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エンカンタリア  作者: 水島佳頼
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第二十八話  美人姉との共謀

 ロジェは少しだけ考え込んだが、小さくため息をついた。

「……そっかあ。俺、嫌われてんのかな」

 彼はただがむしゃらにローザへの愛を叫んでいるのではなく、彼に言わせればちゃんと全て考え抜いて発言しているらしい。そんなことをちらりと思い出して、ヴィヴィアンはロジェをどう励ますかほんの一瞬程度考えた。そしてすぐに、目の前にいるお調子者の美人と目が合ったことで言葉をひらめいた。

「嫌われてたらもっとナタリアが攻撃的になるぞ」

「何よそれ! ちょっと、もうちょっと可愛い言い方ないの?」

 腰に手を当てるナタリアを見て、ヴィヴィアンはくすくす笑った。

「じゃ何だ、俺が可愛らしいイントネーションで『攻撃的だ』って言えばいいのか」

「そうじゃないわよ。でも言ってみなさいよ、聞いてみたいわ」

 まさかそうくるとは予想していなかったので、一瞬呆けた表情を作ってヴィヴィアンは返答に窮す。

「何でだよ」

「可愛いヴィヴィアンとか最高じゃない。結構いけるわ」

「……お前、ちょっと危ないぞ」

「あら、そういうこと言うの? あたしガラスのハートなのよ、傷ついちゃうでしょ」

「はいはい」

「あ。面倒臭くなり始めたわね? あんたっていつもそう! 構ってくれないとどこかに行っちゃうわよ。いいの? 本当はあたしがいないと寂しいでしょ? 素直になりなさいよ」

「全然。面倒ごとが減って気が楽だ」

 間髪いれずにそう返せば、ナタリアは一瞬言葉に詰まった。まさか本当にガラスのハートなのだろうか、言いすぎてしまったのかと一瞬思ったが、何か言おうとした瞬間にソファに置いてあったクッションを投げつけられた。

 避け切れなくてまともに胸に当たる。そんなに大した力は篭っていなかったが、ちょっと驚いた。ナタリアは唇を震わせ、クッションを投げた姿勢で数秒動かなかったが、ヴィヴィアンをきっと睨みつけて叫ぶ。

「何よっ! 一人でパンツも洗えないくせに!」

 うわ。それを言うか。

 ユキノが苦笑いし、ロジェの表情が一気に驚愕へと変わる。思わずクッションを投げ返していた。ナタリアはそれをひらりと避け、ロジェの顔面にクッションがばふっとヒットする。

「ぎゃっ!」

 心の中で(あえて心の中でだけ)ロジェに謝る。

「洗えるわ馬鹿! 洗濯が面倒で放置してたってだけだろうがっ」

「洗えるならどうして洗濯樽の中からパンツが六枚もでてくるのよ!」

「なんで枚数覚えてるんだ変態!」

 それはさすがに恥ずかしい。だいたい、友人に下着の色と形状を把握され、なおかつ枚数まで把握されるなんて絶対におかしい。

「変態じゃないわよ馬鹿! それを言うなら、七枚以上もパンツをコレクションしてるあんたの方が変態じゃないの! なによ、面倒くさがりのくせにパンツは毎日違う柄じゃなきゃ嫌とかいうこだわりでもあるわけ? 意味わかんないわよ!」

「ねえよそんなこだわり! 大体、その発言が変態なんだろ? 気づけよ、頭弱いなお前は。人んちにずかずか上がりこんできて、挙句抱きついてくる奴にの何が変態じゃねえっていうんだよ」

「あれは愛情表現じゃない!」

 にべもなく言いきられ、頭痛を感じた。彼女は少しも間違っているとは思わず、ヴィヴィアンに『愛情表現』をする。友愛的な感情をそんな風に言われると、なんだか胸の奥のほうがむずがゆくなる。

「過度なんだよお前はいつも! 歳考えろ、小さいガキじゃねえんだから!」

 しかしよく考えてみたら、ヴィヴィアンの下着の色と形状を把握されたのはあれが初めてではない。すっかり生活に染み付いているナタリアの存在にヴィヴィアンはため息をついた。いい加減、自立しなければいけないことは解っている。小さいガキみたいなのは自分のほうだ。

