その13・圧迫プレゼン
放課後、テーブルを囲む俺たちの前に、戦士のような面持ちのアナスタシアさんが現れた。
「ご機嫌よう、皆様。」
「ご、ご機嫌よう……オブライエン様。」
護鬼厳庸にも聞こえるその挨拶は、優雅にして武骨、重々しくも鋭利。
こちらは座っていたので、その迫力は倍増である。
「ほ、ほんとに来たぞ……」
「だから来るって言っただろ。」
初めは集合場所まで一緒に来るつもりだったのだが、準備があるから先に行っててほしいと言われて、アナスタシアさん合流まで適当に出し物の話をしながら待っていた。
その準備というのが、アナスタシアさんの頼みごと……出し物の提案のための準備である。
「失礼致します。」
その手に携えた紙の束をばさりとテーブルに置き、着席したアナスタシアさんがこちらを見る。目が合ったので軽く頷くと、彼女は口を開いた。
「昨日は途中で退席してしまい申し訳ありませんでした。わたくしからお話したいことがあるのですが、聞いていただけますか?」
出し物の提案をしたいから助けてくれとは言われたが、俺が頼まれたのはアナスタシアさんの向かいに座ること、それだけだった。視界の正面に俺の顔があると緊張が緩和されるかもとかそういう理由である。ゆるキャラか俺は。
ベンから固唾を呑むような音が聞こえ、ベンとニックの注目がアナスタシアさんに集中する。
真正面のアナスタシアさんの表情が例によって固すぎるので、二人が向こうを向いている隙に制服の上着の前を開けて中に着ているクマ柄のブラウスをお披露目する。胸から腹部にかけて堂々と鎮座するクマを目撃したアナスタシアさんは、驚いた衝撃で若干緊張が解けたようである。
ゆるキャラとしての使命を全うするべく、着込んで来てよかった。
兄からふざけて送られてきたこのブラウス、絶対に着るかと思っていたが思わぬ場所で役に立つものである。
目を見開いた彼女につられてこちらを振り向いたベンとニックが、既に上着を戻してなんの変哲も無くなった俺を眺めている。その間に、態勢を立て直したアナスタシアさんが話を切り出した。
「芸術祭での出し物のことですが。」
「えっ、あ、オブライエン様はお手本の演奏だけでも……子供たちの世話は俺たちがしますから!」
違うベン、そうじゃない。やりたくないわけじゃないんだ。出鼻をくじくな。
アナスタシアさんがシュンとしちゃっただろ。
「そ、そのような気遣いは不要です。出し物について、提案があるのです。聞いていただけますか!」
カッと目に力を込めるアナスタシアさん。
勢いに押されてベンは黙った。
「皆様お分かりかと存じますが、わたくしは子供に好かれる質ではありません。」
まぁ、お分かりだが、ここでそうですねとは言えんわな。
代わりに2人は沈黙を貫いている。
「楽器体験では子供たちに恐れられ、出し物に人が寄り付かない未来が目に見えています。」
確かに俺にもその未来が見えるが、そこまで断言しなくても。
ベンとニックも突然の自虐に反応に困っているぞ。
「そこで考えたのですが、………………わたくしは、人形劇をしてみたい……」
言いながら、徐々に俯いていき、最終的には机を睨みつける。
視線が一番下まで下がり切ると、今度は一気に顔を上げスラスラ話し出した。
「と考えており、ご賛同いただけるかは分かりませんがお話だけでも聞いていただければと、急造ではありますが資料をお持ち致しまたのでご一考願えませんか?」
なんだろう、前も見た気がする。
これは緊張で早口になっているパターンだ。顔が怖い。
早口で捲し立てられるタイプの圧迫面接を受けているような気分になってくる。実際に圧迫面接を受けている心持ちなのはアナスタシアさんの方なのだが、顔と肩書きが役員クラスだからな………。
仕方ない、俺の出番か。
「………ぬっ!?」
上着をバッと開きバッと閉じる。
ついでにアナスタシアさんの顔真似もして、顔が怖くなってることを伝えてみると、アナスタシアさんから変な声が漏れた。
何故かこの顔がツボみたいだが、やっぱり笑いの沸点低くないか?
