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エンカンタリア  作者: 水島佳頼
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第二十二話  依頼遂行

 玄関で外套を適当に羽織って復旧作業に赴いたヴィヴィアンだったが、予想に反して復旧は進んでいなかった。もう午後になったというのにまだ窓ガラスのはめ込み作業をしていたり、窓ガラスが手に入らない家では木の板を何重にも窓に打ち付けていたりした。ため息が出る。

「帰れると思うか」

 この調子だと、復旧はだいぶ長いことかかりそうだ。依頼は依頼受けに入っていたキャンセルを差し引いても全部で二十九件あった。回りきれない気がする。

「夜になりそうだな、全部終わるの」

 ユキノはそう言って、ずれたかんざしを歩きながら直す。

「俺もそう思う。夜になったら今度は魔物退治もあるから、帰るの明日かもしれないな」

「昼飯はどうする?」

「あー…… 面倒臭い。食わなくてもいいかな」

「初めてみた、飯を面倒臭いなんていう人」

 驚かれているようだが、若干非難されているようでもある。ユキノはきっちりした男だから、食べ物を粗末に扱う人が許せないのだろう。今のはとくにそういう意味で言ったわけではなかったが、十分に誤解を招く言い方だった。

「飯を食う行為が面倒臭いんじゃなくて、飯にたどり着くまでの時間と体力を考えると面倒臭い」

「そっか。じゃ、俺がどっかで買ってテイクアウトしてこようか? それで適当にどっか座って食べればいいし」

「とりあえずひと段落してから考えよう。いま考えるのは面倒くさい」

「了解」

 まずは一件目から、地道に潰していくことにした。一件目は、ヴィヴィアンの店の斜め向かいだった。門扉の前で声をかければ、ガラスが割れて一階部分が壊滅的な状態になっている家の奥から男が出てきた。

「ガラスを直すことってできるのかい?」

「ああ、大丈夫ですよ。俺にとっては張り替えるより直すほうが簡単です」

「それはよかった! じゃあ、お願いしますよ。一階の全部だから、全部で十六枚だ」

「報酬はいくらにします?」

「金貨二枚で。ガラス屋に頼むとこの倍は下らないんだ」

「解りました。それじゃ、サインを」

 依頼書に追加で報酬や仕事内容を書き入れ、依頼主にサインを頼む。

 契約書を作ると紙の無駄だし、結局家に持ち帰って床を散らかすことのなるので、ヴィヴィアンは大量に依頼がありそうな日はあまり契約書を単体で持ち歩かない。実は依頼受けに直接飛んでくるような魔法をかけてある依頼書は、依頼書から契約書に変わり、さらに領収書になるような魔法を最初の段階でかけてあるのだ。依頼主がサインすると、依頼書は契約書に変わった。

 ユキノはさっそく門を抜け、被害の様子を調べている。とにかく早く終わらせなければ。依頼主からサイン入りの契約書を受け取ると、ヴィヴィアンはユキノの方へと早足で近寄る。

 ユキノはヴィヴィアンが来たことがわかると、ヴィヴィアンの外套の袖を引っ張って窓枠を指差した。

「ねえヴィヴィアン、これ見て。窓枠が噛み千切られてる」

「げっ、面倒臭……」

 ささくれ立った木の枠組みを指で撫でながら、ヴィヴィアンはため息をついた。これは結構ひどい。

「直し方教えて! 俺やってみたい」

「面倒臭いから一発で覚えろよ」

 壁に魔法陣を描いて呪文を教えてやり、窓枠の木を直す魔法をかける。壊れたものを元に戻す魔法は、物にもよるが難易度が高い。ユキノが一発で覚えられるかどうかは微妙なところだ。

「覚えたか?」

 言いながら、今発動させたものの隣にもう一つ魔法陣を描いた。今度はガラスを直すためのものだ。

「んー…… もう一回」

「ジェム・リステア・ジュスタ・レクタ・物質名。この場合木だからフォリスタって言った。ガラスを直す場合は、レクタの後をクリスタにすればいい。物質名の早見表は今日やった魔道書の巻末にあるから。そのうち規則がわかってきて覚えられるようになる」

