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 父が死に、債権者が押し寄せ、よってたかって乾いた雑巾を絞るようにして残ったものを根こそぎ分け合った後、アーシュラには行くところさえなかった。

 母の親族はとうに亡く、父の自称親族は無一文の娘を引き取る気にはならなかったらしい。父親の血をひいてアーシュラも魔術についてはなかなかの才能を見せていたが、その学問もまだ学び途中である。

 さすがに第三位の爵位をもつ家の娘があまり身を持ち崩すのも問題があると思ったらしい国王が、遠縁を介してアーシュラに国教の修道院入りを勧めてきた。


 アーシュラとしては一応うやうやしく話は聞いたものの、正直勘弁してくれ、と思わず口に出してしまいそうになった。それなりに宗教の教えは大事だと思うし、宗教関連の楽しい行事にはアーシュラだって参加することはやぶさかでない。しかし信じているかいないかと聞かれたらあくび交じりに言う「それ以前にどうでも良いです」という答えしか出てこない。


 第一そんなところに放り込まれたら、アーシュラの夢は絶対にかなわない。


 父親に対してはもちろん思うところはある。しかし彼の研究者としての能力は非常に高く評価されているし、アーシュラ自身も魔術には興味を持っている。魔術が独学でも習得できたのはずいぶん前までの話で、極めて高度になってしまった今では、それを専門とするのであれば今後大学に進んで学ぶことが必須だ。修道院では魔術は教えてくれない。

 しかし他に手段がなく餓死するよりは修道院に行くべきであろう、退屈そうだけど……とアーシュラがある程度覚悟を決めかけた時、カイル・オルセンを通してアーシュラは不思議な人物の話を聞いた。


 それほど上位ではないが王位継承権すらもつ大貴族、サイファ・バージェス侯爵。彼がいよいよ結婚を考えているという話である。


 普通ならば彼より数段爵位が劣る上、見事に落ちぶれてしまった伯爵であるアーシュラの出る幕ではない。侯爵の結婚など、それこそ国家の思惑が動くくらいの話である。しかし彼は奇妙なあだ名を持っていた。

 引き篭もりの侯爵。

 そしてさらに不思議なことに、そのバージェス侯爵からアーシュラ宛に用件が不明の招待状が来たのだった。

『亡き友人のご息女アーシュラ・ウィルクスランド伯爵をお招きしたい』と。

「バージェス侯爵には、わたし、お目にかかったことがありません」

 そして今日、屋敷を追い出されると同時に、アーシュラはカイルの案内で馬車に乗り、バージェス邸に向かうことになった。


「だろうね。僕もだ。というか、彼は屋敷の外から出たことは無いらしいよ?僕も、アーシュラ・ウィルクスランド伯爵を連れてきて欲しいと頼まれただけで内容までは聞いていないんだ」

「屋敷の外に出ないって、どういうことでしょう?」

「言葉の通り。どんな舞踏会や式典にも顔を出さない。それどころか領地内に顔を出したこともない。どうしてもと言う時には代理で済ますらしい。ただ、王家と議会はそれを容認しているようだけど。でも、彼は屋敷から出ないだけで、屋敷には人を招くこともあるらしいよ」

「不思議な方ね。なにか人をひきつける才能でも持っていらっしゃるのかしら」

「さあ。なんにしても謎の多い侯爵だ」


「どうしてカイルのところに話がきたのかしら」

 彼は横に座っているアーシュラの顔をまじまじと見る。そして言葉につまって話を別のものに変えようとしたが続きを待っているアーシュラの目に気がつき、仕方なく続けた。

「そのときには僕しかいなかったからだと思う」

 それは父が弟子達から見捨てられていたということを示す。カイルも言い出しにくい一言だ。しかし。


「それもそうね。沈む船にはねずみも残らないって本当ね。ねずみだって持っている危険察知の感覚をお父様は持ち合わせていなかったのね。カイルも今度同じような目にあった時には、一目散に逃げたほうがいいわ」

