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その14・沈黙の支配する教室



アナスタシアさんによるプレゼンの翌日、役割分担まで決めた俺たちは、教師に出し物の計画書を提出した。

計画書と言っても、アナスタシアさんの作成した資料をそのまま提出しただけなので凄く楽だった上に、すんなり許可が降りた。


「これで今日から準備に取り掛かれるな。」


昼休み、余ったパンを持って裏庭へ向かう途中でアナスタシアさんに会った俺は、鳩にパンを撒きながらその話を振った。


「準備に結構時間が掛かりそうだものね。アスター様とオルグレン様は、わたくしに折れてくださったでしょう? 煩わしく思っていないかしら。」


「ニックは本当にどっちでも良さそうだったし、ベンは元々何であれ面倒臭そうだったからな。俺が人形劇したくなったんだから、多数決でいいんだよ。」


ちなみに、昨日計画書を出した時点で楽器体験含む〇〇体験の出し物の申請が全体の八割を占めており、希望の出し物が楽器体験のままだった場合は何かしらの変更や工夫を余儀なくされていた為、めんどくささで言えばあまり変わらない。


「それにアナスタシアさんの資料、先生の反応良かっただろ。評価が高いに越したことないし。」


俺らの楽器体験だと確実に、真面目に取り組んだというだけの、出席による最低限の点数に毛が生えたようなものしかつかないだろう。

別に成績に拘りはないが、貰えるものは欲しい。


「そ、そうかしら。」


「あぁ。まさか短時間であんなに資料を作ってくるとは思ってなかったし若干引いたが。」


茶化すと、左脇腹を肘でつつかれた。

肘を仕舞ったアナスタシアさんは、それから姿勢を整えて一呼吸する。


「昨日はありがとう。ヴィクターのお陰でちゃんとお話しできたわ。」


「いや、俺はこう、バッとやってバッと戻してを繰り返しただけだから。」


言いながら露出狂ムーブをすると、アナスタシアさんがくすくすと笑う。


「昨日から思っていたけれど、それはなんなの? いきなりクマさんが出てきたからびっくりしたわ。」


クマにさん付けする派かぁ~!


「昨日……なんだ? もっかい言ってくれ。」


「昨日、そうやって上着を捲ったらクマさ……クマのデザインが出てきたから驚いたけど、その動きは何かと……」


今度は言い直した。

なるほど、うっかり言ってしまった系のやつか。これはしばらく聞けそうにないな。


「クマさんでいいのに。」


「もう、わざと言わせたわね!」


俺の嗜好を主張すると怒られた。

口角が上がっているのを抑えきれなかったことが敗因である。精進しよう。


「これはあれだ、びっくりすると緊張が解けるだろ? 緊張緩和がアナスタシアさんのお願いだったからな、これでも頑張って考えたんだ。」


「それは有難いけれど……途中から楽しんでいなかった?」


確かに、既に緊張が緩んでいてリラックスが不要な場面でもしつこく見せた自覚はある。


「アナスタシアさんが可愛い反応するから……」


「そんなことを言って誤魔化してもダメよ。」


ムッと唇を引き結び睨まれた。

誤魔化しではなく本心なんだが。

しかしアナスタシアさんに睨まれるのは悪くないな。……何でも喜ぶ変態みたいになってきてるな、俺は。


「普通の顔をして、可愛いのを着ていたのはそっちでしょう。あんなの反則だわ。ヴィクターのせいで、今日もその上着の下に可愛いのがいるんじゃないかと気が気でなかったもの。」


将来を不安視している俺に、変態化の原因であるアナスタシアさんが物申してくる。

休み時間にすれ違った時、妙に身構えていたのはそれか。いきなりわけもなくクマを見せつけるとか、そんな奇行に走る人間ではないぞ俺は。


「あれは昨日だけ、特別だ。もう着ないから安心してくれ。」


「あらそうなの? 似合っていたのに。」


今度はアナスタシアさんがニヤリと口角を上げる。

これは、仕返しにからかおうとしている………! そんな表情だ。


「あれは兄貴が送ってきたやつでだな……俺の趣味ではないからな。」


「そうかしら。着こなしていたからお気に入りかと思ったけれど。生地もいい物で、着心地も良さそうだったし。」


それは俺も思った。兄は何故あんな高級素材かつ大胆な刺繍のネタ服を買ったんだろうか。

ギャグに金をかけすぎである。


「そんなに言うなら毎日あれで登校するぞ。」


「わ、わかったわ、黙るわ。授業に集中できないと困るもの。」


何を想像したのか、笑いを堪えながら降参された。勝ったのに負けた気分だ。

話を変えよう。


「ところで、どうやって人形劇なんて思いついたんだ?」


俺は兄から紙芝居をやった話を聞いていたのに、それと近い人形劇は全然思いつかなかった。

紙芝居は準備はみんなで出来ても、読むのを数人でやるのは大変そうだし、兄のような脳がハッピーに振り切れた奴ならともかく俺たちが一人ずつで読んでも寒々しいので却下した。

