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エンカンタリア  作者: 水島佳頼
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第十九話   風変わりな復旧依頼

 何だか物音がうるさかった。誓約書には騒音を立てたら追い出すと書いておいたはずだったのに、彼はもうそのことを忘れているのだろうか。手間のかかる弟子だ。

「ユキノ、煩い」

「ヴィヴィアンお客さん! なんか手伝って欲しいって」

「あー、面倒臭……」

 起き上がってみると、まだかすかにエストルが芽吹かせたあの花の香りがした。やれやれと思いながら首を鳴らし、寝癖のついた髪を適当に整える。

「あとさ、依頼書が五通来てた」

「内容」

 単語だけで問えば、ユキノはいたずらっぽく笑う。

「ぜんぶ復旧手伝いの依頼」

「サボろうかな」

「あっそうだ、ナタリアとローザが来たよ。いっぱいフルーツくれた。塾の先生が、ヴィヴィアンに栄養つけろって言ってたって」

「後でお礼に行かないとな」

「ナタリアたちも復旧が夜までかかりそうだって言ってた。後で手伝いに行こ!」

「面倒臭い…… 俺疲れたから寝たい」

 階段を降りきると、見慣れない東国人がいた。神経質そうな細面に、細いつり目。眉毛は細く、しかもこめかみの方へ向かうにしたがってどんどん無くなっていた。

 体つきもどちらかというと華奢なほうで、本当に細いという形容詞が似合う男だ。彫りの浅い顔立ちの割には、老けて見える人だと思った。

「すみません。お待たせしました」

「こんにちは。早速ですがリリエンソールさん。我が家の復旧作業を手伝ってくださいな」

「はあ、程度はどれくらいですか」

 復旧作業なら山ほど手伝いの依頼が来ている。断ることもできるが、折角出向いてくれたのだから依頼はなるべくうけなければ。作業できる人員は二人に増えたのだ、他の依頼はユキノに任せれば良い。

「雨どいですよ。雨どいを直して欲しいんです」

 愛想の良い笑みを浮かべた男は、外見に似合わずやわらかい物腰だったので驚いた。

「雨どい、だけですか?」

 めずらしいこともあるものだ。家が全壊したから手伝ってほしいという依頼ならまだしも、雨どいだけだなんて。そんな依頼は通常も時々あるくらいなのだ、こんな緊急時にされる依頼の種類としては少々奇抜だ。

「ええ。あそこから小さな魔物が侵入してくるのですよ。昨日は留守にしていたんで、人の気配を感じなかったのでしょう、家は無事でした。ですがね、雨どいは元々壊れていまして」

「それって穴あいてるんですか?」

 ユキノが不思議そうに訊ねる。馴れ馴れしくするなと嗜めようとしたが、客の男は特に気分を害した様子もなく笑った。

「ええ。というか、雨どいが軒から外れたところに大きな穴が開いてしまいまして。外れるときに壁も一緒にはがしてしまったようなのですよ」

「じゃ、塞ぎに行きます。ユキノ、店番頼んだ」

 店を空にするよりも、開けておいてユキノに番をさせたほうが仕事の能率がいいと思う。復旧手伝いもできればさせて、仕事を少しでも減らしたいのが本音だが、そうしていると店が空になってしまって少し不安だ。

「よっしゃ、任しといて!」

 店番を任されて機嫌の良いユキノに、ヴィヴィアンは軽く手を上げて応える。

「ないと思うけど軽い依頼だったら出ててもいいから」

「了解。時間制限は?」

「三十分以内に解決できそうだったら行ってこい、それなら施錠が持つ」

 先に歩き出した客に続いて、ジャケットを羽織って店を出る。店を出て簡単に施錠魔法を描けると、背後からユキノのいってらっしゃいという声を聞いた。返事は面倒臭くてしなかった。

「弟さんですか?」

「いや、まさか。違います」

 本気でそう思われていたなら問題だ。一体どうして、全く共通点がないユキノを弟と間違われたのだろう。街の中心とは逆方向へ向かって、強い日差しの中を歩きながらヴィヴィアンは本気で首を横に振った。

