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エンカンタリア  作者: 水島佳頼
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第三話    誘惑を絶て

 ナタリアは微笑を浮かべながら首を横に振り、ずいっと身を乗り出してくる。

「あたしには力がないもの。ヴィヴィアンにしかできないのよ、これは」

 駄目押しとばかりに、ユキノも身を乗り出してくる。

「俺面倒くさい奴かもしれないけど、結構まめに色んなことできるよ? 例えば部屋の掃除とか!」

 ぴくりと反応してしまう。ナタリアが声を上げて笑い、ローザはくすくすと静かに笑った。二人とも、ヴィヴィアンの部屋の汚さはよく知っている。というのも、二人はしばしば散らかりすぎた部屋を掃除しにきてくれるのだ。

「大工仕事もできるし、洗濯だって炊飯だって全部やれる。俺のライフスタイルは、基本自給自足だから」

「ヴィヴィアン、良いじゃない。こないだ『家政婦欲しい』とか言ってたでしょ?」

 弟子なんて永久に要らない。そんな手間のかかる面倒くさいものなんか要らない。そう思う一方で、ユキノの持つ異文化が気になるし、掃除をしてくれるというのは結構美味しいと思っている。どうするべきか。

「なあー、そんなに嫌? 俺言ったじゃん、仕事もやるよって」

「ローザの意見聞きたい」

 もう既にこの状況が面倒くさいことになってきている。早く終わらせたい。そこで、ローザを呼んだ。彼女はちらりと顔を上げ、優しく笑った。

「ユキノさんを弟子にしてあげるべきだと思う。だってヴィヴィアン、ものぐさの貴方が一人でこれからも店を続けていくのは大変でしょう」

「う」

 たまに言われるからこそ、ローザの意見は的を射ていて心にぐさりと刺さる。ものぐさ、確かにそうだし自分でもそう思う。ダメージを受けたヴィヴィアンを見て、ナタリアは遠慮なく笑い飛ばした。

「決まりねヴィヴィアン、ユキノ。師弟っていうよりお友達だけど」

「おい、本気かよ」

「やったああ!」

 ユキノが嬉しそうに笑い、変な衣類の袖をひらひらさせながらバンザイをした。

「師匠! 俺が最初にやるべきことは?」

 三人分の視線が刺さる。ヴィヴィアンはこめかみに手をやりながら、ぼそりと呟いた。

「……なあ、やっぱり帰れ。俺はそんな器じゃない」

 ナタリアが愕然とし、ローザが不安げにユキノの方を見た。これ以上この場に留まっていたくなくて、ヴィヴィアンはユキノから目をそらして店に帰った。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよヴィヴィアンっ!」

 ナタリアの声も無視し、ヴィヴィアンは扉に鍵をかけて窓にカーテンを引いた。

 きっと悪い夢だ、寝ればなんとかなる。そう思いたかった。何かの冗談か嫌がらせに違いない。ヴィヴィアンはまだ十八の、それもまだ誕生日が来ていないから厳密にいえば十七の若手魔道士だ。人に何か指導できるほどの技量もなければ、精神力もない。

 二階の寝室に上がって窓の外を見ると、がっくりと肩を落としたユキノにナタリアが何か声をかけていた。少し良心が痛んだ。けれど、俯いていたローザが不意に顔を上げたので、まずいと思って窓から離れる。一瞬だけ見えた彼女の顔はひどく悲しそうで、ヴィヴィアンを責めるような目で見ていた。

「関係ない、俺には何も」

 依頼を受けるか受けないかは自分が決めることだ。報酬も受け取っていない。依頼は承諾していない。いくら生活が苦しいからといって、大金欲しさに彼を引き受けることはできない。彼の文化が気になるからとか、彼の行動が気になるからとか、剣術を見たいとか、そういう生半可な気持ちで一生モノの面倒くささを抱え込むなんて馬鹿げている。

