◇◇◇


「えっ? それじゃああの怪物は、ミーファさんが造りだした物だったんですか?」

 戦闘を終えたゼロたちは家へと戻り、まずは汚れた身体をきれいにした。水浴びをして、ミーファが用意してくれた服に着替え、濡れた頭をタオルで拭く。

 タオルで頭を拭きながらすべての事情を聞いたカイルが、驚いた様子でミーファに話しかけている。

 タオルを首にかけたまま、ゼロは黙って二人の話を聞いていた。

「ええそうよ。試すような真似をしてごめんなさい。だけどわかってちょうだい。あなたたちのような人を試すには、ああいう方法が一番なのよ。それに、まがいなりにも魔王を倒すなんて言っている人たちですもの。あの程度の怪物にやられているようでは話にならないわ。違う?」

「いえ、それは仰るとおりだと思いますけど……」

 口ではそういうカイルだが、完全には納得していないようだった。

 力を試すにしても、騙す必要はなかったんじゃないか? そんな顔をしている。

「うちのお婆ちゃんは人を騙すのが好きなのよ。だから、アンタたちが驚く顔が見たくて、ああいうやり方にしたのよ」

「え? そうなの?」

 ミアの説明を受けてミーファを見る。ミーファは「ドッキリ大成功!」と言いたげな笑みを浮かべ、ピースをしていた。

「うッ……お婆さんは嘘つきで、孫は口が悪い。賢者の家系って、少しひねくれてるものなんですか?」

「あーんッ。どういうことよ、このタコッ」

「ああッ。ごめんごめん。思ったことが口に出ちゃっただけだから、そんなに怒るなよ」

「その適当な謝り方がムカつくッ」

 ミアがカイルの頬を強く引っ張る。

 ミーファにすれば微笑ましい光景なのだろう。孫娘の暴力を、ミーファは笑みを浮かべて見守っていた。

「それで……ゼロさん、だったかしら」

「はい。そうですけど」

「カイルさんの話によれば、あなたは記憶喪失だということらしいけど……どうしてそんな力を持っているのか? 本当に何の心当たりもないの?」

「はい。答えどころか、手掛かりになりそうなことは何も……」

「……そう。じゃあ聞くけど、あなたは記憶を取り戻したいと思ってる?」

「できることなら……」

「わかったわ。だったら、あなたたちはここから一番近い場所にある、死水晶のもとへと向かいなさい。そこにいけば、死水晶を破壊するための軍隊と合流できるはずよ。その軍を率いているのはかつての私の教え子だから、まずはその子に会って色々と話を聞きなさい」

「僕の記憶と死水晶に、何か関係があるんですか?」

「さあ。それは私にもわからないわ。ただ一つだけ言えることは、あなたが持っている力は『竜光気』と呼ばれる特別な力なの。その力を持つ者は選ばれし者、勇者として世界を救うと言われているわ。だからまずは、その力を世界のために役立てることを考えなさい。そうすればいつか、あなたの記憶は自然と戻ると思うから」

「そう……ですか」

 言われても、ピンと来なかった。

 世界を救うと言われても、何も思うことがない。はっきり言ってしまえば今のゼロは、「世界がどうなろうが僕には関係ない」と思っていた。

 ただほかにやることがないので、世界を救うと言っているカイルについて旅をしている。

 それだけだった。

「運命なんて言葉は、信じない性格かしら?」

「え? いえ……ただ、どう思ったらいいのか、わからないだけです」

「自分の感情がわからないなんて、変わってるわね。でも、難しく考えることはないわ。流れに任せて正しいことをして生きていけば、いつか必ず、自分に相応しい場所へとたどり着く。それだけの話よ」

 その言葉には重みがあった。だからゼロは反論などはせず、黙ってミーファの言葉に従うことにした。

「わかりました。どうなるかはわかりませんが……そうすることにします」

「ふふ。深刻な顔は嫌いよ。若いんだから、もっと適当に考えたらいいわ」

「お婆ちゃんは適当に考えすぎだと思うけど……」

「うるさいわよミア。それよりあなたも、出掛ける準備を整えなさい」

「は? 何でアタシが?」

「決まってるじゃない。あなたもこの二人と一緒に、死水晶を破壊しにいくからよ」

「はぁー? 何でアタシがそんなことしないといけないのよ」

「そんなこと私は知らないわ。すべては運命なんだから、あなたは黙ってそれに従えばいいのよ」

「何勝手なこと言ってんのよッ。さっきから思ってたんだけど……そもそもお婆ちゃんって、神様とか運命ってまったく信じないタイプの人間じゃない。ここに逃げてきたのだって、そうやって人から何かを押しつけられるのが嫌だったから……」

「あー、あー、あー。聞こえません。今まで面倒を見てきた保護者様がそう言ってるんだから、あなたは黙ってそれに従いなさい」

「くッ。こういうときだけ保護者面して……」

「というわけで、そういうわけだから。二人とも、これからミアをよろしくね」

 返事がわからないゼロは、とりあえずカイルのことを見た。カイルもどう答えればいいのかわからないといった顔で、ゼロのことを見ていた。

「ちょっと待ってよ。アタシがこんなタコ二人と旅をするって……ふざけないでよッ」

 ミアが必死の抵抗を見せる。だが結局、ミーファの決定が覆ることはなかった。



 そして翌日。

 旅立つゼロとカイルの隣に、不満げな顔のミアが立っていた。

 魔導士らしく杖を持ち、フード付きの白いローブを着ている。ローブのフードには、可愛いらしい猫耳の飾りがついている。

 ミアが言うには、ミーファの趣味で無理やりつけられたらしかった。

「もうっ。何でアタシがこんなタコたちと、旅なんてしないといけないのよ……ブツブツ」

 文句を全開にするミアだったが、カイルが何も言わないのでゼロも無視することにした。

 家へと繋がる階段に立つミーファが、出発前のゼロたちに声をかけてくる。

「二人とも、ミアのことは頼みましたよ」

「はい。問題のある子だけど、頑張って護ります」

「はぁー? 引っかかることが二つあるんだけどッ。問題のある子って何よッ? それに護られるのはアタシじゃなくて、アンタたちのほうだからねッ。アタシっていう天才魔導士が、嫌々とはいえついていってあげるんだから……アンタたちは一生感謝しなさいよね。ふんッ」

 怒り声に合わせて、ミアのツインテールが可愛らしく揺れる。

 カイルが視線だけで、「まあ、上手くやっていくことにしようぜ」と言っていた。

「ったく。あくまでも少しの間だけだからね。死水晶とか記憶とか……問題が解決したらすぐにお別れだから。変な勘違いとかしないでよねッ」

 こうして三人パーティとして、ゼロたちの新たな旅が始まるのだった。


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