第四十話 ふたたびプレゼント
朝食を終えたので、ローザが持ってきてくれた薬を飲んでソファに凭れていた。半裸のヴィヴィアンを気遣ってかナタリアが部屋からタオルケットを持ってきてくれたので、狭いほうの二人掛けソファの肘掛に頭を乗せ、はみ出した膝から先をぶらぶらさせた状態でタオルケットを被る。左肩は出したまま、主に腰から右胸にかけての場所を斜めに覆った。
「シャツ着られないの? 包帯が邪魔とか、そういう感じで」
「違う。薬草の汁で染みになるのが面倒。洗濯で臭い落ちなかったら最悪だし」
「まだ痛むのね」
「ああ、じくじくと」
鬱陶しくて意識したくないが、眠りを妨げるくらいには痛みが続いている。苛々するが、したところで痛みが軽くなるわけでもないので余計に苛立つ。
「魔法は使わないの?」
「今の俺が治癒の魔法使ったら、たぶんまた魔法使えなくなる。結構あれって体力使うんだぞ」
基本的に、疲れているときに魔法は使うべきではない。体力の低下に伴って魔法も使う気力がなくなるから、魔力がいくらあったとしても意味が無い。
魔道士がもつ魔力は体力と同じで、基本的な量は人によって異なるし、トレーニングすればもともと持っている基礎力がアップする。そして、使わなければ衰える。使いすぎれば疲れきってしまうので、しばらく休んで回復するか薬に頼るか、さもなくば他の元気な誰かに魔力を分け与えてもらわない限りは魔法が使えなくなる。ヴィヴィアンの場合は基礎力が高いので、疲れきっていても簡単な魔法なら使える。しかし、高度な魔法は今は使えない。
幸いヴィヴィアンの魔力の回復は早いから、午後までゆっくり休めば魔力は昨日までの水準に戻ると思う。今はそれを待つのが一番賢い。
「いくつかあるじゃない、自分の治癒力を使わない方法も」
「治癒力を使わないだけであって魔力は倍使う。今やったら死ねる」
「じゃあ他には?」
ナタリアは言いながら、ぐっと身を乗り上げてヴィヴィアンの腹に肘をつく。ちょっと苦しいが、声をかけるのも面倒臭いのでそのままにしておく。
「誰かの治癒力を分けてもらうとか、そういうのだけ」
「あたしの治癒力じゃ役立たないの?」
「試したこと無いからわからないけど、お前に負担がかかるから試すつもりもない」
「気にしないでよそんなことっ!」
憤慨したようにナタリアは眉根を寄せて、ヴィヴィアンの上からどく。そして、床にべったり座り込んでヴィヴィアンに背を向けた。へそを曲げたらしい。
「じゃあ仮に、お前が俺に治癒力を分けてくれたとして。今日の昼飯作るとき、誤って包丁で指切ったらどうなるか教えてやる」
面倒くさくなってため息をつきながら、ナタリアを横目で見やる。
「どうなるのよ」
こちらに背を向けたままちらりと肩越しに振り返るナタリアの表情は、かなり不満げだ。ヴィヴィアンは目を閉じ、微妙に強くなった傷の痛みを恨めしく思いながら呟く。
「失血死」
「嘘!」
まだ怒っている様子のナタリアは、完全にヴィヴィアンに背を向けて膝を抱える。その姿が子供っぽくて、ヴィヴィアンはくすりと小さく笑い声を漏らす。
「何笑ってるのよ馬鹿」
「いや、別に。ちょっと大げさだったかな、死ぬかどうかは傷の程度にもよる。……けど、ずっと血が止まらないんだぞ。普通ならすぐくっつく傷口が、何日も開きっぱなしだ」
ナタリアはなにやら神妙な面持ちでヴィヴィアンを振り返り、目を伏せる。ヴィヴィアンはそんな彼女から目をそらして、天井を見上げる。
脅しではなく本当の話である。たぶんヴィヴィアンも、疲れが取れるまでは回復力が異常に遅くなる。たとえばドアにぶつけて唇を切ったとしたら、不快な血の味が丸三日ぐらいは口の中でし続けるといった具合にだ。今度からは低級な魔物を倒した際に、その魔力を奪って使って傷を治そうと思う。その方が体に負担をかけずに済む。
