冒険者登録をします(前)
「うう……、ひどいですよぉ天神さん……」
「だから助けたじゃないか……」
あれからあのチンピラ冒険者たちは屈強な男たちによってどこかに連れていかれ、四条は無事救出された。
俺たちは今、冒険者登録のためにギルド奥の小部屋にいる。小部屋にはやや大きめのテーブルが一つとその両側に二人用のソファーが一つずつ、そして部屋の隅に観葉植物があるだけの簡素なデザインで、俺たちは同じソファーに並んで座り、準備が整うのを待っていた。
「見捨てられたと思いました」
「………………」
助けられてからそこそこ時間は経過していたが四条はまだ泣き止まない。
電車で痴漢されるだけでも女の子にとっては相当な恐怖らしいし、男たちに囲まれて無理矢理連れていかれそうになった彼女の恐怖は相当のものだったんだろう。それを分かったうえで見捨てようとした俺もどうかと思うが、でも最終的に助けを呼んできたんだし、それでチャラってことにしてほしい。
「本当に……ほんとーに怖かったんですからね!」
「悪かったって……」
俺に対して文句を言いつつも、ようやく四条は泣き止んだ。でも、本当に泣きたいのはこっちの方だ。
チンピラ冒険者たちは連行される間際、通報した俺をはっきりと睨んで「覚えていろよ」と捨て台詞を残していった。完全に俺に非などなく、完全に逆恨みであるが、そんな正論いったところで奴らには通用しないだろう。
あれだよね? これって後で仕返しにくるフラグだよね?
よくあるテンプレの一つであるが、チート能力を使えない今の俺にとって武器を持った男たちに目を付けられるなどやくざの恐喝なんかよりもよっぽど怖い。
こうなるかもと思ったから何度も嫌だっていったんだ。
早急にチート能力を解明しなければならない。
俺の望みの能力? 決まっている。
この面倒な事態すべてを一瞬で消し去ってくれる圧倒的なパワーが欲しい。
「お待たせしました」
部屋のドアが数度ノックされると、きっちりとギルドの制服を着こなした女性が入室してきた。
両手で抱えて持ってきた土台つきの紫水晶をテーブルに置き、俺たちの向かいのソファーに座る。ちなみに彼女は俺がさっき助けを求めた受付嬢さんと同じ人である。そのまま俺たちの担当になったようだ。
俺の救援要請に即座に対応し周囲に指示を出す彼女の姿は堂々としたもので、できる女といった感じがした。
そしてそんな仕事のできる彼女が初めに口にしたのは意外なことに謝罪の言葉だった。
「この度は私どもの不手際でアマガミ様とシジョウ様にご迷惑をおかけしまして申し訳ございませんでした」
「い……いいんですよ! 悪いのはあの人たちで、あなたは私を助けてくれたんじゃないですか! 頭を上げてください!」
頭を下げて謝罪する受付嬢さんに恐縮する四条。
おかしい。俺が謝った時にはそんな風に言わずに文句をいわれたのだが……。
冒険者という職業はよくも悪くも自己責任が基本となる。「お前たちも冒険者になりたいんだったらこのぐらい自分で何とかしろ!」と怒られることも覚悟してたし、そうでなくてもこうして助けが遅れたことに謝罪されるとは思ってはいなかった。
「確かに冒険者にはそういうところもあります。しかし、それは強いものが弱いものを一方的に搾取するのを許容するというわけではありません。そうした不正をきちんと正し、後進が育ちやすい環境を整えるのも、私たち冒険者ギルドの仕事です。それにあなた方はまだ正式に冒険者というわけではありませんし、粗暴な冒険者から守るのは我々の義務です」
立派だった。
受付嬢さんは文句をつけるところが見当たらないほどすごく立派な人だった。
多分前世を含めてもここまで仕事にプライドを持っている人にはあったことはなかったと思う。
とてもあのいい加減な自称神が作った世界の住人とは思えない。
「では、これからギルド登録について説明させていただきます。冒険者ギルドについてはすでにご存じでしょうか?」
冒険者ギルド――様々なネット小説で登場するそれは、一言でいえば冒険者の活動を支援するために生まれた相互援助組合だ。
依頼の斡旋、仲間の紹介、素材の買い取り、そして知識の提供といった様々な機能を有しており、魔物という人類共通の敵に対抗するため国家という縛りにとらわれない巨大な組織である。
冒険者の中でもランクがあり低ランクの冒険者はその辺のチンピラと大差ないが、一部の高ランク冒険者ともなると貴族や王族ともつながりを持ち、英雄として持ち上げられることもある。
俺が知っている冒険者ギルドはこんな感じなのだが、どこかこの世界のと違いはあるだろうか?
