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その8・子爵家三男は悪役令嬢の夢を見るか



「ヴィクター、見ていたの?」


「あぁ、テーブルが近くで聞こえて、ちょっと気になって。」


嘘だ。わざわざ近過ぎず声は聞こえるテーブルを選んだんだ。


「グリーンウッド様はやっぱりわたくしのこと嫌っているのかしら………。」


「あの人は怒りっぽいだけだろ、気にするな。」


あんな奴に嫌われたからってそんな悲しい顔しなくてもいいのに。


「でも今日は殿下とネイト様が取り成してくださったし、チョコレートも評判良かったわ!」


俺だったら、もっとちゃんと分かっているのに。でもそれは偶然そこに俺がいて偶然彼女が心を開いただけで、俺だから、ではない。


「次は自分から、気持ちが伝わるように頑張るわ。」


分からない奴には伝えなくたって良いじゃないか。殿下はともかく他の色見本まで相手しなくたって王妃は務まるし、第一、緑なんてあの様で重要ポストに就くとも思えない。あんな思いをしてまで仲良くしようとする必要なんてないんじゃないか。

そう言ってしまいたいけど、彼女はそれを望んでない。


「さっきも緊張して、表情が硬くなってしまったと思うの。気をつけないと。」


「ちょっと怖かったな。」


泣きそうになったら撤退しろと言ったけど、あの時は直後にネイトからの援護が入ったのでなんとか保ったようだった。

上辺だけ分かったようなつもりの、分け隔てなく良い奴の、ネイトの。

俺が、あそこにいたら────


「もう、笑わないで頂戴。………今は大丈夫かしら?」


うん、可愛いよ、と言いかけてその言葉は飲み込んだ。





「…………あつ。」


窓の外からの日差しで目が覚めた。

夏も終わりとは言えまだまだ暑い。


夏期休暇も終わり、今日から登校だ。

休暇中に一度家に帰っていた俺は、昨日の時点で寮に戻って来ていた。


夢を見ていた気がする。

良い夢だったような、悪い夢だったような。

久々の学校が憂鬱だったりそうでもなかったりな気持ちが夢に出たのかもしれない。


支度をして教室へ向かうと既に半数ほどの生徒が来ていた。

休み明けだからか、いつもより話し声がざわざわと騒がしい。そんな中、一人姿勢良く座っている縦ロールをハーフアップにした後ろ姿が目に付いた。

挨拶を、声を掛けるべきか。しかし俺が休暇明けいの一番に鋼鉄の薔薇にヘラヘラ寄っていけば怪しい。恐らく色見本と言い争っている風だったり、一人難しい顔をしている印象が強いアナスタシアさんが一般モブの俺と普通に喋っていれば変に勘繰られ、突拍子も無い噂とか出来るかもしれない。

アナスタシアさんの場合、「実はいい仲?!」的な噂どころか「トライセンの弱みを握ってる」「下僕にしている」「シェリー暗殺の駒を育成している」とか斜め上の話になる可能性も否めない。普通あり得ないが、あり得る。


「おはよう親友。」


うだうだ考えてる間に肩に重いものが乗ってきた。ベンの腕だ。


「おう、おはよう。」


柔らかくずっしりとしたそれを除けてベンを見る。休暇前より顔が太っている。

こいつもダラけた夏休みを過ごしたようだな。


「休暇中何してたんだ?」


「避暑地で地元の名産品を堪能した。土産あるぞ。」


「ありがとう。」


豚肉の料理で有名な地方のヘンな置き物を渡された。

やっぱりな。


「お前は何してた?」


「特に何も……」


「つまんねー奴だな~。」


太るよりマシだと言いたかったが気にしてたら可哀想だしやめておこう。………そのうち言ってやるのも優しさかもしれんが。


ベンが他の奴に土産を渡しに行ったので着席して授業の準備をする。すると視線を感じた。

アナスタシアさんがこっちをチラチラ見ている。


え、何だ、何?

教本ごと机に手を突っ込むとその手をガン見している。何だろうと思っていると、机の中で何かに引っかかった。


取り出してみれば、それは一枚のメモだった。

昼食後時間があれば裏庭に来て欲しいといった旨が綺麗な字で記されている。

アナスタシアさんに目を向けると堪え切れないといった様子でニンマリしていた。何だ、裏庭で何があるんだアナスタシアさん。


「皆さん、着席してください。」


教員が来ると真顔に戻り縦ロールを翻して前を向いたが、いつもより後ろ姿がソワソワして見える。

授業中に落ち着きのないアナスタシアさんとか見たことがない………少し揺れて転がる縦ロールを目で追っていると触りたくなる。猫か俺は。


うっかり猫じゃらしよろしく飛びついたら大問題なので縦ロールからは目を外し、代わりに授業をほとんど聞かずにさっきのメモをまじまじと眺める。

文面だけ見ればまるで裏庭で告白でもされるかのような感じだが、それはないだろう。俺もそこまで浮かれた思考回路はしていない。

また、前の俺ならば裏庭でシメられると怯えるところだが、それでもない。

よく見るとクッキーの柄のメモである。

なるほど、あれか。





昼食を済ませて裏庭で待機する。

ちなみに今朝のメモは寮に帰るまで汚さないよう教本の間に挟んでいる。

………どうするのかって? もちろん保存する。バレなければ気持ち悪くないからいいのだ。

いや違うな、えーと………人からもらった手紙を捨てるなんて忍びないので、俺は手紙は基本捨てない主義だ。全てレターケースに保管する。今日から。


「───ヴィクター!」


心の中で誰にするでもない言い訳をしているとアナスタシアさんが駆けてきた。

実際は早歩きなのだが、雰囲気が…草原の少女みたいな背景が見える。なんだかウキウキといった感じだ。可愛い。


「待たせてごめんなさ……きゃっ…」


アナスタシアさんがベンチに腰掛けていた俺の近くまで来ると、俺の周りにいた鳩がザザッと大きな音を立てて一斉に飛び立った。

それに驚いたアナスタシアさんは小さく悲鳴を上げながら少し後ずさり、しまったという風にさっと口を手で覆う。


なんだなんだ、世界は俺を殺そうとでもしてるのか?