「怖いわ、それ」
「だろ。だから無闇にそういう魔法使えねえの」
そんな会話をしながら、ヴィヴィアンは頭が痛くなるくらい色々なことを考えていた。ナタリアのストーカーのこともそうだし、これからどうユキノを教育していくか、自分を鍛錬するための修行はどうするか、一週間後に控えたパーティーやそれまでに退治すべき魔物はどうしようか、そんな面倒くさい悩みが久々にたくさん重なって潰れそうになる。
「ユキノは部屋に行ったのか?」
「ううん、貧血が軽くなったからって洗濯してるわよ。ローザはユキノに付き添ってるの。倒れたら師匠に伝えてって、ユキノが頼んだから」
「結構元気そうだなあいつ」
思わずそう言ったが、ナタリアはすぐ首を横に振った。
「空元気よ、見ていてわかるわ。本当は無理させたくないけど、あたし、あんたの傍を離れたくないの。ユキノも病人扱いはやめてほしいって言うし」
別に離れてくれて構わないのに、と言ってしまうのは楽だった。ただ、そんなにストレートに言ってしまってはナタリアが傷つくかもしれない。
「見てて面白いもんでもないだろ」
「心配なのよ」
「ストーカーが?」
「あんたが! ストーカーはここにいるかぎりこないわ。それに、来たとしてもあんたがいれば平気。あ、気分的な意味よ。あんたの傍にいれば色々安心できるから。別にボロボロのあんたにこれ以上ボロボロになってもらおうだなんて思ってないわ、安心して」
たまに彼女の発言が、冗談なのか本音なのかわからなくなるときがある。安心できるとは、一体どういう意味だろう。真っ青な顔で心配だと繰り返し言っていたのは一体どこのどいつだったか。あの様子からは、かけらも安心している気配は伝わってこなかったとヴィヴィアンは思う。
「それじゃ、俺がこのままソファで見てたら、お前はストーカーの顔面に華麗な回し蹴りを食らわすことができると」
「そういうことよ! 上手くできたら褒めてちょうだい」
「無理。こえーから俺逃げる」
「もう!」
ナタリアの反応が面白くて、ヴィヴィアンは暫く笑っていた。実際にストーカーがここにきたら、その顔面に回し蹴りを食らわすのは自分だ。ナタリアの武力行使を見てみたい気もしたが(見たらきっと気分がスカッとするだろう)、そんな危ないことはさせられない。
「パーティーの日が怖いな。お前、俺とずっと一緒にいることになるだろ? 踊ってる最中なんてずっと腰に手を回してる訳だし。そうしたら、ストーカーは絶対俺のこと消しにかかるぞ」
踊っていないときだって、ナタリアは絶対にヴィヴィアンの腕に細い腕を絡め、楽しそうに喋っているに違いないのだ。そんな姿をストーカーが目撃したら、下手をすればナタリアまで八つ裂きにされかねない。
「そうよ! 気持ち悪いくらい嫉妬深い男なんだったわ」
ナタリアが白く細い腕で自分の体を抱きしめるようにして、薄気味悪そうに斜め下へ視線を降ろす。
「ストーカーが一人ならいいけどな」
呟きながら、ヴィヴィアンは痛む肩に手を伸ばしかけてやめた。今触ったら、右手に薬草の臭いがつく。
「……やめてちょうだい、怖いわ」
「お前のこと狙ってる奴多いからな。学生の頃からよくあっただろ、ストーカーは」
「あんただって数回あったじゃない」
事実だが、どれもナタリアへの被害に比べたら可愛いものだった。学校帰りに待ち伏せしていたり教室でずっと待っていたり、気づいたらヴィヴィアンの私物である、インクの切れた古い万年筆を大事そうに持っていたりするような微妙に気持ち悪い感じのストーカーがいたことは事実だが、ナタリアにつきまとう連中とは比べ物にならないくらい穏やかだ。ナタリアへのストーカーはとにかく過激な者が多かった。