 アーシュラは気まずさすら感じずに事実を事実として取った。父親とカイルをさりげなくねずみ以下としているがわりと悪意は無い。


「ねえ、アーシュラ」

 カイルは今度こそ本当に気まずい話をする口調できりだした。

「ウィルクスランド博士は、多くの資産を資金にかえて何かにつぎ込んでいた。それは君も知っているよね」

「そうですね、現にわたし今無一文ですもの。調べたんですけど本当にないんです。わたし、ポケットのひとつひとつをひっくり返してみたんですけど、安コイン一つないの」

 アーシュラの能天気な物言いはカイルの不安事項らしい。もちろんアーシュラの態度には不安にならない人間もいないだろう。カイルは説教を先にするべきか一瞬ためらって、話を続けることにしたようだ。ため息を一つついてから口を開く。


「僕はそれは、なんらかの魔術研究なんじゃないか思うんだ。それもものすごく高度で皆に理解されにくい種類の。でもおそらくものすごく価値がある物」

 カイルは徐々に真剣さを増してきた声の熱さで言った。

「でも、それはアーシュラの手元にないよね。ウィルクスランド博士はどうして君になにも残さなかったのか僕は不思議でならないんだ。そしてバージェス侯爵の突然の申し出も。……僕はとても穿った見方をしていると思う。君を不安にさせたくはなかった。でもバージェス侯爵は何かを狙っているのかもしれないと思うと、とても不安だ」

「なにか……」

「どうか気をつけて欲しい。何かあったら必ず僕に相談して欲しいんだ」

「ありがとうカイル」

 アーシュラは微笑んだ。


「わたしにしてみれば、あなたみたいな忠実な弟子にどうしてお父様がなにも残さなかったのか、そっちのほうが不思議だわ」

「僕はあまり優秀じゃなかったからかなあ」

 カイルはとぼけて肩をすくめた。

「本当は、僕が君の力になりたかったんだ」


 カイル・オルセンは平民の生まれで、アーシュラの母と同じように家計はあまり楽ではなかったらしい。しかし努力してここまで上ってきたのだ。その才能と努力に関しては本当にすばらしいとアーシュラはいつも感動していた。しかしカイルもまだ修行中の身、それほど裕福なわけではない。

「アーシュラ」

 何か言いたそうに、カイルは口を開いたが、そのまま閉ざした。ただ、申し訳なさそうに付け足す。

「バージェス侯爵がただの善意の人であれば、僕も本当に嬉しいよ」


 そして馬車はバージェス侯爵邸についた。

 馬車から降りたアーシュラの目に映ったバージェス侯爵邸は、裕福な家庭に育ったアーシュラでさえ舌を巻く代物だった。

 侯爵邸は門からは屋敷の姿が見えないほど広大な敷地であり、それを囲む塀は曲がる場所がわからないくらいだった。立派な門から敷地内に入った馬車が玄関にたどり着くまではかなりの時間を必要とした。ようやくたどり着き、馬車から降りたアーシュラはまたしても全景が見えないその屋敷を見上げることになった。


「立派ね」

「立派なものだね」


 持ち合わせた魔術の才を想像できないくらい、センスに欠ける月並みな感想を述べた二人が玄関に進もうとしたときだった。突然内側から玄関の扉は開かれた。とっさに避けたアーシュラの前に玄関の中から飛び出してきたのは、全部で二十人はいるかと思われる老若男女だった。

 皆この屋敷で働いている者達であるようだ。女達は女中のようで、揃いの紺色の地味なワンピースに白いエプロンを身につけていた。また男性も馬丁や料理人、庭師など、それぞれの役割を思い起こさせた。

 あの、と声をかけようとしたアーシュラの言葉は遮られた。


「もう限界だ、こんな屋敷に勤められるか」

 そのなかの一人が恐れをこめて言ったのだ。

 そうか、やはりこの屋敷の使用人なのかとわかった瞬間には辞める宣言であり、アーシュラは自分がこの屋敷の客人であると名乗るべきか迷う。彼らは彼らで盛り上がり最高潮なのか、アーシュラとカイルには注意を払わなかった。


