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届かせたい  作者: 高橋 紫苑
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1話

人間という生き物は面倒くさい。

 生まれつきのものなのか、周りの環境によるものなのかは知らないが、人には性分がある。それは逆らい難いものだ。

 それぐらい逆らえるって? あなたが逆らったことがあるかどうか知らないけど、性分に逆らうというのは存外難しいものだよ。

 自らの性分に無自覚ならば、当然だ。しかし、自覚していたとしても、逆らえるものではない。

 だから、人間というのは面倒くさい。


「最近、上山くんとご飯に行くことが多い気がする」

「それは木下さんがバイトしていないからだよ」

「無職で悪かったですね」

「悪いなんてとんでもない。むしろ木下さんが暇人で……いや、時間に余裕がある人で助かってるよ」

「全くフォローできてないからね?」

 彼女は不満げな表情のまま、美味しそうな鶏の唐揚げを口の中に入れる。その瞬間、美味しい~、と呟きながら幸せそうな表情になった。

 コロコロとよく表情が変わる彼女の顔は、きっととても働き者だ。僕は彼女の表情筋みたいに働きたくないな。ブラック企業ダメ、ゼッタイ。

 僕の表情筋みたいに、働かないのがやはり一番だ。お金がないから結局働く羽目になるのですがね。

「なんだか木下さんが羨ましくなってきた。どうして大学生なのに、バイトしないで生きていける……」

「親からの仕送りで十分だからね」

「僕はそれだけじゃ足りないのに。木下さんより趣味にお金使ってないのに。この世は理不尽すぎないか?」

「今更気づいたの?」

 勝ち誇った笑みで彼女はこちらを見てくる。

 いつか見返してやると密かに決意した瞬間だった。


 彼女と出会ったきっかけ……そんなものはもう覚えていない。一緒にしゃべる機会があり、その時にお互い気が合ったから友達付き合いをしているだけだ。

 男と女で友達付き合い? それってどうせ恋愛に発展するのでは?

 と思った方、正直に手を挙げなさい。その意見、別に間違ってはいません。今まで生きてきて、そのパターンでカップルになった人たちを見てるからね。

 ただし、ある条件が付いたらどうだ?

 例えば、こんな条件……お互いに恋愛対象にはならないと確認し合った、としたら?

 十分あり得るのではないだろうか。

 それが、僕と彼女の関係だ。


「君はまだ彼女作らないの? 大学生活も残り二年だよ?」

「好きな人がまずいない。そして、好きな人がいるとして、できるとは思えない」

「どうして?」

「性格がひねくれていて、無愛想な男と付き合いたい女子がどこにいると?」

「確かにそうなんだけどさー」

「自分で言っといて何だけどさ、あなたに肯定されると無性に否定したくなる」

「ほら、ひねくれてる」

 そんなこと自覚しているが、納得はしたくない。

「俺自身の話はもういい。それよりも俺が言いたいのは、大学生の時に無理に恋人を作る必要なんかないということだ」

「それは私も同意。ただ、他人の恋愛話って楽しいよね!」

「そりゃあそうだ、他人事だからな」

「上山くんも楽しんでるでしょ? 私の元カレの話」

「あれは楽しむというよりも、元カレの心情が気になっているだけ」

「そんなに気になる? 別れた後も友達として、一緒にご飯食べに行ったり、車でどこかに出かけたり、家に泊めたりしているだけじゃん」

 最後がおかしい。俺の感覚が正しければ、確実に最後のは友人という関係の範疇からはみ出ている行動ではないだろうか。

 そんなことをしている元カレの心情が気になるのは当然ではないか。どんな気持ちで元カノの家で寝ているのか……想像もつかない。

 ただ、彼女からすれば、「元カレ→友達」の人ならば家に泊めるのは普通なのだ。だから何も言わない。無駄なことはしたくない。

「全然納得してなさそう。元カレに新しい彼女ができたらさすがにやめるよ? 今はどっちにも新しい恋人がいないからお互いに利用しているだけ」

 利用、というのは一見冷たい言葉に思えるかもしれないが、俺はすんなり受け入れている。

 お互いに利用して支え合う。それは人間の正しい在り方だ。

 彼女もきっと同意するだろう。明るい雰囲気を纏っている彼女だが、俺に負けないぐらい彼女もひねくれている。

 彼女のそんなところを気に入っているから友達付き合いをしているわけだが。

 それはそれとして、新しい恋人ができる前からやめた方が良いのでは、と呆れているのは俺だけですか?

