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エンカンタリア  作者: 水島佳頼
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第二十一話  実技試験

 急ぎ足で適当に教えてしまいたかったが、それではいけない。後々、自分が面倒くさい目にあうことになるのだ。

 ヴィヴィアンは早くも面倒くさく思うが、自分に気力がどれだけあるのかをためすつもりでユキノと向き合い続ける。ここで責任から逃げてはいけない。

「属性がない魔法もあるぞ。施錠魔法なんかはそうだ。魔道士によっては『空気属性』なんて言い方もするらしいが、ないって考えた方が楽だ」

「うん。じゃあ他には属性がないのってあるの?」

「解りやすいところで行けば、契約書にかけた魔法。外套にかけてる、温度調節の魔法。それと、精霊との契約魔法」

「精霊?」

「この話は面倒くさいから後。これだけは本当に面倒くさい。そろそろ実技やろうか」

 ヴィヴィアンはユキノに渡した魔道書の十ページを開いた。扉絵は長い外套の男が杖を掲げているところで、かなり古めかしい画風で描かれている。ここから、ようやく第一章だ。

「お前はこれで魔法の基本を理解した。魔道士の性質が属性によって決まることと、その属性について勉強したからな。いいな? この知識さえあれば全てに応用できる。解らなくなってきたらこの基礎に戻ってくればいいんだ」

「了解です、師匠!」

「よし、じゃあここに円を描け」

 魔道書をどけてテーブルを空ける。つややかに光を反射するニスの加工は、時々魔法で手入れをするから、随分と長いこと美しいままだ。

「え!? ここテーブルだよヴィヴィアン」

「失敗したら俺が消すから。まずは広い面積を取って、正確に描くのが大切だ」

 そう言って足を組み、自分でやってみろと言外に促してみる。

「はい、師匠!」

 ユキノは頷き、それからふと首をかしげた。

「でも、どうやって描けばいいの? やっぱりペン?」

「ペンでもいいし、お前の持ってる蝋でもいい。俺みたいに魔力を直接魔法陣に流し込むのは、たぶんまだ早いから」

 ユキノは少し緊張した面持ちで、魔道書のページを戻して基本の魔法陣を出した。そして、少し震えたペン先をテーブルに着ける。なめらかな曲線を走らせ、彼はテーブルに少し曲がった円を描いた。不安げにヴィヴィアンを見上げて手を止める彼に、続けろと指示を出す。

「最初は大体そんなもんだ。それに、ちょっとくらい歪んでても何とかなったりする。俺だって、いつもフリーハンドだろ?」

「わ、わかった」

 ちなみにフリーハンドでもかなり正確に描けるのは経験の問題だ。慣れてくると自分の魔力が半分くらい動きを手伝ってくれているのが解る。

 円の中に正方形を書き込み、ユキノは大きく息をついた。ヴィヴィアンは魔道書のページをめくり、第一章の最初の呪文を指差す。

「エル・ラティア。この呪文で火花を起こす」

 ユキノの描いた線に触れないように、正方形と円の間をそっと指でなぞる。

「ここに描きこめ。あんまりつめて書くなよ」

「やってみる」

 ユキノは魔道書を何度も見ながら、原本に忠実な書体で呪文を描いた。古めかしい角ばったフォントだ。

「いや、書体まで真似る必要はないんだぞ」

 ユキノは無駄にレタリングが上手かった。この調子だと、絵がとても上手そうだ。

「やっぱイリナギ流じゃだめかなあって思ったから……」

「まあいい、次。この『エル』っていうのは、光の呪文の定冠詞。文法は面倒臭いから解説しないけど、適当でもワードさえ合ってれば発動されるもんだ」

「アバウトだな」

「複雑なのはちゃんと順番覚えないとだけどな。合理的に楽すれば問題なし。要は魔法をかけるときの集中力と気合と魔力の整合性が何とかこんとかって、前に親父から聞いた」

「すげえ! 格言! 合理的に楽すれば問題なしかあ」

 メモを取り始める彼を見て思わず笑う。ユキノは楽しそうに、ヴィヴィアンの次の指示をまっていた。

「光の呪文は基本的に難しい。だから、それを補うためにも魔法陣を強化する」

「待って、補うって…… じゃあ、魔法陣って無くてもいいの?」

 無くてもいいわけではないが、説明が面倒だ。長い足をゆっくり組みなおし、ヴィヴィアンは大きく伸びをする。

「簡単な魔法を使ってる分には、なくても大丈夫だ。でも、魔法陣が絶対に必要な魔法もある。強い魔法は大体そうなるな」

 実際に簡単な魔法を使う場合は、ヴィヴィアンは口で言うのが面倒臭くて魔法陣を使い、魔法陣を描くのが面倒で呪文を口にする。要するに気分だ。

 ただ、精霊召喚や血の結界のような高度な魔法になれば、嫌でも複雑な、もしくは特殊な魔法陣を描かなければいけなくなる。

「魔法陣だけで魔法は使える?」

「使える。それ専用の魔法陣も存在する。うちの洗濯機の魔法もそうだ。ほかにも、簡単な呪文を複雑な魔法陣で増強させたり、簡単な魔法陣で複雑な魔法を安定させて助けたりっていう方法もできるぞ。詳しくは省略」

