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エンカンタリア  作者: 水島佳頼
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第三十話   呼応、連鎖

 ユキノが脚を一本ずつ切り落として阻止しようとするが、魔物は火を吹いてユキノを遠ざける。氷の防護壁は簡単に融解してしまった。そして融解したそばから凍りだし、歪な彫像のようになる。ヴィヴィアンは魔法陣を完成させ、呪文を唱え始めながら内心で舌打ちしていた。防護壁が少しは時間稼ぎになってくれるかと思ったが、あまり役に立たなかった。

 部屋の温度が氷点下になりはじめたらしいことには、魔物やユキノの口から漏れ出す吐息が真っ白に凍っているのを見て気づいた。ヴィヴィアンは温度調節機能のある外套で外気温の変化にあまり気づかないし、魔物にもあまり効果がないようにみえるが、ユキノは自分で自分の首を絞めたらしい。この呪文が終わったら助けよう。

 切り落とされた魔物の脚から吹き出る血が、出た瞬間凍る。凍った血の塊を振り回し、魔物はそれすらも武器にしてユキノを狩ろうとしている。ユキノは真っ白な吐息を吐き、がくがく震えながら血の塊を切り落とし、そのまま胴体に刀を突き刺した。

「……ヴィエ・ロスファ・ライ」

 ユキノが刀を抜くのと同時に呪文が発動する。その瞬間、真っ黒い血を吹き出しながら魔物が進入してきた。魔物めがけて強い紅蓮の炎が吹き上がり、あっというまにその巨体を包み込む。壁とユキノを燃やさないように命令を加えたから呪文が長くなったのだ。

「ユキノ、大丈夫か」

「へいき」

 短く答え、ユキノは飛びのいて机の上にひらりと上がる。炎につつまれてもがく魔物の腹からは血が脈動に合わせて噴出していて、見る間に床が黒く染まっていった。ヴィヴィアンはユキノが暴走させた冷気の魔法を止め、部屋の隅で震えるロジェの腕を乱暴に掴んで引っ張った。

「さ、寒い……」

「ナタリアとローザを二階に連れてけ。ウィル先生もだ」

「わ、わかった」

「絶対に一階に戻ってくるな」

 教室と家とをむすぶドアからロジェを送り出し、ヴィヴィアンはドアに施錠魔法をかけた。これで向こう側からドアが開いて、三人がこちらに来ることはなくなった。

 炎に包まれた魔物はユキノがドアから遠ざけていてくれた。ヴィヴィアンも加勢することにして、右手を上げて指を鳴らす。鳴らした指の辺りから炎が吹き上がり、やがて形を成して剣となった。ヴィヴィアンはそれを掴むと、机を思いっきり蹴りつけて魔物に突っ込んでいった。そうして胴体に剣を刺してから、心臓の位置がわからないことに気づく。

 魔物はもがきながら十一本ある脚から血を流す。その血をつかってヴィヴィアンのかけた魔法を解こうとしているようだ。普通だったら水をかけても消えないような魔法だが、魔物の血には魔力が宿っている。黒いべっとりとした血のおかげで、火は徐々に静まっていった。ヴィヴィアンは狙いを定め、魔物の首を力いっぱい薙ぎ払う。

 ごろり、首が床に落ちる。吐き気がしたが、ヴィヴィアンは落ちた首には目もくれずに胴体の方を見定める。皮膚が焦げ付いているが、表面がぼこぼこと泡だってすぐに再生していく。

 魔物は血が抜けたからかどうかは解らないが、少しスリムになっていた。脚も十一本あったと思ったのが六本になっている。ぼってりしていたフォルムが縦長になっているのは気のせいではない。

 少し遅れて、ヴィヴィアンは魔物が戦闘用に自分をどんどん作り変えているということに気づいた。細身のほうが暴れやすいし、俊敏に動けると思ったのだろう。

 首のない魔物はそれでもヴィヴィアンとユキノがいる場所がわかるようだった。何の魔法で滅するべきか考える。考える間に動いて、鎌のように変化した魔物の脚から逃げる。魔物の脚は何もない宙をひゅんと切り裂き、ヴィヴィアンは魔法で空中に空気の塊をつくりだして足場を確保した。そして、鎌のような脚を切り落として胴に刀を突き立てるユキノに声をかけた。