 ベッドの上でごろごろしてみる。一度おきてしまえばもうあまり眠くもならなかった。昼時で腹が減っているのもある。どうしようか。一階に下りて食事にしようか。

 階段を降りる。店先にまだナタリア達がいる気配があった。まだいるのか。

「……逃げ帰るなんて嫌だし」

「そうよね」

 ナタリアとユキノの声が聞こえる。すぐ近くで会話をしているようだ。

「命かかってるんだ、俺じゃなくて村の皆の」

「聞かせてよユキノ、貴方の村の話」

 ナタリアは玄関扉を背もたれにして座っているらしい。がたんと扉が揺れた。玄関にはひさしがあるから、日陰になっているはずだ。だから彼女がそこにいるのかもしれないし、もしかしたら単にヴィヴィアンへの嫌がらせかもしれない。

「俺の村ではね、長老が魔法使いなんだ」

「へえ、一人だけ?」

「そう、あとは皆ふつうの人。俺は目の色が変だって、妖怪扱いされて」

「妖怪? 何よそれ」

「魔物みたいなものなんだ」

 ユキノの昔話が始まった。なるべく耳に入れないようにしながらヴィヴィアンは木箱の中にあったリンゴの最後のひとつを手に取った。こんな風に暑いと、冷暗所を確保するのが難しい。だから魔法陣を書いて冷却効果を持たせた箱を用意して、そこに食料を保管しておくのだ。

「でも、剣術強いからいじめられたりはしなかった。同じように目の色が茶色じゃない奴が一人いて、そいつが俺の親友でね。剣術の道場にいたころからずっと一緒なんだ」

「じゃあ、その親友を置いてきちゃったの?」

「そう。一人前になってから戻ってくるって約束で。剣は俺と互角くらいの腕だから、あいつならきっと村の人たちを守ってくれる。……あいつしか戦えるような奴はいない村なんだけどな」

「危ないじゃない! なおさら諦めちゃだめよ。ヴィヴィアンはここらじゃ一番強いわ。首都に行けばもっと強い人たちがいるかもしれないけど、そんな遠くまで歩いていくなんて絶対無理よ」

「足腰は強い方だけどな」

「とにかく、あたしも協力するわ。ヴィヴィアンを説得してやりましょ! ねえユキノ、お腹すいたでしょ」

「……実はここ数日食ってない」

「だからひょろひょろなのよ! いいわ、うちに来て。どうせヴィヴィアンは、今頃さみしーくリンゴでも食べてるわよ」

 うるせえ、と小声で毒づく。向こうは気づいていないようだ。

「あたしたちは豪華にしましょ。ローザ、今日のお昼まだよね?」

「もともとヴィヴィアンをお昼に誘おうと思ってここにきたんでしょ」

「あら、そういえばそうだったわ」

 明らかにわざとらしい声だ。ヴィヴィアンは小さくため息をついて、リンゴの最後のひとかけを口に放り込んだ。これだけで足りるはずがない。だが、ここで金を使ってしまったら、夜に食べる分が買えなくなる。げんなりした。

「ヴィヴィアーン、そこにいるかしら?」

「何」

「ここ開けて」

 渋っても仕方ないし、ナタリアがドアを蹴破って入ってくる恐ろしい可能性も考え、ヴィヴィアンは大人しく扉を開けた。ローザが気まずそうにこちらを見た。ユキノがナタリアの背後からヴィヴィアンの様子を窺っている。牽制モードに入りながら、ナタリアを見下ろす。

「何」

 再び問いかける。ナタリアは最上級に可愛らしい笑みを浮かべた。

「お腹すいてるでしょ」

「最近ろくに食ってないからな」

「ご飯そこで作っていいかしら」

「……え」

 まさか。食事に誘われるのかとちょっと期待していたのに。

「家に帰るの面倒になったわ。どうせそろそろ食べるものもなくなったでしょ」

「お前ら何しに来たんだよ……」

「ヴィヴィアンにご飯作るためよ。こっちに誘っても良かったけどもうお父さんたち先に食べちゃったと思うから」

「暇な奴ら」

「悪かったわね暇で。そんなこというなら今夜の依頼ただ働きにするわよ」

 冗談だと解ってはいたけれど、本当にただ働きにされたらたまったものではない。

「それは勘弁して」

「ふふ、解ってるわ」

 ナタリアはヴィヴィアンの自宅に上がりこみ、上がりこむなり素っ頓狂な声を上げた。

「なあによこの部屋っ! 本当にここ店なわけ? 何で片付けられないのよ」

「面倒くさい」

「はあー…… ローザ、まず片付けるわよ。ユキノはお昼ご飯の材料買ってきて」

 ナタリアはユキノに銀貨を何枚か渡し、ひらひらと手を振った。ユキノは少し迷ったが、頷いて店を出て行った。なじみのメンバーだけがここに残る。ユキノが出て行ってからしばらくの間は、誰も何も言わなかった。

