第二十三話 重労働
もう大分時間が経っていたので、復旧作業はどの家庭でも店を出た頃よりは進んでいるように見えた。窓を直すだけの軽い依頼が五件ほど連続し、ヴィヴィアンとユキノは要領よく二人で依頼をこなした。
死んだ家畜の処理を依頼された時は一瞬本気で拒否したいと思ったが、面倒な魔方陣を描いて死骸を腐敗させ、土に還して解決した。
残りが一時間ほどになってだいぶ日も暮れてきた頃になると、依頼はあと六つにまで減っていた。
「大がかりだな、屋根が降ってきたって」
依頼書を読みながらユキノは驚いたように目をしばたかせていた。
「げ。建築士に頼めよ……」
「建築士じゃ一晩で直せないよ。物理的に無理がある」
別に本気で反応して欲しかったわけではないのだが、ユキノは真面目にそう言った。げんなりするような仕事だったが、今度は魔法陣を懐の万年筆で描き、ユキノに魔法を使わせて依頼を遂行する。屋根は元通りになり、ひび割れかけていた壁も補強できたので多額の報酬を貰った。
「すっげー! 金貨じゃらじゃら!」
「均等に五枚ずつだな」
さすがにちょっと疲れてきた。これで夜中にもまだ仕事が待っているかと思うと非常に気が滅入る。ため息をつくと、ユキノは困ったような表情を浮かべた。
「まだ全部終わってないだろ、ヴィヴィアン。それにしても、よくこんなにくれたよな。お客さん」
「建て替えるのと同じくらい綺麗に直したからな。明日の夜は豪華な飯作れよ、今夜は疲れてて食う気力ないと思うから」
「よっしゃ! 任せて!」
楽しげにはしゃぐユキノを遠い目で見るヴィヴィアン。彼はいちいち活発だ。あれだけしっかり働いておいて、よくそんな元気があるなと感心する。
「明日の昼間、依頼が少ないようだったら本を買いに行ってこい。面倒臭いから俺は家から出ないぞ」
「げっ。太るよヴィヴィアン」
「うるせー、いいんだよ今晩ハードに動くんだし」
「あ、そっか」
そういう問題でもない気がする。というのを、ヴィヴィアン本人が突っ込むのもおかしいか。
歩いていくと、残り六件の依頼のうち、最もハードそうな家についた。庭の池の水草が荒されたり、外壁や垣根に穴をあけられたりしているらしい。しかも、庭仕事に使う細々した道具や、それらをしまう半壊した道具小屋の修理まで一気に頼まれる。黙々と仕事をこなしたが、これでは間に合うか解らない。
「……ユキノ、今からちょっと無理矢理なことやるぞ」
普通に考えたら成功の確率は五割だろう。けれど、今日のユキノは非常によくやってくれる。もう何軒も回ったから、ガラス修復の呪文はもうお手の物だった。これならいけると、ヴィヴィアンは確信する。
「え?」
「俺は魔法陣を描いて回る。お前がいる依頼先と、その次のお宅の窓に修復呪文用の魔法陣を描いとく」
つまり、ヴィヴィアンはこれから訪問する家に魔法陣だけ描いてとっとと退散し、次の家の魔法陣を描き終わったところでユキノに二件分の魔法をかけさせる魂胆なのだ。それぞれが違う家から代金を受け取り、三件目と四件目で同じことをすれば時間が短縮できる。五件目は最後の依頼になるはずだから、ここは二人で訪問してあとは家に帰ればいい。
「じゃあ、俺が呪文かけとけばいい?」
「違う。お前に連絡用の魔法陣を渡しておくから、それを通じて俺からOKが出たら呪文を発動しろ。次のお宅の分も、魔法陣を描いてから連絡する」
「それって、つまり二件一気に魔法をかけるってことだよね? 魔法の遠隔操作みたいな感じ?」
「ああ。しっかり繋がる魔法陣があれば、ちゃんと成功するはずだ」
言いながら、ヴィヴィアンはポケットに手を入れて中を探った。運良くメモの切れ端が出てくるので、歩きながら万年筆で正確な魔法陣を描いていく。
「わかった。でも俺、領収書の魔法知らないよ」
「それは俺が魔法をかけてある。もう代金を受領してサインしたら領収書になる仕組みになっているから」
「そっか! じゃあ安心だな」
