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エンカンタリア  作者: 水島佳頼
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第二十五話  依頼遂行、夜の部

 復旧作業が終わりきらない町並みは歪で、いつもよりずっと静まり返っていた。

 魔物は低級なものなら子ネズミと一緒だが、厄介になってくると壁を溶かすようなものまでいる。アイアランド邸でやっつけたものたちは殆どが低級なものだったが、強い魔物になると魔法で相手の動きを封じたり、何度でも自己再生したりと、魔道士からしても面倒な相手になる。下手をすると命を奪われかねない。

 被害の様子を見ていると、そんな強い魔物が徘徊した痕跡が多数見られた。火を吹いたりとんでもない怪力を発揮したりと、奴らは暴れ放題暴れたようだ。もうこれでは、外灯だけでは何の意味もないようなところまできているのかもしれない。

「ヴィヴィアン、次は?」

 家についたユキノは、暗くなった玄関が自動的に人の気配を感じ取って門灯や外灯に明かりを灯すところをしげしげと見ていた。これは父が考えた魔法だが、母がかけたときのほうが上手くいく不思議な魔法だ。ヴィヴィアンは呆けたユキノを横目に見ながら、大きく伸びをして肩を回す。

 施錠の魔法を解いて家に入ると、ユキノも依頼書受けを見てから後に続いた。中には数枚の依頼が届いていたようだ。

「次なあ…… とりあえず金を全部置いていって、また依頼書を確認して動く形でいこう」

 何せヴィヴィアンの手元には、銀貨が百八十一枚、金貨が十八枚もあるのだ。ポケットが重くて仕方ない。

 こんなに高収入が得られるとは思っていなかった。しばらくは楽ができそうだ。そう思って少し笑うと、ユキノは自分が貰ってきた報酬をテーブルにあけて首をかしげた。

「これも一緒に保管しとく?」

「やめとけ、財布の管理を一緒にすると後で絶対トラブルが起きる」

 経験上そうだ。それがどんな相手であっても、金のトラブルはかならず厄介な方向へ向かう。

「けど、かなり大金だな。すげえ」

「貸せ、全部あわせて二で割るぞ。今回の報酬は一人分を計算するのが面倒臭い」

 依頼書をちらりと見やる。サインしてある依頼書の報酬を受け取るのが通常だが、今回は特別だ。

「二人とも同じくらい働いたし、問題ないな」

 言いながら、自分もポケットの中に入っていた多量の硬貨をテーブルに積み上げる。ヴィヴィアンはユキノの分とあわせて数えてみようと思い、テーブルの上に乗っているユキノの報酬も数え始めた。

「ううん、同じじゃない。駄目だよヴィヴィアン、俺、途中休んでたじゃん!」

「あー、解った。じゃあやっぱり共同の財源も作っとこう。それでいいな? 税金とかそういうの、個人別に出してる方が揉めそうだし」

 面倒臭くなってきた。ユキノが途中で休んでいた分の依頼がどこにあたるのか覚えていないし、その前も後もヴィヴィアンが魔法陣を担当し、ユキノが魔法をかけるという共同作業が続いたのだ。

 ヴィヴィアンの方が多く働いているのは店主として当然だし、師匠として当然だ。それに、こんなに大金なら僅差でユキノの方が多くてもヴィヴィアンは問題ないと思った。飢えないで暮らせればそれでいいし、これからまた大量に金が入る。

「そっか、なるほど。わかった、賛成する!」

「飯代と店の経費にあてる貯金ってことでいいな? 他には」

 だいたい、食事なんて全てユキノが用意するのだ。そのたび自分の財布から半分出して、ユキノに買いにいかせて…… というのは面倒だし効率が悪い。

 店にかかる金をどちらかが一方だけで負担するのはおかしいと思うし、こうするのが正しいのだろう。

「本は? 薬とか、あと食器とか調理器具とかそういうの」

「じゃあそれも。私物を買う金とか床屋代、間食代なんかは自分で出す。いいな?」

「了解!」

 全てあわせて銀貨が二百九枚、金貨は二十五枚もあった。新しい魔道書がたくさん買えるし、ずっと買い換えたかったカーテンなどの生活雑貨も充実させられる。依頼書用の紙も買い置きしておけるし、万年筆のインクだって買い置きできる。面倒くさい買い物が暫くの間は省略できるのだ。これは嬉しい。

「まとめてここに仕舞っとく。使うときは、何に使ったかメモを残すようにしろ。後で最悪に取り返しのつかない面倒くさいことになるより、ちょこちょこ面倒くささを解消していくほうが多分いいと思うから」

 リビングに飾ってあった壁飾りの絵画をずらし、変色した壁の一部にすっと指を滑らせると、四角く穴があいた。これは魔法ではなく、単なる隠し扉だ。

 父がへそくりを貯めていた秘密の金庫で、現在はヴィヴィアンが大金を保管するのに使っている。最近はここに隠すような大金もなかったので、金庫の中身は空っぽで埃っぽい。その空っぽの金庫をしげしげと見つめ、ユキノが興味深げに声を上げた。

