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エンカンタリア  作者: 水島佳頼
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第十二話   退治

 歩きながら、ポケットのペーパーナイフを握り締めた。これも魔力を帯びさせれば、立派な武器になるはずだ。柄が体温でぬるくなってきたが、ヴィヴィアンはペーパーナイフを離さずに辺りを窺いながら歩く。

「すまないね、ヴィヴィアン」

「俺の方こそすみません、途中で魔物の大群に遭遇して」

 ウィルフレッドを素早く教材室に入れ、ドアを閉めた。ユキノに背後を頼み、魔力を帯びたナイフを使って教材室のドアに円を描く。

「魔物の異常発生か…… 原因が何かあるはずだ。対策を取らなければ大変なことになるだろうね」

 ドアごしに呟くウィルフレッドに、背後のユキノが憤慨したように返す。

「実際なってるだろ、すぐなんとかしないと」

「それは後。ユキノ、何か魔法は使えるようになったか?」

「……全然。いまいち解んない」

「じゃあ今からお前に呪文をひとつ教える。今のお前が魔法陣を使ったら効果は半減だろうから、呪文だけ確実に覚えとけ」

「え? 魔法使わせてくれるの?」

 振り返るユキノに、黙って背後を守れと指示する。渋々ヴィヴィアンと背中合わせになって刀を構えたユキノに、魔法陣を描きながら説明する。

「今の俺は施錠魔法をもう発動できない。これ以上発動したらコントロールができなくなって、ナタリアたちはともかく自宅とウィル先生が危ないことになる」

「うん」

「だからお前が魔法をかけろ。肩の力抜け。指先を魔方陣に当てて、全神経をそこに集中しろ」

 背中合わせのまま、ユキノをドアの正面に向けた。ヴィヴィアンは先ほどのユキノと交代して、右の中指と人差し指をそろえた状態で構える。飛び掛られたとき、魔物がこの指に触れれば即座に凍結するだろう。呪文なしで魔法を使うのはかなり難易度が高いので、できれば魔物どもはユキノが魔法をかけ終わったあとに出てきて欲しい。

「俺にできるの?」

「自信持て。論理的には大丈夫だから。何かあったら俺がどうにかする」

 本当は大丈夫だという保障などなかった。ヴィヴィアンは自分が一気に三つまでしか施錠魔法を使えなくて、しかも最上級の施錠魔法を使っている場合は明らかに他二つがおろそかになるという事実があることなど忘れていたのだ。弟子なんてとれるほど完成した魔道士ではないのに。自分だってまだ成長の途中だ。

 けれど今はそんな泣き言を言っている場合ではない。ユキノにやらせるしかないのだ。素質はあっても魔法は使ったことがなかったユキノだが、たぶんヴィヴィアンが描いた魔法陣にならしっかり魔力を送り込めるだろう。

「わかった、やってみる」

 彼が頷く気配がした。知らず、微笑が浮かぶ。ヴィヴィアンは小さな声で、ユキノの耳元に囁く。

「呪文はこうだ…… ディルゾルヴィエ」

 魔物に十分注意しながら、ユキノの成功を願う。先ほどから何頭かこちらを窺っている気配はするが、まだ襲ってこないようだ。

 慎重に、ユキノとの間合いをつめて背中をくっつける。それがスイッチになったかのように、じっと黙っていたユキノが呪文を呟く。

「ディル、ゾルヴィエ」

 まだまだだ、と思った。しかし魔法陣は青白く光を放ち、部屋のドアがぼんやりと光に包まれた。どうやらユキノは、ちゃんと魔法を発動できたらしい。

 声は震えていたし、呪文のイントネーションは若干おかしかった。それでも呪文が発動できたということは、ユキノの魔力は常に少しずつ声に乗せられて発せられていたのかもしれないと思う。それか、あの目か。何にせよ、ユキノに魔法を教えるのは楽そうだという気がしてくる。

「あ、これって、やったんだよね? ヴィヴィアン、やったよ! 」

 無邪気にはしゃぎつつも、彼は飛び出してきた魔物をすっぱり切り裂いた。思わず口許を覆ってしまったのは、魔物がぴんと尖った耳をした愛らしい中型犬に擬態していたからだった。

 切り裂かれた魔物は、それが本来の姿なのだろうか、全身を真っ黒い毛で覆われた尾の長い小動物のようなものに変わって動かなくなる。

「ヴィヴィアン、気をつけて。なんか、すげえいっぱいいる気がする」

「本当か」

 せいぜい数匹しかいないだろうと思っていたのに。この暗闇の中で、魔物たちはじっと息をひそめているというのだろうか? 確かに、神経を研ぎ澄ませて魔物の魔力の波動を追ってみると、弱いがそこかしこに潜んでいることが解った。

 眼鏡を変えたほうが良さそうだ。度数の調整なら魔法でできるから、家に帰ったらとりかかろう。

「とりあえず窓を塞ぎたい。どうするか…… 障壁魔術は面倒臭いしな」

「朝になるまで持ちこたえればいいんだろ? それか、この家をめちゃめちゃ明るくするとか」

 ユキノの声を聞きながら考える。既に身体のあちこちが痛かったし、動くのもだるいぐらい疲れていた。先ほど大群を相手にした時のような俊敏な動きはもうできないだろう。ひょっとしたら、魔物はヴィヴィアンが疲れきるのを待っていたのかもしれない。ますます厄介だ。

