その3・俺だけが知っている彼女の秘密
明くる日、今度は教室で事件が起こった。
「レイモンドから貰った髪留めが無いわ。」
シェリー嬢の呟きに色見本どもが一斉にそちらを見る。怖い怖い、王国騎士団より統率された動きで首を回すな。
「ここに置いておいたのか?」
レイモンド・グリーンウッド……緑の宰相子息がシェリー嬢の机に手を置く。
こいつ女に髪留めなんて贈ってたのか。入学試験の時は女性には興味ないですみたいに女生徒の誘いを断ってたのに。
「えぇ、実技の授業で邪魔になるから、授業の間ここに………」
「───誰か見ていないか?」
緑が教室を見回すと目が合った生徒が数人首を横に振った。
「実技の前、教室を最後に出たのは誰だ?」
あ~いやだいやだ、始まったよ犯人探し。
普通に失くしたんじゃねーの? というか大事なものなら机に丸出しにしちゃダメだわシェリー嬢。
俺たちモブはこんな感じでお互い目を見合わせているが、色見本の皆さんは真剣な雰囲気である。
「僕ですが、見てないので分かりません。すみません。」
渋々名乗りを上げたクラスメートその21(仮)が気まずそうに目を伏せる。
「いいのよレイモンド、みんなを疑うなんて良くないわ。私が不注意で失くしたのよ。ごめんなさい、せっかく貴方がくれたのに…」
シェリー嬢が手を添えると緑は慈しむような目で彼女を見て、それからキッとある人物に視線を向けた。
こんな時に真っ先に疑われそうなのに居ないと思ったら、今戻って来たのかアナスタシア嬢。
「昨日の腹いせに君が隠したのではあるまいな?」
「……なんのお話か分かりませんわ。」
「しらを切るな。シェリーの髪留めが失くなったんだ、心当たりがあるなら今出せば不問にする。」
いや、今来たんだから話が分からないのは当然だろ。キツい顔立ちにそのセリフを合わせてしまったアナスタシア嬢ももっと自分を研究してくれ。アナスタシア嬢に非は無いんだが俺はなんだか胃が痛い。
そして緑はなぜそんなに自信満々に決めつけられるんだよ。
「わたくしは何も存じませんわ、そもそも腹いせなんて────」
また彼女が眉間に皺を寄せる。
強まった眼力に忌々しげに目線を逸らしたレイモンドは行こう、とシェリー嬢に手を添えて去って行った。
「やっぱり彼女の仕業なのかね。」
「いや、そんなことしないと思うよ。」
「えっ?」
俺が何の気なしに返した言葉にベンが驚いたような声を上げた。
今まで俺も彼女のことは悪役令嬢だな、と思っていたけれど、あの茂みでの姿を見てからどうもそうは思えない。
思い込みで見るのをやめてみれば今のことも彼女だけでなく誰にでも盗むことは可能なのだ。あの眉間に皺を寄せる癖が悪いんだと思うんだけど。
授業が終わり裏庭で鳩に余ったパンを撒いていると花壇の方で女生徒が喋るのが聞こえた。
「レイモンド様にまで色目を使ってどういうつもりかしら。」
「本当、あれだけ錚々たる方々に囲まれて、まだ飽き足らないのね。呆れるわ。」
仮にもご令嬢が花壇の土を蹴飛ばしながら悪態をついている。緑のファンだろうか。
見てはいけないものを見てしまった。
「これを見たら少しは目が醒めるかしらね。」
女生徒達が去った後を遠くから見るが花壇ということしか分からない。花が倒れているようにも見えるが………荒らしたのか?
近寄って見てみるかと歩み出すと、女生徒が向かった方から今度はアナスタシア嬢が歩いて来た。
何かに気づいた様子で花壇の前にしゃがみ込む。土の中から何か拾い上げたところで遠くから緑が走って来た。
「貴様、花壇に何をした!」
離れたところにいる俺にまで届く大声でレイモンドが怒鳴った。
びくりと体を震わせたアナスタシア嬢は、直後レイモンドに腕を掴み上げられる。
「シェリーが大切に育てた花に、何をしたと聞いているんだ!」
今にもアナスタシア嬢を引っ叩きそうな、とても宰相子息とは思えない取り乱しようでレイモンドが詰め寄る。
そうか、これはシェリー嬢の花壇か。
騒ぎを聞いて寄って来た他の生徒に混じって近づくと、確かに酷く荒らされている。
「わたくしは何もしていません。これを見つけたので拾っただけですわ。」
そう述べる彼女の手には緑の宝石の嵌った、恐らく例の髪留めが握られていた。
なんて運とタイミングの悪い……………
「………っ…まだそんな言い逃れを…」
レイモンドの手がわなわなと震え、アナスタシア嬢の手首を掴む方の手にも力が入っている。
眉間に皺を寄せ憎らしげにレイモンドを見つめる彼女は、ともすれば泣くのを我慢しているようにも見える。
「痛いわ、離して……」
呆気にとられていた俺もいたたまれなくなって証言しようと人混みを掻き分けたが遅かった。
手を振り解こうとするが解けないでいる彼女の元に、先にシェリー嬢が駆け寄った。
「やめてレイモンド、アナスタシア様が痛がってるわ。」
「しかし………!」
「良いのよ、こうして髪留めも見つかったのだもの。花壇はまたお手入れするわ。」
彼女の発言は明るく優しいものだが、釈然としない。アナスタシア嬢が犯人かどうか有耶無耶に、というか犯人扱いに収まろうとしてしまっている。
「わたくし、やってないわ…」
アナスタシア嬢は震える声でそう言い残すと、力の弱まったレイモンドの手を振り払って駆け出して行った。
またあの表情をしていた。
彼女は、きっと、泣きそうになるとあの表情をする。誰も気づいていないけれど。