まぁ、俺としては変な鳴き声が聞けて満足なのでよし。
笑いを堪えながら睨んでくるので、もう一度上着の下のクマを見せつけておく。
……露出魔になった気分だな。
気をつけよう、クセになったらマズい。
「まずは、こちらをご覧ください。」
咳払いをしたアナスタシアさんは、先ほどテーブルに伏せて置いた紙の束を手に取り、一枚目をこちらに見せてきた。
「このような形の劇を想定しております。」
紙には、横長のテーブルの上に箱を置き、その箱の中でパペットを動かす図が描かれていた。
ご丁寧に横から見た図まである。布を掛けたテーブルの後ろに隠れて紙でできた人形を動かす人間………多分俺の絵だなこれ。
アナスタシアさんの超絶画力による企業広告のような人形劇模式図に注目して全員が固まっていると、紙が次へと捲られた。
「これが出し物をする場所の、簡単な配置案です。」
今度は俯瞰図で座席の配置まで決めてある。
映画館の座席表みたいだな。
「椅子の高さはまだ計算できておりません……台の高さと子供の座高を考慮して、見やすい高さにするつもりです。」
既に提案には十分な材料が揃っている気がするが、紙はまだ数枚ある。
アナスタシアさん、昼休みから今までで資料作成しすぎではなかろうか。
「人形劇の内容は広く知られている物語や絵本などから、人形は紙に描いたものを棒に貼る簡易なものを想定しております。」
絶句している俺たちに、候補の作品リストと絵のサンプルを見せてくる。残りの資料はこれだったようだ。
「わたくしからのお話は以上です。」
怒涛の資料攻撃に呆気にとられていると、話を締め一息ついたアナスタシアさんが反応を窺うように鋭い視線を巡らせる。
二人の反応はまぁ、返事に困っているというよりも、ここまで真剣に来られて驚いてるって感じだな。
「さ、誘っていただいた身で出過ぎた真似をして、ご不快に思われたなら遠慮なくおっしゃってください。」
沈黙に耐えきれなかったアナスタシアさんは弱気になってこんなことを言い出したが、逆に「文句があるならハッキリ言えやボケ」的な、抗い難い空気が流れている。
こんなこと言っておいて、本当に遠慮なく意見したら首を切られそうな……無礼講の罠的なものが潜んでいるような空気感である。
それにしても、人形劇か。
準備も本番もそれなりに役割分担できそうだし、野郎三人による楽器体験なんかより全然集客が見込めそうだ。
個別に練習する系ではないので練習の時間も一緒だし、アナスタシアさんの演技が見られるとか俺にメリットがありすぎるな。
大賛成したいところだが、アナスタシアさんに残り二人の反応を見るまで加勢したりしないよう言われているのでそのまま待つ。
本音で賛成だから良いのでは? とも思うが、俺が賛成すると二人がやりたくなくても仕方なく合わせたり、不公平になるのを避けたいようだ。あと俺が、イマイチでも賛成してくれそうなお人好しと思われている節もある。
「皆様にご納得いただけないのであれば、当初の予定通り楽器体験で構いません。わたくしは準備や飾りつけなどで貢献させていただいて、当日は表に出ず大人しくしております。ご迷惑にならないよう努めますわ。」
みんなが反対を言い出せないのかもと案じたらしきアナスタシアさんが「楽器体験でも大丈夫、出来るだけ頑張ります!」とアピってきた。
アナスタシアさん、その顔で言うと脅迫めいているぞ。
「あ、いやぁ、ご納得は……しました。」
「別に俺は多数決でいいぜ。楽器体験に拘りないし。」
結果的にノーと言わせないアナスタシアさんと化した彼女に逆らう理由もなかったベンと、本当にどっちでも良さそうなニックが、最後に残った俺を見てくる。
「いいんじゃないか、人形劇。」
賛成を解禁された俺が本心を口に出して、芸術祭の出し物は決定した。