 ナタリアがまたヴィヴィアンに言い返しはじめたところで、ロジェが遠慮がちにヴィヴィアンの外套を引っ張った。

「なんだよ」

「あのさ。俺いつも思うんだけど、ヴィヴィアンとナタリアって本当に付き合ってないの?」

「誰が付き合うかよ、こんなじゃじゃ馬と」

 冗談ではない。彼女は年齢が一桁の頃からの幼馴染なのだ。恋愛感情なんて一度も持ったことはないし、持つつもりもない。持たれても困る。

「ひどい言い方ね。だからあんたモテないのよ」

 ナタリアはふくれっ面でヴィヴィアンを睨み、ぷいとそっぽ向いた。

「よかった、だってパンツの話とかしてるからてっきり。付き合ってないなら安心したけどさ」

 後頭部をひっぱたいてやった。さっきの話は蒸し返されたくない。

「だってさ、考えてもみろよ! 俺がローザと結婚したとき、ヴィヴィアンがナタリアと結婚してたらさあ…… 俺、ヴィヴィアンのことお義兄さんって呼ばなきゃいけなくなるだろ?」

 一瞬、沈黙が降りた。確かにヴィヴィアンとしてもそれは勘弁してほしい。そんな密集した家族は嫌だ。まして、ロジェに『お義兄さん』なんて呼ばれたあかつきには、ヴィヴィアンは寒気が止まらなくて寝込むかもしれない。

「あー」

 ユキノが頷いて、神妙な顔でロジェと二階へ続く階段とを見比べる。

「おいそこ、何納得してんだ」

 思わず突っ込んだヴィヴィアンだが、ナタリアは特に反対する気もないらしい。ナタリアにとっては、問題は自分なんかのことではなく、いちいちオーバーな発明家と大事な妹がくっつくかくっつかないかということなのだろう。

「その前に、ローザはあんたになんかあげないわよ。あたしの大事な妹だもの」

「くっ、デカイぞ立ちはだかる壁」

「鉄壁よ。ローザのガードは堅いわ」

 得意げに笑うナタリアの清々しい表情に、ロジェがうちひしがれる様子が彼らのほうを見なくてもわかった。いつもこうなのだ、ロジェとナタリアは。

 堪え切れなくてくすくす笑っていると、二階で少し物音がした。

「ナタリア、誰か来てるの?」

 上からローザの声がした。あからさますぎるほどにロジェが勢い良く顔を上げる。

「ええ。ヴィヴィアンとユキノと…… ロジェ」

 ナタリアはロジェを横目で見てにやにや笑いながら、付け足しのように彼の存在を伝えた。ナタリアはそのまま、ちらりとヴィヴィアンを見る。その目は笑っていた。

 軽く頷き、ロジェが何か叫ぶ前に彼の首に腕を回した。何事かと顔をあげるロジェを無視し、上に向かって呼びかける。

「ロジェは俺が抑えてるから。降りてきていいぞ、ローザ」

 言いながらロジェの腕を後ろでまとめ、押さえつけた。筋肉質ではあるが、やはり細いその腕は簡単に押さえられる。

「えっ、なんだよヴィヴィアン! 離せ!」

 暴れ出すロジェの肩に肘を乗っける。逃げようともがくロジェに笑みを送りながら、ナタリアに目配せした。

「そのまま押さえてて! ローザ、護衛ならユキノがしてくれるし大丈夫よ! ね、ユキノっ」

「お、おう」

 とんでもない無茶振りだ。それでも階段付近まで小走りで向かうユキノに笑いがこみ上げてくる。こうやってロジェをいじるのは非常に楽しい。

「こんにゃろ! 裏切ったなユキノ! 覚えてろー!」

 騎士団に取り押さえられた反王政派のテロリストさながらに、ロジェは声を張りあげる。ナタリアがロジェに歩み寄り、頭を撫でながら笑った。

 ヴィヴィアンだったらこんな顔で笑うナタリアには絶対に絡まれたくない。楽しげな、非常に楽しげな笑みなのだが、どちらかというと『楽しんで』いるというより『愉しんで』いる。

「ユキノには常識があるもの。嫌がる女の子に迫る男がいたら、放っておけない紳士なのよ」

 ヴィヴィアンも一緒になって笑っていたが、ロジェの視線がすっと上のほうに固定されるのを見逃さなかった。咄嗟に振り返る。螺旋階段の一番上で、柱に寄り添うようにしてこちらを見ているローザと目が合った。