「馬鹿、お前は数回どころじゃなかったじゃねえか。同時期に三人とか、ストーカー同士で闘争が起きたりとか。一緒に死のうとか言い出す奴が現れたときには、どうしようかと思ったよ」
エストルとタッグを組んでストーカーにたくさんの制裁を下したが、ナタリアを想う男子は思いのほか多く、気づいたらヴィヴィアンとエストルがいなくても彼らのおかげで自然にストーカーが排除されるようになっていた。
まあ、今はその便利なネットワークがなくなったので、ヴィヴィアンが一人でストーカーをどうにかしなくてはならないのだが。
「今回はもっと重症よ、あんな狂気的なプレゼントつきだったもの。あれで女の子が喜ぶと思ってるなんてまともじゃないわ! 一緒に死んでくれっていわれるほうがまだ可愛げがあるじゃない、少なくとも何を考えているかは解るし」
「で、その何考えてるか解らないまともじゃないやつが複数」
「彼らが全員騎士団に捕まって牢屋行きにならない限り、この家から出られないわね」
そうなったらナタリアまで居候することになってしまうのかと割と真面目に考えてしまい、馬鹿らしくなって頭を描いた。
「……面倒くさ」
そうなる前に手を打てば良いというだけの話だ。
少し重たい頭を抱えつつ、ヴィヴィアンはソファから起き上がった。そして、正面のソファに座っていたナタリアを置いて部屋に向かう。
「ちょっと、どこいくのよ!」
「部屋。ちょっと寝る。お前は入ってくんな」
勿論嘘だった。さっそく手を打ちにいくのである。
ヴィヴィアンは階段を上がり、自分の部屋に入ってドアを閉めると、乱暴に椅子に腰かけて机の引き出しを漁った。折れた蝋燭やマッチの空箱、画鋲や釘や軸の折れた万年筆がでてくるが、どれも使えそうにない。机の上に乗せてある棚を探り、小箱の中にひっそりとしまわれた純銀製のアクセサリーをみつけ、ようやく息をついた。
魔よけに銀製のアクセサリーや弾丸を用いることは昔から常識になっているが、どうして効果があるのか解明できた人はいない。ロジェも『研究したい物事リスト』の上のほうにこの大問題を掲げているものの、当然のことながら未だに謎を解明できていない。ただ、今から作ろうとするものに材質はあまり関係なかった。強いて言えば銀で作れば楽だというだけだったが、その銀を見つけられたことがヴィヴィアンは少し嬉しかった。
銀色のリング状のモチーフは直径がヴィヴィアンの人差し指の付け根から爪あたりまでの大きさだ。流れる風のような流線型の模様の上に、古代語の文字が彫られている。表面が少し黒ずんでいるのは手入れを怠っていたからだろう。これは確か、三年くらい前に父の知り合いの銀細工師と一緒に作ったものだ。アクセサリーの類はあまりつけないが、銀細工には興味があったので工房に連れて行ってもらった。
「ゴツいし重いから、すぐ外したがるかもな」
苦笑しつつ、ネックレス用の皮ひもを外す。自分が怪我で毎日傍にいてやれないのなら、お守りを作ってやれば良い。そうすれば回復してからも彼女につきっきりでいることがなくなるので完璧だ。面倒くさいことを一気に回避できる。
個人単位に効く結界を張れば、魔物はおろか魔力を持った人間も彼女に弾かれるようになる。古代から魔道士の護身のためによく使われた魔法だ。ナタリアの家族に魔法使いはいないから、何も問題はないだろう。
銀を媒介にして守護の術をかけるとなれば、他の材質よりも呪文が少なくて済む。効力がきれるまでにどれくらい時間がかかるかはナタリアの扱いによるだろうが、短く見積もっても二ヶ月くらいは結界を保ちたい。
「……とすると、ちょっと面倒な魔法陣が必要だな」
埃をかぶった魔道書を引っ張り出してくる。エンカンタリア古語で書かれた魔道書だが、古語の読み方は国民全員が学校で習うので特に困ることはない。特に魔道士は語学に堪能でなければいけないから、放課後を利用して図書室に行くなどという実に優等生じみたことをして必死で古語を勉強するのが普通だ。
