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エンカンタリア  作者: 水島佳頼
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第四話    更なる誘惑

 遅い来る睡魔をかわしつつ、ローザの作業を眺めていた。ローザは真剣に作業をしているので、ヴィヴィアンの視線には全く気づいていないようだ。

「ヴィヴィアーン! 味見して!」

 しばらくして楽しそうに呼ばれ、のろのろとキッチンへ向かう。湯気をあげる鍋の中には、見慣れない色をしたスープが入っている。

「あたしこんなの初めてよ! お味噌汁っていうんだって」

 はしゃぐナタリアにせかされて、小皿に注がれた味噌汁に口をつける。悪くはない味だが、風味が独特で不思議な感覚だ。

「美味い?」

「まあまあ」

「じゃ、こっち。肉じゃが」

 ヴィヴィアンは言われるがまま、小皿に盛られたじゃがいも料理を食べてみる。じゃがいもや野菜、豚肉を砂糖や醤油などを使って煮たものらしい。風味がよかったが、じゃがいもが少し硬い。

「じゃがいも火が通ってない」

「マジ? 味はこれくらいでいい? もっと濃いほうがいい?」

「このままでいい」

 ローザの作業をぼんやり眺めつつ、ヴィヴィアンは台所でなにやら楽しそうに料理を続けている二人の会話を聞いていた。焼き魚のいい匂いが漂ってくる。空腹を呼び覚ます匂いだ。

「……腹減った」

 呟くと、ローザが困ったように微笑んでこちらを見た。

「ヴィヴィアン、仕事ほかにないの? もう終わったよ」

「玄関の木箱見てきて」

「わかった」

 軽い足取りで店の外へ向かっていくローザの背中を、テーブルに頬をべったりつけた格好で見送る。すると、背後からナタリアの喝が飛んだ。

「ちょっとヴィヴィアン、ローザをパシるんじゃないわよ!」

「ローザー、ありがとおー」

 ひらひらと手を振ってやれば、ローザはしかたないなあと言いたげに手を振り返してくる。

「まったく、ローザもローザよ。何で黙ってパシられてるのよ」

「ナタリアは働いてるのに私は何もしないなんて嫌なの」

 笑顔で答えるローザに、ナタリアは大きなため息をついてみせる。

「あんたって子は。代わりなさい、あたし二階を片付けてくるわ」

 勝手に使っていたヴィヴィアンのエプロン(母が置いていったものだ)を脱ぎ、ローザに渡しながらナタリアは微笑する。ローザはいわれたとおり代わることにしたのか、エプロンに腕を通し始める。ナタリアは髪を後ろで束ね、ヴィヴィアンの服についていた飾り紐を勝手に抜き取って使った。

「おい」

 言ってみたものの、もう疲れて面倒くさい。あとでちゃんと通してくれるだろうから、やりたいようにさせておくことにした。

「見られちゃまずいものでもあるなら同伴してよ」

「別に…… ないと思う多分」

 しいていうなら、室内の魔法陣を汚れと間違われて消されないかどうかが心配だったが、また描けば良いので面倒くさくなってヴィヴィアンはまた顔を伏せる。

「本当かしら。じゃ、ローザ。あとはお願いね」

 ローザはユキノの隣に立ち、ひどく硬い動きで料理をしていた。ユキノが優しくローザに料理の手順を教える声が、耳に心地よい。眠くなってくる。

「ヴィヴィアン! 洗濯しとくわよ!」

 上から聞こえてきた声で意識が呼び戻される。あくびをこらえながら、階段の方を見上げる。

「お前、魔法使えないだろ?」

 この家の洗濯は、一般家庭で洗濯板を使って洗濯物をするのとは訳が違う。風呂場の床に書いた魔法陣の上に木製の樽を載せ、その中に洗濯物と水を入れて魔法を発動させて洗濯しているのだ。

 洗濯物はかなり綺麗になるし、汚れが酷い時は分解の呪文で綺麗に落とすことも可能だ。時々、この洗濯機を使いたいという依頼もくる。

「問題ないじゃない、洗濯くらい」

「言い方変える。お前は俺んちの洗濯機、使えないだろ?」

 ナタリアは魔法を使えないはずだが、手洗いで洗ってくれるのだろうか。そこまで世話をかけられない。たしか、かなり洗濯物が溜まっているはずなのだ。

「魔法陣を発動させるぐらいならできるわよ。あんたの書いたものじゃなきゃ動かないけどね」

 ああ、忘れていた。頭がぼうっとしていて、しっかり働いていなかった。ナタリアは確かに魔法を使う事ができないのだが、何故か例外的にヴィヴィアンの魔法陣でなら魔法を発動できるのだ。不可思議な現象だが、未だにこの現象についてかかれた魔道書を読んだことがない。

「じゃあ頼んだ」

 返事をすれば、しばらくナタリアからの返答はなかった。しかし、なにやら大きな物音がして、ナタリアが大きなため息をついているので顔を上げる。

「もう、その辺りにパンツ脱ぎっぱなしにしとくのやめなさいよね」

「……っ! お前には関係ないだろ」

 そういえば昨夜あたり、暑苦しくてシャワールームに適当に服を脱ぎ散らかしてそのままだった。いつもは下着くらいは樽に投げ入れておくが、本当に面倒くさいとそれすらなくなる。ちょっと恥ずかしくなった。いくら友人とはいえ、女の子にそういう面倒をかけるとは。