「やっぱりこれは先代様の呪いだわ」

「そうね。おお怖い、こんなところに勤めていたら、こっちにまでとばっちりが来てしまいそうだわ。はやく辞めるしかないわ」

「私、この間幽霊をみたのよ、本当よ!人影が三つ、中庭をさまよっていたの!」

「この間いなくなった女中頭のリリーだってまだ見つかっていないんだろう?」

「ここに勤めて長い人だった。黙っていなくなるような人じゃないんだよ。きっと呪いに食われてしまったんだ」

 剣呑な言葉を次々と口にしながら、彼らはあっという間に屋敷の門へと向かってしまっていってしまった。


「……なんだか賑やかなお迎えね。無視はされたけど」

「アーシュラ、冗談をいっている場合じゃ……」

 彼らの背中を見送っていた二人は、玄関の中にいる人影に気がつくのが一瞬遅れた。

「どなた様ですか」

 屋敷内の静寂は、玄関を越えて外にいる二人にも届くようだった。広い屋敷の中に、ほとんど人の気配がない。その静寂をまとって彼は立っていた。屋敷の暗がりとその静寂は彼の詳細な姿を隠してしまっている。


「アーシュラ・ウィルクスランドです」

「……ああ、お待ちしておりました」

 あまり歓迎しているとは言えない声音だったが、お入りくださいと彼は続けた。アーシュラがひんやりとした空気の屋敷に足を踏み入れる。その後にカイルも続こうとしたが、あっというまに扉まで近づいてきた彼の手によってそれは遮られた。

「オルセン様はどうぞお帰りください。ウィルクスランド伯爵をお連れ頂き大変助かりましたありがとうございますそれでは」

「アーシュラ!」

 カイルの怒鳴り声は唐突に閉められた扉によって一瞬で遮られた。ふいにバージェス邸の静けさが重みとなってアーシュラの上に降り積もってくる。


「御見苦しいところを」

 カイルを追い払った彼は、儀礼的ではあったがアーシュラに向かって深く頭をさげた。

「あなたは?」

「バージェス侯爵の秘書です。ジュードとおよび下さい」

 ジュードは顔立ちこそまだ若く二十代半ばに見えた。しかしその雰囲気は非常に落ちついている。老成している、といっても良いくらいだ。その印象がどこからくるのか考えていたアーシュラは彼の頭髪の多くが白髪であることに気がついた、もとは茶系の髪なのだろうが、ずいぶんな若白髪である。ただ、暗がりの中でうっすらわかるその瞳は淡い菫色で美しい。せんの細さはあるものの端正な顔立ちをしている。


「少々お待ちください」

 ジュードは屋敷の奥に向かって歩いていった。彼の背を見送ってアーシュラはしんと静まり返った屋敷のエントランスでただ一人立ち尽くした。入ってきた入り口に背を向け、屋敷の中を見渡してアーシュラは息を飲んだ。

 玄関扉と向かい合う壁は、大きなガラスが張られた窓だった。そこを中心として右と左にV字を描くように階段が二階に向かっている。天井から下がった大きなシャンデリアはガラス越しの太陽光を虹色に変えて壁に色とりどりの光の粒を散らしていた。ガラス窓の向こうは中庭のようである。

 しかしそれほどの光を取り込みながら、屋敷の空気は重く冷たい。それは人の気配のなさももちろんあるのだろうが、もう一つの存在も大きい。


「なんてすばらしい」

 アーシュラは呟いた。

 ガラス窓の上部に下げられた真紅のビロードのカーテン。それを背に、天井から吊り下げられているものの存在にアーシュラは息を飲んだ。

 それは『天使』の骨格だった。

「こんな完璧な禍石が存在しているなんて」


 禍石。

 魔術においてそれは貴重な力の供給源だ。これ無くして人は魔術を行使できない。

 数億年前まで、この大地にいたのは人ではなく今となっては想像もつかないような生き物ばかりだったという。繊細なフェアリー、高貴な知性を持つ天使やエルフ、醜いながらも力強いオーガ、群れるペガサス、四大精霊、そして多様なドラゴン……まだ人の知らぬ生き物は数多い。

