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エンカンタリア  作者: 水島佳頼
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第四十二話  刈られる厄介の種

 路地の先は袋小路になっていて、逃げ場がなくてあたふたしている金髪の男をすぐに捕らえる事が出来た。

 ぼさぼさした金髪によれた服。あまり裕福そうではないが、彼からは魔力を感じる。やはり、魔法使いというよりは魔道士だろう。ヴィヴィアンは彼の胸倉を掴み上げ、その灰色の瞳を覗きこむ。

「おい」

 我ながら物騒な声音だ。いつもより何段階低い声が出ているのだろう。

「ひい!」

「ひいじゃねえ、お前に尾行なんて十年早いんだよ。魔道士なめんな」

「ご、ごめんなさい」

「魔力を消していたな?」

 自分の魔力をコントロールすることくらいなら誰でも出来るが、一時的とはいえ完璧に魔力を消す事が出来ていたので、彼は非常に器用な魔道士だ。人にもよるが、全神経を張り詰めて意識していないと魔力は完全には消せないのだ。彼の魔力が物凄く微弱なのか、並程度だが物凄く執念深いかのどちらかだと思う。

「は、はい」

「いつからナタリアをつけてた」

「一週間、前から……」

「ずっとか」

「朝も昼も夜もずっと。家の裏の森に隠れて、窓から見えるナタリアを追っていたんだ。外出するときは、後ろから、ついていって。だから知りたくないのに君のことも知ってる」

 一瞬殴ろうかと思ったが、まずはやったことを洗いざらい白状させてからだ。ナタリアへのストーカーは当然ながら近しいヴィヴィアンやユキノや、ひいてはロジェやエストルのことにまで詳しくなるだろう。それがなんだか気持ち悪かった。

「あの花束もお前の仕業だな?」

「……花束? そんなものプレゼントする勇気、僕にはない。ナタリアが君の家に持っていった、あの赤い薔薇だろ?」

「知ってるのか」

「徹夜明けでうとうとしていて、ドアが開く音で起きたんだ。見たらナタリアが、赤い花を持ってて。それもって何処に行くんだろうと思ってついていったよ。君が家から出てきたからすぐ隠れて、花がどうなったかは見てないけど。ナタリアを怖がらせるなんて最低な男だ」

「犯人はお前じゃないのか」

「僕じゃないよ、僕はナタリアを愛してるからね」

 この口ぶりだと、カードの内容が狂気的なラブレターだったことは知らないようだ。あの花束をナタリアへの完全なるいやがらせと判断しているのは、花束を持ったナタリアの反応をよく見ていて、彼女がかけらも喜んでいる様子がないことを読み取ったからだろう。

「証拠が無いな」

 まだ何か聞き出せるかもしれないと思って、彼を探るように見る。彼はまたびくりと体を竦めた。

「本当だよ! 僕はただ、見てるだけなんだ。ナタリアがあまりにも可愛いから。起きてすぐカーテンを開けるとこも、ネグリジェで窓辺に佇んでるところも。彼女は僕のお姫さまなんだ、高貴すぎて近寄れないけど、見ているだけで幸せなんだ」

 あまりにも鳥肌の立つような発言だったので、睨み付けてやった。男は身を竦めて黙り込む。

「じゃあ、あとひとつだけ聞くから真剣に答えろ」

 答えによってはしっかり脅してから無傷で解放してやるつもりで、ヴィヴィアンは彼に尋ねた。男はごくりと息を呑み、ヴィヴィアンをまっすぐ見つめる。

「ナタリアの入浴シーンを一回でも見たか」

 アイアランド家の風呂場には窓があるのだ。カーテンを引いているが薄いので外から見ればきっとシルエットは丸わかりだし、たまにカーテンが閉まりきっていないときがある。

 何故そんなことが解るのかというと、幼い頃によくアイアランド姉妹やエストルたちと泥まみれになって遊んで、風呂場を借りた事があるからだ。しまりきっていないカーテンを閉めたかったが、いつも背が届かなかったことを記憶している。

