第九話 かれいなるふぁみりーわん
「」は日本語、『』は異世界語となっており、主人公は異世界語を理解出来ません、という設定です。よろしくお願いします。
近頃、ハミグが遊びに来ない。その代わりと言ってはなんだが、リリョスさんが来る。
来るというか……居る?
リリョスさんは、小屋の横にある岩に腰掛けて、じっとこっちを見ていたりする。はじめ、私に用かと思い、話しかけてみたのだが。
『おまえ。異世界から来たらしいな。音の子の召喚に巻き込まれてとは、不運なこった』
どことなく不機嫌だったので、お茶を出したら、黙って飲んでいた。
その後も、何を言うでもなく気がつくと岩の上に居たりするので、毎回お茶を出している。
仕事の休憩でもしているのだろうか。
「……」
『……』
にしても、二人しかいない空間で、だんまりはきついものがある。
私はある日、お茶を二つ入れて、彼にいつも通り渡したあと、もう一つを持って、彼の前に正座してみた。
『どうした?』
いつも少し不機嫌なリリョスさんが、思いの外柔らかい声でそう言った。
私は、余計に緊張しつつ、手をバタバタ動かしながら、今更言葉を探した。話題も何も考えていなかったのだ。
「あっあの……」
『ん?』
「あのっあっハミグ」
とっさに思いつく異世界語が、人の名前ぐらいしかなかった。今日はいい天気ですね、ぐらい言えたら良かったのに、よくよく考えてみたら、こんな形で、他人とコミュニケーションをとること自体、人生初かもしれない。
名前を呼び間違えたと思われないかな。
『ああ。ハミグならそこに……』
誰だそれは? というニュアンスではない、普通の声音が返ってきた。リリョスさんもハミグを知ってるのだろうか。
『ハミグっ……リリョス?』
名前だけで会話しようとする斬新なスタイルの私に、頷くリリョスさん。
『えーっと。ハミグを知ってるのかって聞きたいのか? あれは……一応、俺の甥だ』
『ハミグ。おいのおい?』
おうむ返ししたら、今度は緩く首を振られた。
ハミグが……なんだろう。
ハミグが最近ここへ来ない理由を、教えてくれてるとか。いや、でも私のたった一言……一単語で、彼がそんな説明をしてくれるなんて都合が良すぎる。
『あー……』
リリョスさんは顎に手をやって小さく唸り、岩の上にお茶を置いて立ち上がった。
そして
私の横にしゃがんだ。
えっ!? なに? なに?
驚いてアワアワしている私の方を見ず、片膝をついて小さな石ころを拾いあげ、足元の砂地に、丸を二つ描き、一方にヒゲ、一方には長い髪の毛らしきものを描いているリリョスさん。
トイレとか更衣室にある、簡易的な女性と男性の絵……標記? に似ているけれど、なんだろう。
『これが、王。こっちが王妃だ』
私は砂地に手をついて、彼の指を目で追った。
リリョスさんは、描いた丸……男性と女性の間に、横線を引き、その真ん中から縦線を伸ばして二つに枝分かれさせ、両方の先端に男性を描き、一方の男性の横に女性を描いて、また横線で繋ぎ、真ん中から、一本縦線を伸ばして、その先に、おかっぱ頭の人を描いた。
『これが、ハミグだ。ハミグは王の孫だ』
家系図かな?
『ハミグ?』
リリョスさんの指すおかっぱ頭を、同じように指差し、振り返って聞くと、頷く彼の顔が思いの外近くて、顔が熱くなった。こんなに至近距離で男性と接したことなんてないし、尚且つイケメンの破壊力が半端ない。
『………………』
リリョスさんも、同じように近くて驚いたのか、真顔で一時停止して……。
何事もなかったかのように、また家系図を描き始めた。
今の間はあれかな、私の顔ヤバかったかな。ニヤついてたかな。また変な女だと思われたかな。
『おい』
「はい!」
私は、慌てて砂地に目を戻した。
リリョスさんの手は、家系図の一番上に戻っており、はじめに描いたヒゲの男性の横にもう一人、女性を描いて、そっちにも横線を引き、そこから一本の縦線を伸ばし、適当な丸を描いて、石ころを捨てた。
『これが俺だ。俺……リリョス』
『こ……れ。リリョス……』
私は、改めて家系図と思われるものをじっと見た。一番上が三人……男一人に、女性二人。一夫多妻とかなんだろうか。
ハミグは、最初に描いた夫婦の子供の、子供、つまり孫だ。そして、リリョスさんが一番上の男性のもう一人の奥さんの子供……ということは。
『わかるか? ハミグは、俺の甥だ。甥』
『おい……ハミグ、リリョス、おい……甥!!』
ハミグは、のあとが何だったのかようやく理解できた。
なんと! ハミグはリリョスさんの甥っ子なんだ!
私は、横にいたリリョスさんの腕を掴んで、喜びのあまり、ぐいぐい引っ張った。
すると
『わかったわかったよくできました』
頭を、ポフッとぎこちない手つきで撫でられた。
目を瞬いて見上げると、口元をわずかに綻ばせたリリョスさんと、目が合った。
うわぁぁぁぁ!
私の中で、嵐が巻き起こった。言葉でわかってもらえない分、幾分かオーバーリアクションになっていると自分でもわかっていたが、今のは子供っぽすぎた。
褒めて欲しい犬のように見えたのかもしれない。
『すむ……ませぬ』
私は、すぐさま彼の腕から手を離して、ペコッと頭を下げた。最近覚えた謝罪の言葉だ。
『あ……いや。俺もつい……』
リリョスさんは、己の手を見て首を傾げ、何か言おうとした……ように見えたけれど、フっと短く息を吐いて、立ち上がった。
どうしたんだろう。
『覗き見はやめたのか?』
「はい……?」
思わず返事をして見上げると。
一瞬にして暖かみの消えた彼の視線は、私を通り越し、後ろに向けられていた。
読んでくださってありがとうございます。ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。