 それらの生き物はある時を境に急激に衰退した。その原因はいまだつかめていない。しかし多くの生き物が姿を消した後、その名残は地中に留まることになった。


 かつて繁栄した生き物の体は、地中の魔力と反応して禍石に変容した。それは骨の姿を残していることが多いが、必ずしも白とは限らない。土のように鈍い茶色の場合もあれば水晶のような透明なもの、鮮やかな虹色をしたものまで、元の生き物と地中の魔力の種類や濃度によって色合いは大きく異なる。

 また含む魔力は生前の生き物が持っていた魔力と現在の禍石の大きさに比例する。種族の持つ魔力が高く大きな禍石であるほど引き出せる魔力が大きいということだ。

 今アーシュラの目の前にあるものは二つの条件を満たした極めて珍しい禍石だった。


『天使』

 全体としては人の二倍ほどの大きさである。真珠のような光沢のある白の禍石は、ほとんど全ての破片を損なう事無く見事に継ぎ合わされていた。翼部分の薄く光が透けるような末端の骨まで残っている。

 これほどの禍石となれば含む魔力は途方も知れないものであり、また骨董的価値美術品的価値としても計り知れない。小さな村の村人全員を十年養えるほどの額で取引されてもおかしくない。

 大きく翼を広げ、天から舞い降りるような姿をとらされ、それは天井近くからアーシュラを見下ろしていた。骨格だけではもちろんかつてのその麗しい姿は想像しきれないが、威圧的とも言える迫力は残っていた。


 アーシュラはそれに少し心細さを覚えて、胸のペンダントを握った。

 目の前の天使の禍石には大きさは遠く及ばないが、それも禍石である。アーシュラの母が残してくれたものだ。それに触れると少し気持ちが落ち着いた。目の前の巨大な禍石をじっくりと観察する気分になる。


「立派過ぎて使い道に困るわ、こまごま使ったってケチくさいばかりですものね。そうねえ、パーッと……この都を滅ぼすくらいの呪文なら使いきれるかしら」


 物騒な皮算用をアーシュラが呟いた時だった。さきほどジュードが消えた方向から足音がこちらに向かってやってきた。

 天使の禍石から目をそらし、アーシュラはそちらの方向を見た。侯爵を迎えに行ったはずがジュードは一人で戻ってきたのだった。

「申し訳ございません」

 彼の表情には先ほどより人間味があった。具体的には苛立ちが浮かんでいた。

「主人はお会いできる状況に無く……客間にてしばらくお待ちいただくことに」

「もしかしてお体の調子が悪いんですか」

「いいえ。体はすこぶる元気なのですが……」


「ジュード!」

 呼びつけることに慣れた声がしたあと暗い屋敷の奥から足音が聞こえてきた。だらだらと歩くようなあまり軽快さを感じない音だった。

「なんで俺を呼ばない、御主人様だぞ」

 ジュードはもはや耐えられないとばかりに片手で顔を覆って深くため息をついた。それからすっと顔を上げて怒鳴る。

「そんな寝巻き姿の人間、表に出せるわけがないでしょう!サイファ様」

 サイファ様、とジュードは呼んだ。とすると。

 アーシュラはステンドグラス越しの光の中に辿りついたその男性を思わず凝視して考えてしまう。


「待たせたようだな」

 重厚な床木とその上の鮮やかな緋の絨毯を踏みつけることに慣れた歩みでやってきた人物はアーシュラの目の前で足を止めた。そのゆったりとした動作は無意識のうちに全てを統べる者の特徴であり、ここが……ここの全てが彼のものであるとわかる。目の前の人物こそが。


「俺がサイファ・バージェスだ」

 アーシュラは目を見開いた。想像よりもはるかに彼が若かったからだ。父と友人、という話から、サイファ・バージェスについては五十代以上の年齢だと思っていた。

 しかし今いる彼はどうみても二十歳そこそこの青年である。アーシュラよりも頭一つ分高い長身は剣術でも極めているのかバランスよく引き締まっている。顔立ちは理知的に整い、精悍さを漂わせる。鋭い目は猛禽を思わせた。しかもその面差しには年不相応の落ち着き、そしてなによりも異国の特徴が溢れていた。


 サイファは艶やかな黒髪と浅黒い肌を持っていた。これほどに色素の濃いものは、この国の特徴としていない。何よりその何もかもが暗い色彩の中で、金色の双眸だけが豊かな知性を伴って輝いていた。