「……ローザ! やった、会いたかったんだ! 今日も可愛いぞーっ、愛してるー!」

「落ち着け」

 途端に大絶叫を始めるロジェに、ローザは顔を真っ赤にして柱の影に隠れてしまう。

 ユキノがそれを見て、足音も立てずにしなやかに階段を駆け上り、ローザの手を引いて階段を降りてくる。ローザはなるべくロジェの方を見ないようにしていた。

「あっ! おいこらユキノ、その手を離せ! ローザにさわんな!」

 暴れ出すロジェを押さえつけ、ヴィヴィアンは彼のわきの下をくすぐってみる。途端に身をよじってげらげら笑い出すロジェに、ナタリアが呆れたような笑みを送る。

 ユキノは階段を降りきったあたりでローザの手を離し、彼女に微笑みかけてから少し離れたところに立った。すっかり『ご令嬢の護衛』というポジションが板についている。

「あ、あの…… ヴィヴィアン、ユキノさん、こんばんは」

「おう」

 軽く片手を上げて応え、またすぐにロジェを押さえつける。ローザはここで何が起こっているか解らないらしい。彼女はヴィヴィアンにくすぐられて床を転げまわるロジェを見て、不思議そうに首を捻っていた。

「ね、ローザ、俺は? 俺、には? っは、おい、ヴィヴィアン、そろそろ息が…… ひゃははは!」

 涙を流して転げまわるロジェを更にくすぐってやると、笑い声が一段と大きくなる。

「……ロジェ、こわい」

 ユキノの背後に隠れながらローザが言う。ロジェはぴたりと動きを止める。ヴィヴィアンも腕が疲れてきたので、立ち上がってソファまで歩いていった。ヴィヴィアンが座ると同時に、ナタリアも隣に座った。

 ロジェは暫く床に転がったまま息を整えていたが、長座の姿勢で起き上がる。

「こんばんは、ローザ」

 まだ息が上がっているし、疲れきってはいるが、嬉しそうな声でロジェは言った。ローザはぴくりと固まったが、ユキノの後ろに隠れて顔だけのぞかせながらロジェを見下ろす。

「こ、こんばんは」

「復旧作業、お疲れ様」

「え? あ、ありがとう」

「よかった。昨日あれだけ魔物が出たから心配だった。元気そうで嬉しいよ。怪我とかしてないよね?」

 幸せそうな表情だ。ローザはロジェにとって全てなのだろう。

 その一方的すぎる愛情表現にローザは困惑しているだろうが、過度なところさえなければロジェのような一生懸命な男がローザには似合うのではないだろうか。

 ローザは助けを求めるようにナタリアをみやる。ナタリアはもう少しロジェを観察していたいようで、にやにや笑いながらソファの背もたれから上半身を乗り出してロジェを見下ろしている。

 彼女は結局ロジェを止めたいのか応援したいのか。彼女の感性では、面白ければすべてよしという感じなのではないだろうか。

「ロジェ、今日はどうしたの」

 ユキノから少し離れて、ローザはてくてくとロジェに近寄っていった。いつも愛を叫ばれ、半ば付きまとわれるようにしているのに、ロジェに対しての危機感はあまりないらしい。

 ロジェは柔らかい表情でローザを見つめ、長座の姿勢のまま彼女を見上げて微笑んだ。

「仕事。ついでにここに寄っていくってヴィヴィアンがいうから、これはチャンスだと思ってついてきた」

「また発明?」

 そう訊ねられると、急にロジェは跳ねるように立ち上がった。ローザが驚いて数歩下がるが、すぐに間合いを詰めてロジェはウエストポーチの『マグネ弾』を取り出す。

「そう! これね、マグネ弾っていうんだ。火をつけると真昼より明るい閃光が炸裂するんだぜ。魔物も消滅するけど、普通に護身用として使えるから。ローザにもあげる! 眩しいから火をつけたら直視しちゃだめだよ」

 片手で掴めるだけ掴んで、ロジェはマグネ弾をローザに差し出した。おずおずと両手で受け取るローザを見ながら、ナタリアがにやにやと笑う。

「あら。かよわい乙女はここにもいるわよー」

「ナタリアにはヴィヴィアンがいるからいいんだよ」

「おい勝手に押し付けるな」

 面倒臭くなってきて半眼でロジェを睨むが、

「ローザは俺が守る。ナタリアはヴィヴィアンが。これで完璧じゃん」

 と、全く噛みあっていない返事がきた。ため息が出る。

「そういや、ユキノどこいった」

 ロジェに尋ねると、ローザが両手一杯のマグネ弾に困惑しながらヴィヴィアンの方を振り返る。

「教室のほうに行くの、見たよ」

「あー。とっとと仕事済まさないと面倒だな。よし、ロジェ行くぞ」

「へいへい。ローザ、ナタリア、また後でな」

 名残惜しそうにローザに手を振るロジェの襟首を掴んで引っ張りながら、ヴィヴィアンは苦笑した。ナタリアがそんなヴィヴィアンをみて、何か閃いたような顔をする。

「あたしたちも働きましょ! 依頼のお返しよ」

 そういってキッチンを指差すナタリアに対して、ローザがふわりと微笑んだのを確認すると、ヴィヴィアンは教室へ向かった。

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