第二十七話 恋する発明家
小さい魔物を大量に駆除して回ったが、先日のアイアランド家での依頼ほど疲れなかった。パン屋に貰った美味しいパンのおかげもあるかもしれない。結構な大きさがあったので、昼以来ろくに食事を摂っていなかった胃をしっかり満たしてくれた。
十時にロジェの家に行く予定だと思ったから、その後にアイアランド家を尋ねよう。復旧の様子が気になる。
「それじゃ、そろそろロジェんとこ行こうか」
「了解です、師匠」
ユキノは今日はあまり血塗れになっていない。何故かと尋ねてみたら、刀に慣れてきたからだと返答された。原理がよく解らないが、まあそういうことなのだろう。
歩いていけば、すぐにティエール邸が見えた。何せティエール家は、一応王宮付の技能者たちの名門なのだ。貴族の豪邸がウサギ小屋では困る。
「でっけー…… なにこれ。公園? お城?」
白い柵に乗り上げるようにして、ユキノは芝生の綺麗なティエール邸の庭を覗く。
豪華な噴水や植物園並みの花壇など、色々とゴージャスなこの家だが、現在はロジェと母親しか住んでいない。姉二人は海外へ技術を磨きに旅に出ているし、陶器職人の父と家具職人の兄は王宮で職人として働いているのだ。
「ここがロジェんち。入るぞ」
「ええっ! 嘘だろ、あいつこんなところに住んでんの? あんな変な格好してんのに?」
「ああ」
いや、変な格好をしているのはお前も同じだ。そう思ったが、口に出さないでおく。
ティエール邸は白いレンガで造られた、まるで宮殿のような青い屋根の豪邸だ。一階部分は高い天井の広間になっていて、窓は床から天井まである。二階より上は洒落た出窓になっていて、屋根の上の優雅な風見鶏がなんとも上流階級らしい。
付近に住んでいる子供たちは、ここにお姫さまが住んでいるといってきかない。どうやら、中から髪が変色した変てこな発明家が出てくるところは見た事がないようだ。
今日は客人でもいるのだろうか、建物の中から歌う声やはしゃぐ声が聞こえてくる。
門を開き、ロジェのいる小屋を目指す。そう、ロジェはこんな豪邸に住んでいながら、敷地の一部の水車小屋に寝泊りしているのだ。ユキノはふらふらと植物園の方へ行きそうになっているが、呼び戻すのも面倒になって自分だけ水車小屋へ向かった。
「ロジェ」
散らかった水車小屋の真ん中に、黒衣を腰に巻いたロジェが座って作業をしていた。暑いのかノースリーブを着ていて、そこから伸びる肩や腕には意外としっかり筋肉がついている。ひ弱に見えがちだが、ロジェは単なる頭脳派ではない。
「ジャストじゃん、ヴィヴィアン。めずらしい。試作品がちょっと進化したよ」
「相変わらず酷い部屋だな、お前がどこにいるか最初わからなかったぞ」
「うるさい、ヴィヴィアンよりマシ」
「そうか? 俺は少なくとも、床にインクまき散らかしたりはしてないけど」
「うっ」
ヴィヴィアンの部屋も散らかっているが、ロジェの小屋とどちらがひどいかと言われたら互角だと思う。ナタリアがこの小屋を見たら、卒倒するに違いない。
「それ持って残りの依頼、一緒に片付けよう。その前にナタリアんとこ寄りたいけど……」
いいか、と言う前にロジェが飛び跳ねだしたので驚いた。
「やった! やった、ヴィヴィアンお前大好き。ありがと」
薄気味悪くなって思わず表情に出すが、そういえば忘れていた、彼はローザのことが好きなのだ。そう表現するとロジェがローザを見るたびにそわそわしたり、頬を赤らめてしまったり、言葉につまって逃げ出したりしている様子を想像する人がいる(ヴィヴィアンの友人でロジェを知らない者は大体そうだ)。確かにロジェのルックスや体の小ささから、そんな微笑ましい少年らしい恋心を連想されても仕方ないかもしれない。しかし、彼の愛情表現にそういうしおらしい感じは全く無い。
彼はとにかく激しい求愛行動で常にローザの目を引こうとする。ある意味少年らしいが、少年を通り越して子供っぽいような気もする。
卒業までの間、ロジェは毎日ローザと(ほとんど無理矢理)一緒に食事をとっていた。会えば必ず好きだとか愛してると叫び、ローザをいじめる男子がいると聞けば喧嘩までした(意外と腕っ節が強いので、相手を泣かせて先生に怒られていた)。卒業してからも、まるでヴィヴィアンに対するナタリアか、それよりもっと高い頻度で家に会いに行くという。無論、そのたびナタリアに追い返されているのだが。
呆れるくらい熱烈なアプローチだと思う。
「ほんと大好きヴィヴィアン、良い奴だなあ!」
「ああ! 気持ち悪りいんだよ馬鹿、俺に告白すんな。寒気がする」
やったやったと跳ね回るロジェの後頭部を一発ひっぱたくと、ロジェは少し痛そうに体を前にかがめたが、またすぐに嬉しそうな顔をしだす。
「でもやった、昨日ローザに会えなくて寂しくてしょうがなかったんだよ! 家に行ってみたら、ナタリアに忙しいから帰れって追い返されちゃってさあ」
「どうせまたラブコールして帰って来たんだろ。大体予想つく」
