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エンカンタリア  作者: 水島佳頼
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第十七話   提携

 昼下がりの熱気にも、そろそろ嫌気が差してきた。ロジェは楽しそうに笑ってヴィヴィアンにボードを差し出してくる。何のつもりかと訝って彼を見下ろすと、本当に楽しそうな問いが返ってきた。

「なあヴィヴィアン、乗る?」

「……だめ。俺、今死ぬわけにいかないから」

「ひっでえ、俺が信用できない?」

「いや、だってそれどうやって止まるんだよ」

「車輪に改良を加えてあるんだ。見てて!」

 ロジェはボードに片足だけ乗せて、もう片方の足で勢い良く石畳を蹴った。凄い速さで進んでいったと思ったら、そのままそこでぴたりと止まる。

「どうだ! 凄いだろ?」

 そう言いながら、彼はまた戻ってくる。どうやら止まる時に、ボードの一部を強く踏みつけているらしい。良く見れば切れ目が入っていて、そこを踏めば車輪にブレーキがかかる仕組みになっているようだ。よく考えたものである。

「あー本当、見事」

「面倒くさそうにいうなよなあー」

 ロジェはボードから降り、小脇に抱えた。そしてヴィヴィアンの隣を歩く。

「先に帰ってていいのに」

 ため息混じりに言ってやれば、ロジェは少し不機嫌そうにヴィヴィアンを見上げる。

「だって店開いてないだろ?」

「いや、中に人残しといたから」

「人?」

「手紙に書いたろ、俺の弟子」

「ああ! 謎の東国人ユキノだろ!! 忘れてた、ちょっと会いにいってくるわ!」

 ボードを石畳に下ろし、彼はそれに飛び乗って凄い速度で走っていった。好奇心が旺盛なところはロジェの売りだ。ヴィヴィアンは走っていく気力もなく、歩いて店まで帰る。

 ロジェは小さくてすばしっこいし、疲れにくい。本当は部屋に篭って実験をするより、どこか外へ出て労働した方が彼にとってストレスがたまらないのではないかと思うほどだ。それでもロジェはインドアで、研究のためといって殆ど家から出ない。

 彼の普段着は太股までの長さの黒衣(白衣を真っ黒に染め上げたものらしい)と、工具の入ったヒップバッグがメインだ。夏なら黒衣の下はタンクトップ一枚だし、冬になると若干服の生地が厚くなるものの、やはり軽装だ。火を使う実験で白衣が燃え尽きて以来、彼は焦げ後が目立たない黒衣を着こんで実験をしている。もともとその黒衣だって膝くらいまで丈があったのに、やはり裾の方が燃えたために切り取っていまの姿に至るのだった。

 森から取ってきた鉱石を火に入れたり、壁になにやら特殊な気体を吹き付けてみたりなど、とにかく彼は熱心だ。かと思えば真剣に材木を切って織機(それも、工場で使うような大きいやつだ)を模倣していたり、鉄材で近所じゅうに響く騒音を立てて怒られていたりもする。ロジェがやっていることは本当に謎だ。先祖代々職人ということで名のあるティエール家だが、ロジェからは本当に上流階級の匂いを感じない。

 家の前についた。ロジェはもう店に入っているらしい。依頼受けを確認し、更に依頼が増えていることに気づいて嘆息する。嘆息しながら店のドアをくぐると、ユキノが真剣な目でロジェの喉元に刀を突きつけていて驚いた。

「わ、わ、ごめん、別に怒らせるつもりじゃ…… ただ、原理が気になったんだ」

「おいユキノ!」

 ロジェが殺される。一瞬そう思ってしまった。

 ユキノは殺気立った表情でこちらを振り向いた。その瞬間、後ろで綺麗にまとめていた彼の黒髪がばさりと解ける。よく見ればロジェの震える手に、ユキノのかんざしが一本握られていた。

「ユキノ、こいつは俺の友達だ。刀しまえ。ロジェ、お前は何やってんだ」

 大方、眠るユキノの後頭部に触れた瞬間に刀を突きつけられたのだろう。ロジェは完全に度肝を抜かれたのか、固まった表情のままヴィヴィアンの方に駆けてこようとした。しかし、ロジェの腕をユキノが掴む。すごい力で掴んでいるのか、掴まれたロジェは転びそうになっている。