「私の弟はやんちゃでしてねえ。なんだか挙動が似てるんですよ」

「あいつは俺の弟子です」

「ふうん、お弟子さんでしたか。どうりでお顔が似ていないわけだ」

 男はけらけらと笑う。ヴィヴィアンは頷いて苦笑した。完全にからかわれている。

 一体どれほど歩いただろうか。三十分ぐらいは確実に歩いていた気がする。そろそろ疲れてきた頃に、街外れの寂しい場所に出た。

 木々に囲まれた廃墟のような家を見て、こんなところに市民がいたかどうかを自問する。この近くに住む老婆に時々依頼をされるのだが、その時にはここに人がいた気配は少しも感じなかった。

 こんな町外れだし、建物が老朽化しているし、普通だったらここに住みたいとはあまり思えないとヴィヴィアンは思う。

 そう考えるとおそらく、この物件は物凄く安かったのだろう。この依頼人はあまり金持ちではないらしい。外見的には全くそんな風には見えないし、むしろ高貴な感じすらするのに。

「ここです」

「雨どいだけですか、本当に」

 煙突は今にも折れそうで、壁のレンガは半分崩れかけているような、そんな家だ。鉄製の門扉もすっかり錆びて赤茶になり、もう銀色の部分など少しも残してはいない。

 しかし、男は笑顔で頷いた。

「今のところは平気ですよ。最近越してきたばかりなんですがねえ、何せ移民ですからお金もなくて…… ああ、大丈夫ですよ。今はちゃんと稼ぎましたから、貴方をただ働きさせるつもりはありません」

「だったら、もっといい貸家が街の中心あたりにもっとありますよ。あえてこんな所にすまなくても」

「私、この静かな家が気に入っていまして。人が多いところは苦手なんですよ」

「そうですか」

 そういうことなら無理に街の暮らしを勧めることもない。ヴィヴィアンは頷いて、雨どいを探した。朽ちかけた屋根をぐるりと見回すと、雨どいが外れて出来たらしい穴を見つけた。もともと壁にはつる植物がたくさん絡み付いていたから、屋根の影になった軒下は確認しづらかった。

 雨どいは風の影響か、はたまた小型の魔物が上に乗ったのかはわからないが、壁の一部ごと外れて中途半端にぶら下がっている。

「ここですか」

 外れている箇所は、見たところ一箇所だけだ。本当にわかりづらい穴だったが、確かにこの鬱蒼とした木々に囲まれた家(というより廃屋)には、街中よりも魔物が出やすそうで危険な感じがする。

「直りますかねえ。派手にいっちゃってますが」

「勿論直ります。じゃあ、今回の報酬はいくらにしますか?」

「そうですねえ、貴方の希望でよろしいですよ。金貨は出せませんが」

「じゃあ銀貨四枚で。良いですか? 良ければ契約書にサインを」

 これくらいの仕事なら、銀貨一枚ぐらいでも良かった。けれど、遠出という面倒くさいステップを踏み、なおかつ無意識に二人分稼がなければと思っていたため、二の倍数で最もそれらしい数字が出てきたのだった。一応、呪文数に応じて基本給は自分で決めているが、相手への説明をし忘れた。まあ、一度決めてしまったものは仕方ない。次回依頼された時に割引すればいいだろう。

「わかりました」

 男は特に異論を唱えることもなくヴィヴィアンのペンを受け取り、ユキノとはまた違った癖のある角ばった字で名を記した。ジーイェ、と読み取れる。

「契約成立ですね。それでは、預かります」

 胸ポケットに綺麗に畳んだ契約書を入れて、ヴィヴィアンは解りにくい雨どいの穴の下へ移動した。空中に魔法陣を描き、淡い黄色の光を帯びたその円形に呪文を書き込んでいく。そして、雨どいを支えて壁と接着するための部分を、元の位置に戻す。あとは壁のレンガと漆喰を部分的に固めなおすための呪文を唱えれば全てが終わった。

