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ヒロインとの出会い(強制イベント)

 目をつぶっていたらもう異世界にいた、という風情もへったくれもない異世界転生だったが、もう何も言う気は起きなかった。


 そりゃあ地面にぽっかりと穴が開いて落ちるとか、天から光が降り注いで昇っていくとか他にもやり方はいろいろあっただろうという気持ちもなくはなかったが、あの神様にいっても仕方がない。今頃かわいい女の子とやらと楽しくおしゃべりしていることだろう。


 もうさっきまでのことは悪い夢だと思って忘れることにする。


 昔のことより大切なのはいまである! 見ろ! 視界一杯に広がる青い大地。その向こうにそびえる巨大な城壁。

 そしてなによりさっきからちらほらと見える不思議生物たち!


 この世界はちょうど日が昇ったばかりらしく、まるでまぶしく俺を照らす朝日が俺の新しい門出を祝福しているようじゃないか!


 角の生えたウサギが草原をびょんぴょん飛び跳ね、スライムらしき粘性の生物が岩場の陰でうごめいていているのを見て、俺は本当に異世界に来たのだと実感し、そして、


「しゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 叫んだ。


「やったぜええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 近くに人が誰もいないことを確認し、思いのたけをあらん限りの声量でぶちまけた。


「チートもらって異世界に転生とかもう勝ち組だね! 完全に勝ち組になっちゃったね! あの野郎! 何が『ゲームなんかやって将来なんの役に立つの?』だ! ざまあみろ! 勉強も碌にせずにゲームばっかで遊んでた俺が、碌に遊びもせず勉強を頑張ってたお前よりも、棚ぼたでもらったこのチート能力でいい生活をおくってやんよ!」


 かつて自分を馬鹿にしていたやつらを思い出しながら俺は叫ぶ。

 すさまじい万能感が、体中を駆け巡っていた。

 もうどんなことでもできるんだと自分でもわかるくらい完全に調子に乗っていた。

  

「何が不遇転生だ! 何が人外転生だ! 何がスローライフだ復讐だ! ふざけんな!  俺はやらんぞ! チート能力は俺のためだけに使って活躍して出世して一等地に広くて豪華な家買って最高のぐうたら人生を歩んでやるぜ!」


 ネット小説ではやたら主人公がかわいそうな女奴隷を助けたり、拾った幼女を娘にして育てたり、盗賊に襲われた貴族を助けたりしてハーレムを築いたりするが、俺からしてみればそんなことを現実でやろうとするやつはどうかしている。


 俺としては、もしかしたら気が向けばやるかもしれないが、積極的にかかわろうとは思っていない。


 だって、面倒くさいだろ? そんなもん。


 俺は頑張るのが嫌いだ! 誰かのために働くのはもっと嫌いだ! それがしんどくて命にかかわることなら絶対に嫌だ! 断固拒否する!


 確かに前世ではそんな考えは通用しなかった。

 今頑張らなければ後でさらにつらい思いをするだけなので、俺はいやいやながらも最低限の勉強はしていたし、大学にも単位ぎりぎりだがきちんと通っていた。このままいけば社会に出て今以上に頑張って仕事をして、いろんな人間に気を使いながら生きていくんだろうなと考えていた。


 頑張るだけなら、まだ我慢できる。

 だが、その頑張りが報われないことがあるということと、自分の利益につながらないこともあるという当たり前のことが、どうしても納得できなかった。


 しかし、今はどうだ! ここは異世界。しかもチート能力付き! もう誰とも必要以上にかかわることなく、自分一人の力だけで最高の地位を簡単に得て悠々自適な生活を送ることができるだろう! 最高だ! 


 唯一不安なのは俺のチート能力が何なのか分からないということなのだが、きっと大丈夫だろう。俺のことだ、どうせ『なんかすごいパワーで粋がった奴等を無双して、周囲からちやほやされたい』とかそんな感じに違いない。検証すればすぐにわかるさ。

 

「もうクソみたいな人生を送るのかとばかり思ってたけど知らないうちに人生一発逆転だ――! うらやましいだろ! この野郎!」 


「あのー」


「ありがとう異世界転生! 俺、この世界で本当の幸せを手に入れてみせます! でもそれはそれとしてクソ爺、お前は死ね!」


「すみませーん!」


「………………………………………………ん?」


 何だろう? 朝日に向かって叫んでいたらふいに可愛らしい女の子の声が聞こえてくる。

 さっきまでは周りに確かにだれもいなかったはずだ。まさかなと思いながらギリギリと音を立てるように首だけを聞こえた方向に動かした。


 そこにいたのは一人の少女だった。黒髪に黒目で服装はブレザーにスカートと元の世界の一般の学生ものであることから、現地人というわけではなく、きっと俺と同じようにこの子もあの神様に『間違って』殺されてこの世界に転移されたのだろう。

 まあ俺も転生させられてここにいるわけだし、別の日本人が同じようにいきなり現れてもおかしくはない。問題は、全く別なところにある。


「………………君、いつからいた?」


 そう、俺のあの叫びをどこから聞いていたのかが重要なのだ。

 さっきだよな。今さっき転移させられたんだよな? 頼む、ついさっきです何も聞いていませんと言ってくれ! なんだったら嘘でもいいから!