「返せ、それ一番重要なかんざし」

「あ、ごめん」

 ユキノは髪が解けた拍子に床に落ちたほかのかんざし二本を広い集め、刀を鞘に収めてこちらを向いた。

「いや、ね。この髪型すごいな、どうやってんだろう? って思ったらつい」

「手癖が悪いのはエストルと同類だな」

 呆れながらため息をつく。ロジェは反省しているのかそうでないのか、ひきつった笑いを浮かべながらユキノの方をちらちらと気にしていた。

「ヴィヴィアンこいつ誰」

 まだ怒っているのか、ユキノはかんざしで髪を結いなおしながらロジェを軽く睨む。ロジェは睨まれていることを気にもせず、今度は真顔になって目の前でユキノの髪が結われているのに釘付けになっていた。

「……さっきまでのあのビビり様はなんだったんだ」

「ねえねえ今のもう一回やってみて!」

「ロジェ、お前少し黙ってろ」

 原理が気になる! といっては色々な機械や人間をじろじろ観察するため、ロジェは余計に変人だ。街でロジェを知らない人はいないのではないだろうか。ユキノの髪型がよほど面白いのか、ロジェは色々な角度から彼の髪を眺めている。ユキノは何だか怒気もそがれたように、彼の視線から逃げたり物陰に隠れようとしたりしている。

 ヴィヴィアンは柱の陰に隠れたユキノと彼を追うロジェを、咳払いして呼び戻した。

「こいつはロジェ=ティエール。俺の友人で、非魔法族の貴族。発明家だ」

「将来教科書に載るぜ、俺! ロジェって呼んでよ。あ、君の事はユキノでいい?」

「いいけど」

「で、さっそくだけどユキノ」

「ロジェ」

 髪を見せてくれ! というであろうロジェを軽く嗜めると、ユキノが慌てて胸の前辺りで手を振る。

「いいんだヴィヴィアン、助っ人ってこの人のことなんだろ? あの、さっきはごめん。これ父さんの形見だから、あんまり人に触らせたくなくて」

 先ほど彼が一番重要だと表現したかんざしは、他二本と違って少し豪奢なデザインだった。シンプルな二本に対し、このかんざしには飾りがしてある。艶やかな黒地に、貝細工のような不思議な色合いをした、流れるような線の模様が入っている。 

「あ…… 悪いことしちゃったね」

「いや、良いんだよ、俺があんなとこで寝てたのが悪い」

 しょげるロジェに、ユキノはいつもの気さくな笑みを送る。そして困ったようにヴィヴィアンを見る。面倒くさくなってロジェの後頭部を軽くひっぱたく。

「痛っ! 何すんだよ!」

「辛気臭い顔すんな。ユキノがいいって言ってんだからいいだろ」

 ユキノは結った髪を整え、小さく腰を折って身体を前に倒す動作をした。よろけたのかと思ったら違うようだ。

「俺はユキノ=サクライ。イリナギから来たんだ」

「今の動き何!?」

「え、お辞儀……?」

「挨拶みたいなもんなのか?」

「そう。イリナギではこれが普通なんだ」

「へえ! 気になる! もっと話してよ。その服は?」

 すっかり打ち解けてしまった二人を横目に見ながら、ヴィヴィアンは大きくあくびをする。

「おいロジェ、今夜のプロジェクトについて話さないのか」

「あっ忘れてた。これ本業だよね俺の。えっと、これ」

 適当にテーブルの席につき、ロジェは黒衣のポケットから出した銀色の珠をごろごろとテーブルに転がした。ヴィヴィアンはそれをひとつ摘み上げてみる。真珠ほどの大きさの銀色の珠には、一本ずつ細い紐がついていた。

「これが導火線。着火して投げるとだいたい三秒でフラッシュ。やってみる? かなり眩しいよ」

「一応試しておくか。庭出ろ」

 ロジェを連れて庭に出る。庭には洗濯物の物干し竿と小さな噴水があり、名前が解らない白い花のアーチもある。これは母が趣味でやったものだ。植物が好きなエストルが時々ふらりとやってきて手入れをしてくれたりするから、庭は綺麗な状態で保たれている。

「じゃあやるよ」

 自分の発明を披露するのが嬉しいのだろう。ロジェは銀色の珠を一つとって火打石で着火すると、すぐに真上へと投げた。本当に三秒後くらいに、真っ白な閃光があたりを焼いた。昼間の景色すら真っ白につぶれるくらいなのだから、夜に使えば効果はてき面だろう。