「わかった。やってみる」

 ユキノは少し魔法陣から離れ、真剣な顔で呪文を唱え始めた。凛とした声が空気を震わせ、魔法陣は青白く燃えるように眩しく輝いた。

 そして光が消えると、そこらに散らばっていたガラスの破片が消えて、代わりに傷ひとつない透明なガラスが窓枠にはまっていた。ユキノの目が輝く。

「すげえ! 成功した!」

「その調子でどんどんやるぞ。俺は魔法陣を描いていくから、お前は呪文を発動させろ」

「はい、師匠!」

 まさかこの短時間でここまで使える人材になるとは思っていなかった。ユキノはなかなか優秀な男だ。

 ヴィヴィアンは指先に青白い光を纏わせながら、割れた窓の近くに魔法陣を描き入れていった。

 一周して戻ってくるころには、家の正面からみえる四つの窓がすべて直っていた。しばらくしてユキノが走って戻ってくる。

「完了した!」

「よし、報酬もらって次行くぞ」

 依頼主に金貨を貰い、領収のサインをし、依頼書が領収書に変わったのを確認して次の家に行った。次の家でも似たようなことをやり、いいペースで復旧作業を進めていく。外套のポケットがだんだん金貨や銀貨で重くなってくるのが嬉しい。

「ちょっと疲れた」

 十件目の依頼をこなした時、ユキノはそういって肩をまわしていた。魔法は使えば疲れるものだし、ぶっ続けで使っていれば集中力だって切れてくる。そろそろ休憩させてやらなければ。

「休んどけ、慣れないうちからそんなに使ってちゃ当然だ」

「ううん、ヴィヴィアンがやるなら俺もやる」

「途中でぶっ倒れられたりしたら面倒臭いから。お前を背負って家まで歩くとか嫌だ」

「……わかった」

 ユキノは渋々引き下がった。ヴィヴィアンが一人であと三つほど依頼を受け、その間にユキノは今日稼いだ報酬の一部でカフェに行き、先に軽食をとっているということになった。

 街の中心まできていたから、レストランやカフェなどの飲食店はいくつもあった。その中の一つである馴染みのカフェに、ヴィヴィアンはユキノを連れていった。

 静かな音楽が流れるカフェは、この街の魔道士がよく利用する。マスターも魔道士で、コーヒーを淹れるのもパンを焼くのもすべて魔法で行っている。

 特に音楽は、マスターが聴きにいった数々の演奏会の生演奏を魔法で再生しているから凄い。音源はマスターの記憶なのだ。彼は記憶にある音を再生するという、高度な魔法を使える。

「三十分かからないと思うから」

 空中に浮遊する照明の蝋燭(それらを支える煌びやかな燭台は全て溶けない氷でできている)を避けながら、長身のヴィヴィアンは自分の指定席にユキノを座らせた。この店はとても雰囲気がいいが、マスターが小さい人なので内装がすべて非長身仕様になっているのが難点だ。

「ごめん、ヴィヴィアン」

 しょげるユキノだが、彼のことだ。自分の限界に気づかずに仕事に没頭し、倒れてから自分が疲労のピークに達していたということにようやく気づくタイプだろう。とにかく真面目なのだ、彼は。

「ここから動くなよ。探すの面倒だから」

「わかった」

 笑顔で手を振るユキノにちらりと片手を上げて応え、マスターに軽く声をかけると、自分は依頼主のところへ行く。三件の依頼の内容はそれぞれ、踏み荒らされた家庭菜園の復元と窓ガラスの修理、荒された家畜小屋の修理だ。家庭菜園の復旧はエストルがいれば人差し指を振るだけで簡単にやってくれそうなものだが、そんなことは言っていられない。

 一件目の依頼先に行ってみて、ヴィヴィアンはまず『家庭菜園』がどこかと探した。何しろ目の前に広がっているのは、ヴィヴィアンの自宅の敷地面積と同じぐらい広そうな農場だったのだ。それも、かなり酷く踏み荒らされて、作物の残骸がそこらに飛び散っている。幻覚に違いない、と心の中で呟く。