「……『やったぜ』って大きな声で叫んでいた辺りからです」


「………………………………………………………………」 


 最初からじゃねえか!!


 俺の願いも空しく、ばつが悪そうにしながらも少女は無情にもそう言った。


 死にたい。すごい死にたい。さっきまでの万能感が嘘のように消えていくのが分かる。

 というか今すぐ殺してほしい。ついさっき死んだばかりだけど。

 ほら、今笑うところだぞ? 笑えよ!


「そっかー、そっからかー、ほぼ最初からだねー。もっと早く話しかけてくれればよかったのにー」


「はい、なんか……その……話しかけるタイミングを失ってしまいまして。本当にごめんなさい」


 いやな空気が俺たち二人の間に流れる。

 沈黙が痛い。誰もいないと思って欲望を赤裸々に叫び過ぎた。聞かれた俺はもちろん、聞いてしまった少女も非常に居心地が悪そうだ。


 これはあれだ。もういっそのこと会わなかったことにしたほうがいいと思う。この空気で二人ならんで街まで歩いていくとかどんな拷問だ。俺も嫌だし、少女はもっといやだろう。

 

「あの、あなたが天神正平《あまがみ しょうへい》さん……ですか?」


「……え?」


 沈黙に耐えられなかったのか、彼女が俺に話しかけてきたが、その内容は俺にさっき以上の衝撃を与えるものだった。

 確かに俺の名前は天神正平である。だが、なぜ初めて会ったはずの彼女がそのことを知っているのだろう? 名乗ってもいないのに俺の名前を知ってるだなんて気味が悪い。


 これまでの人生で全く役に立ったことのない警鐘が珍しく俺に危険を知らせた。面倒事の予感だ。早く彼女から離れなければならない。

 俺は自分の警鐘に従い彼女から距離をとろうと視線を反らさずゆっくりと後退を開始するが、警戒されていること気づいたらしい。少女は慌てて説明し始めた。


「違うんです! 名前はさっきまで一緒にいたお爺さんが教えてくれたんです!」


 ……「お爺さん」?

 その言葉を聞いてとりあえず俺は足を止める。

 お爺さん、と聞いて俺が始めに思い浮かべたのはあの自称神の胡散臭い爺さんの顔だった。確かに神様なら俺の名前を知っていてもおかしくはないが、なぜ目の前の少女に俺のことを教える理由か分からない。


「あの、なんかさっき気づいたら知らないところにいて、そこでいきなり現れたお爺さんに私が死んだとか異世界とかよく分からないこと言われて……。家に帰してってお願いしてもそれは無理だとしか……。そんな恐ろしい世界に一人じゃ無理ですって言ったら、じゃあちょうど天神って人も転移するからその人に頼ればいいって言われて……そこであなたの名前を知ったんです! 嘘じゃありません!」


 お世辞にも分かりやすいとは言えない説明だったが、まあ、なんとなく現状をはあくできた。やはり巨悪の根源はあの自称神様の爺だったらしい。

 俺を殺しただけでは飽き足らずお荷物まで押し付けるとか、どこまで俺に迷惑をかければ気が済むんだろう。というかそれって贔屓じゃないのか?


 ……贔屓なんだろうなあ。


 もう一度、少女の顔をじっくりと眺める。


 目の前の少女はモデルといっても違和感がないくらいかわいかった。髪は美しいストレートロング。着ている服も派手さはないがセンスはよく、少女の愛らしさを十二分に引き立たせている。というか、あの神様が言っていた俺の後に控えているかわいい子ってこの子のことか! 確かにかわいいな! 前世ではさぞや充実した毎日を送っていたことだろう。そりゃあ、そんなリア充な女の子がネット小説なんかに詳しいはずもないし、神様も贔屓したがるのは分かる。


 でもだからって同じ転生者である俺に押し付けるか、普通? 自分で面倒見ろよ!

 

 断固拒否する。さっきも言ったが俺は面倒くさいことは嫌いで、誰かのために頑張ることはもっと嫌いなんだ! この子だって一応チート能力をもらっているんだから異世界知識がなくても何とかやっていけるはずだ。もともと俺と彼女に日本人という以外共通点もないし、話も合わなそうである。町に着いたらそこで解散して、お互い勝手に生きていこうじゃないか。素晴らしい案だ! そうしよう!


 しかし、俺の浅はかな考えなど神様にはお見通しだったらしい。


「あ、あと、お爺さんから天神さんに伝言があるんですけど……」


「……なにかな?」


 俺が提案しようとする前に、恐る恐るといった風に少女が話しかけてくる。


 うん、嫌な予感しかしないぞ。絶対に聞きたくない。

 でもこれって聞かないと聞いた時よりも悲惨なことになる感じのやつだよね。…………どこにも逃げ場がねえ。神様本当死ねばいいのに。


「『この子が一人前になるまで面倒を見てあげなさい。さもないとお主のチート能力を取り上げるぞ』……とのことです。……なんか……本当にすみません」


 今この瞬間、もしもチート能力を選べるのならば、俺は神の顔面を殴る能力が欲しいと強く思った。


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