無邪気に笑うユキノに、ヴィヴィアンはメモを渡した。インクが乾かないうちに触らないよう念を押し、ヴィヴィアンは彼を見下ろす。
「これを渡しておくから、注意して見てろよ。魔法陣を繋げたら、光るようになってるから」
「うん」
「繋いだら声だけしっかり届く仕組みにしてあるから、指示を聞け」
「了解しました、師匠!」
ユキノから二件先と四件先の依頼書を受け取ってから先に歩き、目的の家に着いたヴィヴィアンは、即座に魔法陣を描いて立ち去った。この次の依頼主は四件となりに住んでいるので、移動しはじめてから魔法陣を描きおわるまでにあまり時間はかからなかった。
手の甲に小さな魔法陣を描き、ユキノが持っている魔法陣とつなげる。
「ユキノ、ガラスの修復呪文をかけろ」
「わかった!」
ユキノが呪文をかける声を確認すると同時に、自分が描いた魔法陣が自分ではない魔道士の力で遠隔操作されて光り輝いた。新鮮な感じだ。
「ありがとうよ、ヴィヴィアン」
依頼主の老人に渡された麻袋の中の銀貨を確認し、ヴィヴィアンは微笑する。
「報酬の銀貨三十枚、確かに頂きました」
そう言ってサインした瞬間、ヴィヴィアンの手の中で依頼書が姿を変える。領収書となった依頼書を依頼主に渡して、ヴィヴィアンは早足で次の依頼主の家へ行く。
「ユキノ、そっちは」
歩きながら、ふたたび手の甲の魔法陣をユキノのもつ魔法陣へとつなげた。魔法陣の向こうから嬉しそうな声がしてくる。
「ちゃんと領収書になったよ! よかった。報酬は銀貨十八枚。次の家は?」
「メインストリートの外れ、ハドソンさんちだ。酒場と金物屋の間にあるから解りやすいと思う。今度は俺が魔法をかけるから、お前は報酬だけ貰ってこい」
「了解!」
非常に仕事が楽である。最初からこうしていればよかったと思いかけるが、そういえば最初はまだユキノが魔法をうまく使えていなかった。
次回から大量の依頼があったときにはこうして分担してやることにしよう。ユキノにしっかり魔法陣の描き方を教えれば、今と役割を交代することもできる。
ハドソン氏の家には猫がいる。猫用の入り口が魔物の侵入口になってしまったようで、ハドソン氏はそれをひどく嘆いていた。塞いでほしいといわれたので、そこらに落ちていた小枝を拾ってきて適当にあてがっておく。
「こら、それで済ます気か」
ハドソン氏は軽く笑いながら言った。ヴィヴィアンは肩をすくめる。
「違いますよ。何事にも材料が必要ですから」
言いながら、魔法陣もなしに魔法をかける。面倒臭かったので魔法陣を省いたが、その分集中力が要るので魔法をかけおわった後に後悔した。
小枝はみしみしと軋みながら太く長く伸びてゆき、猫用の入り口の周りをぐるりと囲んだかと思うと、だんだん広がっていく。軋んだ音を立てながら、小枝は原型を留めないくらいにドアと融合していく。
「おお、これはすごい」
「はい、終りです」
猫用の入り口は四角く輪郭を残していたが、ドアは綺麗に平らになった。ドアにあいた穴は、小枝のおかげで綺麗にふさがったのだ。
エストルならこれを魔法陣どころか呪文もなしにやってしまう。いや、もしかしたら材料として使った小枝すら使わないで、ドアの木材を操ってしまったかもしれない。つくづく彼の植物の魔法は凄いと思う。
「それじゃ、あとは窓ガラスですね。弟子がくるんで、そいつが持ってる依頼書にサインをお願いします」
「はいよ」
「それじゃ、失礼します」
ヴィヴィアンはそう言って礼をすると、ハドソン邸から走って移動した。西日が暮れかけている、急がなければ。
「次…… あ、近い」
次の依頼先は市立図書館の斜め向かいだった。この街の図書館は小さく、中心街からは少し外れたところにひっそりと佇んでいるのだ。この界隈は商店街や中心街のような活気がなく、少し寂れている。これでは魔物も出やすいだろうと思う。
ヴィヴィアンは小走りで依頼人の待つ家に向かった。