「ヴィヴィアンにはいつもお見通しだなあ」
「お前が解りやすすぎるんだよ」
学校の三階の窓から、下校中のローザに向かって愛を叫ぶロジェの姿が思い出される。彼はいつもそうやって、全身でローザへの愛を表現していた。とても一所懸命な奴だとは思うが、果たしてローザはどう思っているのやら。
「あれ、ユキノは?」
「その辺にいるだろ。はぐれたけど声かけるの面倒でこっち来た」
「よし、じゃあちょっくら新製品を試しますか」
ロジェは楽しそうに笑い、狭い小屋の中のぐちゃぐちゃに散らかった机の上から設計図らしきものを大量に払い落とした。すると、テーブルの中央にコップ状の何かが置いてあったことに気づく。
「声量拡大器。ちょっと耳塞いでて。あ、やっぱ、ちょっとじゃなくてしっかり塞いでてね」
言われたとおり耳を塞ぐと、ロジェがコップのようなものを口に当てて叫んだ。耳をふさいでいてもかなりの声量が届いてきて驚く。
「どう? 安定させるのに苦労したんだぞ」
「用途は?」
どうせまたろくでもない用途だろうと予想はついたが、一応そう尋ねてみる。
「ローザへの愛を……」
「馬鹿か。ローザの耳壊すつもりかお前は」
「うちからアイアランド家に届くような声だって出るよ、きっと。母さんに許可とって、うちの一番高い部屋から叫んでみるつもり」
「聞く耳持たないなお前、そのうち本当に相手にされなくなるぞ」
ため息をつくと同時に、水車小屋のドアを勢い良く開け放ってユキノが現れた。
「ロジェ!? なんかすっごい声がしたんだけど」
「よ、ユキノ。どう? 新製品なんだ」
「すごいカラクリだな、便利そう」
「ほらほら、原理が気になるだろー」
非常に楽しげなロジェと興味津々のユキノに、気が抜けるような思いだった。
「行くぞ、お前ら」
「はい、師匠」
ウエストポーチに大量の特製『マグネ弾』を詰め込み、ロジェは黒衣をさっと羽織ってヴィヴィアンの後に続いた。ユキノはばらばらの設計図を整えたり整頓されていないねじ回しの類を片付けていたが、すぐに追いかけてくる。
「ロジェ、もうちょっと部屋片付かないの?」
「え? だって、すぐ使える場所に置いといた方が楽じゃん」
「必要なときに必要なものだけ使えば良いのに……」
几帳面なユキノのことだ、面倒臭がりなヴィヴィアンと無頓着なロジェに挟まれて非常に辟易しているだろう。
ヴィヴィアンは足元を照らしながら進み、魔物の吠え声をちらほらと聞きながらアイアランド家の門をくぐる。ドアをノックすると、ナタリアが出迎えてくれた。
「きてくれたのね、ヴィヴィアン。ありがとう」
相変わらず綺麗なナタリアだが、その手に小さな傷がいくつかあるのをヴィヴィアンは見逃さなかった。復旧作業で重いものを持ったり、ささくれた木片をどかしたりしたのだろう。
「家のほうはどうだ?」
「まだ完全じゃないのよ。教室部分が、特に」
「悪いな、俺らが暴れたせい」
そのせいでナタリアの綺麗な手に傷をつけることになっていたなら、ヴィヴィアンはそれを本気で謝りたいと思った。けれどナタリアは全く何も気にしていないという風に首を横に振り、いつも通りの快活な笑みを浮かべて見せた。
「そうじゃなくて、ガラスが手に入らないの。ていうか、他のところの修理してたら時間足りなかったのよね」
「あ。それなら直そうか? 俺、できるようになったんだ」
「本当に? 凄いじゃない、ユキノ! あら……」
ここでようやく、ナタリアはロジェの存在に気がついたようだ。少し意地悪く目を細め、ナタリアはロジェの変色した髪をくしゃくしゃと撫でる。
「小さくて気づかなかったわ、ロジェ」
事実、ロジェは身長が百六十二しかない。しかも、ここ数年で伸びていないというから大変だ。ヴィヴィアンと三十センチ近い身長差があるなんて。
「小さいとかいうな! ローザとはしっかり身長差あるし」
「あはは! あの子まだ伸びるわよ、あたしがここまで大きいんだから」
正論だから言い返せないと思ったのか悔しそうに俯くロジェに思わず笑いがこみ上げてくる。ナタリアがローザの年齢だった二年前には、既に今ぐらいの身長だったことをロジェは忘れているのだろうか。
ナタリアが家に上げてくれたので、ロジェの肩をぽんと叩いてやった。
「くそっ、絶対身長伸びてやる!」
「頑張れ! 煮干食べるといいらしいよ」
「煮干って何?」
「小魚をね……」
身長アップのために奔走するロジェとアドバイザーのユキノを放置し、ヴィヴィアンは勝手にソファに座ってナタリアを見上げる。
「ナタリア、ローザは?」
尋ねてみると、ロジェがぴくりと聞き耳を立てるのが見えた。
「ローザは部屋にいるわ、ロジェが来てるって知ったら降りてこないわよ」
「だろうな」
下校中にロジェに見つからないようにと、わざと歩道を外れたところやヴィヴィアンの影を歩いていたローザの姿が思い出される。ローザもロジェを嫌ってはいないが、体面もなくラブコールを重ねるロジェに困惑していることは確かだ。