「考え直してあげる気はないの?」

 沈黙を破ったのはローザだった。彼女は困っている人を放っておけない優しい人だ。たぶんユキノに同情しているのだろう。

「そりゃあ、ちょっとは気になるけど。でも、弟子って重いぞ存在が」

「ヴィヴィアンならできるわよ」

 ナタリアは勢い込んで言うが、弟子を取る気なんて一向にわいてこない。

「出来ない、面倒くさい」

「ユキノは自分のことちゃんと自分でやるわ。いて助かることの方が絶対多いわよ。足手まといになるほど弱くもないし」

「もうその話は終り」

「どうしてそんなに頑固になるのよ」

 色々反論したかったが全て面倒くさくなり、ヴィヴィアンは小さくため息をついてキッチンへ向かった。ナタリアの視線を背中で痛いくらいに感じる。

「かわすは一時の面倒くささ、引き受けるは一生の面倒くささだから」

「いくらことわざっぽく言っても、ただ面倒くさいって言ってるようにしか聞こえないわ」

「まあな」

「認めないでよ、大体ねえ……」

 彼女の言うことを聞き流しながら、ヴィヴィアンは台所のシンクを見下ろした。シャワールームやシンクが揃っている家はなかなかない。水道の技術がまだあまり進んでいないから、二階まで水が上がらないとか、大掛かりな工事を必要とするとか、そういう理由だ。

 リリエンソール家では、家を魔法で改造しまくって水道管を整備し、庭の井戸から水を引いてこられるようにしてある。不純物を取り去って水を綺麗にする魔法を蛇口にかけてあるので、いつでも綺麗で美味しい水が飲める。ちなみに、これらの魔法をかけたのはすべて父と母だ。二人は何かと細かくて凄い魔法を使えたから、親子揃っての生活は豊かでとても楽しいものだった。

「ちょっとヴィヴィアン、真面目に聞きなさい」

「何で。結論はもう出てるだろ。俺には無理、以上」

 言い切れば、複雑そうな顔でローザがヴィヴィアンを見上げる。

「依頼すら受けてあげないの?」

「一晩泊めるのに金貨十二枚もふんだくるつもりはないから」

「じゃあいいじゃない、妥当な料金で泊めてあげれば」

 なおも食い下がるナタリアに、面倒臭さを隠し切れない声で応じる。

「うちは民宿じゃねえ」

「空き部屋くらいあるでしょ?」

「……ないこともないけど」

 不毛な言い争いだ。ヴィヴィアンはもう話すもの面倒くさくなってきて、頭をかく。

「今日の依頼、延ばしていいよ」

「え?」

 振り返ると、ローザがこちらを見ていた。わかりやすい失意の表情を顔に浮かべ、明らかにヴィヴィアンに幻滅しているようだった。

「ユキノさんの問題が解決するまで、私たち待ってるから」

「おい、それじゃ今夜襲われたりしたら」

「そう思うなら早めに問題を解決して」

 ローザにしては珍しい冷たい言動に、ヴィヴィアンはもう黙るしかなかった。

「……わかった」

 それきり、ユキノの話は出なかった。ナタリアとローザは二人で一階を掃除してくれて、見違えるほど綺麗になった店内にユキノが戻ってくる頃には、ヴィヴィアンは暇をもてあまして若干の睡魔に襲われていた。

「遅かったじゃない」

 テーブルから顔を上げると、ナタリアが両手を腰に当ててユキノに小言を言っているところだった。

「ごめんごめん、ちょっと混んでて。ナタリア、イリナギ料理って食べたことある?」

「ないわ、本で読んだ程度よ」

「一緒に作ってみよ? 絶対気に入るから!」

 ナタリアとユキノはなにやら楽しそうに料理を始めた。その間にローザは、今まで溜めてきた依頼書を整理するという、アルバイトまがいのことをやってくれた。ヴィヴィアンも手伝ったが、ローザのほうが効率が良かったので結局任せてしまう。

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