初めての冒険をします
さて、そもそも安全で楽な仕事をわざわざ金かけて依頼する人間などいるはずもなく、冒険者の仕事に危険がないものなんてない。
薬草採取は危険が少ない安全な仕事と言われているが、それでも運悪く魔獣に遭遇することもあるし、ほかにも盗賊に毒虫、飢えた野獣など危険を挙げればきりがない。
死ぬかもしれないから、死んでもいいやつらに任せよう。
冒険者の仕事とは、大体そんな理屈でなりたっているのだ。悲しいね。
「あー、こっちはだめだな。向こうにいこう」
俺たちは今、目的の薬草が生えているという森林の中を歩いていた。歩き慣れない道に戸惑いながらも、受付嬢さんに教えられた場所に向かって進んでいる……はずだ。
当たり前だが、薬草を採取するにも専門知識が必要である。
例えば薬草を見つけるのにも、はっきりとした特徴でもない限りほかの雑草と見分けるのは至難の業で、きちんとした知識と長年の経験が必要なことだ。薬草によっては採取方法に適切な手順があるかもしれないし、保存方法にも気をつけなければいけない種類もあるかもしれない。
小説ではそういった点を『鑑定』のような便利スキルでカバーしているが、あいにくとこの世界にそんな便利なスキルはなく、また俺たちのチート能力はそういったものでもないようだった。本当にこの世界の神様は役に立たねえ。
よって、今の俺たちが採取できる薬草の条件は最低でも3つ。『比較的危険が少ないところに生え』、『採取に専門的な知識や技能もいらず』さらに『他の雑草と見分けがつきやすい』というものになる。そしてそれらの条件に一番当てはまる薬草が生えているのがこの森林だったというわけだった。
森林では鬱蒼と茂る樹木が草原と異なり視界の確保を難しくさせ、近づいてくる魔獣や獣をうまく察知できない。しかし俺たちはそんな悪環境の中にも関わらず、ここに至るまで一度たりとも魔獣に遭遇していなかった。それは決して運ではなく俺の持つスキルのおかげである。
『斥候』
それが俺の選んだ『職業』だ。
周囲の探索、警戒、隠密などに特化したスキルを多く持つ『職業』で、決して戦闘向きではないものの、戦わないこと・生き残ることに長けており、俺はかなり気に入っている。
そんなことを考えている間にもまたスキルに反応があり、
「あっちに二匹くらいいるかな? 面倒だけど少し右に遠回りしよう」
「そんなことまでわかるんですか? スキルってすごいんですね!」
『斥候』レベル1スキル『敵感知』。周囲の敵の居場所を教えてくれるスキルである。ただし最初期スキルなのでそこまで精度は高くなく、「あっちのほうになんかいるような気がする」といった程度のものでしかない。
もっと上の方のレベルだと高性能な探知スキルもあるようなので、できるだけ早くレベルを上げたい。でもレベルを上げるにはモンスターと戦うほかなく、モンスターと戦わないためにモンスターと戦うとか……哲学かなにかかな?
…………はあ。
「……できるだけ戦闘は避けるつもりだけど、『敵感知』もそんなに高性能ってわけじゃない。すり抜けることも十分あるえるし、もしもの時はよろしく頼むよ」
「はい! 任せてください!」
頼られることがうれしいのか、自分もスキルを使ってみたいのか、買ったばかりの剣を両手に握りながら元気よく四条は返事をする。
四条が選んだ『職業』は意外なことに『騎士』だった。てっきり『治癒師』や『薬師』のような非戦闘職か、戦闘職でも『魔術師』や『弓使い』のような『職業』だと思っていただけに、最初に聞いたときは結構驚いた。
あの時は特に訳を聞くことなく了解したが、なんとなく今気になったので尋ねてみると。すると四条はやや恥ずかしそうに、
「実は私、昔からお姫様を助ける王子にあこがれていたんです」
「女の子だね」
「はい。子供の頃、剣で悪い魔法使いをやっつけて、眠らされたお姫様をキスで助けてあげるんだー、なんて夢見てたりもありました」
「あれ? あこがれるってそっち?」
「かわいい服とかおままごとなんかよりも、外で遊ぶ方が好きで毎日男の子と遊んで泥だらけで帰っていました。でも両親は私が女らしくないことをするのを嫌い禁止されてしまってそういうこともできなくなって…………今までそんな夢すっかり忘れていたんですけど、なんかあの時思い出しちゃいました」
どうやら四条は子供の頃、今とは違って相当やんちゃな性格だったみたいだ。
