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エンカンタリア  作者: 水島佳頼
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第二十話   新人研修

 積み上げた魔道書を上から順に開いてみて、ヴィヴィアンが幼い頃に初めて読んだ魔道書を探り出す。大きくて重い魔道書だ。縦の長さはヴィヴィアンの肘から中指の先の長さより長いので、本棚には本と棚との間に出来た僅かな隙間に横向きに突っ込んである。

「これ読んでみれば大体俺がいいたいことは解るとおもう。やる」

 革張りの厚い表紙はもうぼろぼろで、ページをめくればインクの染みがたくさんついていたが、それでもユキノは目を丸くして驚いている。

「やる、ってことは…… え、いいの? この本、俺にくれるの?」

「俺はもう使わない。それ、俺が三歳のときに読み始めた魔道書だ」

 著者の名前すら解らないほどボロボロになっているが、背表紙には『基本魔道入門―属性別呪文索引つき―』と書いてあるのが辛うじて読み取れる。

「魔道書…… こういう本、魔道書っていうんだ!」

 知らずに読んでいたのか。そう思ったが、そういえば何も教えていなかったことを思い出した。知らなくて当たり前だ。

「そう。魔法に関する資料だったり、呪文だったり魔法陣の描き方を解説している専門書は全般的にそう呼ばれる。魔道士にとってはこれがバイブルだ」

「結構読んでみたんだけど、内容がよくわかんなかった」

「それはお前が呪文をひとつも知らない素人だからだ。内容は特に難しく考えなくても、基礎さえできていれば感覚で身につくものだから」

「すげえ!」

 驚いたように言うユキノだが、ヴィヴィアンは苦笑する。

「お前、刀を握る時に『左肘の角度は何度で、振り下ろす速さは何秒で』なんて考えるか?」

「全く考えない」

「それと一緒だ」

 納得したように頷きながら、ユキノは古めかしい魔道書の一番最初のページを開いた。表紙の裏に、きれいな円形に正方形を組み合わせた初歩的な魔法陣が載っている。

「まず、課題ひとつめ。それ練習しとけ」

「はい、師匠」

 楽しげに頷いて、ユキノは懐から柔らかそうな白い紙と黒っぽい蝋を取り出した。メモにはそんなものを使うらしい。ただ、魔道書を一冊勉強するには明らかに面積が足りなさそうに見える。

「その形さえあれば基本的な要素は全部押さえられる。あとは応用がきくから」

 言いながら、ヴィヴィアンは玄関近くに据えてある仕事用の引き出しをあさる。使っていない万年筆が出てきた。未使用の日記帳もあったので、纏めて引き出しから取り出してユキノに渡した。

「ほら、ノートとるならこれ使え」

「え、駄目だよヴィヴィアン! 紙は貴重だろ」

 確かにそうだ。紙は高いし、大量には手に入らない。何でも屋を営む際の経費も、八割くらいが依頼書などの紙代だ。(ちなみに使用後に不用となり、床を散らかす要因へと変貌するのだから尚のこと頭が痛い)