「閃光か。やれないこともないけど、光彩術は呪文が長いしお前はまだ扱えないと思う。俺はさっきの魔物の大群に魔法使い過ぎたから、そろそろ限界」

 ユキノは暫く考え込むように黙り、刀の切っ先を見つめていた。魔物の低い唸りが聴覚に引っ掛かる。ヴィヴィアンの焦りを感じ取ったらしい。

 魔物は人間のしぐさや表情に敏感だ。隙を見せれば、すぐ餌にされる。

「じゃあ、一回だけそれ使ってみてよ。そしたら、あとは俺がどうにかする」

「……わかった、任せる。呪文を発動する時になったら目を閉じろ。視界が潰れるぞ」

「よっしゃ!」

 ぴたりと背中を合わせたまま、ユキノは器用にヴィヴィアンを切らないように刀を振っていた。ヴィヴィアンは小さく呪文を唱え、フクロウに擬態してこちらに向かってきた魔物を燃やした。焔の呪文なら簡単で労力も少ないので、まだ使っていられた。

「リギティオ・エイン・ディルジュエイ・サビエイ……」

「ッ!」

 大丈夫かユキノ、と喉まで出かけた。思わず振り返る。魔物に弾かれたユキノの後姿が横にぶれた。呪文の続きを唱えながら、ユキノを引き起こす。ヴィヴィアンに噛み付きそうになった、猫に擬態した魔物をユキノは居合いの要領で切り裂いた。

「エル・フィアクス……」

「ヴィヴィアン、まだっ?」

 首を横に振る。まだ呪文は続く。閃光を出すにはかなりの魔力が必要で、集中力を切らしたら失敗して部屋ごと爆破する魔法になってしまうことにだってなりうる。呪文を唱える唇の前に軽く人差し指を立てて見せ、黙れと言外に訴えた。

 ユキノは頷き、何に擬態しているのかすらわからない黒い物体を真っ二つに斬った。真っ黒い体液が辺りに飛び散る。見なければ良かった。

「ロヴリエ・ラシェ…… ザイン」

 全部で四十八の単語による呪文は、ようやくここで終わった。その瞬間、まばゆい閃光が辺りを白く染めた。ユキノは長刀を翻し、ヴィヴィアンとまた背中合わせになる。

 閃光は一瞬で終わってしまうが、光を嫌う習性がある魔物には十分効果があったはずだ。極論から言えば、どんな魔物でも光は苦手としているから、倒すのならば閃光を使うのが一番いい。

「目、平気か」

「やばい、ちょっと眩んだ。ヴィヴィアンは?」

「呪文の中に、瞳に入る光の量を昼間と同じにするのを入れといたから」

 だからヴィヴィアンには、気持ちが悪くなるぐらいにたくさんの魔物が見えていた。大半は今の閃光でやられ、白目をむいて口から泡を吹いていた。狼に擬態しているものが多く、猛禽類らしいものもいた。動物らしいが、種類が特定できないものもいる。

 十数匹の魔物が、倒れたり傾いたりしている机の間から顔を出す。光をうまく避けるために、小動物に擬態して机の引き出しに入っていた魔物もいる。

 そのうちの一匹が、鷹に姿を変えて飛んでくる。咄嗟に呪文ではなく、味方を呼ぶ声が出た。

「ユキノ、斬れ!」

 目が眩んでいると言った割りに、ユキノは実に正確に鷹の胴を切り裂いた。ヴィヴィアンはその場に膝をつき、肩で息をしながら前を見る。予想外に魔法を使いすぎたようだった。身体が重い。

「おいっ、ヴィヴィアン!」

「いいから全部やれ。魔物の位置、俺が教えるから」

 ユキノは頷いた。そのままこっちに寄ってこようとして、倒れていた椅子の脚に引っかかってよろけた。思わずため息が漏れる。(大丈夫かこいつ?)

「ほら、正面」

 鋭く尖った長い爪をもった、中型犬ほどの大きさをした耳のない魔物が斬り捨てられた。

「右。真横」

「上もだ!」

 ユキノはヴィヴィアンの言葉に従い、刀を振り続けた。ヴィヴィアンは壁との間合いをつめて、自分の傍にきた魔物は魔力を込めたあのペーパーナイフで突き刺す。そうしながらユキノの目になることも忘れはしない。疲れたなどと言っている場合ではないのだ。

「後ろ!」

 部屋にいた魔物は、これで全滅した。ヴィヴィアンは立ち上がり、外套についた埃を払って壁に背中を預ける。ユキノは刀を柔らかそうな紙で拭いてから鞘に収め、ヴィヴィアンに駆け寄ってくる途中でまた椅子の脚にひっかかって今度は派手に転んだ。