「へえ…… 凄い!」

 言いながら、彼は自分が描いた魔法陣に視線を落とした。そろそろ次の指示をしなければ。

「じゃ、魔法陣の強化をするぞ。使う呪文を書き入れたら、図形を加える。円の中に四角を書いただろう? その四角を左上から右下にかけて半分に割れ」

 ユキノは言ったとおりのことをやった。それを見届けてから、ヴィヴィアンは次の指示をする。

「四角形の辺があるだろ。自分の一番手前の辺以外にかかってるそれぞれの弧の、丁度真ん中に印をしろ。できたらそれを繋いで三角形を作れ」

 ユキノはヴィヴィアンが言いたいことを非常によく理解した。完成した魔法陣は、初めてにしては上出来だった。ヴィヴィアンは立ち上がり、ユキノの背後に回る。

「呪文は教えたな? じゃあ使ってみろ。その魔法陣に自分の力が流れ込むことをイメージして、呪文を唱える。うまくいけば魔法が発動して、お前がイメージした火花が現れる。光属性に嫌われていたら何も起きないから、そしたら別の魔法をかけよう」

「すげえ! ……もう準備いいの? これ」

「ああ。やってみろ」

 ユキノは深呼吸して何度も肩を上下させていたが、やがて両手を魔法陣にかざして目を閉じた。

「……エル・ラティア」

 呪文の終りと同時にユキノは目を開く。その瞬間、机に描いた魔法陣は一気が燃えるような眩い水色に輝いた。やわらかな風に吹かれたように、ユキノの髪が軽く舞い上がる。次の瞬間、ユキノがかざした手の下に静電気のような火花がバチバチと音を立てて散る。

「わ……、わわっ、すげえ! 俺魔法使えた!」

 凄い凄いと叫びながら、現れた火花を両手で包むようにしてヴィヴィアンの方を向くユキノ。ヴィヴィアンはその火花の色や光り方をよく観察した。この呪文で最初に出す火花の色や形が、属性を見極めるのに重要な役割を果たす事が多いのだ。

 青白い稲妻が小さくなって手の中に現れたかのようだった。不規則にバチバチと音を立て、はじけるように輝いている。

 ヴィヴィアンが出す火花は、火花というより火の粉に近い形になることが多く、色もユキノと違って暖色になった。ためしに自分も出してみると、火花は赤やオレンジに変色しながら空中を舞った。

「凄い、同じ魔法なのに色が全然違う」

「イメージしてるものが違うからだ。火花という概念も、俺とお前じゃきっと違うから」

「ねえヴィヴィアン、これどうやって消すの」

「消したいって思えば勝手に消える」

 それを聞いて、ユキノは自分の手に纏わりついている火花をじっと見つめた。すると彼の火花は次第に勢いが弱くなり、最後には床に落ちて消えた。ヴィヴィアンも絶えず宙を舞っていた火花を消し、テーブルを見下ろした。

「それじゃ、それ消すからな」

 焦げ付いた魔法陣を見て、ヴィヴィアンは床に膝をつく。

「どうやるの?」

「呪文は使わない。てのひらに魔力を集めて、消えろって思って拭けば消える」

「えー。俺もやってみていい?」

「やってみろ、半分俺が消す」

 ヴィヴィアンは右半分、ユキノは左半分を消すことにして、ヴィヴィアンは先にさっさと魔法陣を消してしまった。落書きを消すような気持ちで掌を這わせれば、焦げついた魔法陣は跡形もなく消えてしまう。ヴィヴィアンの手は少し汚れたが、それは適当にズボンで拭った。

 ユキノはテーブルに両手を押し付けて、じっと何か念じていた。そっと彼が手をどかすと、その場所には中途半端に焦げが残っている。全く成功しないと踏んでいたので、少し意外だった。

「……うまくいかない」

「俺もうまく行くとは思ってなかった。初めてでそこまでできれば大したものだ」

 言いながら、ユキノが消せなかった魔法陣をさっと消してしまう。何だか肩が凝ったのは、昨日の疲れが抜け切らないうちに魔法を使ったからだろうか。

「それじゃ、復旧手伝いに行くぞ。とっとと行ってとっとと終わらせる」

「よしきた! あ、でも俺、火花の呪文しか使えないけど」

 楽しそうに意気込んだかと思えばすぐに不安げな表情で魔道書をちらちら見やるユキノ。目で追うのが面倒臭くなってきて、ヴィヴィアンは大きくため息をついてみせる。

「そのつど教える」

 それからのユキノはとにかく行動的だった。指示していないのに依頼書を掻き集めてきて刀を腰に携えたかと思えば、二階に駆け上がって暫く戻ってこなかった。何をしているのだろうと思いながらも、ヴィヴィアンは山積みの魔道書を何冊かぱらぱら捲ってみたり、ソファに腰掛けてみたりして待つ。しかしまだ彼は帰ってこない。十分が過ぎただろうか。

「おい」

 行くぞ、と言おうとすると彼は階段を駆け下りてきて、にこやかに笑った。

「さっき洗濯してたんだけど、お客さんがきて。放置したままになってたから干してきた」

 ……本当に、どこまでも家庭的な弟子だ。

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