「いえ、相違ありません。特に訂正の必要はないかと。それに補足説明させていただきますと、冒険者ギルドにはランクは20あります」
「え…そんなに?」
「?」
普通はS~Eみたいに6個くらいじゃないのか? 全部覚えられる自信ないぞ。
「ランクは【白】【青】【赤】【紫】【黒】の5色と、【ポーン】【ナイト】【ジェネラル】【キング】の四種類の地位の組み合わせです。登録したばかりの冒険者は例外なく【白のポーン】から始まり、依頼を重ねるごとに【青】【赤】、【紫】、【黒】の順にランクアップしていきます。【黒のポーン】の状態でランクアップしますと上位の地位である【白のナイト】になり、同じように【黒のナイト】から【白のジェネラル】、【黒のジェネラル】から【白のキング】と上がっていきます。最高ランクの【黒のキング】ともなればアマガミ様の言う通り英雄扱いですね。どの国にいっても相当なもてなしを受けることでしょう」
それならまあ分かるかな。
ただゲーム経験皆無の四条にはいまいちよく分からないらしく、すがるような目でこちらを見てくる。
「シジョウ様、そう心配なさらなくても大丈夫ですよ。依頼を受けているうちに自然と覚えていくと思います。とりあえずお二方は冒険者の一人前の証である【黒のポーン】を目指してはいかがでしょう」
さりげなく四条のフォローまで入れているが、そんなことより俺としてはさっきから眼のまえのテーブルに乗っている水晶の方が気になっている。
「それでは他にご質問がなければ、冒険者登録に移らせていただきたいと思います。こちらの水晶に二人の魔力を記録していただいて、【職業】を選択すれば完了となり、冒険者の証明となるギルドカードを発行させていただきます」
おお! やっぱりだ! これだよ! 俺はこういうのをまっていたんだよ!
これまで神様にミスで殺されたりとかチンピラ冒険者に絡まれるとか悪い意味でテンプレが続いてきたが、こういうテンプレを俺は求めてたんだよ! ……あ、涙が出てきて止まらないよ。
「あの……急に泣き出されてどうされましたか? 体調が悪いようでしたら【治癒師】でも……」
「大丈夫だと思いますよ、頭以外」
「はあ……、それではシジョウ様から先に登録をすましておきましょうか。まずはこの水晶に手をかざしてください」
俺が泣き止んだ時にはすでに四条が水晶に触っていた。俺が一番最初にやってみたかったがまあいいか、今回はレディーファーストということにしてやろう。
水晶が神々しい光を放ち、徐々に収束していく。その後受付嬢さんは水晶の中を何やら確認しているようだったが、すぐに俺たちの方に向き直った。
「はい、問題ありません。無事シジョウさんの魔力はこの水晶に記録されました。【罪業値】が100とはすごいですね!」
カルマ? 何だろう? ここは筋力とか魔力とかじゃないのか? どうやらステータスは分からないようだ。そこは少しがっかりだった。
「すみません、【罪業値】って何ですか?」
「失礼しました。【罪業値】はその人間の善悪を数値化したのになります。わかりやすく言えばいいことをすればするほど値がプラスに傾き、悪いことをすればマイナスに傾くといった感じですね」
つまり【罪業値】が高いほどいい人、低ければ悪い人ということだろうか。受付嬢さんの話しぶりから察するに【罪業値100》】というのは結構高い数値のようだ。つまり四条は前世でかなりお人よしな性格でいいことをしまくっていたというわけだ。
…………うん? ちょっと待てよ?
「もしかして【罪業値】が低いと冒険者になれなかったりする?」
四条の場合とは逆にカルマ値が極端に低ければ、それはそれだけ悪行を重ねてきた証拠である。小説でも冒険者登録で犯罪者じゃないか調べられる場面もよくあるし、興味本位程度の気持ちで尋ねる。
「いえ、そんなことはありません」
「え、でもカルマ値がすごく低い人って犯罪を犯している可能性が高いんじゃないんですか? そんな人を冒険者にして問題を起こされたら冒険者ギルドの不利益になるんじゃ……」
「確かに人を犯罪を犯せば【罪業値】は下がります。しかし犯罪以外、例えば『意図せずして誰かを傷つけたりモノを壊してしまう』、それから『遺跡で発見した宝箱のカギを解除する』といった行為でも【罪業値】が下がることはあります。実際この国の裁判では【罪業値】は犯罪を証明する法的根拠にはなりませんしね」
「へー」
「それに【盗賊】や【蛮族】といった【罪業値】が低いほど恩恵が与えられる【職業】も存在しますからね。【罪業値】が低い人でもうちは大歓迎ですよ!」
にっこりと俺たち、というか俺の方を見ながら受付嬢さんはそう言った。
んんっ? 何か言葉に引っかかるものがあるぜ。ひょっとして俺……励まされてる?
「というわけですのでアマガミ様、安心して水晶に手をおかざしください」
「よかったですね、天神さん!」
悪気なく、ナチュラルに俺を馬鹿にする二人。
「そっかー、それは安心ダナー」
その二人を眺めながら、この国の裁判では【罪業値】は犯罪を証明する法的根拠にはならないという言葉を思い返した。