「それじゃ、よろしく頼むよ」

 その声の主に恨めしげな視線を送りつつ、ヴィヴィアンは芝生の上に黒炭をすりつぶして作った粉を撒いて魔法陣を描いていった。もう魔力だけで魔法陣を描くのが面倒になっていた。しかも、面積が気が遠くなるくらい広いので大掛かりな魔法陣が必要なのだ。非常に面倒な作業だったが、なんとかクリアして次の依頼に進む。

 窓ガラスも家畜小屋の修理もユキノに教えたあの魔法で解決した。しかも、家畜小屋の修理を頼んできた依頼主がご馳走を振舞ってくれたりしてかなりラッキーだった。

 報酬が銀貨三十枚という大金だったのだが、依頼主の夫婦は『これでは申し訳ないから』などと言って菜摘孔雀のソテーを出してくれたのだ。逆にこちらが申し訳なくなるが、空腹なので素直に甘えておく。

「そういえば知ってる? ヴィヴィアン。妙な噂が流れているのよ。ダンから聞いたの」

 夫人は太い指でフォークを握りながら、ヴィヴィアンの方をちらりと向いた。ダンというのはこの夫婦の夫の方だ。陽気な男で、肉付きがよくて頭が薄い。夫人のほうはいつも頭にショールをかぶっていて、やはり夫同様に太り気味の健康そうな女性である。

 二人はちょうどヴィヴィアンの両親と同い年くらいだが、子供がいない。それだからか、時々依頼されて顔を出すヴィヴィアンをまるで息子のように扱ってくれる。

「妙な噂ですか」

「エンカンタリアの王宮騎士団が、塩樽を持って色んな町を徘徊してるんですって」

「……塩樽?」

「そう、賞味百キロの。なんのためなんでしょうね」

「犯罪者を塩漬けにしちまうんだろ」

「まあやだ、あなたったら」

 愉快に笑い合っているふたりだが、ヴィヴィアンは少し考えてみる。

 騎士団が妙なことをやらかすとき、例外なく嫌な自体が起こる。今回もそうなるのだろうか。この平和なメルチスの街にも、王宮騎士団の横暴な連中が四、五人居座って詰め所を作るなんてことにもなりかねない。

「この街にくるのは大分先の話みたいだけど、なんだか気になるわね」

「ええ。厄介なことにならなければいいんですが」

 夫婦としばらく談笑し、懐の時計をちらりと見やってヴィヴィアンは席を立った。

「ごちそうさまでした。弟子が待ってるんで、そろそろ次の依頼に行ってきます」

 名残惜しそうだったが、夫妻は手を振ってくれる。

「気をつけるのよ、ヴィヴィアン」

「弟子にもよろしく言っておいてくれ。それじゃあな」

 二人に手を振り返し、ヴィヴィアンはカフェへ急いだ。時刻は午後の四時になろうとしている。日暮れまであと二時間半ほどだ、急いで残り十六件の依頼を遂行しなければ。

 小走りで数段の階段を上がり、カフェのドアを開けた。

「いらっしゃいヴィヴィアン、お疲れさん」

「こんにちは」

 小柄なマスターが、腰まであるような長い白髪をかき上げながらこちらを見て笑った。カウンター席のユキノはこちらを見て笑顔になると、席を立って駆け寄ってくる。

「おかえりヴィヴィアン、何か食った?」

「ああ。お前は」

「俺も。ここのタフタおいしいな」

 タフタというのは、雑穀入りのパンを厚切りにし、そこに野菜やチーズなどの具材をたっぷり挟んだエンカンタリア料理のことだ。地方によって異なるが、この辺りでは日和草や独特の風味のする香草をベースに、ベニツバメ(ごく庶民的な鳥肉だ)のソテーを挟む。

「会計は?」

「済んでる」

「行くぞ」

「ごちそうさま、マスター。また来るから!」

「ほいよ。待ってるぞ」

 ヴィヴィアンがいない間にマスターと交流を深めたようで、ユキノははじけるような笑顔で彼に手を振っていた。

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