道に迷ったおじさん
俺は、どこにいるんだ。
目の前は霧で真っ白。
振り返っても霧で真っ白。
かろうじて両脇にガードレールと、足元に舗装された道路が見える。
まあ、どこでもいいか。
どうせ、生きていてもつまらない。
ゆっくりと足を前にだす。
いつの間にか、さっきまであった車の往来もなくなった。
音も聞こえない。こんなに山道というものは、静かだったか。
そもそも、俺はここになぜいる?
なんでだったか。
あんまりに暇だったので、山でも登ってみようと思ったんだ。
失敗だった。
水も食料もこんなに恋しくなるとは。
しばらく歩くと、足が痛くなってきた。
コンクリートの固さではなく、土が足を取るようになっている。
さっきから、俺のいる場所がころころ変わっているように感じる。
そこまで、ぼけっとしてるのか。
してるかもな。どうでもいい。
ざくっ、ざくっ、と山に登る直前に買った15万円の登山靴が音を鳴らす。
この登山靴ってのも、重い。
だが、歩くのは確かに楽だ。
何も考えなくていい。
ざくっ
ざくっ
ざくっ
ざ
足を止めた。
目の前に、でかい木製の門があった。
大型トラック二台並んでも悠々と入れそうな大きさの門だ。
霧で見えないが、左右にはそれに見合う大きさの壁も続いているだろう。
古い日本家屋の門扉に似ているが、とにかくサイズがよくわからん。
ちょっと大きすぎる。
こんなのは見たことない。
霧が濃すぎるせいか、奥の建物は見えないが、こんなでかい門もある家だ。
昔の成金か、地主の家系か。
そのくせ、門前の道は、土がむきだした。
よく見たら、車が通っているような、道の真ん中の草が続く流れが見えない。
今は使われてないにしては、門はきれいに掃除されているように見える。
端々の金属の装飾品はよく磨かれて、光沢もある。
ぎぎっ
「人の店の前で、ぼーと観察してないで。早く入りなさい。」
門が人ひとり通れるだけ空いたら、着物姿の女がそう、声をかけてきた。
黒髪の肩までかかる長髪。
整った顔。
年は、20代前半か。
それにしては、雰囲気が落ち着いている。
「ほら。はやく入りなさい。」
「入ってもいいのか。」
「ええ。ここは飯屋だからね。」
めしや。飯屋か。
今時、そんな言い方をする若い人がいるのか。
しかし、ここで?
「なんでこんなところで。」
「そういう話は、みせに入ったらしてあげるよ。ほら!入った入った!」
急に、ものすごい勢いで手招きされる。
もう、上半身をフルに使って、右腕を振ってる。
こりゃ、俺に選択肢はないな。
断ったら、つかまれて、引きづってでも連れていきそうだ。