「うわっ、本当に眩しい」

 もろに光に直撃されてしまったらしいユキノは、長い指で顔を覆って悶絶している。彼は本当に動きが多い。しかもいちいち俊敏で笑える。

「これでも威力はあるけど、改良すればもう少し閃光が長持ちすると思うんだ」

 ロジェは破裂の瞬間に腕で目をかくしていたらしい。辺りを見ながら目をしばたき、彼はヴィヴィアンを見つけて微笑む。ヴィヴィアンは頷いて見せ、庭のなかほどに落ちてきた銀の珠の欠片をつまみあげる。朝顔の種ほどの大きさしか残っていなかったが、融けた金属のようだ。

「これなら俺の魔法と同等の威力だろうな」

「ただ困るのが、時々不発もあることかなあ。導火線が途中で燃え尽きたりするんだ。上手く着火しない」

「これ、材質は?」

「マグネシウムに細工をしてるんだ。これ単体で燃やしても強い光が出る」

「炎色反応か」

「そう。やっぱり一番強いのは白だろ?」

「ああ」

「ただ、マグネシウムは着火するまでが大変なんだ。導火線を太くするのも手なんだけど、どんな手を使っても安定性がない。加工も大変になるし、まず導火線自体が途中で燃え尽きて着火しなかったりとかするし。もう少し酸素が入ればいいのかなあ」

 ロジェは自分の専門知識についてはぺらぺら喋る。そして、知らない知識についてはどんどん突っ込んで訊く。

 だから彼はとても知的なはずなのだが、どうも思考回路のどこかに欠陥が生じているらしい。彼の作る発明品は、八割がたヴィヴィアンにとっては『才能の無駄遣い』だと感じるものなのだ。

 例えば全自動卵割り機とか。足こぎ式自動洗濯装置や、全自動サンドウィッチ製作機などというのもあった。食器洗い機に至ってはコツを掴まないと食器がすべて使い物にならなくなるし、目覚まし時計と称されたシステムでは、時間になると頭の上から本が降ってくるという非常に野蛮な装置を使う。彼の発明はどれも凄いとは思うが、どれも使おうと思えない。

「ユキノ、イリナギの古語について教えて! ことばは国の歴史そのものだからね。きっと全世界と共通する言葉が生まれる前に、独自の文化があったはずなんだ! エンカンタリアじゃ、自分の国の古語なんか魔道士しかしらないんだぜ? あ、食いもんはどう? 医者はいる? それから印刷技術とかどうだろう。新聞はある? 魔道士と科学者の関係は良好? 税金のシステムにも特色があるはずだな。畑の広さで課税する仕組みなのか、出来高制なのか。家屋の形状もここときっと違うよね? あっ、田舎と都会でどう違うのか教えてよ。農村部と城下町じゃ絶対違いがあるだろ! 殿っていうのはやっぱり城に住んでるの? 城の敷地面積は?」

 目をきらきらさせてずいずい歩み寄るロジェに、ユキノが後ずさりながら困ったように首を振る。

「そ、そんなにいっぱい聞かれても解んない!」

「え、じゃあまず服装から! それどうやって着てるの? 原理が気になる」

 あれだけ雨のように浴びせておいても、まだロジェの質問攻撃は尽きないようだった。最初こそたじたじだったユキノも、だんだん楽しそうにロジェと会話し始める。ヴィヴィアンは本格的に眠くなってきて、何度目か解らないあくびをした。

「おい、ロジェ。今夜どうする」

「今夜は空いてるよ。俺んちに来たら?」

「そうしようか。依頼が大量に来てるから、お前も手伝え」

「えー。じゃあ俺にも分け前くれよ。研究資金が若干足りないんだ」

「仕事上の提携だ、ただ働きさせるつもりはない」

「よし、じゃあ十時な! 俺、製本機改良してくる!」

 ロジェはヴィヴィアンに手を振り、忙しそうに去っていった。ユキノが彼に名残惜しそうに手を振り返し、大きく伸びをしている。

「ちょっと寝たらすっきりした。午前のうちにやれることやっとくな」

 ユキノはおそらく、もともと睡眠時間が少なくても平気なタチなのだろう。ロングスリーパーのヴィヴィアンは、特に冬場になると布団から中々出てこない。

「俺は寝る。客来たら起こせ」

「解った!」

 楽しげに返事をし、ユキノは着物の裾をたくし上げた。早速家事にとりかかるらしい。階段を上って自室のドアを開け、まだエストルの趣味の悪い目覚ましの香りがほのかに残るベッドにダイヴすると、ヴィヴィアンは眼鏡も外さずに寝入った。

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