その点人形劇なら同時に、全員に役を振れる。

なかなかナイスなアイディアなのではなかろうか。

喋っている途中で突然思いついたような感じだったし、何かヒントになるものでもあったのだろうか。


「ヴィクターを見ていたら思い出したの。」


「なんらかの人形劇に俺に似た人形でもいたのか。」


よくいるような顔だし、布と糸でも作れる可能性がある。


「違うわ。一昨日かしら、ヴィクターの左手とわたくしの髪がお喋りしたでしょう?」


「お、おぉ……」


そういえばした。

したが、そういう風に言うと変だな。


「ああやって別の物になりきれば、緊張せずにお話ができると思うの。小さい頃お人形に話しかけたことがあるけれど緊張しなかったし、同じように……人形同士の会話でしょう? 人の目を見て話すのでなければ……わたくしの顔も見えないし、子どもたちも怖くないはずよ!」


「なるほど。」


アナスタシアさん、子供の頃人形に話しかけてたのかぁ~……思いがけずいいエピソードを聞いた。


「ヴィクター、ちゃんと聞いているの?」


いかんいかん、小ネタに気を奪われてしまった。

……たしかに、人見知りなことと殿下の婚約者らしくあろうとすることで緊張大爆発を起こしているアナスタシアさんには、人と顔を合わさず且つ別の人間として話す人形劇は向いているかもしれない。


「聞いてます、納得しています。」


「どうして敬語なのよ。怪しいわ。」


「聞いてたし納得してるぞ。」


「今さら言い直したってダメよ。」


小さい頃のアナスタシアさんの姿絵とかないんだろうか。

怒られながらそんなことが頭に過ぎり、この後また咎められてしまった。





「オブライエン様のリストの中から、人形劇にするならこの話が簡潔でいいかと思ったのですが、どうですか?」


放課後の空き教室で集合するや否や、ニックが鞄から絵本を取り出した。

「お姫さまともののけ」という、西洋風の世界にしてはやや珍妙なタイトルのその本は、煌びやかな表紙にしっかりとした装丁で、古さの割にくたびれた感じは少ない。図書館で借りたものかと思ったが、個人所蔵のようである。


「お前そんなキラキラした絵本持ってたのか。」


「あほ。妹の読んでたやつだ。」


表紙には子どもウケの良さそうな、ピンクのドレスを着た可愛らしいお姫様。その隣にはツノの生えた悪魔のような生き物の絵が並んでいて、どちらも真正面を向いて立っている。

確か内容は、この悪魔みたいなヤツが実は心優しい怪物で、周りから嫌われていたがお姫様だけは見た目に惑わされず心の中身を見ていて、最終的に心が通じ合いそれに感動した魔法使いのお婆さんが怪物を人間にしてめでたしめでたし……という、前世で似たような話があったような、ありがちなものである。

色々なバリエーションがあって、もののけは元々呪われた王子様で人間の姿になったらお姫さまと結婚するパターン、恋愛要素はなく普通の人間になってみんな仲良くパターンなどがある。