「ユキノ、頭やれ!」

 ごろごろと転がりながら、頭は自分の体のほうへと向かっていた。ユキノがそれを脳天から突き刺し、突き刺したまま拾い上げて机に叩きつけた。びちゃりと飛び散る魔物の血。魔物は潰れた喉から悲痛な叫び声をあげた。

 ユキノは血に濡れた黒いごわごわした毛を鷲掴みにして、魔物の首を肩の高さまで持ち上げると、体部分から遠い床へと投げつけた。とどめを刺そうとしたが、体部分に攻撃されそうになったのだ。ヴィヴィアンはそれを、直径が身長くらいある大きな魔法陣を描きながら見ていた。

 部屋の隅へと転がっていった首は暫く動かなかったが、痙攣したような動きでまた少しずつ転がり始める。そして、転がりながらヴィヴィアンの方を見上げた。まずい、やろうとしていることに感づかれた。

 首のない魔物はユキノを攻撃するのをやめ、背中からめきめきと大きな翼を生やし始めた。コウモリの羽ににている。ヴィヴィアンは魔法陣を描きながらユキノの名を叫ぶ。魔法陣はまだ六割しか完成していないのだ。ここで攻撃されたらまた態勢を立て直すために時間が要る。

 すかさずユキノが魔物の翼を斬った。落ちた翼はのたうつように暴れ、そのままどろりと溶けて血になって床を濡らす要因となった。おかげで魔法陣の外形が完成し、呪文を書き込む段階までこぎつける。ユキノは尚も魔物を阻止しつづけてくれたが、急に壁際に吹っ飛ばされた。一瞬送れて、体中に薬品をかけられたかのような痛さと熱を感じてヴィヴィアンはたじろぐ。魔物を中心に発されたその波動は、間違いなく魔力の固まりだ。

「ユキノ!」

 壁にたたきつけられ、ユキノは魔物の血が広がる床にぐったりと倒れこむ。魔物の脚に吹っ飛ばされたのではないことは明らかだ。

「てめえ、何をっ」

 未完成の魔法陣をそのままに、ヴィヴィアンは炎の剣を再びつくりだして魔物の体を切る。真っ二つにするには大きすぎる魔物だから、ヴィヴィアンの懇親の一撃も首の部分をごっそり切り落とす程度で終わった。しかしほんの少しの時間稼ぎにはなったようで、動きを止めた魔物の首の断面がぼこぼこと泡立っている。

「ユキノ!」

 背後に注意しながら彼に駆け寄ると、ユキノは両手で体を支えて起き上がろうとした。しかしすぐに倒れこむ。

「っ、平気」

「平気じゃないだろ、何があった」

「空気の刃……」

 最後まで聞けなかった。背後から強烈な魔力の塊が迫ってくるのを感じ、ヴィヴィアンは咄嗟にユキノを抱えて机の上に飛び上がる。今までユキノが倒れていたあたりに、地を割るような衝撃が起こる。絨毯が切りつけられ、壁に刃物のようなあとがいくつもついた。魔力の痕跡からは煙すら上がっている。

「……げ、厄介」

 逃げるのがあと一瞬遅れていたらと思うと、鳥肌が立つ。見れば、ユキノの腹部あたりが赤く汚れていた。魔物の血は黒いはずだ。呼吸が止まるかと思った。

「怪我、してるのか」

 どう見たってしている。自力で立って刀を構えてはいるが、ユキノの足元はふらついていた。かなり動揺しながらも、ヴィヴィアンは炎の剣で魔物の脚を切り取り、根元を焦がす。