夏休みの間全く関わりがなかったのに、いきなりの過剰摂取は体に毒だぞ………。可愛いが過ぎる。アナスタシア中毒で死んでしまう。


「アナスタシアさんがそんな声出すなんて珍しいな。」


平静を装ってからかうように笑いながら言う。

小学生男子か俺は。


「……少し驚いただけよ。」


アナスタシアさんはそう言ってベンチに座りながら………いつもの泣き顔我慢時の般若顔になっていた。


「顔が怖いぞ、アナスタシアさん。」


「えっ………あ、うぅ…」


指摘すると一瞬眉間の皺が深くなり、それから顔を捏ねくり出した。

何やってんの?!


「ちょ、ちょっ………アナスタシアさん、顔が傷む。」


綺麗な顔を粘土細工のように修正しようと試みるアナスタシアさんの両手首を捕まえる。

自分のものと言えど、繊細なご尊顔になんてことを………


「傷がいったらどうするん────」


捕まえた手首を顔から引き剥がしながら文句を言おうとして、俺は死んだ。

こちらを睨んでいるアナスタシアさんの顔が赤い。照れている。

ベスト可愛いオブザイヤー、このアナスタシアさんが可愛い20××、ブレイネールカワイイ大賞金賞。どう考えても過剰摂取、致死量だ。


「いいこと、ヴィクター。貴方は何も見てないし聞いてないわ。いいこと?」


アナスタシアさんから手を離しながらこくこくと頷く。

念を押すのに人差し指を立てるのやめてもらえませんかね?


「アナスタシアさん、つかぬ事を聞くがさっきのは恥ずかしくて顔が赤いのを隠そうと、」


「ヴィクター、」


「………はい。」


これ以上突っ込むなということですね。


アナスタシアさんは泣くのを我慢する以外でも、表情を無理矢理コントロールしようとするとああなるようだ。

交渉事に向いていない。………いや、全部同じ表情になるんだからある意味向いてるのか……?

心情を隠すには有効そうではある。演技するにはダメダメだが。



「それで、本題なのだけど………」


一呼吸置いて普段の表情に戻ると、アナスタシアさんがおもむろに包みを取り出した。ほのかにいい匂いがする。

中身は予想通りクッキーだった。夏季休暇前のリベンジだろうか。


「休暇中に練習すると話したでしょう、今回はちゃんと味見も済ませて………覚えているかしら?」


「あぁ。あの砂糖にクッキー生地が纏わり付いてるやつだろ。」


「そうだけど、そうじゃないわ! あのクッキーのことは覚えていなくて良いのよ……話だけ覚えていてくれれば、むしろ忘れて頂戴。」


そう言って、ヴィクターは意地悪ね、と頬を膨らませる。

定期的に意地悪言ってやろうかという気になるからその反応は危険だ。


「すまん、ごめん。」


砂糖ジャリジャリクッキーも忘れないけど。


「そう、それでね、今回は自信作なの。」


「…ほう。」


それで今朝からソワソワしていたのか。

アナスタシアさんの膝の上のクッキーは、見た目は完璧だ。あとは味だが………。


「前回みたいに、率直な意見をお願いね。」


勧められるまま口に入れたクッキーは前回と違いザラつきがなく食感も軽やか、バターの風味がした。まともな甘さだ。


「……お、うまい。」


「本当?! 良かったわ、お兄様達はいつも美味しいとしか言わないから…」


兄貴にも食べさせていたのか。

砂糖まみれを指摘しないとは………お兄さんはシスコンなのだろうか。


「これは本当にうまいぞ。」


「ヴィクターが言うなら安心ね。」


そんな、俺を辛口評論家みたいな。


「大分練習したんじゃないか? かなり出来が良いように思うが。」


「そうでしょう、そうなの。特訓の甲斐があったわ。」


アナスタシアさんは得意げだ。

場合によっては「男爵令嬢風情にはその泥飯がお似合いよ!」的な勝ち誇った表情に見えるのが惜しいが、クッキー成功のしたり顔だと思えばアリだ。存分にしたってくれ。


「で、これは色見………殿下達に差し入れるのか?」


「ええ、これならお出ししても大丈夫……よね?」


首を傾げて窺ってくる。

味は全く問題ない。クッキーに関しては、シェリー嬢のものと比べても劣らないレベルだ。


「あぁ。これなら毎日でも食べられるぞ。」


糖尿病の心配もないし。


「ふふ、ありがとう。」


アナスタシアさんは大袈裟ね、と笑っている。

いや本気なんだけど。


「グリーンウッド様は食べてくださらないでしょうけど………。」


「あいつには勿体ないよ。」


レイモンドのクズにはマジで毒入りクッキーでも差し入れてやればいい。


「あら、今のグリーンウッド様に聞かれたら大変よ。」


「……内緒にしといてくれ。」


本当は殿下達にも勿体ないと思うんだけど。

俺だけに作ってくれとは、言えないな。



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