「終わりました。これでよろしいですか」

「ええ、ありがとうございます。報酬は銀貨四枚ですね」

 嬉しそうに言いながら、ジーイェはヴィヴィアンの手に銀貨を握らせた。ヴィヴィアンは胸ポケットから契約書を出し、サインを書き加えてからジーイェに渡した。

「こちらが領収書になります」

 渡した瞬間、契約書の文面は紙の上を滑るように動き、内容が領収書に変わった。それをしげしげと眺め、深い笑みを浮かべてジーイェは頷いた。

「実に楽しい魔法だ」

「それでは失礼します。またのご利用、お待ちしてます」

 ジーイェは手を振ってヴィヴィアンを送ってくれた。ヴィヴィアンは少し早歩きで自宅へ戻る。

「ユキノ」

「あ、おかえり!」

 ユキノはソファから立ち上がってヴィヴィアンを出迎えた。しかし、彼が座っていたソファの正面には客がいる。

「バカ、お客さんのとこにいろ。いらっしゃいませ」

 会釈すると、立派に仕立てられた質の良い礼装を身に纏った男がヴィヴィアンに軽く手を上げて応えた。ロマンスグレーの髪に、胸の金のピンバッヂ。この格好からすると、彼はおそらく令嬢の屋敷に仕える執事のひとりだろう。

「いやあ、手先の器用な方ですね」

「うちの新入りです」

 言いながらユキノをちらりと見ると、彼は誇らしげに前掛けを広げて見せた。シンプルな濃紺の前掛けの隅に、自分で刺繍したらしい「comodin」の字が見て取れた。筆記体はユキノ流で、一瞬では判読できなかった。いつのまに作ったのだろう。

「そうでしたか。良く働くいい新入りさんですね、助かることも多いでしょう」

 苦笑を交えて頷くと、男は子供のような無邪気な笑みを浮かべる。

「魔物に襲われて転んだ時に、時計が壊れてしまいまして。街の時計屋は、復旧作業で忙しいんですよ。それで魔法で直してもらおうと思ったんですが……」

 時計はユキノの手の中で元通りに組み立てられ、また秒針を動かし始めた。男は楽しそうに目を細め、軽く拍手をした。

「お見事です」

「いや、そんなことないですよ。からくりの類は昔から得意なんで」

 ああ、と思う。

 そういえば彼は、二本の細長い棒で食事をするような男だった。もともと器用なたちなのだろう。

「代金ですよ。今度から時計屋ではなく、貴方のところにくることにしましょう。すばらしい芸を見せていただきました」

 本当に楽しそうに笑いながら、男はユキノに金貨を渡した。ユキノが礼を言うタイミングで、ヴィヴィアンも一緒に礼を言った。

「またきますよ。是非、パーティーにもいらしてくださいね」

「はい! ありがとうございました!」

 ユキノと二人で男を玄関まで送り、その背中が見えなくなるまで見送った。そうしてから、依頼受けを確認する。復旧作業の手伝い依頼が増えていた。頭を抱えたくなった。

「な、なあヴィヴィアン。俺、金貨もらっちゃったよ! 時計直しただけなのに!」

「お前、やらせてみると結構何でもできるな」

「やった! ヴィヴィアンに褒められた!」

 興奮して飛び跳ねるユキノを嗜めながら、ヴィヴィアンは少し笑った。

 ひとたび座り込んだり寝たりしてしまえば、もう起きるのが億劫になる。ならば、依頼から帰って来たばかりの今、新人教育をはじめよう。それに、魔法を少しでも使えるようになったら復旧作業の依頼も楽にこなせると思う。

「ユキノ、そこ座れ」

 ソファを指差して言い、ヴィヴィアンは自分用の低い椅子を持ってきた。ソファの前に置かれたテーブルに大量の魔道書を積み上げ、ユキノの正面に座ってヴィヴィアンは笑った。

「まずは基礎からな」

 ユキノの顔がぱっと輝いた。

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