ニックの持ってきた絵本は後者だ。


「登場人物も多くないし、話が長すぎると子どもたちも飽きますから。」


絵本を手に取ったアナスタシアさんの方へ、ニックが向き直る。

一拍置いてから返事がかえってきた。


「宜しいのではないかしら。……背景は、絵本に出てくる主要な場面から数点、参考にして描きますか?」


「一応、欲しい場面はこちらでピックアップしておきました。」


ニックが予め栞を挟んであったページを順番に示していく。

物凄く事務的だが、ニックとアナスタシアさんの会話は成立しているようだ。

ニックは将来お兄さんの補佐をするとかで、こういう作業は手慣れた様子である。


「あとは人形ですが、お姫さま、もののけ、魔法使い。それから王さまと兵士、人間になったもののけくらいかと。いじめっ子は余裕があればで良いでしょう。」


「わかりました。」


俺とベンが口出しをするまでもなく、サクサクと話が進んでいく。


「よし、じゃあ作業に取り掛かろう。」


大まかに話が纏まると、ニックが立ち上がる。それを合図に俺たちも動く。


役割分担としては、美術選択の俺たちが背景や人形担当、音楽選択のニックとベンが脚本とBGMの選曲を担当することになった。

当日は全員で人形劇をして、ニックとベンがたまに音楽を演奏するといった感じだ。


俺とアナスタシアさんは画材を、ニックは紙とペンを、ベンは音楽室から借りてきた目ぼしい楽譜を各々準備して作業に入る。


「……誰かハサミ持ってないか?」


「持ってるぞ。」


「すまん。」


……沈黙。

なんだろう、この沈黙は。

広い部屋に、外で練習しているクリケット部か何かの声だけが響いている。紙にペンを走らせる音と楽譜の擦れる音、時折確認の為の会話が飛ぶ以外は通夜の如く静まり返っている。


「ありがとう。」


「おう。」


俺がベンにハサミを借りるだけの会話ですら、この沈黙の中では、重要な発言であるかのように浮き上がっている。

これはあれだな、友達グループに微妙に喋ったことない人が入ると全員が遠慮して会話がなくなるという、そういうやつだ。元々仲良いグループは自分たちで盛り上がると悪いし、アウェイの一人は部外者が喋っても……となり、やがて沈黙が訪れる。

まさに今沈黙が俺たちを支配している。


草原の絵を描きながらアナスタシアさんの方へちらりと目をやると、集中して黙々と絵を描いていた。

この変な無言空間に困惑していないかと思ったが杞憂だったようだ。めちゃくちゃ集中していて俺の視線にも一切反応を示さない。気づかれてない……居心地悪そうじゃないのは良いんだが、寂しい。


これだけ静かな状況で、特に用事もなく声を掛けても変に浮くしな………。

いや、普通に進捗どうだ?とか聞けばいいんだが、ベンとニックからしたら俺が唐突に鋼鉄の薔薇・アナスタシア嬢に気さくに話し掛けるという謎コミュ力もしくは気遣いを発揮しだす変な光景が繰り広げられる訳だ。

……そんな細かいことは考える必要ないよな。しかしこれだけ静かだとやはり自分の発言がものすごく目立つ。


鉛筆を動かしつつぼんやりと思考していると、対面に座っているアナスタシアさんの方から鉛筆が転がってきた。

拾い上げ鉛筆の出発地点を見ると、アナスタシアさんが下書きを終えたお城の絵をこちらに向けている。

なるほど、この鉛筆は「こっち見て」ということか。……その手があったか。


俺は無言のままサムズアップで返し、少し待つようジェスチャーしてから、あと少しで下書きが終わりそうな草原の絵を仕上げる。

それから紙を両手で広げ見せると、対面のアナスタシアさんは両手でマルを作った。そして筆を手に取り、小さくガッツポーズをする。

下書きが出来たから色塗っていこうということだろうか。


俺も右手に筆を握り、頷きつつ握り拳を作る。口パクで、恐らく「が ん ば る わ」と返ってきた。かわいいぞ。

「が ん ば る」と返しつつ、お返しに可愛くないウインクをお見舞いすると、アナスタシアさんは2秒ほど停止した後、右目を痙攣させつつ細めたり戻したりし出した。

なんだ……眼輪筋でも疼いているのか?

片目だけ細めているため、ヤンキーの「ぁあん?! 文句あんのかゴラァ?!!」というセリフと共に繰り出される表情と酷似している。

もしやウインクなのだろうか………。


目元を指差して「こ わ い」と指摘したらサッと顔が赤くなり、若干悔しそうに、恥ずかしそうに口を引き結んで誤魔化すように作業に戻った。

無言の中でやりとりするのってあれだな、授業中に隠れて喋るみたいな、妙な緊張感があっていいな。


……って、違う、そうじゃない!!

一人で満足している場合ではない。文化祭の楽しさっていうのは、なんかこう、みんなでワイワイやるやつじゃないか?! せっかくの行事なんだから、特有の楽しさというものがあるはずだ。

これはこれで楽しいが!!



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[良い点] 普通に楽しそう("⌒∇⌒") [気になる点] ニックとベンが気づいていないとは思えない [一言] 今後の課題:ウインク
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