 それは百年前の大きな戦争で故郷を失った「月瞳族」の特徴である。社会的な地位は……正直あまり高くない。流浪の民として迫害までは行かないが煙たがられている立場であることは確かだ。

 まさか大貴族の家で、そんな血脈を持ったものがいるなど思ってもいなかったアーシュラは一瞬顔をこわばらせてしまった。だが、それ以上に驚いたのは。


 非常識にも彼は寝巻き。


 侯爵で、端正な顔立ちで、悲運の月瞳族で、いい年しているのに、伯爵の訪問に際し、なぜか寝巻き。しかも眠そうな目を彼は擦った。月瞳族のその容貌より、気さくとかそういう段階を突き抜けたその身なりにアーシュラは唖然とする。シワだらけの寝巻きの胸のボタンはご丁寧に三つも開いている。

 しかも彼はアーシュラを見るなりいきなり噴き出した。


「世紀の美女、ステラ・ウィルクスランドの娘と聞いていたけど、大したことないな。それよりも父親にそっくりだ。びっくりするくらいよく似ている」

 あははと笑う無礼にいたってはアーシュラもぽかんとしてしまった。最初に行動に出たのはジュードだった。

「バカ侯爵!」

 いきなり怒鳴りつける。

「伯爵にその態度がありますか。あと寝巻き姿で出てこないでください。破廉恥な」

「いや、だって今起きたから」

「せっかく夕刻過ぎの到着にしてもらったんだからもう少し早く起きて着替えぐらいしてください。しかも一度起こしましたよね、優雅に二度寝とは本当に良い御身分ですね」


 ジュードもジュードで先ほどまでの物静かな様子が吹き飛んでいる。冷徹な表情は相変わらずだが、彼の態度も到底主人に対するものとは思えない。何から何までびっくりしてしまう状況に、アーシュラは呆然とするだけだ。

 サイファはアーシュラをじろじろと眺めた。途中でくしゃくしゃの頭を掻く。その左の中指には寝巻きに似つかわしくない大きな白い石がはめ込まれていた。


「あの……」

「ああ、そうだ。学校の成績は見せてもらった。悪くない。まあ悪くないだけで才能は父親とは程遠いのが残念だが、及第点だろう。新学期が始まったら学校に行け。金は出す」

「は?」

「聞こえなかったのか?魔術学校に行け」

信じられないような幸運にアーシュラは一瞬反応が遅れた。しかしそのアーシュラにサイファは気を悪くした様子もない。

 サイファに対してお礼を述べることはもちろんアーシュラが成さねばならないことだが、その気も失せるような無礼な態度である。だがアーシュラはサイファの言動に怒りなど微塵も感じていない。ただ、目をカッと見開いた。


「……お金だしてくださるんですか?!」

「ああ」

「二言はないですね?約束ですよ?!」

 アーシュラの反応は以外だったようでサイファはぽかんとしてから頷いた。

「もちろんだ」

「いいんですね?もし約束を破ったら、全力で嫌がらせしますからね!?そうですね、手始めにバージェス侯爵様がジュードに恋をする呪文をかけますからね?」

 サイファはジュードを嫌そうに見た。

「もちろん約束は守るつもりだったが、今の言葉で全力で約束を守ることを誓う気になった。なかなか気のきいた脅迫をするお嬢さんだ」

静かに首を横に振ったあと、サイファは話を続けた。驚愕の言葉を。


「ああ、呼んだのは、とりあえず顔を見たかったからだ。ジュードと美人かどうかで賭けをしていた。下手に美人だったらただの予想通りだったが、父親似であるがいい。親子というのは似るのだなあ。ちなみに俺は父親似に賭けていた。おいジュード、あとで掛け金寄越せよ?」

「よろしいですかサイファ様。それはあなたが勝手に言っていただけです。それに美醜の感覚というのは人それぞれです。私はウィルクスランド伯爵はそれなりに美しいと思いますよ。地味ですが」

「いやあ、でも『世紀の美女』じゃないだろ」

 そしてまた楽しそうに笑った。


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