「木下さんの元カレの話は置いとくとして、木下さんは新しい好きな人とかはいないのか?」

「今のところはいないねー。大学の間はもう好きな人とかできないかな」

「そうか? あなたならそのうち好きな人できて、いつの間にか恋人作ってそうだけどな」

「……上山くんは私のこと普段どういう風に見てるわけ?」

「変人」

「君よりは変人じゃない自信がある」

「心外だ。僕はひねくれているが、変人ではない。」

「どっちも同じようなものでしょ」

 衝撃の事実だ……それでは、結局どちらも変人じゃないか。


 暗い暗い夜道。心地よく、冷たい風が吹く。そんな夜道を歩いていると、次第に頭が冴えていく。冴えたからといって特に何かあるわけではない。

 ただ、余計なことを考えてしまうだけだ。「あのグループの人間関係は面白いなー」、「あの人は僕のこういうところが嫌いなのだろう」等々を考察し、ついつい楽しんでしまう。他人の恋愛話よりも楽しめるかもしれない。

 いや、そんなことはないかもしれない。周りの話を聞く限り、大学生の恋愛話は存外面白い話が多いかもしれない。

 自分の恋愛は……正直気にしたくない。

 恋愛経験がないわけではない。一度だけだが、彼女がいたこともある。しかし、だからこそわかったことがある。

 恋愛においては、僕は人に期待してしまうのだ。期待して、期待して、勘違いをしてしまう。勘違いだとわかっていても、万が一ということもある、などと自分に言い訳をして、期待してしまう。

 だから相手のためにも僕は自分自身の恋愛については気にしないようにしている。

 とりあえず恋愛のことから離れよう。最近読んだ小説たちについて考えよう。

 ちょうど大通りへと出た。そこは光に溢れかえっていた。


「あれのことね! 確かに良いよねー!」

 僕の目の前には会話が盛り上がっている女子が二人。

「何だか別々のグループみたいだな」

 僕の横にはテンションが低い男子が二人。

 同じ飲食店の同じ席に座っているはずなんですけどね。

 ちなみにサークルも同じです。

「じゃあ同じテンションで僕らもしゃべるか」

「「無理」」

 こいつら諦めるのが早いな。

 ちなみに俺も同じことを提案されたら即刻拒否します。

 こんな状況になったのは、男子三人全員が自分からしゃべるタイプではないのがいけない。

 誰だ、このメンバーで飯行くことを決定したのは……僕でした。

 察している方もいるかもしれないが、女子二人のうち一人は木下さんだ。

 彼女を見ていると面白い。当たり前といえば当たり前なのだが、人によって被る仮面を変えるのを実際に見るのは面白い。

 僕が観察していることを彼女は気づいている。後々、毎回彼女からお叱りを受ける。

 反省しています。やめる気はないですが。

 変態だと言われたらそれまでなのだが、彼女ほど上手に仮面を被っている人は珍しいため、ついつい見てしまう。

「新しい人とかは見つけないのー?」

「う~ん、確かに大学生の間にもう一人ぐらいは好きな人ができるかもしれないけどねー」

 嘘つけ。この前は、できないかな、とか言っていたくせに。

 何を感じ取ったのか、彼女はほんの一瞬僕の方を睨み付けた。

 心配しなくても別に何も言うつもりはないですよ? 暴露してやろうなんて企んでいませんよ? 企む前に睨み付けられたので。


「また観察していたでしょ」

 恒例のお説教の時間が来ました。

「面白いものを見てはいけないという法律はないから無罪です」

 ドリンクバーのホットココアを飲みながら僕は反論する。

 それにしてもホットココアってどうしてこんなに美味しいのだろうか。

「残念でした。木下観察禁止法に触れているため、上山くんは有罪です」

 この人勝手に変な法律作り始めたよ。誰か止めてください。

 そうだ、いいこと思いついた。

「じゃあ贖罪としてホットココアを飲むから許して」

 贖罪もできてホットココアも飲める。これぞ一石二鳥!

「それ、全く贖罪になっていないから」

 さすがに許してくれなかった。

 結局、釈放してもらう代わりに、僕の財布の中にあった野口さんが彼女の夕飯代として消えた。


「ホットココアを最初に作った人は天才だ」

 自動販売機のホットココアを飲みながら夜道を歩く男が一人。

 風が冷たい。寒くなってきた。道端の枯れ葉の数も日々増えている。

 木下さんも寒そうにしていた。私の手冷たいから触ってみて、と言われて触れた手は確かにとても冷たかった。彼女は寒がりなのだろうか。それとも、彼女の心が温かいからなのだろうか。

 我ながらくだらない。手の温度で心の温度がわかるなら何も苦労しない。彼女の心が温かいのか、冷たいのかなんてわかるものか。いくら観察したところでわからないものはわからない。

 わかるのは自分の心が冷たいことだけだ。だから、俺の手は温かいのだろうか。彼女はありがたそうに触って温まっていたが。

「君は僕の手以上に温かいね」

 手を温めてくれているホットココアは黙っている。

 それでも、心地よい温かさが満ちていくことを感じた。


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