まあ、四条の親御さんの気持ちも分からんではない。そりゃあ将来はモデルやアイドルの素質満点の女の子が毎日泥だらけになりながら男子と遊んでいたら、親御さんも心配にもなるだろう。四条も四条でいい子だから、親を困らせまいと自分の心に鍵をかけ、できるだけ親の言うことに従っているうちに、その気持ちを忘れていってしまったんだろう。
だけど、気を遣う相手がいなくなった今チャンスが巡ってきて昔封印していた夢をかなえたくなったというわけか。
「相手が天神さんなのは少し不満ですけど、私が守ってあげますから安心してくださいね!」
「ふーん、ま、せいぜい頑張ることだな」
「も――!」
そっけない態度で返事をするが、これは決してツンデレなどではない。男のツンデレとか誰得だよ。
言っちゃなんだが俺は彼女に本当に期待などしていなかった。というか、ただの女の子に活躍を期待する方が酷だろう。俺が彼女に期待することは最低限死なないことだ。もしも彼女が一人前になるまでに死んでしまえば、その時点で俺のチート能力を取り上げられてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けねばならなかった。
肉壁作戦を実行するのは、本当に最後の、最期の手段である。できればやりたくないと思っている。できればね。俺の命が最優先だ。
そんなふうにくだらない話をしながら歩いているうちに少し開けた場所にたどり着く。道を間違っていなければここが目的地のはずである。辺りを見渡せばちらほらとだが教えてもらった特徴をした草が生えているのが見えるので間違いないだろう。
それからは二人で一緒に探すのは効率が悪いので、何かあれば大きな声で教えあうようにと取り決めて、二手に分かれて薬草を採取することにした。
それから一時間ぐらいが経った頃。
帰りの時間を考えるとそろそろ戻らなければならない時間となったが、思ったよりも薬草の数がそろわないことに焦りを感じ始めていると、突如四条の声が聞こえてきた。
一瞬敵襲か!? と思ったが、どうもそういう雰囲気ではない。
「あ、天神さん! 来てください! ほらあそこ!」
声が聞こえてきたところまで歩いていくと、四条が満面の笑みを浮かべながらある場所を指さしている。なんだなんだと思いながらそっちの方に視線を動かして見ると、なんとそこには一面に薬草が生えているではないか!
俺と四条は顔を向い合せ、それから
「「やったあああああああああああああああああ!!」」
同時に歓声を上げた。
その薬草は素人でも採取できるというだけあって買い取り価格はそう高くなく、その分数で補う必要があった。しかしそこには百は下らぬ数が生えている。さすがに借金をすべて返すとまではいかないが、それでもそこそこまとまった金になるはずだ。しばらく生活に困らなくてすむ!
「よく見つけたな! 正直見直したぞ!」
「ありがとうございます!」
さらりと俺にひどいことを言われたことにも気づかず今にも飛び跳ねるのかと思うほど嬉しそうにしている四条。気持ちは分かる。俺自身、恥ずかしながら態度に出して喜んでいた。
「これでしばらく生活に余裕が持てそうですね!」
「そうだな!」
それは、なんてことのない普通の会話だった。
「最悪野宿するしかないのかなぁなんて考えていました!」
「そうかそうか、よかったよかった」
少々浮かすぎているところもあったが、まあこんなときぐらい水を差すようなことを言わなくてもいいだろうと思い、特に注意することなかった。
「後は全部採取して帰れば無事依頼完了です。意外と簡単でしたね天神さん! 私、無事この依頼を達成できたらあの屋台のお肉を食べてみたいです! 他にもいろいろ食べたいものもありますし、天神さんは何を食べたいですか?」
「……………………おい今なんつった?」
この言葉を聞くまでは。
「へ? なにか変なこといいましたか?」
いま、四条は非常にべたなフラグを建てた。
さすがにそんなべたな展開が現実に起こるはずはないと思うが、そういえばこいつは前も悪い意味でべたな展開を起こし、俺に多大な迷惑をかけたのは記憶に新しい。
いや、でもまさかな……。
四条の言葉になんとなく得体のしれないものを感じていると、発動させていた『敵感知』にひっかかるものがあった。感知に集中すると、こちらに向かって真っすぐ向かっている気配がいくつかある。
……………………………………………
やっぱりこいつは呪われた装備だとたった今俺は確信した。