「じゃあ今から石盤買ってくるか? そうもいかないだろ、毎回せっかく覚えたことを消さなきゃならないし」

 そうなのだ、魔道士になるためにはかなり勉強が必要なのである。記録し、保存するための媒体をたくさんもっていなければいけない。

「でも」

「それにお前の師匠は面倒臭がりだから、日記をつけたりなんかしない」

 あえて“師匠”というワードをちらつかせることで、さらに食い下がろうとするユキノにストップをかけた。もう相手をするのが面倒になりかけていたのだった。

「……ありがとうヴィヴィアン。俺、頑張って勉強する」

「じゃ、次」

 ユキノは古くて分厚い日記帳が本当に嬉しいらしい。あれは、前に依頼を受けたとき、代金がないからと代わりに渡されたものだ。

 ヴィヴィアンは普段使っているインクの瓶を持ってきて、ユキノの前に置いてやる。

「まずは一ページ目。序章、魔法とその概要。魔法とは、学術的な定義では『ある特定の条件を満たした者にだけ扱える特殊能力』であるとされている」

「魔法は魔法だろ? って思うけどな」

「まあ、俺もそう思う。特別な力だってことだけは、皆の共通認識だからな」

 ユキノは万年筆をインクに浸し、日記帳にメモを取り始める。そして、文字を書きながら少し顔を上げて質問してきた。

「特定の条件って?」

「まずは、性質。それから体質、知能、精神性…… つまりさ、俺が最初に『素質はある』って言っただろ。ああいうことなんだ」

「わかんないよ」

「だろうな」

 面倒になって説明を省いてみたが、やはり駄目らしい。当然か。

「魔法は人間の精神の部分と密接に絡んでいて、使いこなすには高い集中力が必要だっていうことは理解できるな? そういった集中力の高さ、それから意思の強さも重要な条件だ。でもいくら魔法を使いたいと願ったとしても、素質のない人間は魔法を扱えない。つまり、ひとつでも欠ければ成立しない条件なんだ」

「へえ…… 冷静さとか? 感情の強さも?」

「それは厳密には必須条件じゃない」

「そもそも魔道士の定義って?」

 曖昧だ。そう答えたくなったが、定義はちゃんと存在する。魔法を使えれば当たり前に魔法使いだが、魔法使いと魔道士ではちょっと違うのだ。

「二つ以上の属性を操れる魔法使いのことだ。俺は大体の属性に嫌われてないから、魔道士を名乗れる。身近なところでいうと、エストルは炎を扱えない。代わりに植物と風の魔法が得意。そう考えると、あいつは二つの属性を持っているから、クリアってこと」

「属性の種類は?」

 メモをとりながらどんどん質問を進めてくるユキノ。彼はヴィヴィアンがいちいち手取り足取り教えなくても、自分から突っ込んで聞いてくる。勉強熱心な男だ。

「火、水、風、土の四つが基本エレメント。あとは氷、音、光、闇。属性として成立している基本の八個な。これに植物とか天気、磁力みたいな特殊な属性をくわえる。ただ、そういう特殊な属性が自分のメインだっていう人はあんまりいないらしい」

「へえ、じゃあエストルは特殊なんだな。ヴィヴィアンのメインは?」

「一応、火って言えるかな。特に何も考えてなくても、火の魔法なら簡単に扱えるから」

「俺のは? メイン」

「あ、メインを主属性、サブを付属性って言うんだ。覚えとけ」

「了解!」

 日記帳の隅に『主属性と付属性』と書き、大きく丸で囲ってユキノは補足説明を加えていく。

「お前は水か氷だろうな。なんとなく雰囲気が」

 氷のような瞳と寒色系の服の色からして、なんとなく連想されるのが水や氷だ。そして、戦いの時に見せたあの冷静さは、間違いなく氷系統の魔力だと思う。

「ちゃんと魔道士かなぁ?」

「だと思う。お前は色んなものにてこずらなさそう」

 言ってやれば、彼は嬉しそうに笑った。そして、すぐに表情を変えてこちらを窺う。

「ヴィヴィアン、苦手なのある?」

「音と闇はてこずる。あ、でも火の反属性だけど水はちゃんと扱える」

「反属性? 新語。どういう意味?」

「なんとなく解るだろ。タイプが反対っぽい感じ」

「色でいうと赤と青みたいな?」

「飲み込み早いな、お前」

 ユキノが属性についてのメモをとるまで、ヴィヴィアンは彼の手元を眺めて待っていた。規則的に動くそのペン先から生まれる文字は、やはり癖が強くて読み取りづらい。

「基本エレメントの四つは重要だ。この四つのうち、どれも全く使えないっていう魔道士は稀。つまり、魔道士なら最低限この四つのうちどれか一つくらいは使えるのが当たり前ってことだ」

「へえ、魔道士にも当たり前なんてあるんだね」

 納得しながら、ユキノはヴィヴィアンをちらりと見る。ヴィヴィアンは促されるように続ける。

「けど、どんなに頑張ってもある属性の魔法だけは一向に操れない…… っていう魔道士もいる。魔道士だからって全ての魔法を操れるとは限らない」

 ユキノは頷きながら熱心にメモを取る。ヴィヴィアンは窓の外をちらりと見た。まだまだ日は傾かないが、そろそろ復旧の依頼をこなさなければ。

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