覚えた古語の使用方法がたとえどんなに不純でも、古語の理解度からいけば優等生なのである。たとえば強い風を吹かせて女子生徒のスカートをめくるとか、体育の授業中に大雪を降らせて授業を中断させるといった魔法がその代表的な使用法にあたる。断っておくが、ヴィヴィアンはただの一度もそんな魔法を使ったことはない。
「えーと、うわ、目次消えかけてる」
触っただけで千切れそうなページを用心してめくりながら、目当ての魔法陣を探す。みつけた図案を眺め、複雑な魔法陣の意図や意味を考えながら机の上に模写していく。魔法陣を描いたらその中央に護符としたいものを置き、呪文を唱えて完成させるのが手順だ。囁くように呪文を唱え始める。
「レ・ナイン・スィエ・ヴィエリオ・エ・ナタリア……」
呪文の中に守りたい者の名前を入れなければならないのが、この護符魔法の特徴だ。地獄耳のナタリアのことだから、この呪文を普通の声で紡いでいたら絶対に(目を輝かせながら)邪魔しにきたに違いない。
「アス・レナス・ヴァルア・エン・ティス・ダ・ヴィヴィアン・アル・リリエンソール」
最後に魔道士の名前を組み込むことで、魔法が補強される。姓はともかく名前は非常に嫌いな語感なので普段は滅多に口にしないから、ヴィヴィアンにとって自分の名前はもはや呪文の一節としてしか用途が無い。
淡い紫色の光がやわらかに銀細工を包み込み、飲み込まれるように消えていく。呪文が終わったので、ネックレス用の皮ひもを適当に巻きつけてヴィヴィアンはそれをポケットに押し込んだ。少し体がだるいので、食事が出来た時に移動しなくていい一階のソファで寝ようと思う。
階段を降りると、ソファにユキノがいた。降りてくる足音が誰かは見なくてもちゃんと判別できているらしく(驚きだ)、ユキノは振り返りながら迷わず話しかけてくる。
「ヴィヴィアン、早めに買い物行ってきたいんだけどいい? ちょっと遠出して、こないだ聞いた着物の店も見に行きたくて。刀も欲しいし、色々寄り道すると思うから」
「ああ、行って来い。今日は一日休みだし」
頷いてやれば、ユキノは嬉しそうに笑った。
「よし! ローザ、行こう!」
「うん」
居間の奥のほうで散らばっていた紙などを拾っていたローザは、ユキノに声を掛けられてすぐに出て行った。玄関を出るときに少しだけ肩越しに振り返り、手を振ってくれる。ヴィヴィアンは微笑して手を振り返した。
思えば、ローザが知り合って間もない男と二人で出かけたことなど今までに一度もなかった。ユキノは相当信頼されているらしい。
上のほうで廊下を走る足音がして、どこかの部屋のドアが思いっきり開け放たれる乱暴な音が響く。
「ヴィヴィアン!」
どうやらナタリアがヴィヴィアンの部屋を開けたらしい。しばらく間があり、開いたドアを閉じて廊下の手すりから階段下を覗き込むナタリアがようやく一階のヴィヴィアンに気づいた。
「なんだ、そっちにいたのね」
軽やかに階段を駆け下りてくるナタリアは、エプロンをしてはたきを持っていた。掃除中らしい。
「ちょうど良い。ナタリア、ちょっとここ来い」
「え? どうしたのよ」
言いながら、ナタリアは階段を降りきってヴィヴィアンの隣に座る。
「長さ。調節しないと」
「何の長さよ」
「紐。たぶん俺のじゃ長い」
きょとんとしているナタリアの長い金髪を片手にまとめ、持ち上げてうなじへと手を持っていく。ポケットからはみ出ていた紐を掴み、彼女の首に回そうとしたところで手が足りないことに気づいた。ナタリアの髪をまとめている右手は動かせないし、左手で器用な動きをすると肩に響く。
「あー、やっぱ面倒くさい。この場で自分でサイズ直してくれ」