「紳士としての常識よ! だからモテないのよ、あんたはっ」

 最後の『あんたは』の部分でちょっと力んでいる様子があったということは、脱ぎっぱなしの衣類がかなり多かったということだろう。おおかた、ナタリアはその大量の衣類を樽に一生懸命詰め込んでいるのだろう。

 もう日常の風景として見慣れているので、シャワールームの床に服があってもヴィヴィアンは気にしないことが多い。

「本当にだらしないんだから」

 まとめていた髪を下ろしながら、ナタリアは階段をおりてくる。

「いいだろ家ん中くらい」

「度が過ぎてるわ」

 そういいつつも何だか楽しそうなナタリアだ。彼女は基本的に掃除や洗濯などの家事全般が好きだから、面倒臭がりのヴィヴィアンにとってはかなり重宝する人材である。

「きゃっ」

「わ、大丈夫かっ」

 またぼんやりしかけたところで台所の方から激しい物音がして、ヴィヴィアンは驚いて振り向く。ローザがまな板をシンクへと落としたらしかった。

 ユキノは血相を変えてローザの手を掴むと、水道の栓を開いて水を出し、強引にその手を洗う。それから手際よく懐に手を差し入れ、紺色の布を取り出して彼女の指先にきつく巻きつける。

 どうやらローザは怪我をしたようだ。まな板を落とした際、一緒に包丁も落としたのだろう。

「ごめんな、俺ちゃんと見てなかった」

「う、ううん、平気」

「ローザっ、大丈夫!?」

 ナタリアが妹のもとへ飛んでいき、ヴィヴィアンも彼女の様子が気になって席を立つ。ユキノが巻いた紺色の布に、赤黒い染みが出来ていた。

「おいで」

 声をかけると、ローザが呆然とした顔をこちらへ向けた。自分の血を見て固まっているローザに、全然平気じゃないだろうと内心で突っ込む。

 ローザは昔から、血が極端に苦手だ。前にヴィヴィアンがガラスに腕を突っ込んで血塗れになったとき、彼女はその光景を見て失神してしまった。おかげでナタリアに怒られ、父母には呆れられ、散々な思いをした。

 苦い思い出をふりかえりつつ、真っ青なローザを覗き込む。傷は少し深いようで、血が止まらない。

「どっ、どうしよう……」

「どうしよう! 俺のせいだ、ヴィヴィアンっ!」

 今にも気絶しそうな蒼白なローザの様子に、ユキノが慌て始める。ヴィヴィアンはユキノを一言で黙らせると、ローザの震える手をとって、魔法陣を描いて呪文を囁いた。柔らかなオレンジ色の光が、紺の布に集まっていく。

「はい、治った」

 光が消える頃に布を取ってやれば、白く細い、可愛らしい指が姿をあらわす。傷口がどこにあったかすら解らないような治癒力に、自分でも感心する。治癒の魔法は本来あまり使わないが、今回は特別だ。

「わ、あの、ありがとう」

「いいって。さっきバイトしてくれたし、お互い様」

 この光景をユキノは嬉々としてみていた。肉じゃがというらしい煮物が入った鍋を片手でかき回しながら、きらきらした目でこちらを見ている。

「すげえ! ヴィヴィアンすげえ!」

「お前にはやってやらないぞ、怪我すんなよ」

 ヴィヴィアンの小言はそっちのけで、ユキノはローザの指を長いこと眺め回している。居心地が悪そうに身を竦めたローザは、手にしっかり握っていた紺色の布に目を落とし、ユキノにくるりと背を向けた。ローザは人見知りが激しいから、ユキノの不躾な視線をかなり不快に感じたに違いない。

「これ、洗濯機入れてくるね」

 しかし、今にも逃げたそうなローザをナタリアが止めた。

「あたしが行くわ。ローザ、大丈夫?」

「平気、ヴィヴィアンが治してくれたから」

「本当に綺麗に治ったのね。よかったわ」

 この姉妹はでこぼこだが、とても仲が良い。お互いに気遣いと優しさを忘れない二人なので、喧嘩などはあまりしているところを見たことがない。傍から見れば、この二人は姉妹というより仲の良い友達だ。

「料理そろそろ仕上げだから、そこの酒とって」

 声をかけられ、キッチンに突っ立ったままだったヴィヴィアンは条件反射で近くにあった酒瓶を手渡していた。

「酒? お前こんなの買ってきたのか」

「料理酒だよヴィヴィアン。風味もよくなるし、食材がほどよく柔らかくなる」

 透明な瓶に入った酒を鍋の中に流しいれ、蓋をしてユキノは笑う。彼は料理に詳しいようだ。

「得意なのか? こういうの」

「基本自給自足だからさ、自分で作らなきゃ誰も用意してくれないんだ。みんな忙しいから、炊事は俺が担当してた。風呂掃除はキヨシチ。あ、義理の弟な」

「ふうん……」

 気づいたら食事を用意されていて、食後の片付けも誰かがやってくれていて、食材をストックしている木箱には、常に野菜や果物が入っていた。そんな生活が当たり前だったヴィヴィアンは、一人暮らしを始めてからはアイアランド姉妹に食事の世話を焼いてもらうことがかなり多かった。

