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その1・俺はクラスメートその5



夏季休暇が近づき暑さも厳しさを増してきた日の昼下がり、カフェテリアに諌めるような凛々しい声が響いた。


「いい加減にしないか、アナスタシア。」


声の主は我がブレイネール王国の第一王子であらせられるジフリート殿下。

周りを囲むのは取り巻きの騎士団長子息やら宰相子息やら錚々たるメンバーだ。彼らは皆名前のどこかに色の名前が入っているので俺は密かに色見本と呼んでいる。

大変不敬なのでこれは俺だけの秘密だ。


対するはピンクベージュの縦ロールをたくさんこさえた勝気な雰囲気の美女、アナスタシア・ローズレッド・オブライエン。聞こえてくる会話に耳を傾ける限り、このアナスタシア嬢が最近の殿下のお気に入りであるシェリー・リリーホワイトに何か心無い言葉を浴びせたらしい。


この光景は王立学園に入学した4月から何度か目にしており、初めはデジャヴかタイムリープを疑ったが全然そんなことはなかった。

恐らく、ただこの集団が学習しないだけである。


「ジフリート様、わたくしは……」


口惜しそうに唇を噛みしめ王子を睨め付けるアナスタシア嬢に、王子は呆れたように溜息をついた。


「君は彼女の何が気に入らないんだ。」


「……席を空けるよう言っただけですわ。」


「何故彼女が君の為に席を空けねばならない?」


王子の剣呑な雰囲気に流石のアナスタシア嬢も怯んだかと思われたが、次の瞬間顔を真っ赤にしてヒステリックに捲し立てた。


「婚約者であるわたくしを差し置いて、男爵令嬢のシェリー様が殿下と同席なさる方がおかしいのではなくて?! 他の皆様も本来お諌めするべきでしょう!」


眉間に皺を寄せ、鬼の形相である。

シェリー嬢の方は涙を目に浮かべ、小さくごめんなさいと呟いた。


「シェリー、君が謝る事はない。…こんな場所でみっともないぞ、頭を冷やせ。」


「わたくしも不愉快です、そうさせて頂くわ。」


くるりと踵を返すと、鬼の形相のままアナスタシア嬢はカツカツと靴音を響かせてカフェテリアを去って行った。派手な美貌も相まって、毎度嵐のような女だ。


「男爵令嬢だと、シェリーのことを馬鹿にしやがって。」


「やめなさいアンバー、仮にも殿下の婚約者ですよ。」


色見本の黄色と緑は嵐の後ろ姿を見送るとシェリー嬢を慰めるように近寄って行った。


さて、入学時から薄っすら考えていたのだが、ここは乙女ゲーム、或いはそれに似た世界なのではないだろうか。

俺にはどうやら少しだけ前世の記憶があるらしく、生まれてから今まで、たまに現実なのに「ゲームかよ」と突っ込みたくなることがあり、入学してからはそれが顕著だった。

イケメンどもに囲まれる性格の良い美少女、既視感。現れる意地悪なライバル、既視感。

俺は乙女ゲームをプレイした覚えは無いがテレビかネットで大体の感じは目にしたことがある。それにめっちゃ似てる。


色見本だけやたらカラフルだし美形揃い、肩書き持ち、才能もある。これが普通の世界なら格差に発狂して死にそうである。頼むからゲームであれ。


「凄かったな、ヴィクター。」


友人のベンが肩を叩いて話しかけて来た。

こいつは小太りで美形ではないので主要キャラではないだろう。かく言う俺も平均的な容姿に頑張って平均ちょい上クラスの成績、そこそこの運動神経でどう見ても主要キャラのクラスメートAとかBとかそんな感じ。

今年はクラスの人数が多いからアルファベットじゃ足りないか。まぁクラスメートその5くらいだな。ベンはその6。


「リリーホワイトさん可哀想だよな。」


「まぁねぇ…」


乙女ゲームかもと思っている俺からすれば、色見本を全色侍らせているので主人公によくあるよね、くらいの感想だけど。


そうそう、乙女ゲーム。アナスタシア嬢は絶対悪役令嬢だ。縦ロールだしキツイし近寄りがたいし高飛車。悪役令嬢は後から懲らしめられると聞くがどうなんだろうか。

既に色見本達の感情的にはアナスタシア嬢が悪で確定していそうだったが。


「そろそろ授業が始まるし、行こうか。」


「あぁ。────あ、寮に教本置いてきたんだ…先行っててくれ!」


昼休みに取りに行くつもりだったのに、色見本の乱で忘れてたじゃねーか。


「急げよ~。」


呑気な友人に手を振って寮への道を急いでいると、茂みの中からしゃくりあげるような声がした。


「……っく、……ぅう…」


歩みを止めて耳を澄ます。


「…なんで、早く止まって………」


この涙声には聞き覚えがあるようなないような、いやないな。

隠れて泣いている女性を見るのも悪い気がするが、こんな茂みに隠れている令嬢というのに興味があった。このお貴族様ばかりの学園でそんなことをしそうなのはヒロイン(仮)のシェリー嬢くらいじゃないか?


「どうかしましたか?」


野次馬ではなく心配した通行人を装って茂みを掻き分けると、目線の下にピンクベージュの縦ロールが転がっていた。


「あ、な、なんでもありませんわ……!」


一瞬こちらを見上げてすぐにそっぽを向いたアナスタシア嬢の顔は、大粒の涙に塗れていた。

悪役令嬢は、茂みでボロ泣きしていた。



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