風森神社
猫神神社のある臥龍山の反対側の麓に風森神社がある。
風守灯がその神社の宮司を務めている。
臥龍山はこの地域の聖山として崇められていて、古代より多くの宗教施設があり、古墳や縄文遺跡なども残っている。
そういう古代から続くパワースポットに神社や寺院などが建てられるとも言えるし、臥龍山の頂上には巨石信仰の磐座が存在し、風森神社の奥宮もそこに存在していた。
巨石信仰が神社に発展し、それが仏教の伝来によって寺社と混合していくのが日本の宗教史の大きな流れでもあった。
「カオルお姉ちゃん、あれが噂の悪童丸? なんか元気ないけど大丈夫?」
結菜の視線の先には座敷わらしのような黒髪の童子が明らかに落ち込んでうなだれていた。
カオルの式神である悪童丸らしいのだが、可愛らしい子猫と子犬に擦り寄られて慰められていた。
犬神と猫鬼だろう。
「そっとしておくしかないわ。私も自分の不甲斐なさにちょっと自信喪失してるのよ」
「お姉ちゃんらしくないわね」
師匠でもある祖母の風守灯にハネケのことを相談しようと思って、結菜は風森神社を訪れたのだが、先客として姉の風守カオルにばったり会うことになった。
そこは風森神社の本堂で上座に火が焚かれている護摩壇があり、風守灯が正座して呪言を唱えている後姿が見える。
カオルはその手前でいつもの黒いジャージ姿というラフな服装で胡坐をかいている。
手元には強力な霊刀<闇凪の剣>が置かれていた。
結菜の二歳上で今年、十五歳になる。
「京都で牛頭天王に会っちゃって手も足も出なかったのよ」
牛頭天王といえば、確かインドの祇園精舎の守護神で、日本ではスサノオノミコトと同一視され、京都八坂神社に祀られている神である。元は道教の神である武塔神であったとも伝えられていて、道術士とも縁は深い。
「そんなもんに勝てる訳ないじゃん! こっちは猫又でも超苦戦だというのに」
「猫又? おお! 結菜も成長したじゃない。ハネケは使い魔になってくれそうなの?」
カオルも先程、灯からハネケのことは聞いていた。
「うん、たぶんね。ただ、私の支援道術が貧弱なので相談に来たのよ」
「なるほど。支援道術ねえ。基本は内丹と呼吸法ね。自然の気を吸い込んで丹を練って、それをハネケに与えるもよし、術に使ったり、攻撃に乗せて威力を高めることもできるわ」
「結局、基本修行しかないのね」
結菜も薄々分かっていたが少しがっかりした。
道は険しそうであった。
「ハネケの本体は小さな猫でしかない。変化や術を使えば負担がかかるわ。気を分け与える術と護符、呪符による攻撃、防御の支援術を強化するしかないわね」
「お姉ちゃん、ありがとう。そうするわ」
結菜はすっかり納得して立ち上がって、本堂から出ていった。
「おばあちゃん、あれで良かったのかな?」
カオルは灯の後姿に話しかけた。
「いいんじゃないの」
一言いうと、また呪言を唱えはじめた。
結局、道術士は自分で考えて自分なりに術を極めていくしかない。
カオルと結菜ではその方向性は異なるし、そこに道術士としての個性が出て独特の術が出来上がる。
それは自分で見つけるしかないとカオルにはよく分かっていた。
結菜がそれを見つけられることを祈るしかない。