冒険者にからまれました
異世界転生モノの小説に、主人公が冒険者登録にギルドに行ったらチンピラ冒険者に絡まれる、というお約束がある。
『あのー、冒険者登録に来たんですけど』
『ぎゃははは、冒険者登録だって~。ここはガキが来るとこじゃねえんだよ!帰ってママに慰めてもらいな!』
『そんなことお前たちには関係ないだろ。放っておいてくれ』
『なに~! 偉そうな口叩きやがって! いたいめみせてやる!』
『やれやれ、面倒なことは嫌いなんだけどなあ』
『(ぐぎゃっ、バコッ、ズバーン)』
『ヒー、こんなに強いだなんて……悪かった、許してくれ!』
『登録前の子供が冒険者に勝つなんて、あの少年はいったい何者なんだ……』
とかいうやつだ。
これは読者に主人公の周囲とは隔絶した強さを分かりやすく伝え、また優越感を感じさせるために多くの小説で描写されてきたのであって、現実に起きることなどありえない。
「いや!離してください!」
……とさっきまで俺は思っていました。
「へへへ、いいじゃねえか。冒険者なんて命がかかってるくせに実入りがすくねえクソみたいな仕事だぜ? そんなもんよりこの俺たちの女になった方がよっぽどいいぜ」
「そうそう、毎日働かなくてもうまいもん食えるぜ! まあ、夜にちょっと頼みごとを聞いてくれればそれでいいさ!」
「君みたいなかわいい子ならすぐに稼げる仕事も紹介してあげられるよ!」
「い、いやです! 放っておいてください! ほら天神さんからもなにか……あれ、天神さん? どこ行っちゃったんですか! 天神さ――ん!」
四条の魂の叫びを右から左に聞き流しながら関係ないとばかりに俺はスタスタと目の前にある冒険者ギルドの建物に向かって歩いていく。
そりゃあ社会の底辺、冒険者の巣窟なんだから、荒くれものがたくさんいるんだろうと予想はしていた。だからギルドに着いたら絡まれないように、おとなしく目立たないようにしていろと言い含めていたが、まさかギルドに入る前に絡まれるとは思っていなかった。
俺はなぜこんなことになったのだろうかと記憶をさかのぼる。
最初は順調だった。
特に事件に巻き込まれることもなく歩いて30分もしないうちにたどり着いた街――『ビギニン』は四方を巨大な壁によって囲まれた古い歴史を感じさせる大きな街だった。門には槍を持った物々しい表情の兵士が目を光らし、身元不詳の俺たちを通してくれるのかという不安が頭をよぎったが、冒険者になりにきたと言ったらほとんど審査もなくすんなりと入れた。
『ビギニン』の街並みは、テンプレな言い回しだが、中世ヨーロッパを思わせる街並みだった。
活気にあふれ、人が絶えず流れる大きな石畳の道路の左右には武器屋、食料品店、衣料品なんかが所狭しと立ち並らび、店主らしき男たちが大声で客を呼び止めている。
日本では見られない光景に四条は興奮し喜んでいるようだったし、不覚にもそれは俺も同じだった。
美味しそうな匂いを放つ屋台や綺麗な宝石で彩られた独特なデザインの装飾品なんかを見つけるたびに、「お金を稼いだら買いたいですね」なんて会話をしたりと俺たちはようやく充実した異世界ライフを楽しんでいたのだ。
しかし、それも長くは続かなかった。
門番に教わった道をたどり、冒険者ギルドの象徴だという剣と盾をクロスさせたような紋章をでかでかと掲げた大きな建物を見つけ入ろうしたところで、四条の「ここで冒険者登録するんですね!」という発言を聞きつけた男たち――格好からしておそらく冒険者――に絡まれたのだ。
ただでさえ四条は美人で見たことのない服装ということで結構目立っていたからね。あの発言のせいで周囲のチンピラ冒険者たちに話しかけるきっかけを与えてしまった。本当に迂闊としか言いようがない。せめてギルドの中に入ってからにしろよと思う。
俺も最初はこの状況どうしようか考えたいたのだが、そんな都合のいい案などとっさにでるはずがなく、いろいろ悩んでいるうちにふと俺のなかの天使と悪魔が現れ仲良く俺にこうささやいたのだった。
別に、ほっときゃよくね? と。
「あんちゃん……あの子、あのままでいいのかい?」
現実逃避ぎみにそんな回想していたが、突然誰かに話しかられ現実に引き戻される。
「……ん?」
話しかけてきたのは人のよさそうなおっさんだった。格好からして冒険者ではないようだ。
一旦足を止め振りかえってみると四条が完全に男たちに囲まれて逃げられなくされているのが見えた。周囲が助けにはいる様子はない。
……あのままでいいのか、だって?
