街に向かいます
「『炎の矢』!」
俺の掛け声と同時に構えていた手のひらから一本の炎でできた矢が飛び出す。矢はそのままとらえきれないスピードで一直線に突き進み、少し離れたところにいるスライムにぶつかった。その威力は短い呪文と軽い見た目に反して絶大なもので周囲の岩や草も巻き込み燃やし尽くしていった。しかしどういう理屈か知らないが周囲に燃え広がることはなく、すぐに自然に鎮火する。
こ、これが俺のチート能力……!
あまりの非現実的な光景に夢でも見ていたんじゃないかと思ったが、焚き火をした後のような独特な臭いと何もかもが焼き尽くされた黒焦げた跡が、現実に起こったことを証明しており、俺は自分のチート能力のすさまじさに手を戦慄かせる。
「天神さんはさっきから何をやっているんですか?」
……といったことは一切なかった。すべては俺の妄想である。
「うっさい」
傍から見ればただひたすら離れた岩に向かって叫んでいる俺の隣で、四条が不思議そうな顔をして尋ねてくる。
いや、お前は事情を知っているんだから言わなくてもわかるだろうが。
「検証だよ検証。あの爺さん曰くどんな能力かは具体的には分からないけど念じれば簡単に使えるらしいから、思いついた能力を片っ端から試してみてるんだよ」
「確か、『自分が一番欲しいと思っている能力』が使えるようになるんでしたっけ? でもそんなことが本当にあり得るんですか?」
「そんなこと言ったら、いきなり変な世界に飛ばされている時点でもうありえないだろ……」
「そうですよね……」
四条とそんな会話をしながら彼女の元気そうな姿にほっと息をつく。
俺が一番恐れていたのは、四条がいつまでも異世界転生したことを受け入れず、現実逃避し、俺の足を引っ張り続けることだった。
俺は前の世界に未練などほとんどない。
友達もほとんどいなかったし、親ともそれほど仲がいいというわけでもなかった。俺の親はきっと俺が死んでも少し経てばケロっと何事もなかったように暮らしていると思う。俺もそうするだするろうし似たもの親子というやつだった。
ネットがもう使えないというのはとても残念だが未練があるとすればそれぐらいか。
俺は異世界転生について知識があっただけではなく、前の世界に大きな不満を持っていたからこそ、今回の異常事態をすんなりと受け入れることができた。
だが、四条は違う。
本人もモデル並みにかわいければ親とも仲が良好で友達も多い。まさに理想の人生と言える。異世界転生なんぞしなくとも彼女は十分に幸せだったに違いない。それらをすべて突然理不尽に失われてしまった少女にかける言葉など俺にはなかった。やっぱり神様は死んだ方がいいと思う。
しかし四条は俺が説得することもなくすでにある程度異世界転生を受け入れていた。
それどころか「この世界で生きていきながら元の世界への戻り方を探したいと思います。それまでご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いいたします」などと律義にお辞儀までされてしまった。気が弱そうに見えて案外肝が据わっている。
あ、ちなみに四条というのは少女の名前だ。四条ナツキ、16歳の高校生らしい。俺としてはさして興味なかったが、いつまでも君呼ばわりされるのが不満だったらしく、自分からそう自己紹介してきた。
「でも、検証するのもいったん街に入ってからにしませんか? なにも危険そうな外でやらなくても……」
「君はバカですか?」
「え!」
俺の罵倒に驚いたような表情を見せるが、少し考えればわかるだろうに!
「よく考えろ! もしも、もしも俺のチート能力が無差別大量破壊系のチート能力だったらどうすんだ! そんな力を街中で使うなんて完全にテロリストだろ! やだぞ俺は! 自分の不注意で奪ってしまった命の重さに耐えながら生きるなんて!」
「自分が一番欲しいと思っている能力なんですよね!? 天神さんにはそんな願望があるんですか?!」
「知るか!」
「ええー!」
納得行かないといった顔をする四条。
今こうして考えてみると『本人が一番欲しいと思っている能力』というのは結構なくせ者ではないだろうか。前にあの自称神は「俺が何を望んでいるのか知らないからどんな能力かわかるわけがない」と言ってたが、人間の心は単純ではない。自分が本当に望んでいることなど、それこそ本人にだって分かっていない。
「でもいくら待っても何もおこらないじゃないですか。いつまでもここにいても仕方がないし、とりあえずチート能力? の解明は中断して街に向かった方がいいんじゃないですか?」
できれば最初の街に入る前にチート能力を使えるようにしときたい。しかし彼女の言葉にも一理も二里もある。というか、俺も大概何も起きないので飽きてきた。
チート能力で舐めプするという計画をいったん中止し、これからの大まかな行動方針を新たに考える。そして、
「そうだな。とりあえず、街まで行って冒険者になって日銭を稼ごう」
俺はそう提案した。
どうやら俺たちの持つチート能力は『強力な魔法を使えるようになる』とか『身体能力が驚異的に向上する』とか『どんなダメージも無効化する』といった、目に見えて分かるような能力ではないようだ。
だとしたら、なんなのか。
チート能力と一言で言っても、その内容は無数にある。