「ナタリアの、お風呂?」

「ああ」

 男は目をしばたき、それから幸福を噛み締めるように頷くと、とろんとした目で笑う。

「生きてて良かったと思った。幸せだよ」

 予想もしなかったその表現に、ちょっと殺意が芽生えた。

「あー、そうか」

 笑顔で言ってそのぼさぼさの金髪をぐしゃぐしゃなでてやり、ヴィヴィアンは男を見下ろす。男も釣られて一緒に笑っている。

「じゃあ、死んだほうが良かったと思わせてやるな」

 男の笑顔が凍りついた。ヴィヴィアンは彼の髪を鷲掴みにし、死なない程度の雷を食らわせた。そしてぐったりと気を失った彼の後頭部に火花を放った。一度は気を失った男が、意識を取り戻して地面をのたうち始める。

「今度やったらハゲるだけじゃ済まないぞ。目え潰してやるから覚悟しとけ」

「ご、ごめんなさ、ごめんなさいっ」

「二度とナタリアに近づくな」

 後頭部に手のひら大のやけどをこしらえ、涙を流しながら男は頷いた。ヴィヴィアンはちょっとやりすぎたかなと思い、彼の後頭部に魔法で冷たい水をかける。

「いだだだだっ!」

 やけどに水はしみるのだった。忘れていた。

 彼を放置したままマスターとナタリアのところに戻ってみると、マスターがナタリアを宥めているのが目に入った。

「大丈夫だよ、ちゃんと魔力を感じる。ヴィヴィアンは死んでない」

 またロジェとの言い合いと同じ内容を繰り返していたのだろう。ストーカーの近くにナタリアが行くなんて危なすぎるとマスターはわかっていたから、ちゃんと彼女を止めていてくれた。ナタリアもちゃんと学習しているようで、今度ばかりはその場から一歩も動こうとしなかった。

「今終わったところだ、よかったね」

 彼の言葉と同時ぐらいに、俯いたナタリアの隣に立つ。ナタリアは顔を上げると、いきなり無言でヴィヴィアンの右腕にぎゅっと抱きついた。

「そんな大げさにしなくていい、相手はただのチキン野郎だったし。一週間前からお前をずっと見てたらしいぞ。見てるだけで被害はなさそうだったけど、見てるだけでも結構気持ち悪いからちょっとこらしめといた」

 マスターも見ている手前、かなり気まずいので腕を離させながら言った。ナタリアはヴィヴィアンのすぐ横にぴったりとくっつきながら、顔を見上げてくる。

「ありがとう。……見てただけってことは、あの花はどうしたの?」

「違うみたいだ。あいつ程度の魔力じゃ、俺んちにつくまであんな風に精巧な花の形を保っておけない。ストーカーなんだから別のストーカーのこともわかるかと思ったら、肝心の犯人は見てないらしい」

「まだいるのね、気持ち悪いわ」

 ナタリアは辺りを見回しながら、ヴィヴィアンに心持ち近寄った。

「もっと強いのがな。絶対一人になるなよ、それと」

「ええ、ちゃんとこれ、つけてるわ」

 胸元の銀細工を誇らしげに握り、ナタリアは満面の笑みを浮かべている。

「護符だね。よく考えたものだ」

「本に載ってたの思い出したんです」

 苦笑気味に答えながら、ヴィヴィアンはマスターをちらりと見た。面倒ごとを避けるための頭の回転は通常より速い自信がある。

「ヴィヴィアンの手作りなのよ。それだけで効果ありそうだわ」

「ほう。なかなか紳士的なことをするじゃないか」

「面倒ごとを一気にまとめて片付けたかっただけですから」

 別に紳士的でもないし優しくもない。ナタリアに万が一のことがあったら嫌なだけだ。完全に自分のエゴである。

「ヴィヴィアン、ありがと」

「はいはい」

 三人で歩いていくと、アイアランド家に到着した。教室で騒ぐ声が聞こえるということは、塾を再開したのだろうか。

 そう思って少し塾の方を向けば、教室の大きな窓から中の様子が少し見えた。モップを持ってはしゃぎまわる子供達がたくさんいる。どうやら、生徒達が掃除を手伝っているらしい。