 ユキノはそれを、ひとりでやっていたのだろうか。親と死別し、里親に貰われ、きっと肩身の狭い思いだってしたことがあっただろう。なのにこの真っ直ぐさは、いったいどこから生まれたのか。

「お前、一人でやっていけるだろ」

「無理。だって働くとこないし」

「お前の腕だったら料理番の見習いとかできるだろ。市長の家行ってみろ」

「じゃあ最悪の場合はそこで住まわせてもらいながらここに通うよ。俺、きっとちゃんとエンカンタリア料理も作れるから。調理法さえわかれば」

 では小手調べに頼んでみようか、と思ったところで、彼がヴィヴィアン専属のシェフなどではなく、弟子志望の剣士だったことを思い出した。返事をどうすべきか悩み始めた途端、二階からナタリアの声がする。

「ヴィヴィアン、洗濯物干すところはいつもの場所でいい?」

「ああ、そうしといて」

 ユキノはヴィヴィアンからの返答がなかったことを、特に気に留めていないようだった。玉じゃくしで煮物の汁をすくい、小皿にあけてユキノはヴィヴィアンに差し出す。

「はい、味見して」

「あ? ああ」

 言われるまま小皿を受け取り、煮物の汁をすする。じゃがいもをひとくち齧ってみれば、汁の甘味とじゃがいもの相性が素晴らしく良いものであることに気づく。馴染みのない味であるはずなのに、どこか懐かしい気がした。

 目の前の男はかなり期待の篭った目でこちらを窺っている。コメントなしでは許されない空気だ。

「……うまいと思う」

 正直に言ってやるのは少し癪な気もしたのだが、確かに文句のつけようもなかった。このたった一言で、ユキノはまるで子供のように喜ぶ。

「やったあ! ローザ、ごはんよそって!」

「わかった」

 ローザは暖炉につるされた鉄製の容器を火から下ろした。

 エンカンタリアでは火を使う料理を台所の暖炉で調理するので、真夏の料理はきつい。けれど、このリリエンソール家では暖炉の外に漏れ出す熱を魔法で集め、流しのすぐ隣に送っている。そこに置いた大理石に描かれた魔法陣に、熱が集まる仕組みになっているのだ。

 なので、暖炉に立たなくてもお湯を沸かすくらいのことはできるし、こうしてユキノがやっているように鍋を大理石の上において調理ができる。

 一般家庭では料理用に改良した暖炉やかまどを使うが、ヴィヴィアンの家では魔法陣を描いた石の上で料理を作る。魔法は本当に生活を便利にしてくれる。

「ヴィヴィアンは座っててよ。面倒くさいでしょ」

 ユキノは笑った。

「ああ」

「ああって何よヴィヴィアン! 手伝いなさいよね」

 ぎくりとして振り返ればナタリアが髪をほどきながらこちらに歩み寄ってくる。

「後でその服貸して。紐通すわ」

「面倒臭い」

「じゃあそこに立っててちょうだい」

 ローザとユキノの邪魔にならないところまでヴィヴィアンを引っ張ってくると、ナタリアは髪からヘアピンを抜いて、その先端にさきほど奪ったヴィヴィアンの服の紐を挟む。ヘアピンを紐通しがわりにして、ナタリアは実に器用に服から抜き取った飾り紐を元のように直してくれた。

「使うなら言えよな」

 小言を垂れれば、ナタリアはいたずらっぽく笑う。

「適当に目についたのがあんたの服だったのよ」

「じゃお前、適当に目についたのがこいつのコレでも抜き取って使うのか?」

 ユキノの髪に挿してある棒状のヘアアクセサリーを指差して言えば、ナタリアは首を横に振る。

「ダメよ、かんざしのつけ方知らないもの」

「ナタリアは似合うと思うよ。今度教えるから」

「本当に? 嬉しいわ」

「ヴィヴィアンは全部上げるには長さが足りないから、部分的にアレンジできそう」

「いいよどうでも」

 アクセサリーは面倒くさい。ヘアアレンジも面倒くさい。どうせやったところで夜には解いて風呂場行きなのだ。

 そう考えると、このユキノという東洋人が日々をかなりの気合で過ごしているような気がしてきた。毎日こんな髪型で、面倒くさそうな衣類を纏って、自炊するのだ。ヴィヴィアンには到底できないと思う。

「ヴィヴィアン、ご飯どれくらい食べる?」

「とりあえず少な目で」

「わかった」

 ローザと会話してテーブルに着けば、ナタリアに台拭きを渡される。

「何だよ」

「何だよじゃないわよ、働いてないのあんただけなのよ。テーブルくらい綺麗にしなさいよね」

 まあ、確かにそうだ。納得し、面倒くさいと思いながらもテーブルを片付ける。

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