「いいんじゃないのかな。別に」
俺はあっけらかんに答える。
「……あいつらはこの辺りじゃたちのわるい冒険者ってことで有名さ。このままじゃあの娘ひどい目に合わされるよ。連れなんだろ? 助けてやりなよ」
「弱いの?」
「いや、素行は悪いが実力はかなりのものらしい」
じゃあ無理だ。
俺は本格的に四条を見捨てることにした。
「大丈夫だよ。多分」
きっとひどい目に会わされる前に都合よく四条のチート能力が覚醒したり助けが現れて気持ちよく倒してくれるさ! 根拠はないけど!
それに俺は「平穏な人生を送りたいんだ」とか「面倒事は嫌いだ」とか普段言ってるくせに、いざとなると面倒事に自ら首を突っ込んでいくダブスタ主人公ではない。そいつらは結局、「本当はやりたくないんだけど、それでもできちゃう俺スゲ――!」をしたいだけだ。もし本当に面倒事がごめんならば、かわいい女の子が目の前で困って助けを求めていても無視するはずだ。そう、今の俺みたいに。
「あっ、天神さん! 私を置いてどこ行くんですか! 見捨てないでくさーい!」
ちっ! 気づかれた!
俺を見つけた四条が大声で助けをよんでるが。
嫌だよ。チート能力がなんなのか分からない現状で余計な面倒に巻き込まれたくないんだよね。俺を巻き込まないでほしい。いやこれガチで。
この状況で四条を助けるということは彼らに喧嘩を売るということに他ならない。
彼らは小説でいえば主人公の踏み台役でしかないが、あいにくとここは現実だ。剣で生き物を殺すことを生業としているような奴らに喧嘩を売るなど冗談ではない。どうしても助けろというんだったら、俺のチートが判明するまでずっとそこで待機していてほしい。
「おい! あんまり騒ぐな!」
「天神さん天神さん! 助けてくださいお願いします!」
まあ、彼らだって美人にそうひどいことはしないだろうし、(貞操以外)問題ないよ。さっきも言ったが恨むなら俺ではなくあの自称神様を恨んでくれ。
チート能力が判明した暁には、きみ以上にかわいそうで不幸な女の子を1人助けるから! 俺、頑張るから! それで勘弁してほしい。
合掌。
絶対に助けがきこえているはずなのにむしろ歩調を速くしだした俺の様子を見て、四条は本気で見捨てられようとしているのを悟ったらしく、最後のあがきとばかりに叫ぶ。
「い、いいんですか!? 神様に私の面倒を見るように言われてるんじゃないんですか!? その……チート能力?…を没収されても知りませんよ!」
その言葉を受けてちょうど冒険者ギルドの扉を開けようとしていた俺の動きはピタリと止まる。
やっぱりこの子、いい性格してるぜ。
死ななきゃ大丈夫かなと思ったがやっぱりそうなるか。
役に立つかどうか分からないチート能力と目の前の厄介事を天秤に乗せ、それから一度深いため息をついた。心の底から思う。
本当に面倒くせ~。
天秤は傾いた。
俺はその結果に従いそのまま冒険者ギルドに入っていく。振り返っていないから分からないがたぶん、今の四条の顔は相当ひどいものになっているはずだ。
「あ、いらっしゃいませー! 「冒険者ギルド」ビギニン支部へようこそ! お食事でしたら右へ、依頼の発注、受注、新規冒険者登録でしたらそのまままっすぐお進みくださーい!」
ギルドのドアを開けるとドアに取り付けてあった鈴が鳴り、新たな来客をギルドの職員たちに伝えていた。ウェイトレスの格好をした俺と同い年くらいの女性が愛想よく迎えてくれる。
冒険者ギルドの建物は明るく、広く清潔さも保たれており、併設された酒場から酒や食事の臭いが漂ってきているが、不快感はほとんどなかった。
ウェイトレスさんのいうとおりまっすぐ進むと受付が見えた。4つある受付の一つ、ちょうど人が立ち去って空いたばかりのところを目指して進んでいく。
目があった受付嬢がにっこりと笑い、要件を聞いてきたので入り口の方を指さしてこう返答した。
「すみません。向こうで僕の連れが冒険者に襲われています。助けてください」