ヴィヴィアンは彼女の髪を下ろし、適当に手で整えてやってから左手に握っていたものを差し出した。
「俺からも、ちょっと気が早い誕生日プレゼント。ストーカーに対抗してみた」
「え? ……え、ちょっと、何言ってるの」
戸惑うナタリアの手に、体温で少しぬるくなったアクセサリーを握らせた。ナタリアは自分の手を見下ろして固まっている。
「悪いな、そんなのしかなくて。ゴツいから、流行りの細いアクセサリーとかみたいに気に入ってもらえないと思うけど」
「嬉しい……!」
ナタリアは空いた右手で口許を覆い、左手に握ったアクセサリーとヴィヴィアンの顔とを順に見る。今朝まであれだけ血の気の無かった頬が、今は真っ赤になっていた。
「気に入らなくても絶対毎日つけてろよ。強制。魔道士と魔物を一気に防げる便利アイテムだから。これをもってれば、魔道士も魔物もお前に指一本触れられない」
「やだ、何よ、嬉しすぎて頭が真っ白よ! ありがとう…… 本当にありがとう! 絶対肌身離さず毎日つけてるわ、ありがとう」
「おう」
ちょっと喜びすぎではないだろうかと思ったが、嘘ではなさそうなのでほっとする。早速首にかけ、皮ひもの長さを調節しはじめるナタリアを見ながら、ヴィヴィアンは小さく欠伸した。
「あんたが誕生日プレゼントくれるなんて、初めてよね。十何年つきあってきて」
嬉しそうに胸元を見下ろして微笑むナタリアに、なんだか照れくさくなってヴィヴィアンは視線をそらした。はたしてその十数年越しの初プレゼントが、面倒ごとを一気に回避できる便利アイテムでいいのだろうかと頭の片隅で思ったが、彼女が嬉しそうなので良いとしよう。
「まあな」
「もしかして、手作りだったりする? だってこれあんたの字じゃない」
「一応。何年か前に銀細工師の知り合いが工房に連れてってくれて」
「凄いじゃない! この古語もなかなか好きよ、『未来』を意味するのよね」
習いたての古語が非常に格好良く思えて、字体までばっちりキメて書いた単語が今となっては恥ずかしい。
「やめろそこ突っ込むな、恥ずかしいそういうの」
「いいじゃない、あたしは好きよ」
そういうナタリアが常に笑顔で本当に嬉しそうだから、ヴィヴィアンも少しだけ安堵した。魔物やストーカーに怯えて真っ青な顔をしていたのが嘘のように、彼女は魅力的な笑顔でヴィヴィアンがプレゼントしたお守りを見つめている。
「魔道士じゃないストーカーがいたらそれはエストルに頼んでくれ、紙はいつもの場所。俺は寝る」
彼女に背を向けるようにしてソファに寝転がると、背後からナタリアがヴィヴィアンを覗き込んでくる。
友愛表現として抱きついてきたり乗っかってきたりするのはもう慣れているから構わないが、その柔らかな胸をべったりと密着させてくるのはいかがなものかと思う。いや、実はいつも思っている。『だからお前は無防備なんだよ』と口に出して注意したいが、ことがことだけに言いづらくてただ『離れろ』としか言えない。もしかすると、ヴィヴィアンはナタリアに男として認識されていないのではないだろうか。
そうしているうちにだんだん意識するのも面倒くさくなってきて、最近ではめっきり反応が鈍くなっている。確実にまずいと思う。ヴィヴィアンの方もナタリアを女の子として意識しなくなる日が近づいているのかもしれない。
「ここで寝るの?」
「もう階段上がるの面倒くさいから。飯できたら起こして」
ナタリアは小さくため息をつき、ヴィヴィアンの上からどいた。そして、寝癖のついた赤毛をくしゃくしゃと撫でてから、元のように撫で付けてくる。
「わかったわ、おやすみ。もう部屋入っていいわよね? 片付けてくるわ」
「頼んだ」
目を閉じると眼鏡を外される。小さく礼を言うと、近くのテーブルに眼鏡を置いたらしい軽い音がして、その後しばらくしてから部屋の扉を閉める音が聞こえた。