「痛たた……」

「まず落ち着け」 

 呆れつつもそう言い、ユキノに手を貸す。そろそろ魔法の効果が切れるから、この空間は暗闇に戻るだろう。明かりとして使っていた蝋燭はすでに燃え尽きていて、その残骸が床にちらばっていた。仕方がないので、小さく呪文を唱えて指先に焔を灯す。

「すごい! それ便利そうだなっ」

「疲れたからあんま話しかけるな」

 はしゃぐユキノを黙らせ、背後を振り返る。何もいない。それを確認するのと同時に、目の前からすうっと光が消えていった。閃光を使ったときの、自分の瞳に入る光の量を調整する魔法が切れたのだ。

「とりあえず、ありがと」

 そう言っておく。アイアランド一家を助けるのは、自分ひとりでは無理だった。一人で来ていたなら、この家に到達する前に魔物にやられるか、もしくはこの空間で魔物にやられるかのどちらかだったと思う。

 今夜見た魔物の数は異常だった。朝になったら、きっとアイアランド家だけではなく他の家も襲われたというニュースが報告されるだろう。いよいよもって、この街も危険地帯になった。

「……へ? 今の俺に言った?」

「明日からきっと、王宮騎士団が十人くらいに増えるぞ」

 確認されたが答えるのが面倒で、ヴィヴィアンは別の話題で逃げた。ユキノは不服そうにしていたが、首を捻ってヴィヴィアンを見上げる。

「なんで?」

「役に立たないとはいえ、一応騎士団の職務内容には魔物討伐も含まれてる。その目的はあくまで王宮を守護することであって、国民がどうとかっていう考えは全く持ち合わせちゃいないがな」

 この国はそこそこ住みやすいが、色々と間違っている。けれど、それを指摘することも間違っている。与えられた規則に従い、背かずに生きるのが国民の宿命だ。それも間違っているとは思うが、表立って否定すれば命はないので黙ったままでいる。結局、嫌でも従わなければいけないのが王の立てた規則で、法律で、命令で、わがままなのだ。嫌なら国を移るしかない。

 教材室の扉の前まで歩いた。そこで施錠魔術をユキノに解かせる。ただ魔法陣の一部分を指で消させただけだが、ユキノはまた大げさにはしゃいだ。

「ウィル先生」

「おお、ヴィヴィアン!」

 中からよろけながら出てきたウィルフレッドの肩を支える。見ていたユキノが俊敏に動き、ヴィヴィアンの代わりにウィルフレッドを支えてくれた。

 気が利く男だ。ヴィヴィアンが疲れていると言ったことを、ちゃんと覚えていたのだろう。

「全部やっつけてくれたんだね」

「ええ、見た限りもういないです。ですが気をつけて下さい」

 まだ、外から入ってくる可能性だってあるのだ。日の出までの約五時間に、他の魔物がここをかぎつけない保証はない。

「ヴィヴィアン、これからどうする?」

「俺は休みたい」

 ユキノは頷き、自分の肩にウィルフレッドの腕を回す。ウィルフレッドは大人しくユキノの肩に凭れていた。身長がほぼユキノと変わらないぐらいのウィルフレッドなので、ヴィヴィアンが肩を貸すよりユキノに支えてもらった方が楽そうだった。

「とりあえず、無事な部屋どこ?」

「書斎は平気だろうね」

「案内して。ヴィヴィアンはナタリアたちのとこにいろよ」

 首を横に振った。駄目だ、もしものことがある。ナタリアたちの部屋に行くということは、最上級の施錠魔法を解いてしまうということだ。彼女達はあの魔法があるかぎり無事なのだから、安全が証明されるまで魔法は解きたくない。

「夜明けまでは魔法解きたくない。だから、俺たちは別の部屋で夜明けを待たないと」

「解った、じゃあ俺がまた施錠魔法使う!」

「……仕方ないか」

 呟いたとき、月明かりに薄く照らされた壁を黒いものが走るのを見た。同じタイミングで気づいたユキノが反射的にそれを斬ると、黒いものは闇に溶け入って見えなくなった。取り逃がしたようだ。

 後には蜥蜴のしっぽが残され、持ち主から離れた後もひとりでに躍っていた。ユキノは蜥蜴のしっぽのみを切り落としたらしい。

「うわ、気持ちわりい」

 遠巻きにしっぽを眺めるユキノだったが、ヴィヴィアンはそのしっぽを軽くつまみあげた。しっぽの動きはだんだん弱まってきて、そのうち全く動かなくなった。

「トカゲか……」

 何故か不快感を感じた。蜥蜴は別に嫌いではないし、昔似たような生き物を餌付けていたこともあるのに。直感的に嫌いになる何かをあの蜥蜴は持っていた。ほんの一瞬しか見ていないのに、何故なのだろう。

「あ」

 蜥蜴のしっぽがさらさらと崩れ始めた。真っ黒い炭のような欠片をぼろぼろ落としながら、しっぽは完全に砂になってヴィヴィアンの指から消えた。

「ますます気持ち悪いな。今の何だったんだろう」

「魔物、だろうな」

 しかし今までに遭遇したことのないタイプだ。ヴィヴィアンは首を捻り、指先についたしっぽの残骸をズボンで適当に拭った。

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