「じゃ、忘れるなよ。飯代とかはこっから出せ」

「はい、師匠」

 にこにこと楽しそうに笑うユキノに、ヴィヴィアンも少し表情を緩める。

 気づくと時計の針が七時半を指していた。外はもう漆黒の闇で、どこか遠くから犬の遠吠えが聞こえる。

「ちょっと待って。刀手入れしとく」

 ユキノは言うと、ヴィヴィアンから離れてリビングの広いところへ行った。そうしたかと思うと、帯に結んでいた紐を解いて刀を外し、その場に正座する。

「……あー、寝たい」

 ユキノがすらりと長刀を抜き、その刃に懐から出した白い布のようなものを当てているのを見ながら、ヴィヴィアンはあくびをした。

「駄目だよ、寝たら起きられなくなる」

 そんなことは百も承知だ。ヴィヴィアンは外套も脱がずにソファに深く腰掛け、ユキノが刀を手入れする様子を見ていた。だんだん眠気が襲ってくる。

「ロジェとの待ち合わせは」

 自分が約束しておいて弟子に聞くなんてどうかと思うが、先ほどまでの依頼が重労働すぎてすっかり忘れた。ユキノは一瞬考えたが、すぐに答えてくれる。

「十時だと思ったけど」

「今きた魔物退治の依頼書見せてくれ」

「はい、全部で四枚。時間帯はみんな『なるべく早く』って言ってるけど、曖昧だよな」

「全くだ」

 面倒くさいが立ち上がって台所へ向かう。しかし、何か飲もうかと思って、そういえば随分長いことコーヒーも茶も切らしていることに気づいた。

 仕方なくコップに水を汲み、せめて温度くらいはなんとかしようと氷の魔法をかけた。凍る寸前のところで止めてコップの中身を呷れば、冷たい水が心地よく喉を流れていく。少し目が冴えた気がした。

「ヴィヴィアン、戦ってる最中に呪文を教えてもらうのって無理だろ?」

「当たり前のこと言うな」

「けど、ナタリアんちで魔物斬った時、結構復活されて困ったんだよ」

「あー、お前そういえば魔法使わずに退治してたのか」

 忘れかけていたが、彼は凄腕の剣士だ。魔法を使わずとも、魔物をやっつけてしまえた。

 しかし、あれは低級な魔物のあつまりだった。もっと酷い魔物になると体も大きくなるし、魔法で攻撃してきたりする。そうなった場合に、魔法が使えないと厄介なことになるのは常識だ。

「相手を凍らすにはどうすればいいんだ?」

 ユキノは着物の襟を正しながらヴィヴィアンにそう訊ねた。ちらりと向けられる青い瞳はやはり氷河の色に見えた。ヴィヴィアンはユキノにやった古い魔道書を引っ張り出してきて、適当に机の上に置いた。

「この魔道書の氷の項に書いてあるぞ。ちなみに魔道士として腕が上がると、得意な属性なら俺やエストルみたく呪文も魔法陣もなしで魔法が使えるようになる。お前もそれを目指せ」

 ちなみにエストルは時々呪文ではなく、植物への愛の囁きで魔法をかけるようなとんでもないことをする。やはり植物相手にも『可愛い子ちゃん』『愛してるぜ』等のエストル用語(主にロジェとヴィヴィアンの間での通称である)がぽんぽん飛ぶのだ。口説かれた植物の種子は、すぐに成長して見事な花を咲かす。

 しかし、普通はこんな寒気のするような言葉が呪文の代わりになったりしない。ただの遊び人に見えて、エストルもひっそり努力しているのだ。

「うん、頑張る」

 ユキノは早速魔道書を開き、氷の項を読み進める。

「俺も弟子に追いつかれないように頑張らないといけないな……」

 めきめきと上達しているユキノだから、彼がすぐに同列になってしまうことも十分ありえる事態である。そんなすぐに抜かれる自分が、偉そうに師匠としてふんぞり返っているのもおかしな話だ。

 人に何かを教えるのだから、自分はそれなりにこの分野を完璧にしておかなければならない。それが道理で、師匠としての責任だと思う。

「あー……」

 考えるのが面倒になってきた。ユキノはというと、熱心に魔道書を読んでいる。

「なあヴィヴィアン、練習したいけどどうしたらいい? さすがに辺りにあるもの勝手に凍らせたらまずいよな」

「俺が氷の魔法を習得するのに時間がかかった、一番の原因はそれだ。とりあえずリンゴで練習しとけ。生物を相手にする場合は気をつけろよ?」

「え、なんで?」

 きょとんとするユキノに、ちらりと視線を送る。

「一旦凍らせたら、溶かしても生きてるとは限らないぞ。お前が氷の魔法を絶妙にコントロールできるようになったら話は別だろうが、一瞬で凍死しちまう可能性のほうが高い」

 だから動き回る生物に氷の魔法をうまく当てられなくて、最初は大変な思いをした。呪文がややこしくてそちらに集中力を奪われるというのに、すばしこい魔物に狙いを定めようとするとすぐに逃げられるので、練習中はかなり苛立った。

 まあ、ユキノなら集中力が並大抵ではないから、たぶんすぐに習得できるだろう。

「……わかった」

「魔法は人を殺せる力だ。間違ってほんのちょっとでも人に危害を加えたら、それだけで牢屋行きだ。下手したら騎士団の連中に殺される」

 魔法を使える人間は限られている。だからこそ、地位は高いが危うい位置にいる。魔法が使えない人間の中には、魔法を使う人々を快く思わない人もいるのだ。

 特に、騎士団とか。騎士団の連中は何かと魔法族を取り締まりたがる。うかつな行動はできないだろう。

 そう考えたところで、ユキノの市民権をどうするか考えた。このメルチスの街には、長く住む場合は引っ越してきた人も外国人も役所へ行って手続きをしなければならないのだ。面倒なことこの上ない。

 ちなみに、成人証明というのもしなければならない。単に住民票をチェックして、間違えて死んだことになっていないか、紛失していないか調べるだけなのだが。それも誕生日から一週間以内に済ませなければいけないと考えると、だんだんげんなりしてきた。ヴィヴィアンはため息をついてソファに埋もれた。

 魔幻より短く! と思っているのに、いつのまにか一話の長さが魔幻と同程度かそれ以上になってるんですよね。困り者です。毎回、読みづらいところで区切ってしまってすみません。

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