「それでは、私は行くよ」

 マスターは微笑んでヴィヴィアンとナタリアに手を振った。ゆったりした袖口がひらひらと揺れる。

「ありがとうございました、マスター」

 会釈すると、マスターは肩をすくめる。

「気にしないでくれ。ナタリア、気をつけるんだよ」

「ええ、本当にありがとう! また遊びに行くわ」

 ナタリアが飛び跳ねるような勢いで手を振るので、マスターは呆れたように笑った。そして、白い長髪と外套をなびかせて颯爽と歩いていった。彼の歩く足音が、石畳に軽やかに響く。

「マスターって本当にかっこいいわ」

「独身なのが不思議だな」

「そうね。マスターってどこか壁を作りたがってる雰囲気がする人だから、女の子もちょっと遠慮しちゃうのかもしれないわ」

「あー」

 マスターのことを深く知りたいと思うようになった者は、しばらく彼の雰囲気を探っているうちに諦めてしまうのだろう。確かにマスターには少し壁を感じる時がある。他人と自分との間に、一定の距離をしっかり保っているのだ。

 ヴィヴィアンは無理に踏み込もうとしないし、マスターもこちらに深い詮索はしない。こういう距離感がベストなのだろうと、漠然と思った。

「入りましょう?」

「ああ」

 マスターの背中を見えなくなるまで見送った後、ヴィヴィアンはナタリアを追ってアイアランド家の門をくぐった。

 ドアを開けて家に入るナタリアだが、居間には誰もいないようだった。血塗れのソファやカーペットはそのままで、乾いて濃くなった血の色に少し吐き気を覚えた。さっさと消してしまうことにして、空中に魔法陣を描く。

 呪文をかけた物を綺麗にするという、魔道士の間ではポピュラーな呪文で部屋全体を綺麗にすると、ヴィヴィアンはソファに深く沈みこんだ。なんだかとても疲れた。

 ヴィヴィアンを置いて自室に戻ったナタリアは、しばらく降りてこなかった。ヴィヴィアンは外套をどうしようか悩んだが、勝手に他人の家を歩き回るのは何となく嫌だ。いくら相手が幼馴染で、家族ぐるみのつきあいがあるからといっても、そこはわきまえておかなければいけないマナーである。

「おい、ナタリア」

 上階に声をかけてみた。しばらく返事が無いから聞こえていなかったのかと思ってもう一度同じ事を言おうとすると、返事がくる。

「もう少し待ってちょうだい! 荷物が多いのよ」

「手伝おうか」

 珍しく自分から働きかけたと思う。しかし、ナタリアは困ったように声を返してくる。

「駄目よ、今すごく下着が散らかってるもの」

 浮かしかけていた腰を思わず深く落ち着けなおした。あのいつでも整然とした部屋に下着が散らかっているとは、一体どういう状況だ。

「やっぱり手伝いに来てちょうだい、探すの」

「やだよ下着散らかってるんだろ」

「あ、あったわ!」

「何がだよ」

「何で布団とシーツの間にあるのよ」

「俺に聞いてどうすんだ」

 全くかみ合わない会話を一階のソファと二階のナタリアの部屋との間でかわす。

「ヴィヴィアーン!」

「何」

「ドアが開かないわ」

 ヴィヴィアンは一瞬無言になったが、大きくため息をついて階段を見上げる。

「一旦荷物を全部床に降ろせ。話はそれからだ」 

「あー、重たいわ」

 言いながらドアを開ける音がした。ヴィヴィアンは彼女の方をみずに、指先に出来たさかむけを剥いていた。少し失敗して血が出てきたが、治癒の魔法はもう使いたくなかったので軽く口に含んで血を止める。

「俺の外套とユキノの着物は?」

「四時ぐらいに水をきって、干しておいたわ。生乾きだけどここにあるの」

「そうか」

 そんな会話をしながら階段を降りてくるナタリアを振り仰ぎ、思わずヴィヴィアンは頭を抱えたくなった。

「……お前さ、限度ってもんがあるだろ」

 いつも遊びに来る時に持ってくるような鞄の他に、大きなトランクを持ち、更にその上に入りきらなかった外套や着物を積み上げているナタリア。旅行にでも行くつもりなのか。

「だって明日からも入り浸るじゃない。作業がはかどるわ」

「それじゃまるで泊り込むみたいな仕度じゃねえか」

 たった一日、暇を潰すための道具がなぜこんなに膨大なことになっているのか。女の考えることはやはり未知である。

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