技術系チートかもしれないし、他人の能力を奪うものかもしれないし、ループ系能力のように死んで発動する能力かもしれない。特にオタク知識皆無の四条の場合、この世界では全く役に立たない能力という可能性すらありえた。
しかしそうなると地道に金を稼ぎなから時間をかけて少しずつ能力を検証していくほかないが、チート能力に頼れない状況で身寄りもない俺たちにやれる仕事など限られている。そういった考慮の上で先の発言というわけだった。
「質問です!」
「許可する」
俺の提案に四条ナツキがびしっと手を挙げた。ここで意見があるとは思わなかったので少し意外に感じながらも発言を許可した。
いちいち突っかかれるのは面倒だ。でも最初から思考を放棄して全力でこちらによりかかってこられるのも論外だ。だからこそ俺はどんなに四条のことをお荷物で頼りなく思っていても、話を聞かずに一方的に却下したりはしない。
「あ、言っておくけど野盗に襲われている馬車を探すとかはなしね。めんどいし」
「馬車? いえ、そうじゃなくて……」
「じゃあなに?」
「……『冒険者』って何ですか?」
あーーー。
そっからか~。
そっかー、そりゃそうだよな~。
俺は改めて目の前の少女と俺が、異世界とはまた別の意味で生きてきた世界が違うことを認識する。
四条は見るからにリア充で、オタク文化に縁がなさそうな……、というかなかった少女だ。よくよく考えてみれば、そんな子にいきなり『冒険者になろう』とかいっても理解してくれるわけがないがないじゃないか。
本来であれば「それくらい自分で調べろ」と突き放すところだ。でも今は俺のチート能力が人質とられている。
俺はどうすれば『冒険者』という職業を一般人に理解させることができるのか一生懸命考える。人に気を使って話すなんて一体いつぶりだろうか。
……思い出せないぜ!
「四条はさ、『冒険者』って初めて聞いたときどんな人を想像した?」
「えっと……、ジャングルの奥地とかを冒険したり、宝物を探し当てたりする人……ですかね」
「まあ普通、君の言うとおり『探検家』とか『トレジャーハンター』みたいなのをおもいつくかな? 間違っちゃいない。そういうのも『冒険者』の仕事の一つだ。でも、この世界の『冒険者』には前の世界にはない重要な役割があるのさ」
「重要な役割? それって何ですか?」
「モンスターの討伐さ」
さすがにモンスターの意味は分かるらしく、目を見開き、そして不安そうな表情を見せる。
「四条もあの自称神の爺さんに聞かされているかもしれないけど、この世界には普通の野獣とは違う、人間を積極的に襲う『魔物』と呼ばれるモンスターがたくさん生息している」
「……はい」
「この世界は俺たちが生きてきた世界よりもずっと過酷な環境で、だからこそこの世界の人たちは常に魔物に襲われる不安を抱えて生きている。ここまではわかるな?」
「はい」
「兵士や騎士もいるけど、そいつらはそいつらで国防や治安維持という大切な役割がある。大規模な魔物の群れが襲ってくるならともかく、辺境にある村が襲われたぐらいなら出てこない」
「そうなんですか……」
「そうなんだよ。しかし、だからこそ、冒険者という仕事がある」
「!」
ぶっちゃけこの世界のことなどほとんど知らないので適当なことを言っているだけなのだが、四条は言葉を疑うことなく素直に聞き入っている。まあどのネット小説でもそんな感じの世界観だったし、それほど外れてはいないと思う。
「冒険者が魔獣を日ごろから狩ることで、国の保護が行き届かないところに住む人たちの命を救っている。それに魔獣から作られた道具や強い武器がいろんな人の生活を支えてていて、冒険者は人々の生活の基盤を支える仕事でもあるんだ」
「す…すごいんですね! 冒険者って!」
俺の説明に感心したのか、まるでおとぎ話を読み聞かされた後の子供のように四条はきらきらと目を輝かせていた。そこには出会ったばかりの不安に満ちた様子はなく、未知にあこがれる年相応の女の子の笑顔があった。
うんうん、分かってくれてよかったよかった。何が一番よかったって、俺の説明が無駄にならなくて本当に良かった。
「じゃあ冒険者って、いろんな人から感謝されるお仕事なんですね!」
「いや、別に?」
「…………へ?」
冒険者というのは言葉の響きこそよいが、基本的にどの作品でも一獲千金を求めていたり、脛に傷を持つ奴らがなるろくでもない職業だ。日本風に言えば良くて『派遣労働者』、悪くて『やくざ』。さっきの説明も嘘ではないがあくまで結果論であり、崇高な使命を持って冒険者になるやつなどほとんどいない。正真正銘社会の底辺。それが俺の知る冒険者だ。
「そんな~」
夢を壊されたシジョウが見るからにがっかりする。
まあ可能性あふれる若い少女がいきなり、「君はやくざか派遣労働者ぐらいしかなれる仕事がないよ」なんて言われたらショックに決まっている。でも黙っていてもいずれ分かるんだし、どうしようもない。文句なら神様にいってくれ。ついでに俺の分も頼む。
「ま、一言で『冒険者』といってもいろいろあるからさ。とりあえず街に行ってからかんがえようよ」
「……そうですね。うん、いつまでも落ち込んでいても仕方がないですしね。街に向かいましょう!」
転生してから色々あったが、ようやく俺たちは初めの街へと歩き出した。
本日もう一話投稿する予定です。
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