「避けられなかった」

 言いながら、ユキノは震える手で刀を握って魔物を睨む。

「治癒教える。待ってろ、もうちょっと持ちこたえてくれ」

 言いながら、ヴィヴィアンは彼と背中合わせになるようにして呪文を唱え、主にユキノ側に真空の防護壁をつくる。

「ヴィヴィアン、上いっていいよ」

「アホか、死ぬぞお前」

 呆れと苛立ちに任せ、炎の剣で魔力の塊を切り裂いた。しかし、このままでは埒が明かない。

 相手の攻撃をうまく利用して、こちらを強くする方法は一瞬で考えついた。成功するかどうかは別にして、相手の魔力を利用するのは魔道士同士の決闘では常套手段だ。魔物にも使ってみる価値はあるかもしれない。

 いちかばちかで、切り裂いた不純な魔力を剣の中に取り込んでみる。何も起こらない可能性も、魔物の魔力が暴走する可能性もあったが、上手いこと炎の勢いが増した。

「……よし、これは使える」

「え?」

「ユキノ、お前はそこから動くな」

 ヴィヴィアンは魔物が発する魔力の塊を切り裂きながら、片手で魔法陣を描いてユキノの前にもうひとつ防護壁を作る。

 その防護壁は相手の攻撃を自身に取り込むように設計し、ユキノ側からの攻撃は通すようにと呪文を改変していく。気づくと炎の剣は、魔物の魔力に増強されてかなり大きくなっていた。呪文を唱え、防護壁に炎の剣から魔力を送り込む。しかし、そこで受け損なった空気の塊がヴィヴィアンの左肩を直撃した。

「っ!」

 二度目の攻撃は大きくなった剣を盾にして防いだが、まだ製作中の壁が不完全だ。これではユキノを守れない。

 よろけるように一枚目の防護壁の中に入り、ヴィヴィアンは呪文を唱えなおす。そうしながら、防護壁に背中を預けるようにして座り込んだ。

 鼓動が早鐘のように加速し、息が上がる。左肩を押さえた手の下から、生ぬるいものがあふれているのがわかる。気が遠くなった。傷を受けた直後はかすり傷程度で済んだかと思っていたが、甘い考えだった。心臓がひとつ撃つたびに、一拍分の血が全部出て行ってしまっているかのように思えた。

「ヴィヴィアン! 大丈夫か」

「自分の心配してろ」

 刀を持つ手が少し震えている。そんな状態のユキノを魔物の前に置き去りにしていくわけにはいかなかった。ヴィヴィアンは呪文を唱え終わると、出来上がった二枚目の防護壁に寄りかかってユキノの前に小さく魔法陣を描いた。

「治癒の呪文を教える。この魔法陣つかっていいから、傷を軽くしろ。自分の治癒力を使う魔法だから、完全に治すと疲れて立ち上がれなくなるぞ。ほどほどに治したら、こいつをひきつけて戦ってくれ。この防護壁は相手の攻撃を受ければ受けるほど強くなるし、こっち側からなら突き刺しても破れない」

「わかった」

 治癒の呪文を教えてやると、ユキノは頷いて先ほどヴィヴィアンが描いた小さな魔法陣の前に立った。魔物の脚がユキノめがけて振り下ろされたが、防護壁に弾かれて脚は折れた。折れた脚をぶらぶらさせながら、尚も魔物は防護壁を攻撃する。ヴィヴィアンはその真正面に立ち、魔物をひきつけながらユキノのに声をかける。

「これから雷をつかう。刀の方に落ちるかもしれない。魔法かけるとき……」

「大丈夫、策はいま考えたから」

 ヴィヴィアンは軽く口角を上げ、ユキノと頷きあってから防護壁を蹴って先ほどの魔法陣の続きを描きにいく。追いかけるように迫ってきた魔物の攻撃は、空中で炎の剣を振り捨ててそれで防ぐ。

 空気の塊で足場を作っていると、一枚目の防護壁が破られるところが見えた。教えた呪文をちゃんと使えたのか、ユキノは刀をまっすぐに握りなおして防護壁の中から相手に攻撃を加え、相手の注意を引く。

 このまま持ちこたえられるかどうかは時間の問題だが、今はユキノの腕を信頼するほかない。肩は痛み、脂汗が滲むが、それでも早く魔法陣を描いてしまわなければ。震える指先に魔力を伝わせ、ヴィヴィアンは魔法陣の続きを描く。

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